人工知能が人を超えたら。

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「シンギュラリティ?」

小さな居酒屋の中で、男はたった今、女の言った言葉を繰り返した。

「ええ、技術的特異点とも言うわ。要するに人工知能が人間の脳を超える時点のことよ。シンギュラリティが起こると私たちの生活に様々な変化が起こると考えられているの」

「君は刑事だというのにそういう分野にも興味があるのか。確かにAIによって労働力不足が解消するとか逆に消える職業があるとか色々聞くもんなぁ」

あまり面白そうな話題ではないがどうせ他に話したいこともないしここは彼女に付き合うことにしようと男は手に持つビールを飲みながら思った。

「そんな小さな話じゃないわ。AIが人間を超えるってことは、事実上それが人類最後の発明になるのよ。それ以降の発明や改良はすべてAIが担うことになるわ」

「あっ、そうか。AIの方が人間より賢いんだもんな」

女は大きくうなずいた。

「つまり、もう何が起こるのか誰も予測できない事態になるってことなの」

「なるほどねぇ。そう考えると確かに壮大な話だ。でもまあ、いいんじゃないか。10年前と比べて今は格段に生活が便利になった。僕は利便性が好きだ。そのシンギュ何とかのおかげでタイムマシンや猫型ロボットができるというなら歓迎するよ」

呑気のんきなものね」

「呑気なものって、君はそうなるのが嫌なのかい?」

「嫌じゃないけどなんだか怖いわ」

「怖いと言うと?」

男の疑問に対して女はすぐに答えた。

「AIが人間より賢くなったら、私たちはAIに管理されてしまうかもしれないじゃない」

何だかサイエンス・フィクションに出てくる設定のように感じられて、男はつい笑い声をあげる。

「笑い事じゃないわ。現実になり得ることよ。今だって私たちのデータは色んなところで管理されてるじゃない。前に見たサイトの広告がふとした時に出てきたり、前から買いたいと思ってたものがショッピングサイトでおすすめされたり、まるで見えない誰かに監視されているようでゾッとするわ」

「確かにどこかの国じゃ国民を支配するのに様々なデータが活用されていると聞くし、それがAIに取って代わることもあり得るっちゃあり得る話か」

男は口ではそう言いつつも、やはり事態が切迫しているというような危機感は持っていなかった。

「AIによる支配。仮にそれが起こったら私たちは絶対に勝てないのでしょうね。なんてったって向こうの方が賢いんだから」

「勝つとか以前に、そもそも争いすら起きないのかもしれない」

「どういうこと?」

女は発言の意味がわからず首をかしげた。

「君は最も強力な支配は何だと思う?」

男がニヤリと笑いかける。その質問が自分を試すもののように感じられて、女は少し眉をひそめた。

「そうね。例えば、自分が支配されることに同意しているような状況は強力だと思うわ。あとは支配されていてもその分、十分な補償があって満足している場合。支配されることに対して不満がなければ抵抗しようとは思わないでしょう?」

「うん、確かにその通りだと思う。でも、僕が思う最も強力な支配は、支配されている側が自分が支配されていることに気付いていない状況だ」

男の回答に女は不満をあらわにした。

「そんなのずるいわ。だって、あり得ないじゃない。支配されているのにその事実に気が付かないなんて」

「そうでもないよ。人は外的要因によってかなり影響を受ける。与える情報を操作して、上手く制限したりかたよらせたりすれば、その人の思考や行動を支配することも可能だと思うな。例えば、もし君がおいしそうな料理を30分見せられた後に一万円を手渡されたら、きっと君は何も言われずともそのお金でご飯を食べに行くだろう」

それは女にとって驚くほど説得力のあるものだった。もしも自分の一生が、実は男の言うように間接的に支配されているものだとしたら。もちろんそれを知るよしはない。断片的に与えられた情報が自分にとってはこの世のすべてで、その中で自分は選択して、満足しているのだろう。女はそんな人生を想像して身震いした。

「そんなことになったらどうしようもないわね」

「ああ、どうしようもないな」

その時、女のスマホがブルブルと震えた。

「あら、上司から電話が来たわ。ごめんなさい」

女は男に断りを入れて席を外す。

「――もしもし」

「ああ、やっと出たか。また例の自殺が起こった」

「またですか。今週だけで13件目ですよね?」

「そうだ。今回も前回と同じく事件性はない。間違いなく自殺だそうだ。だけど」

「死ぬ数週間前から他の自殺者と同じようなサイトを閲覧して同じような行動を取るようになった。死に方もすべて同じ首つり自殺、ですか」

「そうだ。見ているサイトも行動もそれ単体では特に怪しいものじゃないが、こうも同じような死に方ばかりだと、みんな誰かに操られていたんじゃないかと思えてくる」

自殺した人たちに目立った共通点はない。強いて言うなら、みんなどちらかというとデジタルに明るくてネットに接する機会が多い人たちだったということくらいだ。

本人でさえ気付かない支配。先ほどの会話が女の脳裏をかすめる。もしも、もしもすでにAIは人間を支配するための算段を立てていて、今はそれを実行するためのテスト段階なのだとしたら。

――シンギュラリティ

それは人類最後の発明とともに、人類最後の自己実現を意味するのかも知れない。

【終わり】


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