友達を通じて女子から手紙をもらったけど名前がまさかのイニシャル。

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「遅い!」

山本から昼休みに話したいことがあると言われて、わざわざ彼の指定した裏庭まで来たというのに、まさかその場で15分も待たされる羽目になるとは。

「すまない! ノートを取るのに手間取ってしまって」

彼は両手を合わせて素直に頭を下げる。こいつはこれまでに幾度いくどとなく遅刻を繰り返しているから、こういうところの謝り方だけはよく心得ている。

「はぁ、別のクラスだとこういう時に不便だな。お前の遅刻ぐせは一体どうすれば直るのか」

「俺の人生、遅刻と付き合い続けて早16年だ。ここまでくると直そうとしてもどうも体が修正をこばんでくる。もはや一種の病気じゃないかと思うくらいだ。ところで佐野よ、ちょうど昨日、遅刻に関する面白い記事を見つけたんだが」

こいつは一度しゃべり出すとなかなか止まらない。どうでもいいことにおよそ役に立たないトリビア的知識とレトリックを織り交ぜて延々としゃべり続けるのだ。

「その記事によると遅刻するなと言われ続けている遅刻癖のある人間と、何も注意されていない遅刻癖のある人間とでは、後者の方が遅刻が直るケースが多いらしい」

「それは遠回しに俺に遅刻について責めるのをやめろと言っているのか?」

「解釈は君の自由だ」

俺はふんと鼻を鳴らす。

「俺から言わせると、遅刻するなと言われても直らないような筋金入りの遅刻者なんだから、そりゃあそいつらの方が直りにくいだろうってだけの話だ」

「なるほど。しかし君もなかなか疑い深いな」

「疑うのはいいことだ。疑って、ちゃんと真実を知ろうとするなら」

「ならばぜひ遅刻癖について一緒に調べよう。真実を求めて」

「その真実はどうでもいい。興味がない」

「悲しきかな。ところで、そんな懐疑心かいぎしんあふれる青年に渡したいものがある」

「というかそれが本題だろ。今までくだらない話に付き合わせやがって」

「時として導入は本題よりも重要だ。特にたくさんのオーディエンスがいる場面ではな」

「お前の目にはここに群衆が見えているのか? いや、いい。とにかく話を続けてくれ」

山本はまだ話し足りなかったのだろう、少し残念そうな顔をしながら背中の後ろで組んでいた両手を前に持ってくる。その手には2つ折りにされたかわいらしいメモ帳がにぎられていた。

「受け取ってくれ」

紙の上では印刷されたクマのキャラクターが踊っている。どう考えても山本からの手紙ではなさそうだ。

黙って受け取ると、少し悩んだが、その場で紙を開くことにした。

もしよければ放課後、保健室裏の花壇かだんのそばに来てください。

A・Fより

「くだらない。ここまで典型的だと突っ込むのも難しいな」

「ほう。つまり、これはいたずらだと言うのかい?」

「当然だ。大体、A・Fなんて、何かしら用のあるやつがイニシャルを使う理由なんてないだろう。ただ実在する女子の名前を使うのがはばかられたから適当にごまかしたのに決まっている」

「なるほどな」

「それと同時にお前にはがっかりしたぞ。こんなことをするなんて」

「どう解釈するも君の自由さ。ただ、もしいたずらだとして、これはそんなに悪いことなのかい? ちょっとした悪ふざけじゃないか」

「人によりけりだ。少なくとも、お前は俺がこういうのを嫌がるタイプだと知っているだろう。知っててやっていることにがっかりしたんだ」

「ふむ、なるほどね。いずれにせよ僕の役目は手紙を渡すところまでだ。これにてお役ごめん。貴重な昼休みを使わせて悪かったね。僕は戻るよ」

期待とは裏腹に、彼は手紙について謝るでも弁解するでもなく、ただ淡々と来た道を戻っていってしまった。こうなると俺は怒りの矛先をどこに向ければいいのかわからなくなる。それどころか、自分にどこか落ち度があったのではないかと不安にさえなってくるから不思議だ。

ひとまず売店で買った売れ残りのパンを食べながら、先ほどの手紙について思い返してみた。

まずはA・Fのイニシャル。よくよく考えてみると俺の友達にA・Fに該当する名前を持つ人はいない。いや、そもそもこれが人の名前とは限らないか。例えば、April Fool(エイプリルフール)の頭文字でしたなんて可能性もある。今は四月じゃないけど。

気になるのは手紙の筆跡だ。意外なことにそれは女子のものだった。これがいたずらだとして、わざわざこんなくだらないことに付き合ってくれる女子がいるのだろうか。

うーん。小癪こしゃくなことに山本にはそれなりに女友達がいるから、一応、それ自体は不可能じゃない。

ただ、何よりも引っかかるのは、あの山本の態度だ。冷静になってみると、俺の知る山本は人が何をされたら嫌がるのかちゃんと考えるし、進んで人の嫌がることをするようなやつじゃない。

まさかあの言葉が自分に返って来ることになるとは思わなかった。

――疑うのはいいことだ。疑って、ちゃんと真実を知ろうとするなら。

仕方がない。もう一度、彼に会って話をしてみよう。

5限の授業が終わって山本のクラスに向かった。正直、他クラスに足を運ぶのは気が引けたが、スマホで連絡してもすぐ返事が来るかわからないし、なによりタイムリミットは放課後までだ。今となってはなりふり構っていられない。

教室の入り口から中をのぞくと、山本は他の生徒と話をしていた。どうやら男女5,6人のグループに混じっているらしく、たびたび視線を変えながら何かをしゃべってはみんなで笑っていた。

