こんな感じの友情がいいなって話。

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「思うに、我々も退廃すべき時期に入ったのかもしれない」

目の前のジョッキには、今しがた山本が一気に喉に流し込んだ生ビールの残りが沸々ふつふつと泡を吹いている。

「退廃? 酒と女におぼれるのか?」

俺の質問に山本は顔を背けた。

「表現は悪いが、まあ、そうだな。もっと周りの大学生と同じような経験をしてもいいのかもしれない」

「なんだ、周りの大学生なら健全じゃないか」

「何が健全なものか!」

山本が声を荒らげる。怒っているのか。もし怒っているとしてなぜそれを自分に向けるのか。さっぱりわからなかったが、とにかく彼はこちらをにらんだ。

「朝は授業に出ないで惰眠をむさぼり、昼も出席せずに遊びに出かけて、なぜか夕方のサークルだけは律儀に参加。夜の飲みでは酒を口に入れるとゲロと下ネタばかりが口から出てくる。これを退廃と呼ばずして何と呼ぶ」

「さっきはよく表現が悪いとか言えたな。しかもあながち間違ってない。でも、それならどうしてそんなものになりたいって言うんだ」

「それは、これだよ! この状況だ! 大学にいる不逞ふていやからに嫌気が差して、清らかな精神を保つために彼らとたもとを分かつこと1年と少し。来る日も来る日も僕たち2人、ちんけな居酒屋で酒を片手に同じ話を繰り返す。今日も僕がこの話をしなければ、きっとゲームと漫画とたまに学問の話をして1日が終わっていたに違いない」

「それと将棋もしてただろうな。これまで9勝9敗、今日で決着をつけるつもりだったんだが」

「ああそうだ、将棋はあとでするとしよう。将棋の前はオセロだったな。あれは結局、君が先に10勝して終わってしまった。どうでもいい話だ。要は、代わり映えしないのだ。毎日が。大学での学生生活もすでに4分の1が消費されてしまった。いい加減この止まった時計の針を動かさなくてはならない」

「まさかお前の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ。SNSに上がってくるキラキラ写真を親の敵でも見るような目でにらんでいたのに」

「彼らのことを認めるわけではない。断じて認めるわけではないが……」

山本はスマホに手を伸ばすと、画面をタップしてSNSに上がっている写真をいくつか見せてきた。

「少なくとも彼らの表情は、我々の能面のような表情よりずっと楽しそうだ」

店員が通りかかって、俺たちはハイボールを大ジョッキで2つ頼んだ。どちらもそれほど酒は強くないくせに、なぜか今日はしこたま飲んでやるという意気込みだけがあった。

アルコールがぐるぐる体内を駆け回って、次第に俺も山本も何が何だかよくわからなくなり、やっぱりゲームと漫画と学問についてだらだら議論して、最後に思い出したように将棋を指してから、飲み屋をい出て近くの公園のベンチに腰を下ろした。

「おかしい、明らかに僕が勝っていたはずなのに」

山本は15分ほど前からこのセリフを繰り返している。

「酔いすぎなんだよ。玉を裸にして突っ込むやつがいるか」

「そっちこそ角に気づかないで早々に飛車を失っただろう」

「何と言おうと勝ったのは俺だ」

「まさかオセロに続いて将棋まで君の後塵こうじんを拝することになるなんて」

「結局、今日もいつも通りの1日になったな」

「英語では暇をつぶすことをkill timeと表現するそうだ。また時のしかばねを1つ増やしてしまった気分だよ」

「なんだよそれ」

酔いと眠気で朦朧もうろうとする頭を背もたれのふちに預ける。視線の先に映る夜空は雲で灰色ににごっていた。月が出ていたけどその光も雲でぼかされていて、それに今の山本の言葉が気に入らなくて、俺は少し機嫌を損ねた。

「退廃」

え? と山本がこちらに顔を向ける。

「具体的に何をするつもりなんだ」

「そうだなぁ、まずはクラブに潜入でもしてみようと思う」

「いきなりクラブに行くのか? てっきり大学内で他の人と交流していくのかと思ってたけど」

「バカ言え、今までこちらから交流を絶っておいて今さらどうやって近づく? 怪しまれるか笑われるのがオチだ」

「そりゃあ同じ学部は無理かもしれんが、他学部なら問題ないだろう」

「それもだめだ。どこでどんな繋がりがあるかわからん。我々は周りにバレることなく密かに退廃しなければならないのだ。極力リスクは避けたい」

「そんな臆病な退廃があるのか。悲しくなったぞ」

あふれるフロンティア精神を胸に新たな地で経験を得ようと言うのだ。これほど勇ましいことはない。大体、退廃に臆病もクソもあるか」

「その腹立たしい口八丁をどうにかしない限りまともな経験は見込めないな。それで、どのクラブに行くんだよ」

「ああ、その決定にはいささか事前の下調べが必要だ。また日を改めて話し合うことにしたい」

「……わかった」

風が吹いて、木がまるで1つの生き物みたいに全身の葉を鳴らす。頭上の月は雲の後ろで弱々しく光っている。俺は何も言わずにじっとそれを見つめる。

しばらくして山本が口を開いた。

「乗り気じゃないなら無理にとは言わん。これはあくまで義勇軍だ」

「2人しかいないのによく軍を名乗れたな。するよ、一緒に」

「感服した。さすが僕の見込んだ男だ」

俺はふんと鼻を鳴らす。調子のいいやつめ。

それからまたしばらくの沈黙が流れて、今度は「君は渇いてると感じたことがあるかい?」と質問が来た。

「渇いてる?」

「なんかこう、何をしても満たされない感じだよ。何かが起きるのを期待して、でも何も変化はなくて、ただ毎日が過ぎていくなっていう時の」

「ああ、そういうことか。お前は渇いてるのか?」

「僕はここしばらくずっとそんな感じだよ。君は、思ったことあるかい?」

「思ってたよ」

俺は静かに答えた。

「思ってた?」

「なかなか肌の合う友人ができなくてね。だから山本と会うまではずっとぼんやりした感じだった」

山本は何だか決まりの悪そうにうぅとうなった。

「お前の言う代わり映えしない毎日も、時の屍も、俺は結構好きなんだけどなぁ」

「…………」

遠くでケラがジージーと壊れた歯車のような音を立てている。

結局、山本が俺の発言に対して返事をすることはなかった。

「よしっ」

5分か10分かして山本が立ち上がった。どこか神妙な面持ちだ。

「君にどうしても言わなければならないことがある」

「ん、どうした」

「終電がなくなった。君の家に泊めてもらいたい」

「…………」

何が来るのかと少しだけ身構えてしまったのが腹立たしい。

立ち上がって体を伸ばすと、夜空の月が少しだけ顔を出し始めたのに気付いた。理由はわからないけど、こいつとの関係はこんな感じでこれから先もずっと続いていけるのだと俺は思った。

【終わり】


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