ヒトカラで熱唱してたら飲み物を持ってきた店員がクラスメイトだった。

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「ドリンクをお持ち……」

原口早紀の声はそこで止まった。こちらはこちらで目の前の状況が信じられず、ただ彼女の顔をじっと見つめることしかできない。

ヒトカラはここ最近のちょっとした趣味だった。自分でちょっとしたと言うだけあって、ことさら熱を入れて活動しているわけではなく、学校や塾の帰りに30分か1時間、気の向いた時にふらっと近所のカラオケ店に足を運ぶ程度だ。

今日も塾の帰りに自分へのささやかなご褒美ほうびと勉強によるストレス発散のため、30分だけ思いっきり歌ってやろうと店に入っただけだった。

何も悪いことはしていない。それなのにどうして俺はこのような地獄の苦しみを受けなければならないのか。

原口は高校のクラスメイトだ。お互いに面識くらいはあるものの、用がなければわざわざ話すような仲じゃない。無論、彼女がこのカラオケ店でバイトをしていることなど俺には知るよしもなかった。

「……お持ちしました」

数秒の硬直のあと、彼女は何事もなかったかのように持ってきた飲み物をテーブルの上に置いた。その所作から、俺は腹をくくった者のみが発する覚悟のようなものを感じ取った気がした。

知らぬふりでやり通す。それが彼女の出した答えなのだろう。

部屋の中では予約した曲がずっと歌われないまま流れている。彼女がちょうどストローをグラスの前に添えた時、それがサビに入った。

途端に一層の重低音が響き渡る。本来ならここで歌い手がヴォオオオオオオ! と叫び声をあげるのだ。俺が苦悶くもんしている理由の1つがこの選曲にあった。

そもそも受付けで注文していたのだからさっさとドリンクを持って来るがよい。中途半端に遅れて来たりするから、一曲目の慣らしを終えて、二曲目のストレス発散用の本命曲に入り、ドリンクのことも忘れて気持ち良くシャウトしていたころに、ばっちり歌っているところを見られて切腹ものの羞恥心を感じなくてはならなくなった。

そう考えると、怒りにも似た感情が沸々ふつふつと込み上げてきた。このまま彼女を無傷で帰らせていいものか。何とか一矢報いなくては、ストレス発散のためにやってきてわざわざストレスを増やして帰るという頓珍漢とんちんかんな結果になってしまう。

「……原口、早紀さんだろ」

俺は彼女に聞こえるよう大きな声で言った。

彼女は一瞬、動きを止めたが、何も言わずただ頭を下げるとそそくさと部屋を出て行った。俺はその姿を見て、まるで勝負事に勝った時のような静かな優越感にひたった。

その優越感は、翌日の登校時には猛烈な後悔へと変わっていた。ヒトカラに行っていたことをクラスのみんなに広められたらどうしよう。何も悪いことではないが、やっぱりからかわれるのは恥ずかしい。友達とカラオケに行って曲を選ぶたびに「さあ、ヒトカラで練習した成果を見せてくれ!」などと茶々を入れられるようになってはたまらない。

教室のドアの前に立つ。脈拍が上がるのを感じながら、えいと開けて中に入った。幸いなことに教室の中で自分の話がされている気配はない。友達も普段と変わらず接してくる。

良かった、何事もなかった。そう安堵あんどしていた昼休み、手を洗いに一人で教室を出たところで急に後ろから呼び止められた。

「田口くん」

振り向いた先には原口がいた。さすがに恐ろしくて冷や汗が出る。一体、彼女は何をするつもりなのか。

「あ、ああ」

自分で言うのも悲しいが、何とも情けない返事だ。

「これ読んで返事してくれる?」

差し出された紙切れを受け取ると、彼女はさっさと教室へと戻っていった。

残された俺はしばらく呆然ぼうぜんとしていたがやがて我に返った。とにかくまずは中身を確かめなくてはならない。鬼が出るか蛇が出るか。4つ折りの紙を開くと、そこにはただ彼女の連絡先と「放課後に話したいことがある。今日会えるか連絡してほしい」という淡白なメッセージが書かれているだけだった。

結局、俺たちはその日の放課後に、図書館裏の滅多に人が来ない小さな庭で話をすることにした。

「会えてよかったわ」

原口は昨日と打って変わってどこか余裕のある様子だった。

「それは、これからの話次第だ」

「あまり友好的じゃないのね」

そりゃあこっちだって気持ちよく歌っていたのを邪魔されたのだ。彼女のせいでないとは言え、ここで守りに入るのはなけなしのプライドが許さなかった。

「それで原口さんの話したいことって」

俺がくと彼女は静かにうなずいた。

「1つはお互いにあのことは内緒にできないかってこと。田口くんがどうかはわからないけど、私はあまり他の人にバイトしてることを知られたくないの。ほら、うちはバイト禁止でしょ?」

