今の自分と15年後の自分で考え方がかなり変わっていた。

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5歳の誕生日を迎えた夜、空にはキレイな満月が出ていた。寝る前に部屋の窓からぼんやりとそれを眺めていると、突然、となりに若い男が現れた。

何の脈絡もないけど、それが15年後の自分と初めて出会った瞬間だった。どんな話をしたかはもう覚えていない。5分ほど話すと彼はまた消えてしまった。ただ、それから1ヶ月に1度、不思議なことに満月の夜になると15年後の俺が部屋に現れるようになった。

一体、どうなっているんだ。

そういたけど向こうの俺にもわからないらしい。彼もふと気付いたらここにいて、すぐにまたもとの世界へと戻っていくのだそうだ。

面白いことに「15年後の自分」というのはそれから年月を経ても固定されていった。つまり、10歳の時には25歳の俺が、15歳の時には30歳の俺が登場したのだ。

そして、俺が幼い頃にはプロ野球選手になった自分、学者になった自分、起業家になった自分などバラエティ豊かな俺が顔を出してくれていた。ところが、歳を取るにつれて普通の会社員となった自分が出てくるようになって、しかもその頻度は次第に上がっていった。

それが自分の将来における可能性を示唆しさしていたのだと気付いた頃にはすでに時遅く、俺は二十歳はたちを目前にしていた。

「何だか、悪かったな」

19歳最後の満月の夜、俺は15年後の自分に向かってそう言った。彼はやっぱり普通の会社員だ。

「ん、何がだい?」

34の俺は落ち着いた声でたずねた。

「昔はもっとすごい俺が来てた。それだけ可能性があったってことなんだろ。だけど歳をとるにつれて可能性は狭まっていった。何かに熱中することも、大して努力をすることもなかったから当然だ。この歳までほどほどに遊び続けた結果、俺は普通にしかなれなくなったんだろうな」

「ははは、そう言われるとむしろ俺が責められているみたいだな」

「そういうつもりじゃ」

「いいんだ。気持ちはわかる。そりゃあ今の俺は大した技能もないし、目立った功績も残してない。かつての君が見ていた将来の自分に比べたら、ずっとつまらないものだろう」

彼は穏やかにそう言った。その様子を見て何だか腹が立った。どうしてそんなにのうのうとしているんだ。小さな自分でいることになんの劣等感も悔しさも感じないのか。気持ちはわかるよなんてすんなり受け入れて、それじゃあまるで負け組じゃないか。

気付けば俺は口を開いていた。

「あんたはそれでいいのかよ。頑張っていればすごい自分になれたんだぞ。悔しくないのか。もっと頑張れよ過去の自分って思わないのか」

彼は俺の言葉にも表情を崩さず、にこやかに答える。

「そんなふうに悩んでた時期もあったな。俺はいざとなればできるんだって無意識に思い込んでたから」

何だか嫌な予感がしてごくりとつばを飲み込んだ。彼は続いて口を開く。

「だけどね、30をこえるといよいよ人生の道筋を変えるのが難しくなって、現実を受け入れざるを得なくなる。ひとまず受け入れて、これまで積み重ねてきたものの中から将来を考えないといけなくなるんだよ。

それはつらいことだけど、受け入れてしまえばすっかり楽になった。自分の無力さを認めて、でもその中で何ができるかを考えることで初めて気持ちが前向きになる」

「でも、それって虚しくないのか。白旗を振るようなもんじゃないか」

「そもそも君は誰かと戦っているわけじゃないし、誰かと競う必要もない。ただ学校の試験や仕事のノルマで、自分なりの結果を出せるかどうかだけを気にすればいい」

「そうかもしれないけど、俺はこれまで競争の中で生きてきたんだ。みんないい点数を取っていい大学に通って、そしてこれからはいい会社に入ろうとしてる。いきなり周りは周り、自分は自分って言われてもそんなの負けを認めたようにしか聞こえないよ」

