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第3章:つながり①

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  3. 第3章:つながり①

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〇1月14日(月) タイムスリップまで3年と77日

久しぶりのスーツはなんだか着心地が悪い。前に着たのは大学の入学式のときか。

揺れるバスの中で、窓に映る自分の上半身をぼんやりと見つめながら思った。

周りには同じようにスーツを着ている男性や振袖ふりそでを着ている女性がいる。彼らは十中八九、俺と同じ年度の生まれだ。

俺はつっ立ったまま、バランスを崩さないように慎重にカバンの中から1枚のハガキを取り出す。

もう何度も確認したのだから間違っているはずはないが、やっぱりすることがないとそわそわしてしまって、つい場所を再確認してしまう。

――会場:マリンメッセ福岡

うん、間違いない。大丈夫。あと15分ほどで着くはずだ。

毎年、1月の第2月曜日に成人式が行われる。20歳になる年度の1月。今回は俺の代の成人式だ。

マリンメッセ福岡には、福岡市に住民票のある新成人が集まる。つまり、少なくとも県外の大学に進んだ大楠以外の2人はここに来るはずなんだ。

あいつらと最後にちゃんと話したのは3年前の9月だったと思う。あんなに仲が良かったのに、バラバラになっていくみんなを見ながら、それをわかっていながら俺は何もできなかった。

近づこうとしてさらに失敗するのが怖かった。それに、今思うと、心のどこかで「時が解決してくれるんじゃないか」なんて甘いことを考えていたから、ちゃんと本気になれていなかった。

目の前の受験勉強で苦しかったこともあって、受験さえ終われば、みんな元通りになれるんだと思い込みたかったんだ。俺は本当に馬鹿で間抜けだった。

高校を卒業してからもうすぐ2年が経つ。2年も経つのに時は一向に俺たちの仲を元に戻してはくれていない。あれからずっと凍ったままだ。

2年も凍ったままだと、その状態に慣れてしまう。何もしないことが惰性になって俺の体にとりついていて、動き出すのにものすごいエネルギーが必要になっている。

唯一の救いが俺の心の中にずっと沈殿して残っている、このもやもやしたにごった想いだ。でも、これ以上時間が経つと、この想いすら消えてなくなってしまうかもしれない。悲しくなるが、これこそが時が解決するってことなのだろう。

だからこそ、今の流れを変えるなら今日なんだ。必ず見つけ出してやる。この後ろめたさもよどんで見える日々も、今日あいつらと会って、ちゃんと話すことができれば変わるかもしれない。そして、できるならまた、あの頃のように4人で仲良く笑い合いたい。本当はまだまだたくさん、あいつらとしたいことがあったんだ。

自分に言い聞かせるように何度も頭の中でそれを反芻はんすうする。そうするのは、一方で不安があるからだ。

あいつらと再会すれば、元通りにはならなくても何かが変わるかもしれない。それはどんなに小さなことでも、今の完全に停滞した状態よりはマシだ。ただ、もしもあいつら自身が変わっていたらどうしよう。もう高校を卒業して2年近くが経つ。それぞれに大学生活を楽しんでいて、もう高校時代のことなんかどうでもいいと思っていたらどうしよう。いまさら俺が現れても、ただ、迷惑なだけだ。

ふと、頭をよぎってしまう。

……あいつにも、今はもう新しい友達ができていて、俺の知らない誰かと付き合ったりしてるんだろうな。

バスはついに目的のバス停に止まった。あたりは新成人で埋め尽くされていて圧倒される。

バスを降りて、「南区」のエリアに向かった。会場の外では、係の人が各区の書かれた看板を持ち上げていて、自分の住む区ごとに新成人を分けているのだ。

会場内では成人式が行われて、市長のお話などを聞くことができるが、実際には、会場へは入らず久しぶりに会う同級生たちと外でひたすら話して終わるという人も少なくない。

「おお! 若久やん! ひっさしぶりやな!」

そこには、中学の同級生たちがすでに何人か集まっていて、俺を見つけると声をかけてきた。

「おお! 久しぶりやな! お前、見た目変わったなあ」

久しぶりの再開に気分が高揚こうようする。さっきまでの陰鬱いんうつとした気持ちもこのときはどこかへ吹き飛んでいた。

中学を卒業して以来、みんなとはほとんど連絡を取っていなかった。お世辞にも良いとは言えない俺の対人関係でも、昔の友人に会うと、こうも晴れやかな気持ちになるなんて。それがどんなに薄いつながりであっても、決して切れてはいなかったんだ。

つい、そのまま長話をしていると、すぐ近くから「あっ、野間やん!」という声が俺の頭上を飛び越していった。俺は急にどきりとする。

「よお、久しぶりやん」

野間は笑いながら順番にみんなの顔を見渡していく。もちろん、俺の顔も。

「よ、よお」

俺は戸惑って、ただそう言うことしかできなかった。

そこにいる野間は、雰囲気はあの頃と変わっていないけれど、やっぱり大人の顔つきになっていた。もしかしたら、単にスーツを着ているからそう感じるだけなのかもしれない。それでも、とにかく、時の経過を感じさせられたのだ。

