話がしたくてカフェでアイスラテを40回も注文した時の話。

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ただ自宅近くにあったというだけだった。締め切りが目前に迫ったレポートを書き上げるために利用したのが始まりだ。

「いらっしゃいませ」

思ったよりも客が少なかったのと、他にもテーブルの上でパソコンを開いて作業している人がいたから、ああここなら気兼ねなく作業ができるなと好印象だった。

レジの前に立つと同年代と思われる青年が笑顔を見せる。

「ご注文をおうかがいします」

甘いものが好きな私はアイスキャラメルラテを飲みたかったが、少し値が張るため代わりにアイスラテを頼むことにした。

「はい、アイスラテですね。かしこまりました!」

彼は終始、爽やかで大人びた笑顔をたたえていて、何だか笑顔が似合う人だなぁと思った。

ちょうどその時は大学の試験期間が近づいていたから、作業がはかどることもあって、その日をさかいに私は足繫あししげくこのカフェに通うことになった。

「いつもありがとうございます!」

2週間が経つころには、彼は「いつも」の言葉をつけるようになった。些細ささいなことだけど、特に期待していなかっただけあって自分のことを覚えてもらえたのは嬉しかった。

私はすべての試験が終わって学校が休みに入ってからも暇を見つけてはカフェに足を運んでいた。

カフェの居心地がよかったこともあるけど、端的に言えば、私は彼に興味を持ち始めていた。好きと言うのかどうかはよくわからないけど、もっと話してみたい、仲良くなってみたい、と思うようになったのだ。

でも普通にしていたら会話なんて、いらっしゃいませ→アイスラテをお願いします→400円になります→はい→ちょうどですね、いつもありがとうございます! で終わってしまう。何とかして他に話題を作ることはできないものか。

私は一度、覚悟を持ってレジに並んだことがあった。一言、たった一言、よくいらっしゃるんですね、と言ってやるのだ。

そもそも自分から会いに行っているのによくいらっしゃるも何もないのだが、それを差し引いても彼はよくカフェで働いていた。てっきりバイトだとばかり思っていたけど、もしかして社員だったりするのだろうか。

いずれにせよ私はレジに並んだ。前には2人のお客さんがいた。1人が注文を終えて受け渡し口へと向かった。次の人がレジの前に進み、私は一歩、彼に近づく。途端に心臓の鼓動が早くなった。

次で私の番が来てしまう。そう思うと緊張で胸が苦しくなった。頭が真っ白になって何も考えられなかった。心の中で「どうしよう」と「やばい」を交互に叫び続けた。

ついに前の人もいなくなって私の番が来た。

「あっ、いらっしゃいませ」

私が来たのに気付くと、彼はいつもの笑顔で出迎えてくれた。「あっ」というのはきっとそれが私だったことに対する反応で、いつもならそれだけでポッと温かい気持ちになるのだが、当然、今はそんな余裕などなかった。

「ご注文をおうかがいします」

「あ、よくいらっ、ん? いや、えーっと……」

見事に出だしからつまずいた。言わなきゃという思いが先行して前後の文脈がごっそり頭から抜けていたのだ。もう何が何だかわからない。すっかり心が折れかけていた。

「アイスラテですか?」

彼がにこりと笑ってたずねる。私が恋に落ちた瞬間だった。

「それで、その人の連絡先が知りたいってわけね」

大学近くの居酒屋で、綾香は枝豆を口に放り込みながら言った。先の件があってこれは自分ひとりの手に負えないと判断した私は、大学で一番の友人に助けを求めることにしたのだ。

「そうそう。でもいざ話そうとすると緊張しちゃって」

実はそれ以外にも色々と問題があった。

「それに週4は行ってるから毎回アイスラテだけにしてもそれなりの出費になるし、しかもそのせいでめっちゃアイスラテが好きな人だと思われてるしもうどうすればいいのか」

「アイスラテが嫌ならコーヒーにすればいいじゃない。そっちの方が安いでしょ?」

「コーヒーは苦いから飲めないの」

「あらそう」

綾香は面倒くさそうに返事した。

「それで、その彼は何曜日に来てるの? 私も一度見てみたいわ」

「そういえばいつ来てるんだろう。私が行くときは大体いるけど」

「なんでそういうの把握しとかないのよ!」

綾香は突然、声を荒らげた。

「えぇ、だってなんかストーカーみたいで……」

「ストーカーで結構! 勝つためには情報が必要なんじゃない」

「勝つためって」

綾香はビールの入ったジョッキをグイっと傾けてから、もったいぶるようにゆっくりと口を開いた。

「あのね、恋愛は勝負よ。ぼんやりしてていいのは中高生と美人だけなんだから。大学は訓練所。社会人になったら一気に出会いが減るから全てが戦場になるわ」

「綾香もまだ大学生でしょ」

「お兄ちゃんが言ってたのよ。まあいいわ、いざとなれば私が調べてあげる」

「えぇー」

私は思いっきりしかめっ面をして見せた。

「なによ、せっかく人が親切でしてあげようっていうのに」

「だって綾香、違う学部の元カレと付き合う時、名前や趣味ならまだしも勢い余って住所まで特定してたじゃない。あれは怖かったわ」

「住所はたまたまSNSに載ってた写真が知ってる場所だったってだけだし、特定って言っても大体この辺ってだけで別に部屋まで調べたわけじゃないわよ! それに何だかんだ言っても私は付き合うことはできたんだからね」

