あなたの読んでいる小説も、その裏側はこんな感じかも知れません。

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男は名を太郎という。彼はこれから同じクラスの女子生徒に告白をすることになっている。

通常、意中の相手に想いを伝えるというのは不安と緊張が伴う。しかし、彼についてはそのような感情が一切なかった。

それは太郎がこの物語の登場人物であり、彼自身もそのことを自覚しているところに理由がある。

「現時点で女子生徒に関する描写はまだ何もされていないだろう。つまり、僕でさえ自分が告白することになっている相手がどんな容姿と性格を持つのかわからずにいるのさ」

太郎は眼前に伸びる長い廊下を進みながらそうつぶやいた。意中の相手とはあくまで設定上の話で、未だ知らぬ人間に告白をするのにどうして不安や緊張を感じる必要がある、という理屈だ。

とは言え、物語の登場人物である以上、彼は少なくとも自分に課せられた役割、つまり、告白は果たさなければならないと考えていた。

男は女子生徒と対面することになっている屋上を目指して階段に足をかける。ちょうど1階分をのぼり切ったところで、隣接する廊下から人影が近づいてきた。

「何だか嫌な予感がするな」

その予感は的中することになる。姿を現した相手は、男を見るとニコリと笑いかけた。

「やあ、ここで別の人物に出くわすとはね」

「……まったくだ。大方おおかた、君も例の女子生徒に告白をするのだろう」

ため息をつきながらそうたずねると、相手もやや困った表情で「その通りさ」と答えた。

物語の展開上、ここで2人ともが屋上に行くことは許されない。どちらかが進み、もう一方は告白を諦めることになる。

「俺は争いを好まない。ただ、自分に課せられた役割は果たさなければいけないと考えている」

彼が言うと、相手もこくりと頷いた。

「僕も同じ考えだ。ここで屋上に上がれるのは一人。どちらが行くか決着をつけなければなるまい」

決着のつけ方はいくらでもある。話し合いでも殴り合いでも、何ならじゃんけんで決めても物語の進行上さして問題はない。しかし、そんなことをするまでもなくシンプルで明白な答えがある。

「それなら、物語の主人公が行けばいい」

男の言葉に相手も首を縦に振る。

「ああ、僕もそう思う。現状、たった3分ほどで読み終えられる文量だ。ここで主人公以外の人物が告白に行ってしまっては主人公の主人公たる役割の遂行が危ぶまれてしまう」

「冒頭から察するにこの物語の主人公は太郎。つまり、太郎が屋上へ進まなくてはならない」

そう言って、男は大きく階段に足をかけた。そのまま上に進もうとすると、不意に腕をつかまれる。

「どこへ行くつもりだ」

「どこって、屋上に決まっているだろう」

男はなぜ自分が止められたのかわからず困惑した。しかし、すぐに悲しい真実を叩きつけられることになる。

「君は何か勘違いをしていないか? 太郎は僕だ」

「なに、どういうことだ?」

相手はやっぱりそうかと深いため息をついた。

「簡単な叙述トリックだよ。まるで同一人物を描写しているような書かれ方だが、実は『男は女子生徒と対面することになっている屋上を目指して階段に足をかける』という文章以降、別の人物の描写がされていたんだ」

男はこれまでの文章を読み返した。確かにあの文章から、俺は太郎ではなく「男」として表現されている。しかも、最初のセリフで太郎は自分のことを僕と言っているのに対して俺は「俺」だ。

「ちなみに君の名前は次郎という設定になっている」

「そんな……」

「すまないが、先に行かせてもらうよ」

太郎は、隠しきれなかったのか、優越感に満ちた笑みをチラと見せて、一歩ずつ階段をのぼっていく。俺はその様子をただ目で追うことしかできない。窓から差し込む夕陽の温かさがじんわりと背中に感じられて、何だか余計に哀しい気持ちになる。

この物語の主人公は太郎。もう諦めるしかないのか。

その時、突如として俺はある違和感を覚えた。

「……何かがおかしい」

太郎の姿が階段の壁に隠れて見えなくなろうとした瞬間、俺はその違和感の正体に気付いた。

「待て、待ってくれ!」

太郎が足を止めてこちらを見る。その表情はどこか嬉しそうだった。

「やっぱり、この物語の主人公は俺だ。少なくとも今この瞬間はそのはずだ。なぜなら」

「地の文がいつのまにか一人称になっている。そして、その視点は君のものだ」

太郎がはっきりとした声で答える。

「気づいていたのか……?」

「ああ、途中からね」

それから急に太郎の姿がぼんやりと薄くなり始めた。まるでこれから彼が消えていなくなってしまうみたいに。

「どうやら僕の役割はこれで終わったみたいだね。さあ次郎、残るは君が告白するだけだ。この物語の結末がハッピーエンドかバッドエンドかは知らないけど、あとのことは託したよ」

そう言って、太郎は微笑ほほえみながら空気に溶けて消えてしまった。

「……わかった。あとは、俺がしっかり終わらせてくる」

俺は顔を上げて、勢いよく階段を駆け上がった。

扉を開けて屋上に飛び出す。ちょうど中央に一人の女子が背中を向けて立っていた。すらっとしていて背が高く、綺麗な長い黒髪が特長的だ。

深呼吸で息を整えて、俺ははっきりと彼女に向かって叫んだ。

「俺と付き合ってくれ!」

女はくるりと振り向く。少なくとも、容姿は次郎の好みであった。

「ふぅ、やっと私の描写がされたわ。ええ、喜んで!」

次郎は自分の申し出が通ったことにほっと胸をなでおろす。

「ただ、条件が1つあるわ」

「えっ?」

ここで彼はようやく地の文がまた三人称に戻っていることに気が付いた。何か不吉なことが起こる前兆なのではないかと不安が次郎を襲う。

「ごめんね、でもこれが私の役割だから」

両手を後ろで組みながら、可愛らしい笑顔でそう言った。

【終わり】


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