となりの席になった転校生が海外の人だった。

  1. トップページ >
  2. Twitter×短編 >
  3. 15作目

「彼女は今日から1ヶ月間、このクラスで一緒に勉強していく。みんなから彼女に色々と教えることもあるだろうし、逆にみんなが彼女から教えられることもたくさんあるだろう」

朝のホームルームで先生がそう言った。先ほど教室に入ったら、突然、俺のとなりに誰も座らないはずの机と椅子が1つずつ追加されていて、最初はちょっとしたホラーかとも思ったけど、つまりそういうことらしい。

だけど……。

「初めまして、エマと言います。アメリカから来ました。よろしくお願いします」

どうやら日本語の勉強を兼ねて最初の1ヶ月だけこの学校に通うらしい。その後は学校が提携する近くのインターナショナルスクールで授業を受けるのだそうだ。丁寧におじぎをしたあと、彼女は長い金色の髪をなびかせながら颯爽さっそうと席に座った。

海外の人と席をとなりにするなんて生まれて初めてのことだ。彼女はどんな性格をしていて何を考えているのか。何だか未知の生物を目の当たりにするようで、不安と緊張がぴりぴりと胸の底に走るのを感じた。

身構えながら彼女を見ていると、驚いたことに彼女もこちらを向いてきたから、おかげで緊張は一気に爆増した。

「I heard you speak English. I'm so lucky to have someone to talk with in my language. Nice to meet you.(あなたは英語をしゃべれるって聞いたわ。私と同じ言葉でしゃべれる人がいてホントによかった。よろしくね)」

全身が硬直した瞬間だった。

――え? 今、英語しゃべった? 俺に? なんで?

もちろん速すぎて彼女が何て言ったのかなんてわからない。最後のナイストゥミ―チューだけはわかったが、肝心の前文がごっそり耳からこぼれ落ちている。頭の中に疑問があふれ続けていた。

「Ah, you speak English, right?(あ、えっと、英語しゃべれるのよね?)」

反応のない俺を見て不安に思ったのか、彼女はちょっと困った表情で確認してくる。

さすがに今のセリフはわかった。どうやら彼女は俺が英語をしゃべれると思っているようだ。なぜ? 英語なんかしゃべれるわけないだろう。

それはともかく何かしらの返事をしなくてはならない。すでに答えの方針は決まっていた。俺は学校では一応、秀才として名が通っている。このようなクラスの生徒が見ている中で、少なくとも学問における分野で醜態をさらすことは俺のプライドが許さない。

「Oh, yeah. Nice to meet you.(ああ、うん。よろしく)」

俺は全力の虚勢でもって彼女の質問に答えた。何がオーイエ―なのだ。自分がとてつもなく滑稽こっけいに思えてくる。

返事を聞いた彼女は嬉しそうにニコリと笑った。その笑顔が恐ろしく魅力的なものだったから、俺は何だかますます申し訳ない気持ちになってしまった。

ホームルームが終わってすぐ、俺は事の顛末てんまつを確かめるため担任の先生を捕まえた。

「何だか俺が英語しゃべれるみたいになってるんですけど!」

先生は苦笑いを見せると視線をらして言う。

「いやー、ほら、朝倉は勉強ができるだろう。英語の点数もいいと聞くし」

「それとこれとはまったく別の話です! 英語はテストができるだけでしゃべるなんて芸当はできません」

「あー、そうなんだ。それはすまないね。実は彼女と一緒に教室まで来る途中、となりの席になる君のことを説明しようとしてね。英語の成績がいいことを伝えようとしたんだけど、わかんないから単にHe speaks Englishと言ってしまったんだよ」

「なんてことを……。エマさんは日本語はしゃべれないんですか?」

「ほとんどしゃべれないらしい。まあ、この機会に君が日本語を教えて、代わりに彼女から英語を教えてもらったらいいじゃないか」

先生はそう言ってさっさと教室を出て行ってしまった。確かにそうですねとは納得いかないが文句を言ったところで後の祭りだ。

それから仕方なく覚悟を決めて1日を過ごしたが、これがまあ地獄だった。彼女はことあるごとに無邪気な笑顔であれこれと質問してきて、そのたびに俺は虚勢に虚勢を重ねて応対を続けなければならなかった。もちろんわからないものはわからないから、彼女が何か言っても「オーイエ―」と間抜けな笑顔を振りきまくるしかなく、おかげで帰るころには顔中の筋肉が痛くなった。