それは願ったり叶ったりの提案だった。

「わかった。正直、俺もヒトカラに行ってることを広められるのは恥ずかしい。原口さんが黙っててくれるなら、そちらの秘密も保証しよう」

「よかったわ。それともう1つ、私のカラオケに付き合って欲しいの」

「え?」

予想外の内容に俺は調子はずれの声が出た。

「実は人前で歌うのが恥ずかしくて、バイトしてるくせに1度もカラオケを使ったことがないのよ。だけど一人で行く勇気もなくて。たまにでいいから一緒に行ってくれないかしら」

俺は少し考えたが快く受け入れることにした。

「わかった。確かに俺なら弱味を握られている分、何を聞いてもからかうようなマネはしないし、それほど仲がいいわけでもないから俺にどう思われようがそちらも気にしないだろう。何より、原口さんの状況は俺がヒトカラを始めたきっかけに通じるものがある。できることなら協力したい」

「あら、思ったより優しいのね。嬉しいわ。ありがとう!」

「俺はこう見えても人付き合いがいい方だ。それじゃあ、明後日の放課後はどうだろう」

「ええ、大丈夫よ。楽しみにしてるわ!」

彼女は嬉しそうに手を振りながら裏庭をあとにした。さて、俺が女子とカラオケに行くなんて当然これが初めてのことになる。いくら利害の上に成り立つ関係だとしても、やはり多少は女子受けのよい曲も歌って彼女に楽しんでもらわなければなるまい。

俺は今日と明日、ヒトカラに行くことを決めた。

当日、俺たちは他の生徒にバレないよう直接カラオケ店の前に集合して素早く入店した。実際に2人でカラオケをしてみて驚いたのが、彼女は思っていたよりずっと歌がうまかったということだ。カラオケ初心者だと心の中であなどっていた自分を静かに恥じる羽目になった。

「驚いた。普通に上手じゃないか」

「ありがと! 田口くんはヒトカラ行く割にそこそこね」

そして、彼女は思っていたよりずっと思ったことを口にするタイプだった。

それから1週間に1度か2度の頻度で、俺たちは放課後のこっそりカラオケを続けた。俺は彼女が満足したらすぐに終わるだろうと思っていたが、意外にもこの関係は3カ月ほど続いていた。

そんなある日、初めて休日に彼女からカラオケの誘いがあった。今日はフリータイムで歌いたいらしい。

いつもと同じようにカラオケ店の前で待ち合わせをして中に入る。最初は私服姿の彼女が新鮮で普段はこんな服を着るのかとかそういうところに興味をかれていたけど、すぐに彼女の落ち込んでいる様子に気が付いて、俺は心配になった。

「どうかしたのか」

案内された部屋の中で俺は彼女にいた。

「あら、様子が変だった?」

「わからないけど、少し落ち込んでるように見える」

彼女は困ったような笑顔を見せて答える。

「そういうのってわかるものなのね。実は、受験が近づいてきたから塾の回数を増やすことになったの。それで、もう一緒にカラオケには行けなくなりそうなのよ」

「……そうか。残念だけど仕方がない」

彼女はチラリと俺の方に目を向けてから静かに言った。

「残念って思ってくれるなら嬉しいわ」

「当然だ。せめて、原口さんが人前で歌うのが平気になるまで付き合いたかった」

「ふふ、そんなのとっくに平気になってるわよ」

「え?」

彼女の言葉に俺はすっかり驚いた。てっきりまだ恥ずかしいから俺をカラオケに誘っているものとばかり思っていたのだ。

「単純にあなたと行くのが楽しいから誘ってたのよ」

その言葉を聞いて急に体中が熱くなった。

「俺こそ本当に楽しかった。今日で終わるとわかっていたら、もっとこちらから誘ってたよ」

「それを聞けただけで十分だわ」

しばらくして、ついに彼女は選曲用のリモコンを手に取った。

「さ、せっかくだから盛り上がっていきましょ! 初めてカラオケで出会った時にあなたが歌ってた曲、結局まだ一度も聞いてないけど今日はぜひ聞いてみたいわ」

そう言って予約ボタンを押そうとした彼女の手を俺は制止した。

「たぶんドン引きすると思うけど、歌って欲しいなら歌うよ。だけど、もしよければもうカラオケに行かなくなっても、例えば昼休みとか、もちろん歌うことはできないけど、俺は2人で話したい」

じっと彼女を見つめながら言った。彼女は俺の言葉を1つ1つみしめるようにうんうんとうなずくと、嬉しそうに笑った。

「もちろんよ! 今度はこっそりじゃなくて堂々とあなたに会って話したいわ」

「ああ、もちろんだ」

それから俺はリモコンを受け取ると、あの日に一人で歌っていた禁断のストレス発散用お気に入り曲を、初めて人前で歌った。

【終わり】


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