改札の前で定期を盗まれたのをきっかけに学校をサボってみた。

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俺の通う高校は自宅からやや離れている。だから、通学には電車を利用している。

今日もいつもと同じように駅の改札を抜けようとしたら、見知らぬ女子高生に定期券を奪われた。

本当に、見知らぬ女子高生に定期券を奪われたのだ。

「すみません、必ず返します。お金もお支払いします!」

そう言って俺の定期券をかっぱらうと、けもののような速さで目の前を駆け抜けていった。

「え、ええっ!?」

自分の身に起こった出来事が信じられず、頓狂とんきょうな声が出る。

確かに自販機でジュースを買おうとすぐ近くのベンチに通学カバンと定期券を放り出していたのは自分が悪いが、だからと言って、わかりました、それではお気をつけて、とはいかない。

とにかく彼女の後を追おうとカバンを手に取ると、今度は中年の男が肩で息をしながらこちらにやってきた。

「申し訳ない。実は今のは私の娘なんだ」

そう言って男は深々と頭を下げる。年の離れた相手にそんなことをされては逆にこちらも困る。

「い、いえ、大丈夫です。それより今の……」

「ああ、君の定期は必ず取り戻す。あとでちゃんとおびもさせていただきたい。ただ、本当に申し訳ないがとにかく今は娘を追いかけないと。今日の分はこれを使って欲しい」

男は一万円札と名刺をこちらに渡してきた。俺は少し迷ったが、この際だからともらえるものはもらっておくことにした。

「本当に申し訳ない」

そう言って先を進もうとする男の顔はすでに疲れ切っていて、到底、あの駿足しゅんそくの女を捕まえられるとは思えなかった。

「僕が代わりに追いかけます」

「えっ?」

こちらの言葉に男は驚いた顔をする。

別に大した理由はなかった。定期が盗られたとなれば学校を遅刻する名分としては申し分ないし、恐らく先ほどの一万円はこのままもらえるのだから、それなら早く定期が返ってくればそれだけお金が浮くことになる。

彼女の向かったホームがどれかはちゃんと見ていたし、幸いにも今から急げば彼女と同じ電車に乗れそうだった。

「何かあればいただいた名刺の連絡先に電話します」

そう言って頭を下げると、すぐに乗車券を買ってホームへと続く階段を駆け上がった。

ちょうど電車は出発する寸前で、俺は滑り込みで何とか間に合うことができた。このホームには片側からしか電車が来ないから、彼女は間違いなくここに乗っているはずだ。

結果から言うと、彼女を探すのは想像以上に時間がかかった。追っ手を恐れてできるだけはしっこの方に座っているだろうとは思っていたけど、前後どちらかというところで勘が外れて車内を一往復する羽目になったのだ。

「おい」

女子はこちらに気が付くと一瞬ビクリとしたあと立ち上がって、改めて頭を下げた。

「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」

彼女の行動に車内がざわめく。これじゃあ俺の体裁もあまりよくない。

「いや、謝らなくていい。とりあえず定期だけ返してくれれば」

幸いにも彼女は素直に返してくれた。代わりに俺は自分の乗車券を彼女に渡す。

「降りるときは代わりにこれ使って。悪いけど足りない分はそっちで頼むよ」

「あ、えっと、お金、お支払いします」

「いいよ。あれからすぐに君の父親が来ていくらかお金をくれたんだ」

一万円ももらったことはあえて伏せておいた。

「そ、そうですか……」

「となり座ってもいい?」

「ど、どうぞ」

腰を下ろして彼女を見る。髪は長くきれいに整えられていて、制服も変にいじることなくちゃんと着こなしている。どちらかというとむしろ真面目で大人しそうな見た目をしていたから意外だった。

