記憶がぼんやりしてて、たまにそれが夢での出来事か現実での出来事かわからなくなる時がありませんか?

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始まりがいつだったのかはわからないけど、気が付けば、人は不思議な現象に見舞われるようになった。

「おっ」

「あっ、こんにちは」

それは寝ている間に特定の誰かと会話ができるということだ。対象者は不思議な空間に閉じ込められて、しばらくの間、顔を突き合わせることになる。

だけど、朝になるとみんなその出来事を完全にあるいはほとんど忘れてしまっていて、大抵たいていはただの夢として処理される。便宜上、俺もこの現象を夢と呼んでいた。

「こういう時の挨拶ってこんにちはなのか」

「うーん。わからないけど、多分?」

そう言って笑うのはクラスメイトの篠原しのはらさんだ。これまで学校で話したことはなかったけど、いきなり夢の中ではち合わせて会話することになるんだから面白い。

「てっきり篠原さんは人と話すのがあんまり好きじゃないんだと思ってた」

「ううん。ただ人見知りなだけだよ。そう言えば、今こうして石田くんと話すのは平気だね。なんでだろう」

篠原さんに限らず、普段と夢の中で性格が変わる人は少なくない。きっとここだと人の潜在的な部分がより表に出てくるんだろう。

「こんな奇妙なことが起こって、実はテンションが上がってるとか?」

「あはは、そうかも。そう言えば石田くんって陸上部だっけ?」

「うん、そうだよ。篠原さんは吹奏楽部だよね? よく教室で楽器のカタログみたいなの見てるし」

途端とたんに彼女は顔を赤らめる。

「えぇー、そういうのってやっぱ見られてるんだ。そろそろ買い替えようと思ってて」

「へぇ、楽器は?」

「フルートって言うんだけど、知ってる?」

「知らない」

ぶっきらぼうな俺の答えに彼女がふふっと笑う。

「最初からあんまり興味ないのにいたでしょ?」

「あはは、ごめん。バレたか」

こうして夢の中で誰かと仲良くなると、いつも惜しいなぁと思ってしまう。それは俺だけじゃなくて、別の誰かと誰かが仲良くなる時も同じだ。

今回はたまたま2人だけど、過去には5、6人が一堂に会することもあった。普段はそれほど仲の良くない人たちがものすごく仲良くなって、それなのに翌朝になるとみんな忘れて、学校ではもとの疎遠な間柄に戻っている。そんな場面をこれまでに何度も見てきた。

きっと面と向かってちゃんと話す機会さえあれば仲良くなれたであろう人はたくさんいるのだ。

「石田くんは明日の数学の宿題ちゃんとやった?」

ぼんやりしていると突然、篠原さんが話しかけてきた。

「えっ、そんなんあったっけ? 全然やってない……」

「あはは、ちょっとそうかもって思った」

「ひどいなぁ」

「ごめんね。よかったら明日、私の見せてあげるよ」

「ほんと? めっちゃ助かる。ありがと!」

表面では嬉しそうに振る舞いつつも、内心は期待していなかった。朝になったら、どんなに仲良くなっても、どんな約束をしても、彼女はきっと忘れてしまうのだ。

不思議なことに、俺だけはこうした夢での一部始終の記憶を朝になっても保持することができた。おかげで、一方的に忘れられることへの寂しさに加えて、たまに暴露大会になった時なんかはみんなの秘密を覚えてしまっていることに対する申し訳なさまで感じる羽目になる。

「おっ、石田くんと篠原さんじゃん。おっはー!」

突然、遠くから声が聞こえた。その瞬間に俺はまたかとため息をつく。

声のする方へ視線を向けると、立橋さんが手を振りながらこちらに走ってくるのが見えた。どういうわけか、彼女はいつも途中からパッと入場してきては自由奔放に振る舞ってまたどこかへ消えていく。人の夢に乱入する系女子なのだ。