もしかしたら、手紙を書いた女子もあの中にいるのかもしれない。

たまたま山本と同じクラスに知り合いがいたから、捕まえて色々いてみると、やっぱり山本はよくあのグループで一緒にいるそうで、そして、その内の一人は「秋山ふみ」という名前の女子だった。

その時、山本がこちらに気付いて手を振ってきた。隣にいた秋山ふみを見る。意外なことに、彼女も俺に向かってニコリと笑いかけてきた。

「君がわざわざうちのクラスまで来てくれるなんて嬉しいよ」

山本はすぐに1人で俺のところまで来てくれた。

「初めて来たけど、やっぱりこのクラスは男女の仲がいいみたいだな」

「他のクラスでもよく言われているみたいだね。こういうのはクラス毎に特徴が出る。7組が犬猿の仲ならこっちは水魚の交わりだ。それより、何のためにここまで?」

「有言実行だよ。疑うだけじゃ悪いからな。ちゃんと真実を知ろうと思って」

「ああ、手紙のことか。やっぱりちゃんと考えてくれたんだね」

そう言って、少し嬉しそうな、安堵あんどしたような優しい表情を見せた。

「2つきたいことがある」

「何でもどうぞ」

「まず、お前はさっき自分の役割はここまでだと言った。つまり、他にも関係する人がいて、しかも主犯は山本じゃないってことか?」

「もちろん他に関係する人はいるよ。そして主犯が何を指すのかはわからないけど、手紙を書こうと決めたのは僕じゃない」

「なるほど。それじゃあ2つ目だ」

呑気のんきなもので、山本は何が来るのか楽しみという顔をしている。

「秋山ふみについて教えてくれ」

彼はふふと嬉しそうに笑った。

「やけにピンポイントできたね」

「もう時間がない。たぶんこれが最後の質問になるからな」

「ああ、ほんとだ。次の授業まであと1分もないみたいだ。それじゃあ手短に言うよ。彼女は僕の友達で、たぶん女子の中で一番仲がいい。本当に色んな話をするんだ。例えば、お互いの友達の話とかね。それで彼女の性格は明るくて人懐っこい。懐疑的かいぎてき偏屈へんくつな君とは一周回って相性がいいと僕は踏んでる」

最後の一言で不覚にも俺はドキリとさせられてしまった。

「相性がいいって……いや、その前に懐疑的で偏屈とは聞き捨てならん。そもそも」

校内にチャイムの音が響き渡る。ああ、こんな時に。何てじれったい。

「早く戻った方がいいぞ」

「くそ、不本意だけど仕方ない。とにかく質問に答えてくれてありがとう。昼休みはよく話も聞かずに怒って悪かった」

「礼には及ばない。そして、びにも及ばないよ」

俺は山本の寛大さに感謝しながら、急いで自分のクラスへ戻っていった。

放課後になって、約束の保健室裏を訪れる。これがいたずらかどうかは今でもよくわからない。ただ、いたずらじゃない可能性もある。

もしも相手が覚悟と勇気をもって手紙を書いてくれたのなら、こちらも相応の覚悟で応えなければ不義理だ。手紙を無視するなんてことは相手をバカにしてるし、それで相手が傷ついても構わないと思うような人に俺はなりたくない。

そう考えてみると、何だかんだ言っても、俺はこうしてこの場に来ていたんだろう。手紙についてかくかく思索しさくしたり、山本のクラスまで行ってしかじか詮索せんさくしたりは必要なかったのかもしれない。

必要なかったのかもしれないけど、なぜだろう。きっとそういうのを通してきたからか、今となってはたとえこれがただのイタズラだったとしても、山本やその仲間たちを怒る気にはなれない。

「来てくれたんだ。ありがとう」

声に気付いて振り向くと、そこには秋山ふみが立っていた。俺の心臓は途端にギアを上げる。

「ごめんね。待たせちゃった?」

「ああ、いや、俺も今来たところだ」

「そっか、よかった!」

そう言ってニコッと笑う彼女には無垢むくな感じがあって、確かに人懐っこいという言葉がぴったり当てはまりそうだと思った。

「それで、どうしてここに?」

「うん。伝えたいことがあって」

やっぱりあの手紙は本物だったのだ。胸の鼓動はギアが壊れたのかと思うくらい、苦しくなるほど速くなっていた。

「その、もしよかったら私と友達になってくれないかな」

「……え?」

その時、ドタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。何かと思っていると、校舎のかどから息を切らした山本が現れた。

「はぁ、はぁ、間に合った……」

肩で息をしながら苦しそうに言う。

「何も間に合ってないわよ。もう全部、自分で言っちゃったんだからね」

俺は完全に状況がわからなくなっていた。

「これは、どういう……」

「いやー、すまない。実はね、彼女に君の話をしていたら、ぜひ一度会ってみたいという話になって」

「それだけ、か?」

「ああ、それだけだ」

俺は体中の力が抜けて、「はぁ」とゆっくり長い息を吐きながら、近くにあったひざの高さほどの花壇かだんに座り込んだ。

「いや、それならわざわざこんな回りくどいことをする必要はなかっただろ」

「それは、まあ、こっちの方が面白そうだと思ってね」

「結局イタズラじゃないか!」

「だから言っただろう。びには及ばないって。昼休みに君が怒った時はかなり焦ったけど、その後の様子を見てたらこれは実行可能だと思ってね」

「えっ、怒ってたの? ごめんなさい。仲良くなりたかったけど、やり方を間違えたみたい……」

「いや、いいよ。怒る気になれない。そうだ、よかったらこれから3人でカフェでも行かないか? 近くに新しい店ができたんだ。そこならゆっくり話もできる」

「すまないが先約がある」

「ごめんなさい。私も今日はちょっと……」

「何だよこれ!」

そのやりとりがおかしくて、俺たちはお互いにそれぞれの顔を見ながら3人で一緒に笑い合った。

【終わり】


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