いろいろ考えてみたけど一番悲しい別れ方って多分こんな感じだと思う。

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約束した時間の3分前、彼女は待ち合わせ場所にやってきた。

付き合ってから1年が過ぎて、もう待ち合わせる場所もほとんど固定化されている。

「お待たせ!」

「いや、俺もいま来たところだよ。せっかくだし少し散歩しない?」

「うん!」

2人で夜の街中を歩く。いつも車が渋滞している大通り、人でにぎわうショッピングセンター、何組ものカップルが楽しそうに会話している公園。もう何度も一緒に見てきた景色だ。

「ねぇ」

振り向くと彼女が手を差し出してきた。手をつなぎたいということだろう。

「ごめん、その、知り合いに見られたら恥ずかしいし」

「ああ、うん。そうだよね。こっちこそごめん」

そう言って彼女はすぐに手を引っ込めた。その動作を見て、胸が痛くなる。

今日、俺は彼女に別れ話をしようとしていた。約束を取り付ける時も大事な話があると伝えていたから、きっと向こうもなんとなく感づいている。

「あっ、この階段覚えてる? 雨が降った時にけんが滑って転んだ」

すぐ横の地下街へと続く階段を指さして、彼女は笑いながら言った。暗い雰囲気を無理やり明るくさせようとしているようにも思えた。

「あはは、そうだったね。恥ずかしいこと思い出させないでくれよ」

こうして愛想笑いをするたびに、チクチクと胸の痛みが増していく。

今日に限らず、ここ最近は明らかに俺の彼女に対する態度が冷たくなっていた。もちろん理不尽なことや傷つけるようなことはしなかったけど、デートの誘いを断ったり、ラインの返信が遅くなったりすることが多くなった。

そして、俺の態度がっ気なくなればなるほど彼女は何とかして距離を戻そうと、俺の興味を引きそうな話題を見つけてはそれを口実に連絡したり出かけたりしようとしていた。

「あ、あのさ」

「うん?」

彼女は少し悲しそうな顔でいてくる。

「やっぱり、手、つなげないかな?」

「…………」

ここで情に流されて中途半端に彼女の気持ちを受け入れても、別れを切り出す時に余計に彼女を傷つけてしまうだけだろう。それなら、ここは断るべきだ。

「ごめん」

「お願い。どうしても、今だけでいいから」

泣きそうな顔で懇願こんがんする彼女を前にして、俺はいけないとわかりつつも、ついに心が折れてしまった。

「……わかった」

心の中でごめんと謝りながら彼女の手をにぎる。すると、彼女は何かを祈るようにぎゅっと強く握り返してきた。その手がいつも以上に小さく感じられて、俺は罪悪感に押しつぶされそうになった。

別に彼女に対して不満がある訳ではなかった。むしろ彼女には感謝しているくらいだ。

いつも明るくて俺を元気づけてくれるし、仕事で会えなくなったり疲れたりしている時も、絶対に文句を言わずにいつも俺のことを気にかけてくれていた。

だけど、時間が経つ内にそういう彼女の良さに新鮮味がなくなっていって、それどころか、本当はもう少し大人っぽい服装が好みなんだとか、そこまで気をつかわなくていいのにとか、そういう「もうちょっと」を感じてしまうようになった。

そして、それは彼女といる時の楽しさや幸せをいつも薄く引き伸ばしていった。平均のちょっとプラスのあたりをおうとつもなくひたすらたいらに進んでいく感じだ。しばらくして、俺はその正体がきというものなんだとわかった。

なんて自分勝手な話だろう、そんなことで彼女と別れてたまるか。最初はそう思った。だけど、いつまで経っても渇いた気持ちは消えないし、次第に彼女に対しても引け目を感じるようになって、一緒にいるのが少し面倒になってしまった。

そんな時に会社から東京にある本社への異動を打診された。本社への異動はキャリアアップにかなり有利だ。ちょうど仕事が楽しくなってきていたし、何より、普段の俺の仕事ぶりを認められたことが嬉しかった。久しぶりに感じた高揚こうようだった。迷いはしたが、断るには余りにも勿体もったいなかった。

「ついた、ここだ」

俺たちは駅の屋上に造られた人気ひとけのないテラスガーデンにいた。ここで別れを告げるつもりだった。

「へぇ、初めて夜に来たけどこんなに静かならこれはこれでアリだね!」

この状況でも明るく振る舞う彼女は、さすがにちょっと不自然だった。

「あのさ」

「ちょっと待って」

俺の言葉はすぐにさえぎられた。

それからしばらくして、彼女が弱々しくたずねてくる。

「ごめん。でも、けんの口から直接それを言われるのはちょっと辛いから。それってさ、もしかして、別れ話だったりする……?」

「……うん」

「そっかぁ、やっぱりそうだよね」

彼女はふぅと大きなため息をついて空を見上げた。

「何となくそうなんじゃないかって思ってたよ」

「……ごめん」

「健は悪くないよ。きっと私に足りないところがあったんだ。仕方ない」

「そんな、あんは悪くない。不満があったとかそんなんじゃないんだ」

「そっか。じゃあ、どっちも悪くないんだね」

「…………」

「こんなこといて申し訳ないんだけど、もしいいなら、理由きいてもいいかな?」

きっと正直に言ったら彼女を傷つけることになる。だけど、たぶん彼女は正直に伝えて欲しいはずだ。

どうすればいいのかと考えていると、それを感じ取った彼女が先に口を開いた。

「傷つくようなことでもいいから、正直に言って欲しい。その方が、私も諦め切れるから」

その言葉で俺は決心した。

「怖かったんだ。惰性だせいになるのが。一緒にいて不満は何もないし、気も合うけど、なんか、幸せがずっと薄く引き延ばされていくような気がして、ただの惰性だなって思いながら関係を続けたくなかった」

「……そっか。正直に話してくれてありがとう」

それが彼女の見せてくれた最後の笑顔だった。

「私、先に帰るね。今まで本当にありがとう。私はすごく楽しかったよ。ごめんね。さようなら」

そう言ってほとんど駆けるようにこの場を去った。

…………。

心臓が丸ごと抜き取られたような、この虚無感はなんだろう。自分から振ったくせに、本当にこれで良かったのかなんて考えてしまうから、つくづく自分勝手なものだと自分が嫌になる。

結局、最後の最後まで彼女はいい人だった。ああ、ダメだ。これまでの彼女の良かったところばかりがどんどん思い出されてくる。

きっとしばらくはこんな感じなんだろう。だけど、またヨリを戻すようなことだけはしたくない。

俺は誰もいなくなったガーデンテラスの出口に向かってゆっくりと歩き始めた。

私は最寄り駅で電車を降りると家までの帰り道をのろのろと歩いた。のろのろと歩くのは、さっき電車に乗りながら泣いてしまって、目のれが引くのを待たなければならなくなったからだ。

私は今でも彼のことが好きだ。涙が出るのは未練があるからに決まっている。だけど、彼が別れ話を切り出したとき、少しホッとしている自分がいたのも事実だった。

彼の私に対する好意が薄れてきているのは前からわかっていた。それを何とかしようと私なりに頑張ってきたけど、段々と私自身も無理をしていることに気付いた。いずれにせよ、もう限界だったのだ。

彼が悪いんじゃない。私のせいでもない。だけど、ここで別れることを決めた私たちの選択はきっと正しい。

もう彼のことを考えるのはやめよう。考えても悲しくなるだけだ。今はとにかく新しいことに目を向けるべきなのだ。

私はできるだけ大きな深呼吸をしたあと、歩幅を広げて家路を辿たどった。

【終わり】


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