「おはよ、元気だね」

篠原さんがにこりと笑いながら答えた。続いて俺もおはよと挨拶あいさつわす。

「これはまた珍しい組み合わせだねー。ねぇ、どんな話してたの? 恋愛とか?」

「立橋さんじゃないんだからいきなりそんな話しないよ」

俺があきれて言うと、彼女は楽しそうに笑った。

「人のこと何だと思ってるのよ。否定はできないけどね。でも2人の恋愛事情とか気になるなぁ。そういう話したことないし」

ちなみに言うと、みんなで夢の中にいて暴露大会が始まる時、そのほとんどはこの女が引き起こすものだった。

「立橋さんは小谷のことが好きなんだろ」

先手を打たれた彼女は目を丸くして驚く。

「すごいね! どうしたわかったの?」

もちろんそれは過去に夢の中で彼女自身の口からそう告げられたからだ。恐らくもう10回は聞いている。人によってはごく一部であれば夢の内容を覚えていることもあるみたいだが、彼女に至ってはあれほど何度も自分で暴露しておきながらその一切を忘却していた。

「まあ、何となく」

わざわざ説明するのも面倒だから適当に流した。

「石田くんって意外に鋭いところあるのね。ねぇ、じゃあ二人はどうなのよ?」

俺たちは口をそろえて「俺はいないよ」「私はいないなぁ」と答える。息がぴったり合ったのがおかしくて、そしてどうやらそれは彼女も同じらしく、2人で顔を見合わせて一緒に笑った。

「何よ、2人で楽しそうにしちゃって。それならいっそ石田くんと篠原さんでくっついちゃえばいいじゃん」

「なんでそうなるんだよ」

俺はすぐに言い返す。

「あら、嫌なの?」

「別に嫌なわけじゃないけど」

「じゃあデートくらい誘ってみなよ!」

俺は立橋さんが思いの外、ねばってきたから驚いた。何か彼女なりの考えでもあるのだろうか。今日初めて話したけど、確かに篠原さんと一緒にいるのは楽しいと思った。俺の方に問題は何もない。でも、篠原さんは?

おそるおそる篠原さんの方を向くと、彼女は不思議そうな表情でじっとこちらを見つめていた。それが何を意味するのかはわからないけど、少なくとも嫌がっているようには見えない。きっと、たぶん、嫌がってはない。……と思う。

少し悩んだけど、結論が出るのにそれほど時間はかからなかった。いずれにせよ起きる時には忘れられていることだ。それならば、と俺は彼女に向き合って口を開く。

「もしよかったら、今度の週末、一緒に出かけないか?」

彼女はにこりと笑って首を縦に振る。

「うん、いいよ。楽しみにしてるね」

「あはは、よかった! 私ね、実は前からお似合いかもって思ってたんだ。やっぱり思った通りだったみたい!」

デートの成立に一番喜んだのは立橋さんだった。

朝、俺は嬉しさとむなしさの入り混じった気持ちで登校した。教室に入って、チラリと篠原さんの方を見る。彼女は普段通り、カタログを開きながら同じ部の友達と楽しそうに話している。

話しかけてみようか少し悩んだけど、きっと彼女を困らせるだけだからやめることにした。

「おっはよー!」

自分の机に向かう途中で立橋さんから声をかけられる。夢に出てきたのとまったく変わらない彼女の様子に、俺はつい吹き出してしまった。

「えっ、どうしたの!?」

「いや、相変わらず元気だなって思って」

「あはは、今さら変なの。それじゃあまたね!」

そう言って彼女は教室を出ていく。もうすぐ授業が始まるのにどこに行くというのだろう。

俺は自分の机に着くと、カバンを置いて椅子にどっかりと座りこんだ。

「おはよ」

「えっ!?」

振り向くと篠原さんが立っている。

それだけでも十分びっくりしたけど、さらに驚いたのが彼女の両手に数学のノートがにぎられていたことだった。

「そんな、もしかして昨日のこと……?」

「あっ、よかった。私たちってしゃべったことないはずだから変なのに、何となく昨日ノートを見せる約束をした気がして。やっぱりちゃんと約束してたんだね」

彼女はそう言って嬉しそうに笑った。

「あはは、それは変だな」

その笑顔が本当に嬉しくて、俺は気持ち悪いくらいの笑顔で彼女のノートを受け取った。

【終わり】


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