「競争ってのはキリがない。どれだけ行っても上には上がある。だから競争が好きなやつだけが続ければいい。競争を意識するせいで自分が苦しくなるなら、そんなの気にしない方がいいんだ。それは負けを認めるというより、折り合いをつけるってことだと思ってる」

「…………」

いまだに納得していない様子の俺を見て、彼は「はぁ」とため息をついた。

「君は勘違いしているかもしれないけど、俺にはこれといった後悔はないし今もわりと幸せだよ」

「えっ」

その言葉が意外なものに聞こえた。考えてみると、俺は勝手に彼の今を悔やむべきものだと決めつけていたのだ。

「苦しいこともあったけど、そこそこ楽しんでここまで生きてきた。今は奥さんがいて子供にも恵まれた。両親は元気で、学生時代の友達とはたまに会うし、多くはないけど会社にも仲のいい同期やよくしてくれる上司がいる。愛すべき人たちがいて、それなりに僕も愛されて、ひとまず健康に過ごしている。特別なものは何もないけど、僕は君が思っている以上に幸せだ」

彼の考えを否定するつもりはない。だけど、それは普通の幸せだ。とても有難ありがたいものだけど、あくまで普通なのだ。

俺はちょっと寂しさを感じつつも、目に映る穏やかな笑顔には曇っているところがなくて、ひとまず彼の言葉が本心から来たものだということは信じざるを得なかった。

「そうか、幸せか。それならいいか」

満月を見ながらぼんやりとつぶやいた。

「なあ。もしも15年後の俺が――」

そう言って振り返った時には彼の姿はなかった。

「まじかぁ……」

大きくため息をつく。肩透かしをくらった気分だ。

まあ、次会った時に話せばいい。そう思ってベッドにもぐり込む。

その日はぐっすりと眠りにつくことができた。

次の満月が来たはちょうど誕生日だった。俺はここしばらくで初めて彼と会うのを楽しみにしていた。いつものように自分の部屋からぼんやりと黄金色の月を見上げる。

「あなたは誰?」

ふと声がして横を向くと、そこには小さな男の子が立っていた。否定する余地はない。それは間違いなく幼少期の俺だった。

「どういう……?」

頭が混乱して言葉が出ない。小さな俺は不思議そうな表情で俺を見つめている。

数秒が経って、ようやく頭の整理が少しついたところで俺は少年に質問してみた。

「君は、何歳だ?」

「今日で5歳になったよ」

返ってくる答えは何となく想像がついていた。15年前、初めて未来の自分と出会った時の会話を思い出せないのが悔やまれる。きっとこれからは俺が過去の自分に呼ばれる立場なんだろう。

「お兄さんは何歳?」

「俺も今日で20歳になったんだ」

「そうなんだ、お誕生日おめでとう!」

無邪気に笑う少年を見て、俺は昔の自分がこんなに可愛かったのかと驚かされた。

「ありがとう。そっちこそ誕生日おめでとう」

「ありがとう!」

5歳の俺はニコリと笑って窓の外の満月に視線を移した。恍惚こうこつと黄金の球体に見入っている。

「将来の夢はあるかい?」

しばらくしてそう尋ねると、少年は「うーん」と頭を悩ませてからあっけらかんとして答えた。

「お父さんみたいになりたい」

それは予想だにしない返答だった。昔の俺はそんなことを考えていたのかとすっかり感心させられる。それと同時に、思い返してみると34の俺は父親に似ているところがあったような気がした。

「なれるといいな」

そう言って少年の頭をなでる。彼は「うん!」と大きく頷いた。

考えてみると、これまで未来の自分はみんな、一度たりとも俺に勉強をしろスポーツをしろ、熱中するものを見つけてもっと努力をしろ、というようなことは言ってこなかった。

その理由が何となくわかった気がする。

少しだけ大人びた気持ちで視線を戻すと、窓の外の月はやっぱりキレイだった。

【終わり】


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