自殺したいと投稿したら、ある人から連絡が来た。

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今、私の目の前には少なくとも10人以上の自殺を手助けした男が座っている。

「初めまして。よろしくお願いします」

男は礼儀正しくお辞儀をした。驚いたことに、彼は私よりずっと若く端正な顔立ちで、しかもその立ち居振る舞いには余裕があってどこか気品を感じさせた。とても犯罪に手を染めるような男には見えない。私も深々と頭を下げる。

「よろしくお願いします」

「早速ですが、何か希望はありますか?」

この男は私のSNSの呼びかけに応じてやって来た。自分の人生に終止符を打ちたいという私の願いを叶えるために、いや、恐らくそれだけが彼の目的ではないのだろうが、いずれにせよ遠路はるばる、種々の薬物器物をたずさえて、こうして指定の部屋まで足を運んできてくれたのだ。

「できるだけ安く、楽に逝けるやり方でお願いします」

「承知しました」

男は私の希望をもとにプランを提案し、こちらはそれに合意すれば相応の金銭を支払う。ただ、提示された金額が彼がここまでにかけたであろう手間暇を考えると異常に安いものだったから、私は思わず恐縮してしまった。

「何だか、すみません」

「何がですか?」

男はキョトンと首をかしげる。

「わざわざここまで来てくださったのに、できるだけ安く、なんて。どうせ死ぬくせに」

「あはは、そんなこと気にしなくていいですよ。財産を残したい理由は人それぞれあるでしょう。それに、わざわざ豪華に死ぬということもあまり意味はないと思います」

男は金銭を受け取るとバッグの中に入れ、代わりに薬剤の入ったケースを1つ取り出してテーブルの上に置いた。

「さて、あとは薬を飲むだけですが、せっかくなので少しお話をしませんか?」

「お話、ですか」

率直に言うと、話をしたいなんてつゆも思わなかった。ただ、男の提案を無下に断って彼の機嫌を損ねるようなことになったら面倒だ。

しぶしぶ頷くと、男は嬉しそうに口を開いた。

「それは良かった。たまに断られることもあるんですよ。そうなると残念極まりない。せっかく遠くから来ても、薬を渡してすぐにさよならなんて」

「それで話って何ですか?」

私は早く仕事を終わらせたいこともあって単刀直入にいた。

「あなたは自殺を悪だと思いますか?」

思ってもみなかった質問に、私は少したじろいだ。

「うーん、あまり考えたことはないですが、きっと良いことではない気がします」

「でもあなたはこれからするんですよね?」

「……そうですね。死にたい理由があるので」

「つまり、自殺をすることで救われる、もしくは利益を得る人がいるわけでしょう」

「そう言われるとその通りかも知れません。でも、例えば、残された人は悲しむんじゃないですか?」

どうして自分は自殺をしようとしているのに自殺に否定的なのか。何だか矛盾しているように感じたが、それでも下手に取りつくろうよりは素直に意見をぶつけた方が男も喜ぶだろうと思った。

「僕から言わせれば、それは彼らの都合です。親しい人ならむしろその決断を尊重して、門出を応援しても良いと思います。大体、死んで悲しいというのなら、彼らこそ本人が死なないようにケアをするべきでしょう。そういうのを棚に上げて、人が悲しむから死ぬななんて、そんなの理不尽ですよ」

確かに男の言うことも一理ありそうだ。私は少し彼に興味を持ち始めた。

「何だかなぐさめていただいたようで気が楽になりました。ありがとうございます。あなたが他の人の自殺を幇助ほうじょするのは、その人の決断を尊重して門出を応援したいと思っているからなんですか?」

男は私の話を聞くと小さく笑った。

「はは、幇助なんて法律家みたいな言い方をしますね。残念ながら、私はそれほど大した信念を持っているわけではありません。ただ、自殺によって救われる人がいるならそれを手助けしたいのと、あとはちょっとした仕返しの気持ちがあるんだと思います」

「仕返しですか」

私は続きが気になってつい聞き返してしまった。

「子供のころ、父が自殺したんです。詳しくは知りませんが、どうやら仕事が上手くいっていないようでした。当時、本人たちはバレないように話していたつもりでしょうが、周りはそろって父を非難しました。親を悲しませるなんて、妻と子を残して先に死ぬなんて、と。

私は父を尊敬していました。今でも私は父の決断は間違っていなかったと信じています。自殺は悪いことじゃない。自殺を肯定的に捉える考え方もあって良いと思うんです。父はただ当時の状況で自分が最善だと思う選択肢を取っただけなんです」

私は男の話を聞いて違和感を感じた。頭の中の何かが彼の考えを受け入れてはいけないと危険信号を出しているようだった。しかし、一通りの筋は通っているように思われる。だから、なぜ受け入れてはダメなのかを説明することはできなかった。

「自殺の幇助は法律で禁止されています。それでも、あなたはするんですか?」

男の言い分もわかる。それでも、私には1つだけ確かに言えることがあった。――ルールは守らなければならない。

「そもそも私は自殺を悪いことだと思っていません。本体の行為が悪くないなら、それを手伝うのがどうして悪になるのでしょう。私からすれば、自殺を手伝って罪に問われること自体がおかしな話です」

「……なるほど」

私はこれ以上の会話に意味はないと思い、全てを終わらせることにした。

「ありがとうございます。最後に貴重なお話ができて楽しかったです」

私が頭を下げたのに男は驚いたようだった。

「面倒がられることはあっても、こんな風に頭を下げてもらえるなんて思ってもみなかったですよ。こちらこそありがとうございました。それでは、そろそろ終わりにしましょうか」

「はい」

男はケースのふたを開けると中の錠剤を取って私に差し出した。私はゆっくりとそれを受け取るとぐっとこぶしの中に握りしめる。

「……確保だ」

この言葉を合図にベランダ、押し入れ、浴室、至る所から警官が飛び出してきた。男はあっという間に私の部下5人余りに取り囲まれた。

「そういうことでしたか。通りで」

男は少しも取り乱すことがなかった。それは驚きを越えて、気味が悪かった。

「正直、私は君の言い分にも一理あると思った。ただ、この国にいて色々な恩恵を受けている以上、私たちはその秩序を保つためにルールを守らないといけない。ルールを守らない人がいて、それが野放しになってちゃまずいんだよ」

「間違ったルールに縛られている方がまずいと思いますけど」

男はこの状況下でも平然と自分の主張を言ってのけた。

「ルールが間違っているかどうかを最終的に決めるのは君でも私でもない。国民だ。だから、どうしても変えたいなら政治家になればいい。それがここでのやり方だ」

男はふふ、と笑う。

「残念ながら僕にはそこまでの心意気はありません。国のルールを変えるとかそんな話じゃなくて、僕は自分だけが自分の好きなようにできたらそれで満足だったんです。だから、もうおしまいです」

今度は私が笑った。

「君はまだ若いだろう。これから服役することになったとしても諦めるにはまだ早い」

男はにこりと笑った。

「ありがとうございます。僕ね、こういうことが起こった時のためにいつもあらかじめ2つ取り出すようにしてるんですよ」

何のことを言っているのかわからなかった。

次の瞬間、男は手に隠し持っていた錠剤を口の中に入れてごくりと飲み込んだ。

【終わり】


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