幼なじみにさよならの挨拶をするため霊園に行ってきた。

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電車で駅を6つ越えて、バスでバス停を7つ抜けて、そこから歩くこと15分。佐月が眠っている霊園に辿たどり着く。さらにそこから階段を登ること51段、歩くことおよそ30歩、ようやく彼女の墓石の前に立った。

水をんだバケツをわきにおいて、石の前に近所のたい焼き屋さんで買ったチョコレートたい焼きをおそなえする。これは餡子あんこの代わりにチョコレートが入っていて、生前の彼女が好きでよく食べていたものだ。

「こうしてお参りに来るのは何度目だろう」

暮石にられている彼女の名前を見つめてつぶやいた。

「ずっと一緒にいたのに17の時に急に事故でいなくなっちゃうんだもんな。しかも誕生日の3日前に。せっかく盛大に祝おうと思ってたのに計画がおじゃんだ。びっくりしたよ。

大学は一緒に東京の大学を受験しようって言ってたのに。あれから結局、俺は地元の大学を受けることにして、代わりによくこうして挨拶しに来たな」

周りに人はいなかった。たとえいたとしても、今日はたくさん彼女にしゃべりかけようと決めていた。

「不思議なことにここにいるといつまでもぼんやりしてられるんだよな。小学生のころ一緒に神社で遊んだことや、中学で街まで出かけて2人で映画を見たこと。俺の私服がダサいとか言って、服を見にあちこち連れ回されたのは高校になってか、いや、それも中学だったっけ?」

もう涙は出ない。それほどこの場所には何度も来ていたし、ここで何度も同じことを繰り返していた。

「あれから4年が経った。さすがに気持ちの整理はついてる。そう言いたいんだけど、やっぱりダメなんだよな。まだ心のどこかに未練がある。ふとした時にもしも佐月がいたらって思ってしまう。また佐月が目の前に現れてくれることを願ってしまうんだよ。

俺は自分が思ってるより強くないみたいだ。佐月のことを忘れたいわけじゃない。でも前を向いて歩くには過去から離れることが必要なんだ」

俺はカバンの中から書類を取り出して前にかかげた。苦労した末にようやく手にした企業の内定通知だ。

「何とか就活も上手くいったよ。それで、東京の本社に配属されることになった。ずっと地元がいいって伝えていたから東京行きを打診された時は悩んだけど、ちょうどいいきっかけだと思って受けることにしたんだ」

書類をカバンの中にしまう。それから大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。これを伝える時はできるだけすっきりとした気持ちで言いたいと思っていた。

「だから、これでいったんのさよならだ。もちろんお盆や正月には会いに来るけど、もう前みたいに頻繁ひんぱんには来れなくなる。今までありがとな」

「こちらこそありがとね」

後ろから声が聞こえて、俺はカエルみたいに飛び上がった。そこには俺と同い歳くらいの女性が立っていた。

「……佐月?」

「4年経ってもわかるものなんだね。嬉しい」

あの頃よりも長くなった黒髪が風に吹かれて揺れる。呼吸も忘れるほど驚いたけど、彼女を目の前にして心臓の鼓動がちゃんと大きくなって、そのおかげでまだ冷静さを保つことができた。

