あなたはどこから浮気になると思う?

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ある休日の14時を回ったころ、昼食を食べ終わった男女2人が公園のベンチに腰を下ろして休憩していた。

「ねぇ、あなたはどこから浮気だと思う?」

女の問いかけに男はドキリとした。別に浮気と言われるようなことをした覚えはないし、そもそも彼には付き合っている相手もいないのだが、こうしてかれるとどうしても不安な気持ちになってしまう。

痛くもない腹を探られた挙句に胸や背中まで調べられて、余計な症状が見つかるようなことになってはたまらないと男は思った。たとえそれが悪いことではなくても、だからと言って何でもかんでも披露していいわけじゃない。相手が知る必要のないものは山ほどある。

「……浮気されたのか?」

少し考えたあと、男は質問を質問で返すことにした。

「彼氏がね、私の知らない女と食事に行ってたの」

女はあえて結論だけを短く端的に述べた。こうすることで男が自分の話に興味を持ってくれることを彼女は知っていた。

「何か事情があったんじゃないのか? 実は姉や妹だったとか、職場の後輩に相談されて行ったとか色々あるだろう」

「もちろんそれだったら私も問題にしないわ。だけど、調べてみたら2か月くらい前から週に一回の頻度で会っていて、ラインの会話はすごく親し気、しかもその女は彼氏の大学時代の後輩で、当時は遊んでることで有名だったらしいの」

よくもまあそこまで調べたもんだ、と口が滑りそうになって慌てて胃の中に押し戻した。そんなことを言ってしまってはどんな反論が返ってくるかわからない。

「それは確かに怪しいな。向こうはなんて?」

「彼女はただの友達だ、浮気なんてしていない、だって」

「それなら、そうなんじゃないか?」

男は事態がそこまで深刻ではないらしいことを知って胸をなでおろした。しかし、女の言い分はここから始まるのだった。

「だけど私は付き合った時からそういうの嫌だって言ってたのよ? ちゃんと理由があるならいいけど、こっそり他の女とご飯だなんて」

女の口調が荒々しくなったのを確認して、男はやや背筋を伸ばした。ここからは地雷のかれた荒野を進むようなものだ。自分の意見を述べようとするなら、それ相応の覚悟をもって挑まなければならない。

「でも、ただご飯を食べに行っただけだろ? キスをしたわけでもあるまいし。内緒にしたのは悪いと思うが、言ったら怒るとわかっていてわざわざ言うやつもそういないだろう」

男は地雷を踏み抜く覚悟であった。

「彼氏も似たようなことを言ってたわよ! ご飯に行っただけとか、どうして男はそう結果論でしか物事を考えないの? ご飯だけだろうが私が嫌がるってわかってたんでしょ? それならやめなさいよ!」

「どうして女は結果そっちのけで感情ばかり語ろうとするんだ! 女とご飯に行っただけで浮気だなんて、そんな話、僕でも御免ごめんだね。君にだって別に付き合いたいとか好意があるわけじゃないけど、一緒にいるのが楽しいって異性くらいいるだろう。そういう自然なことを無理に抑圧して、ちょっと逆らったら浮気だなんて、行き過ぎだよ」

「人が傷つくってわかってることをこっそりとして、それでこのぐらい自然だからいいだろうなんて、そんなの自分の主観を人に押し付けてるだけだわ。セクハラは相手がそう思えばセクハラ、浮気も相手がそう思ったら浮気よ!」

2人の会話が平行線を辿たどっていることは彼ら自身の目から見ても明らかだった。このままだとらちが明かない。男は何か女を納得させる上手い説明の仕方がないものかとしばらく考えをめぐらせた。

「そういえば」

男が再びしゃべり始めたから、女も顔を上げて耳を傾ける。

「僕たちはさっきまで一緒に昼食をとってたじゃないか。それは浮気なのか?」

「それは……浮気じゃないわ」

「このことは彼氏には言ってるのか?」

「いや、言ってないわ。向こうはそういうの気にしないし」

「でも仁義を通すならここは言っておくべきだろう。相手と同じことをしているんだから。言わなかったのは、言ったら自分にとって都合が悪くなるからじゃないのか?」

「……そうね、そこはあなたの言う通りだわ。そう考えてみると、彼氏の言ってた悪いことはしてないんだから相手に内緒でいいだろうって気持ち、少しはわかるかも」

男は女が一応の理解を示してくれたことに安堵あんどとちょっとした優越感を覚えた。

「それはよかった。ところで、その彼氏というのは誰なんだ?」

考えてみると男はまだ女の彼氏についてほとんど何も聞かされていないことに気が付いた。2人の交友関係は長かったが、最近は予定が合わずこうして顔を合わせる機会がなかったのだ。

「そう言えばまだ話してなかったわね。平野啓介って人よ。あなたと同じ大学を卒業してるけど、もしかして知ってる?」

男はその名前を聞いて頭を抱えたくなった。平野啓介、それは大学時代に彼が最愛の彼女を奪い取られた相手だった。

「あのチャラくそ眼鏡か!! あいつは人の女ばかり狙おうとする欠陥人間だぞ。後輩と食事? そんなの浮気に決まっている! あんなやつとは即刻、別れるべきだ!」

自分の彼氏がここまでけなされて、女も黙っているわけにはいかなかった。

「そこまで言わなくてもいいでしょ! 確かに昔は悪いところもあったけど、今は変わったのよ! 大体、結果をないがしろにして感情で物を言うなとか言っておいて、今さら逆のこと言わないでよ!」

「僕はあくまで結果を見ている。ただあいつの前言前行を踏まえて結論を変えただけだ。君こそ感情に従って人を信じるようなことをしているといつか痛い目を見るぞ!」

2人の議論はまだしばらく終わりそうにない。

どこから浮気か?

それは人の数だけ答えがあるだろうし、人の数だけ答えがある以上、それが浮気かどうかという問題は本質的にさほど重要ではないのかもしれない。

重要なことは、相手が自分を傷つけるようなことをしたという事実と、なぜそれをしたのかという理由ではないか。そこに論点を置かなければ話は決着を見ない。

そして、事実と理由に的を絞って話したとしても、やっぱり双方の意見が食い違うことはある。それは、どんなに客観的に話そうとしても必ず個人の主観が混じるからだ。主観が混じれば物事の評価は人によって変わってしまう。

それでも相手と長期的な関係を築きたいと思うなら、私たちにできることは、片方が徹底的に我慢するか、お互いに妥協するか、本作の2人のように徹底的に意見をぶつけ合うかしかないだろう。

もちろん、異論は認める。

【終わり】


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