引っ越し先で隣の部屋になった高校時代の元カノと付き合い始めて一ヶ月が経った。

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不思議なことに、最近付き合い始めた彼女と俺はマンションのとなり同士の部屋に住んでいる。

あえてそうしたのではなく、たまたま俺が引っ越した先のとなりの部屋が高校時代の元カノの部屋で、別れてから6年の月日が経った今、まさかの復縁することになったのだ。

こうして考えてみてもほとんど奇跡のような出来事だったと思う。

昨日はそんなことを思いながら眠りに落ちたせいか、夢の中では付き合うに至る瞬間のシーンが上映された。

――ハグよハグ! なに勘違いしてんの!

――えぇぇぇ、今のハグ? キスじゃなくて!?

夢の中の俺がそう叫んだところで目が覚めた。二度寝しようと思ったけど、もう眠れそうになかったから仕方なく体を起こす。

「……あそこは普通キスだと思うじゃん」

掛け布団に向かってぼそりとつぶやく。さすが俺の人生の中でも指折りの恥ずかしい場面なだけあって、なかなか忘れさせてはくれないようだ。

ベッドのすぐ横ではカーテンの隙間すきまからが差し込んで、まるで見えない光の壁が部屋の中を横断しているようだった。きっともういい時間なのだろう。

俺は少しうらめしい思いでベッドから出ると顔を洗って朝食を食べることにした。

今日は土曜日。仕事は休みだ。

彼女とは明日会うことになっているから今日の予定も特にない。別に会う予定のない日だってとなりに住んでるんだから何だかんだ顔を合わせるんだけど、何にせよ今は向こうが出かけているらしい。

一通りの身支度みじたくを済ませると、俺はテレビの前に座ってゲーム機の電源を入れた。最初は彼女も興味を持って一緒に遊んでくれたけど、次第に飽きてしまったようで、今じゃこうして何も予定がない時に一人で進めておかないと他にするタイミングがない。

しばらくゲームをしているととなりの部屋のドアが開く音がした。きっと美咲が帰ってきたのだろう。

それからまた15分くらいして、今度は向こうの部屋からコンコンとこちらの壁を叩く音がした。

これは俺たちの間で自然発生的に生まれた合図で、もしこちらも暇ならコンコンと返事をすることになっている。暇じゃなければそのままスルーだ。

ちょうどゲームも切りの良いところまで進んでいたし、俺は壁をノックし返した。すぐにとなりの部屋のドアが開く音がして、今度はこちらのドアが開いて、美咲が中に入ってきた。

「よっ、お疲れ」

「お疲れ! あら、またそのゲームやってるの?」

「うん。美咲が一緒にやってくれなくなったから、こうして一人寂しく進めてるよ」

「だって私、そのゲーム全然上手くできないんだもん」

「30分かけてやり方とコツを教えて、開始5分で死なれた時は逆にびっくりしたよ」

「うるさいわね! それより昼ご飯食べた? ご飯余ってるから一緒に食べようと思ったんだけど」

「おっ、食べる! やっぱこういう時にとなり同士だと便利だよな」

「この前はお互いにお互いをアテにしたせいで夜ご飯がまったくなかったけどね」

「あはは、確かに。でも一緒に外食できたしあれはあれでよかったな」

その言葉に照れたのか、ちょっとほほを染める美咲を見て、何だかこちらまで恥ずかしくなってしまった。

「……自分で言っといて顔を赤くしないでよ」

「いや、だって、美咲が照れるから」

「それは……。でも、そう言ってくれて嬉しいわ。ありがとう」

「うん。どういたしまして」

高校の時は自分の気持ちを素直に言わなかったせいですれ違いが起きたから、今度はちゃんと思ってることを美咲に伝えるようにしている。

「ちょっと待ってて。ご飯の用意してくるわ」

「いや、俺も手伝うよ。作ってもらうだけじゃ悪いし」

「意外に礼儀正しいのね」

「それ、最初に菓子折り持って挨拶しに行った時も同じこと言われたな」

「そうだったかしら?」

そうして今度は2人で美咲の部屋に行った。食材を温めて、お皿に移して、それらを全部テーブルの上に乗せる。

「いただきます!」

俺たちは口をそろえて言った。

「そう言えば、帰り道に通った公園の花がきれいに咲いてたの。よかったらご飯食べたあと一緒に散歩しない?」

「へー、いいじゃん。行こう」

彼女は嬉しそうに笑う。その様子を見て、俺も何だか心が軽くなる。

ご飯を食べ終わって食器を洗うと、俺は荷物を取りに一度、自分の部屋へ戻ることにした。

「それじゃあ10分後に下で」

「わかったわ。……ねぇ」

振り返ると、美咲が真っ直ぐにこちらを見つめてきた。俺はその表情に見覚えがある。

「……ハグか?」

彼女はふふっと笑って答える。

「違うわ。今はもう一つの方がいい」

不覚にもドキッとさせられる。胸の奥から温かくて少しとろみのある甘い感情がき上がってくる。きっとこれが幸せという感情なのだ。

俺はこくりとうなずくと、またあの時みたいに1歩2歩と美咲に近づいていった。

【終わり】


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