しまいには彼女だけでなくクラスのみんなまでだましているように思えてきて、その日の放課後は罪悪感にさいなまれながら帰路につく羽目になった。

これにはすっかり頭を抱えた。いっそのこと自分の無能を正直に白状して事態を収束させようかとも思ったけど、今さらそんなことをする度胸はない。となれば解決方法は1つ。嘘を現実にせしめる他ないのだ。

俺は家に着くなり、帰り道の途中で買ってきた参考書を机の上に開いて勉強を始めた。

次の日、俺は登校するとすぐに彼女に向かって言った。

「I'm sorry I couldn't speak well yesterday. I'm not used to speaking English. It's better if we can talk by writing.(昨日は上手く話せなくてごめん。英語でしゃべるのに慣れてなくて、よかったら紙に書いて話せないかな)」

クラスのみんなが「おお!」と感心して羨望せんぼう眼差まなざしを向ける。当然だ。昨日、家でずっと添削と発音練習を繰り返してやっとこさこしらえた代物だ。多少はすごさを感じてもらわないと困る。

ところが、彼女はふふっと笑った。おかげで先ほどまでの自信が一気に不安に変わったが、すぐに彼女は笑顔で返事をしてくれた。

「Sure, of course we can.(ええ、もちろんいいわ)」

筆談となればこちらは電子辞書を使いながら文章を読み書きすることができる。みんなの前で自分の下手くそなスピーキングをさらす必要もない。ひとまずこれで目下の課題を解決することができた。

それは間違いないのだが、不思議なことに、それからというものの彼女は少しずつ俺をからかってくるようになった。

「Do you have a crush on someone?(誰か好きな人いる?)」

そんな紙を授業中に回してきて、こっそり辞書で意味を調べてから赤面する俺の様子を見て楽しそうに笑いをみしめるのだ。これが俺に心を許しているということなら結構だが、それはそれとしてやられっぱなしはこちらのプライドが許さない。

「Are you worried?(心配してるのか?)」

そう書きなぐって紙を彼女に返す。

「Yes.(そうよ)」

すぐに返事が来て、俺はつい彼女を見返してしまった。不覚にもドキリとしたのが悔しい。

彼女もこちらを向いてニコリと笑ったあと、また別の紙に何やら文章を書いてこちらによこしてきた。

「Obviously you have no such experience. What if you are caught by a bad girl. I'm so worried.(明らかにそういう経験なさそうだもの。悪い女に捕まったらと思うととても心配だわ)」

俺はドキリとしてしまった自分が悔しくて心の中で地団駄じだんだを踏んだ。くそ、この女め!

そうやって俺たちの交友はひっそりと続いていったが、自分でも気付かないうちに約束の1ヶ月が来てしまって、筆談を通して感じていた彼女のことを知る安心感も、自分の英語が通じた嬉しさも、授業中にふざける緊張感も、何より彼女と話をする楽しさも、すべてがきっぱり終わりを迎えることになった。

「This is the last class I take here.(これがここで受ける最後の授業ね)」

5限の授業中、彼女がそう書いてきた。この頃にはまだまだ不完全とは言え、俺もある程度、英語での筆談に慣れていた。

「Yeah, time really flies. I can't believe you won't be sitting next to me tomorrow.(本当にあっという間に時間が経った。明日は君がとなりに座ってないなんて信じられないよ)」

「You don't speak English, do you?(あなた本当は英語しゃべれないでしょう?)」

次に来た紙切れにいきなりそう書かれていたからギクッとした。今さら虚勢を張る必要もないし、正直に白状しようと思った。

「You knew it. I don't speak English, but I didn't want to admit it. Everyone was watching back then. That's not cool.(知ってたのか。うん、しゃべれない。だけどみんなの前でそう言えなかったんだ。かっこ悪いだろ)」