「死んだんじゃなかったのか?」

「そのはずなんだけど、気付いたらここにいたの」

佐月は眉尻を下げてあははと困ったように笑う。

「気付いたらって……」

「でもあまり時間はなさそう。少しずつ体が消えていく感じがする」

「えっ」

せっかく会えたのにまた消えてしまうのか。そんなのあまりに残酷じゃないか。彼女にとっても、俺にとっても……。

「だから、さっさとこれをいただくわ」

そう言って俺を横切ると、佐月は暮石の前のたい焼きを口にくわえる。

「おいしー!」

体を丸めて歓喜の声を上げた。

「やっぱり石田屋のたい焼きは最高ね。この味は忘れられないや。あの世にもいくつかお土産みやげ持っていけないかなぁ。ほら、冥土めいどの土産ってやつ?」

彼女は1口分なくなったたい焼きを片手にこちらを向いて首をかしげてくる。

「……俺に聞かれてもわかるかよ」

「そうだよねぇ」

佐月は残念そうに肩を落とす。俺は自分の記憶にある佐月そのままに反応する彼女を見て何だか安心感がいてきた。

「見た目は変わっても中身はあの頃のままか」

「それどういう意味よ!」

「それより佐月に伝えたいことがある」

あきれたことに「ん?」と彼女が反応した時にはすでにたい焼きは跡形もなく消えていた。

「まずはこれを受け取ってほしい」

カバンの中からラッピングされた小さな箱を取り出して彼女に手渡す。

「何これ?」

「開けてみ」

彼女は包みを開いて、1センチほどの羽の形をしたネックレスをてのひらに乗せた。

「えっ、めちゃかわじゃん!」

「もともと誕生日に渡そうと思ってたんだよ。今日でしばらく来れなくなるからって家から持ってきて本当によかった」

「ありがとう! 嬉しい!」

彼女はすぐにネックレスを着けようとしたけど、あまり器用じゃないから中々着けられない。

「ちょっと後ろ向いて」

髪をどけてもらって代わりにネックレスのかぎを穴に通す。彼女は「似合ってる?」と嬉しそうに笑いながらたずねてきた。俺はうんとうなずいて口を開く。

「それから、ずっと言えなかったけど好きだ」

「私も好き!」

「えっ!?」

想像以上に自然な反応で返されたから、意味が伝わらなかったのではと心配になる。

「好きってどういう……?」

「えっ、涼介と付き合いたいって好きだけど。なに、違うの? もしかして私かなり恥ずかしい勘違いした?」

「いや、合ってる。合ってるけど、挨拶でもしたのかってくらい軽かったから」

「あはは、ごめんごめん。それよりこのネックレス、羽の形なのは私が鳥好きだから?」

「うん。まあ鳥が好きってよりは鳥になりたいって感じだったけどな。空を飛びたかったんだっけ?」

「そうそう。よく覚えてるね! それでさ、ちょっと見てよ」

そう言うと彼女はひょいと空中に浮遊して、50センチほどの高さから俺を見下ろした。

「ふははは、すごいだろ」

「なんか腹立つな。にしてもさすが幽霊だ。いや、たい焼き食ってたから実体はあるのか? もうよくわからん」

「実はここに来る前にね、暗闇の中で声が聞こえたの。願いを3つ叶えてくれるって。1つ目は涼介の前に現れることで、2つ目に空を飛べるようになりたいって言った。本当に叶うって知ってたらもっとちゃんと考えたんだけどねー」

「あはは、まあいいじゃん。空を飛ぶのだって悪くないよ」

「そうね。ほら、手を出して。せっかくだから消えちゃう前に楽しまないと」

よくわからないまま手を差し出すと、彼女は俺の手をとって一気に上空へと高度を上げた。強烈な風圧に頭を殴られながら、眼下に広がる霊園はどんどん小さくなっていく。

「ちょっ! 待って! 待ってえええええ」

「あっ、そう言えば高いところ苦手だったね。大丈夫?」

「大丈夫じゃない! 絶対にその手を離すなよ」

「うわー、そのセリフ逆の立場で聞きたかったな」

ある程度の高さまで来ると彼女は上昇をやめて、俺たちは横一列に並んで水平に空を飛んだ。さっきまでいた霊園は10センチほどの大きさに縮んでいる。

「ねぇ、見て! あそこ梅の花が咲いててめっちゃきれいよ!」

「あ、ああ、ホントだ! すごい高い、じゃなくてきれい!」

普通に話すと風の音にかき消されてしまうから大声でしゃべり合った。

俺たちは霊園のあった山を越え、2人でよく買い物や映画を見に来た街を過ぎ、一緒に通った中学と高校を見下ろした。

「懐かしいねー」

「うん、懐かしい。ほんとに」

足のすくむような高さも、佐月としっかり手を握っていたからかしばらくするとちょっとだけ平気になった。

「私、もうダメみたい」

彼女は突然言った。

「えっ」

「ごめんね、そろそろお別れ」

「そうだ、3つの願い。まだ1つ残ってるだろ。それでもう少し時間を伸ばせないか?」

「実はその3つ目ももうお願いしちゃったんだ」

佐月が泣きそうな顔で笑うから、こっちも急に目頭が熱くなってくる。

「そんな、一体何に。まさかたい焼きが食べたいだったとか言わないよな」

「あはは、違うよ。最後はね、涼介や家族や友達のみんなが幸せになりますようにって願ったの」

今の俺はきっとひどい顔になっていると思う。涙をこぼしながら、それを何度もぬぐいながら、できるだけ佐月の姿を目に焼き付けようと必死で彼女を見つめた。

「俺、これから前を向いて生きてくから! 佐月みたいにたくさん笑って、東京では大変なこともあるだろうけど、それなりに楽しくやっていくよ。3つ目の願いは叶うから。だから佐月は安心して欲しい!」

佐月もすっかり泣きながら笑顔で答えてくれた。

「よかった。私はいつでも涼介のこと応援してるから。私の分まで幸せになってね! それで、ちょっとだけ欲を言うと、たまには私のこと思い出してね」

「忘れるわけ、ないだろ」

「嬉しい」

そうして佐月が顔を近づけてきて、彼女とくちびるが触れ合った瞬間、俺は目を覚ました。視界には見慣れた天井と照明器具が映っていて、体を起こして周囲を見渡すと、やっぱりここが自分の部屋なのだとわかった。

ハッとしてすぐに机の引き出しを開けた。次にもう一度、室内を見回して、なぜかベッドのそばに立てかけられていたカバンを見つけると中をあさった。やっぱりネックレスはなかった。

「……そうか」

きっとあれは夢なんかじゃない。

机の横に立つ姿見の鏡を見ると、両目の赤くれ上がった不細工な顔が映し出された。それがおかしくて声に出して笑う。

よしっと気合いを入れて背伸びをすると、俺は顔を洗うために1階の洗面台へと下りていった。

【終わり】


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