「まあ確かにねぇー」

実績を見れば綾香にはそれなりに華々しいものがあった。クラスで一番のイケメンやサークルで人気の先輩と付き合ったこともある。

「みんな必死にならずに好きな人と付き合おうだなんて考えが甘いのよ。泥臭いこともしなきゃ。そういうかっこ悪いところも外にバレさえしなきゃ問題ないのよ」

その清々しさにはちょっとびっくりさせられるが、彼女の言っていること自体は別に間違っていない。

私は言おうかどうか悩みに悩んだ末、小さな声でぼそりとつぶやいた。

「……水曜日」

当然、綾香は何のことかと首を傾げる。

「何が?」

私は耳の先まで真っ赤になるのを感じながら、目をらして補足する。

「その、他はよくわからないけど、水曜はあの人いつも働いてるわ」

彼女は口元を三日月のように曲げて楽しそうに言った。

「あら、あなたも思いのほか純情じゃないのね」

……悔しい。

次の日の夜、私はいつものようにカフェを訪れた。今日は特にアクションを起こす予定はない。すでに綾香と立てたプランがあるのだ。

2日後の水曜日、私は美容院で髪を染めてからカフェに出撃する。彼はそのことについて何か言ってくれるはずだ。そこから会話を広げる。もし何も言われなくてもこっちから言ってやる。これ髪染めたのわかります? って笑いながらくだけだ。いきなり連絡先は無理でもせめて会話をするような仲になれたら。

レジの前には誰も並んでいなかった。そして、レジの向こうには今日も彼が立っている。

今の私には余裕があった。それは2日後に彼と会話をする算段がついていたことと、こちらはちょっと情けないが、今日は何もする必要がないという安心感に裏付けられたものだ。

「いらっしゃいませ。今日もアイスラテですか?」

彼は無邪気にたずねた。こんな風に他のお客さんとは違うき方をしてくれると何だか嬉しくなる。

「いえ、アイスキャラメルラテをお願いします」

私は強気になって言った。彼はちょっと驚いた顔をしたけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。キャラメルラテはカフェラテよりもやや高い450円。私は財布の中から500円玉を取り出した。

「おつりが50円になります。いつもありがとうございます」

「はい、こちらこそ!」

キャラメルラテを受け取ると私は大股おおまたで席まで歩いた。席に着くとカバンの中から数日前に購入した海外旅行用の英会話教材を引っ張り出す。曲がりなりにもカフェに通い始めてから、私は色々な本を読むようになった。小説からファッション誌、そしてこういう英会話教材まで。副次的な作用ではあるものの、以前に比べて私の教養は格段に高くなったのだ。

…………。

高くなったとはいえ、やはり向いていないものは向いていない。目の前の教材をパラパラとめくりながら、私のまぶたはすっかり重くなっていた。思えば昨日は夜遅くまで綾香と飲んで、今日は朝からバイトだった。

「……すみません」

遠くで誰かの声が聞こえる。どこか聞き馴染みのある声だ。

「あのー、すみません」

ハッとして体を起こす。すると目の前に彼が立っていて、私は天地がひっくり返ったかと思うほど驚いた。

「えっ、これは……」

あたりを見回すとすでに他のお客さんはいなくて、店内にはレジの奥に店員がもう1人いるだけだった。私は自分でも気付かぬうちに眠りこけてしまったようだ。

「すみません、そろそろ閉店なので」

さすがの彼もちょっと苦笑いだった。

「うわっ、す、すみません!」

テーブルに広げていた教材を慌ててしまおうとしてキャラメルラテの容器に手をぶつけてしまう。

「あぶない」

テーブルから落ちそうになる容器を彼がしっかり手で押さえてくれた。

「ああっ、ありがとうございます……」

彼はふふと笑い声を上げる。私はどうして笑われたのかわからず、ポカンと口を開けた。

「すみません。そう言えば今日はアイスラテじゃないんですね」

私は戸惑とまどいながらも彼の質問に答える。

「実は、キャラメルラテの方が好きなんです」

「ええ、そうなんですか!?」

「恥ずかしい話ですけど、お金がなくて」

「いつも来てくれてますもんね。それだったらコーヒーが一番安いですよ」

「コーヒーは、その、苦いので……」

彼がまた控え目に笑ったから、私はますます自分を消し去ってしまいたい思いに駆られた。

「そ、それよりよくここで働いてるんですね」

「よく会いますよね。週4で入ってるんです。友達と海外旅行することになってるからお金を貯めてて」

「あっ、私も! 私も海外旅行に行くんです!」

私はついはしゃいでしまって、さっきまで片付けようとしていた教材を全力で彼に見せつけた。彼はもはや我慢しようともせずに声に出して笑っていた。

「俺も旅行前に英語を勉強しとかないとやばいです」

あれ、もしかしてこれはチャンスなのではないか。本当は明後日あさってするつもりだったけど、どうする? このまま言ってしまうべきか。

心の奥でちょっと緊張しながら、とにかく私は流れに任せていてみた。

「貸しましょうか、これ! その、もし良かったら」

「えっ、いいんですか? 助かります!」

こんなとき綾香ならどうする。考えるまでもない。千年に一度のチャンスが目の前にあるのだ。むしろここで連絡先を訊かなかったら、私は向こう1週間、彼女に馬鹿にされ続けるだろう。

私は乾坤一擲けんこんいってきの思いで、何度も心の中でリハーサルを繰り返した言葉をついに口にする。

「あの、連絡先を聞いてもいいですか?」

彼は恥ずかしそうに手を頭に当てながら、いつもお客さんに見せているものよりちょっと子供っぽい笑顔で答えた。

「はい、お願いします」

【終わり】


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