彼女は口に手をあててクスクスと上品に笑った。それからペンを持って何やら紙に書き込むと、それをこちらに渡してくる。

「I could have taught you.(私が教えたのに)」

その返事を見て思った。あの時、正直に英語をしゃべれないことを言ったとしても、それはそれでよかったのではないか。そうすればこれまでみたいに、今か今かとどうにも落ち着かない気持ちで彼女から紙切れが飛んでくるのを待つ必要なんてなかっただろう。教えてもらう名目でさっさと適当な質問を投げてしまえばよいのだ。

俺は返事を書かなかった。その代わり、先生にバレないようこっそりスマホを取り出して、英文の作成に授業の残り時間をつぎ込んだ。

チャイムが鳴ってとなりを向くと、彼女の方も俺が何をしていたのか気になったのだろう、不思議そうな表情でこちらを見つめ返した。

俺は少し息を吸い込んで気持ちに弾みをつける。最後くらい自分の声で伝えたい。

「I'll miss you.(君がいなくなったら寂しくなると思う)」

彼女は目を丸くして驚いたあと、いつもの笑顔に戻って言う。

「You suddenly decided to speak English? And I never expected you'd say that. How nice. Thank you. I'll miss you too.(あら、急に英語をしゃべることにしたの? それにそんな嬉しいことを言ってくれるなんて思わなかった。ありがとう。私も寂しくなるわ)」

「Sorry, I understood only half.(ごめん、半分しかわからなかった)」

彼女はあははと声に出して笑った。

「I need to study more. You said you could have taught me. Then, why teach me starting today. Even after you leave this school.(だからもっと勉強しないといけない。さっき教えたのにって言ったよね。それならこれから教えてくれないか? この学校からいなくなった後も)」

「...You mean you are gonna see me again?(……また私と会ってくれるの?)」

「Of course, I am.(もちろんだ)」

彼女は急に両手で顔を隠した。俺はどうしたのかと不安になって立ち上がる。よく見ると、彼女の肩が小刻みに震えているのがわかった。

「I'm so glad!(嬉しい!)」

次の瞬間、彼女は俺に飛びついてきた。手は背中まで回って、強く抱きしめられる。

それと同時に事情を知らない周りの生徒たちが続々と好奇の目でこちらを見てきた。色々な意味で焦っていると、彼女は耳元で、涙にくぐもった声で想いを伝えてきた。

「I was so worried. What if I can't get along with anyone. I was so relieved when I heard you spoke English. Then, I noticed that wasn't true. But, you still tried to talk with me. I pretended I didn't notice. It was full of fun spending time with you. How I wished today had never come. Thank you so much!!(とても怖かったの。誰とも仲良くなれなかったらって。だからあなたが英語をしゃべれると知って安心した。あとでそれが嘘だとわかっても、あなたは私と話をしようとしてくれたよね。だから気付いていないふりをしたの。あなたと過ごす時間は本当に楽しかったわ。今日が来なきゃいいのにってどれだけ思ったことか。あなたのおかげよ。本当にありがとう!)」

もちろん彼女が何て言ったのかなんてほとんどわからなかった。でも彼女が喜んでくれているらしいことはわかったから、ひとまずそれで十分だ。俺はこぶしを握った右手を垂直に上げると、嬉しさで高揚こうようした気持ちそのままに元気よく口を開いた。

「オーイエ―!」

【終わり】


作品を読んでいただいたみなさまにお願いがあります。今後も執筆活動を続けていくため、どうか投げ銭をしていただけないでしょうか。

当サイトではAmazonギフト券とPayPayからオンラインで投げ銭を受け付けております。もちろん個人情報を入力いただく必要はなく、アカウントに登録した個人情報がこちらに通知されることもありません。どうかよろしくお願いいたします。

投げ銭が難しい場合でも、もしよければページ下部のSNSボタンから本サイトの拡散にご協力いただけると大変助かります。


一覧へ戻る

トップページへ