放課後、2人きりの教室で仲のいい女子から好きな人がいるかと尋ねられたことがあった。

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――今井美貴みき

久しぶりにその名前を目にした。まさか、今になって彼女から手紙が来るとは思わなかった。

そういえば高校の頃のみんなとはもうずいぶん顔を合わせていない。この機会に翔太や由紀にも連絡を取ってみようか。

あの頃はよく4人で行動していた。俺たちの仲は一応、中学から始まっていたが、特に仲良くなったのは翔太と由紀が付き合い始めた高校からだった。

今思えば、せっかく付き合っているのだからもっと2人きりで過ごせばいいのにという話だが、当時の彼らは何だかんだと理由をつけては俺や美貴を呼んで、4人で時間を共有しようとした。もしかしたら彼らにとってもその方が気楽だったのかもしれない。

そんな中で、もう何がきっかけだったかとか具体的にいつ頃だったかとかは忘れたけど、美貴が俺のことを好きなんじゃないかといううわさが流れた。

現に彼女からはよくメールが来ていたし、自分にだけこっそりプレゼントを渡されることもあったから、俺はあながちその噂も間違っていないんじゃないかと思っていた。

だけど、当時の俺には別に好きな人がいたからこちらからアプローチをかけることはなく、一方で彼女も好意があることを確定させるような、例えば告白などの行為はしてこなかったから、ひとまず友達というまま月日が過ぎていった。

そんなある日、放課後に部活をしていると、ふと忘れ物をしたことに気が付いて教室まで戻ったことがあった。すると、そこには美貴が一人きりで机に向かっていた。

「あれ、智也ともやじゃん。何してんの?」

教室に入ってきたのが俺だとわかると彼女は楽しそうに話し掛けてきた。

「机に忘れ物しちゃってさ。美貴こそ一人で何してんの?」

「私もある意味じゃ忘れ物かな。宿題をし忘れてて」

そう言って、えへへと恥ずかしそうに笑う。

「先生に謝ったら、前も忘れてたから今日は居残りでやっていけって言われちゃってね」

「もう自業自得としか言いようがない」

「なかなか冷たいですな。あっ、そうだ。よかったらちょっと数学教えてくれない? わからないところがあって」

俺の所属していた部活は緩かったし半分サボりたい気持ちもあったから、すぐに彼女の頼みを引き受けることにした。

「そもそも、どうしてこの人はサイコロを3回もふるのよ。しかもその積が奇数とか偶数とかホントにどうでもいいよ」

「今さらそんなこと言ったってしょうがないだろ。数学の問題に出てくる人は昔からわけのわからないことばかりしてるんだから。蛇口から水槽すいそうに水を入れながら同時に底のせんを抜いたり、池の周りをぐるぐる走る兄の後を5分後に自転車で追いかけ出したり」

「あはは、言われてみたらそうだね」

窓の外からはちょうど夕陽が差し込んでいて、それが机を赤く発光させる。

「カーテン閉めてこようか」

俺がたずねると彼女は首を横に振った。

「ううん、もうすぐ終わるからいいよ。ありがと」

「どーいたしまして」

それからお互い何も言わなくなって、しばらくペンの音だけがカリカリと鳴っていた。

「……ねぇ」

ふと彼女が口を開いた。

「ん?」

「智也は好きな人とかいる?」

「えっ」

心臓の鼓動が速くなる。もしも、もしも彼女が本当に俺のことが好きなら、この場で告白してくることだってあるかもしれない。瞬時に俺はそんなところまで想像してしまった。

「う、うん。まあ。美貴は?」

「うん、私もいるよ!」

胸がドキドキと高鳴っているせいか、夕暮れ時の教室が醸成じょうせいするちょっと不思議な雰囲気のせいか、それともそこに2人きりでいるというこの状況のせいか。いつもならそんなことはないのに、そう言って見せた彼女の笑顔がかわいいと思ったから、俺は自分でもかなり戸惑とまどった。

「そ、そっか。美貴もいるんだ」

「まあね。ねぇ、クラスのうわさはどうせ智也も知ってるんでしょ?」

「それってあの……」

「私が智也のことを好きってやつ」

「ああ、うん。まあ、ただの噂だし俺は気にしてないよ」

どう反応するのが正解かわからず、とっさに逃げ道の多そうな回答を口にした。

「気にしてないんだ」

彼女はまるで俺の微妙な表情の動きさえも把握しようとするみたいに、少し前のめりになってじっとこちらを見つめてくる。

その仕草しぐさに心臓のうねりがまた一段と高くなる。

「あ、あのさ、それって……」

気にして欲しいってことなのか?

そう口にしようとしたけど、さすがに簡単にはいかなかった。それを口にしたら一線を越えることになる。もう戻れなくなる。

「智也の好きな人って和沙かずさちゃんでしょ?」

美貴が放った予想外の言葉に俺はまた驚かされた。どうして今それを言うのかはわからないが、いずれにせよ、彼女の指摘は当たっていたのだ。

俺はそうだと伝えるべきか悩んだ。言えば、この2人の時間は終わってしまうだろう。いや、本来なら終わってしまっても何も問題はないはずなのだ。だから、どうして俺が悩んでいるのかもよくわからなかった。

「……うん」

少し考えたあと、結局、俺はそう言った。

俺が好きな人は山本和沙だということに間違いはないはずなのだ。それを今、彼女に対してごまかそうとするのは、何だか浮気性があるような気がして、ダメなことだと思った。

「そっか」

彼女は静かに言った。

それから机の上の筆記用具を片付けてノートを閉じると、小さく「よっ」と声に出して立ち上がった。

「それじゃあ、私はこれで行くね。ちょうど終わったし。宿題見てくれて本当にありがと」

彼女はできるだけこちらに顔を見せないようにしてスタスタと教室のドアに向かって歩いていく。

俺は彼女に行かないで欲しいと思った。もう少し2人で話していたいと思った。

「ちょっと待って」

彼女の足が止まった。

「……いや、ごめん。何でもない」

美貴はくるりとこちらを向いて、誰が見てもわかるような無理して作った笑顔を見せた。

「ありがとね」

そう言って彼女は教室を出て行った。

それから美貴は別のクラスの男子と付き合った。その彼とは卒業間際まで続いたらしい。大学はお互い違うところに通ったからそれからのことはよくわからない。

高校生の頃の俺は、人を好きだという気持ちは強くて一途なものだと信じていた。たとえ付き合っていなくても、好きな人がいるなら他の相手になびくことは悪いことだと思い込んでいた。

今ならわかるが、現実の恋愛は必ずしもそうではない。愛にも色んな形があるし、ひとまず相手を傷つけないのであれば、それなりに許容されることも多い。

今さらながら、当時の俺はもっとその場の勢いに従ってもよかったんじゃないかと思う。結局、あんなに好きだと思っていた山本和沙はちょっとしたことがきっかけで幻滅して、告白すらしなかったのだ。

「あの時もし呼び止めていたら、もう少し一緒にいたいって言ってたら、どうなってたんだろうな」

今となってはすべて取るに足らない過去の話だ。

俺は手紙に目を通すと静かにテーブルの上に置いた。立ち上がって周りを見渡して、近くのペンを手に取るとまたもとの位置に座る。

手紙は彼女の慶事けいじを知らせるもので、俺は「出席」に丸を付けたあと簡単にメッセージを添えた。

――ご結婚おめでとうございます。美貴の晴れ姿をとても楽しみにしています。

【終わり】


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