「……高杉香奈です。北山高校の2年生です」

「えっ?」

「そ、その、自己紹介をした方がいいかと思いまして……」

「ああ、そういうことか。南山高校の2年、佐々蔵太一。えーっと、よろしく」

自分で言いながら、定期を盗られた相手によろしくはおかしいよなと思った。

「それにしても北山高校なんてすごいな。相当頭がよくないと入れない」

残念ながら俺は学力が足りず、北山高校への受験を諦めた側だった。

学力に限らず、北山に通う生徒はいわゆるお金持ちが多く、二番手の南山はそのブランド力においてもかなりの差をつけられている。

「みんなはともかく私は大したことないですよ。今だって学校に行くのが嫌で、逃げようとしてあなたに迷惑をかけてしまったばかりですし」

「あれはそういうことだったのか」

その時、電車が駅についた。乗っていたのは急行だったから、ここで降りないと次はしばらく先の駅まで降りることができなくなる。

「……あの、降りないんですか? あ、これから一緒に警察に行く……とかですか?」

恐怖のためか彼女の顔は引きつっていた。

「そういうんじゃないよ。これ、高杉さんはどこに向かってる?」

「えっ、私ですか? いえ、特に当てはないですけど……」

「ならもう少し一緒にいてもいい? もし嫌じゃなければ」

「も、もちろん、それは構わないですけど」

彼女は困惑していた。

電車はドアを閉めて、また少しずつ加速していく。

「初めて学校サボったな」

ふとそう思って口にした。

「えぇ、もしかしてあなたも皆勤賞とかでした……?」

「えっ、皆勤賞? いや、遅刻や風邪で休んだ時はあるし全然そんなんじゃないけど」

「そうなんですね。よかったぁ……」

「なに? もしかして今日まで皆勤賞だったの?」

彼女はちょっと恥ずかしそうに笑う。

「はい。体が丈夫なのが取り柄で、小中高と今まで皆勤賞でした」

「その記録をこの逃走劇でぶった切ったのかよ」

「そうなりますね」

俺は彼女の行動がおかしくてつい笑い出してしまった。今まで真面目だった人が、ある日、急にこんな大胆で典型的な逃走をはかるなんて。そんなの馬鹿げている。

「えぇ、そんなにおかしいですか?」

「人の反動って怖いなと思って」

「そんなこと言わないでくださいよ!」

「それより、行く当てはないって言ってたけど、どの駅で降りるかも決めてないの?」

「最初は終点まで行ってやろうと思っていたんですが、さすがに遠すぎるので現実的に次かその次の駅くらいで降りようと思っています」

「あはは、確かに。もしどっちでもいいなら2つ目の駅がいいな。次の駅は前に行ったことがあるんだ」

「それじゃあ2つ目で決まりですね!」

電車を降りると、俺たちはまず構内に掲示された駅周辺のマップを確認した。それによると、近くに県営の大きな公園があるらしく、せっかくだからそこに向かってみることにした。

「いい感じに晴れてますね! の光が気持ちいいです」

この頃には彼女はすっかり警戒心を解いていた。

「そうだな。学校をサボるのにちょうどいい天気だ」

「このままじゃ公園に行ってすぐ戻ったとしても午前の授業は全滅ですよ?」

「それなら公園で弁当まで食べて帰るか」

「あはは、変な人ですね」

「高杉さんがそれ言う?」

「それを言われたら身もふたもありません。ところで、私ずっと気になっていたんですが」

急に改まった感じを出してきたから、俺は何だと思って彼女に目をる。

「太一さんはどうして私に付いて来てくれたんですか?」

「ああ、そのことか」

それについては、実はただ学校をサボっても怒られない言い訳ができたからとかお金を浮かしたいからとかいう他にも理由があった。

「ただ、いつもとちょっと違うことがしてみたかっただけだよ」

「違うこと、ですか?」

「定期を盗られた時、焦ったけど少しわくわくした。自分でも変だと思うけど、学校サボって高杉さんを追いかけて、いつもと逆方向の電車に乗って、遠くの、行ったことない場所に来て、そういうのが楽しかったんだ。だからあの時も途中で帰りたくなかった」

「反動、ですか」

からかうようにニヤリと笑ってそうたずねてくる。

「まあね。それに今日の授業は俺の苦手な教科ばかりだった。あはは、これじゃあ人のこと馬鹿にできないな」

「まったくですよ!」

彼女は楽しそうに空を見上げた。

「でも、ありがとうございます」

「そう言ってくれてよかった」

ゆっくりとまた前を見ると、視線の先では目的地の公園が、白い陽光に照らされて青々と映る木々をたずさえて、俺たちを歓迎してくれていた。

【終わり】


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