途中で人が入れ替わりながらも、常にその場には7、8人くらいが集まっていて、同じような話題を何度も繰り返していた。俺も野間も移動せずにずっとそこに残っていた。

その輪の中でなら、俺たちは普通に話すことができた。とは言っても、今の大学の話だとか中学の頃の話だとか、その場にいるみんなで共有できる話題だけだ。本当にしたい話は、むしろこの輪にいる限り永遠にできないような気がしてくる。

結局、野間に本題を持ち出す勇気が出ないまま、その時にいたメンバーで会場の中に移動しようということになった。

「あ、すまん。俺は外に残っとく」

咄嗟とっさにそう反応した。

野間とは、最悪このあとに行われる中学の同窓会で話すことができる。それより、今は探さなければいけない人がいる。

「またあとでな」とだけ告げて、俺は1人で会場の外に残った。

いまさらだが、少しみんなと話しすぎた。すでに会場内では成人式が始まっているに違いない。市長が挨拶でもしているのだろうか。もしかしたら大楠たちも会場の中でそれを聞いているのかも知れない。

もしも会場の中にいるのなら、もう彼女たちに会える可能性はかなり低い。成人式が終わったら、みんな中学校ごとに散り散りに移動してしまうからだ。……あと1時間と少しか。早く。どうにかして見つけないと。

心臓の底がじりじりと焦がされていく。今日はなんて感情の起伏が激しい日だろう。

「南区」のエリアをひたすら歩きまわる。あちこちを見回す。

あの人も違う。あの人も。こっちも違う。くそ、どこだ。

そのとき、不意に肩をポンと叩かれた。俺は、驚いて大袈裟おおげさに後ろを振り返る。

「若久くん、だよね」

そこには不安そうな表情をした、大人しそうな女性が立っていた。俺は、この表情に見覚えがある。

「もしかして……七隈か?」

「うん、久しぶりやね」

七隈はとてもかわいくなっていた。元々可愛らしい顔つきではあったものの、それを差し引いても、女の人は化粧をすると変わるとつくづく思わされる。

「会うのは高校以来か」

七隈とはその高校の時でさえたまに話す程度だったから、そんな不安そうな顔をしながら、わざわざ俺を見つけて肩を叩いてくるなんて妙だ。

「花菜や帆乃とはもう会った?」

七隈は、少しためらいながらそうきいてきた。

「いや、実はあいつらとも高校以来会ってないんだ」

「そうなんだ……」

そんな残念そうな顔をしないでくれ。俺だって同じ気持ちなんだ。

「実はね、若久くんにずっと言わなきゃって思ってたことがあるの」

急に胸が締め付けられた。俺の勘が言っている。あのことだ。全てはそこから始まったんだから。もちろんあれは野間のせいでも七隈のせいでもない。俺は今の今でもそう思っている。

そして、一瞬、自分の顔がゆがんだのがわかった。これからどんな話が出てしまうのかと怖くなる。それこそ、この場から逃げ出してしまいたいくらいだ。もうこれ以上は傷つきたくない。

だけど、ここで逃げたら意味がなくなってしまう。俺は今日、昔の傷に立ち向かいに来たはずだろ。

「……うん、聞かせてくれ」

「高校の時ね、私、僚一くんと付き合っとったやろ。そのせいで、若久くんや花菜や帆乃たちと気まずくなっちゃったよね……」

「あれは別に七隈のせいじゃないやろ」

俺は瞬時に言い返した。七隈があのことで負い目を感じていたなんて想像すらしていなかった。4人の問題だとばかり思っていたのだ。けれど、裏では他にもこんなふうに苦しみが伝染していたのかも知れない。

「それがね、そうじゃないかも知れないんよ。私も最初はわからんかったけど、よくよく考えてみると、もしかしたら気付かずに僚一くんを傷つけたかも知れないって」

俺は不意をつかれたような気分になって、ただ黙って、七隈を見ていた。

「私が僚一くんに告白したとき、最初、たぶん断るつもりやったんやないかな。やっぱりね、今になって考えると、僚一くんは花菜のことが好きやったんよ」

俺はじっと続きを聞いた。

「でも、結局私を受け入れてくれたのは、私が花菜のことを口にしたからだと思う。告白したあと、しばらく僚一くんが無言になったから、怖くて言ったの。『もちろん付き合ったからって、花菜や帆乃とは今まで通り仲良くしてもいいからね。花菜や帆乃にも相談したし、2人ともそれは変わらないって言ってくれたから』って」

もちろん七隈に悪気はない。悪気以前にそれを言うことは悪いことでも何でもない。だけど、もしも野間が高宮のことを好きだったのなら、それは胸を刺す言葉だ。

「もちろんその気はなかったけど、花菜は私と僚一くんが付き合うのを認めたんだって、遠回しに言っちゃってたの。僚一くんね、あのとき私が一生懸命に告白してくれて嬉しいって言ってくれたんよ。やけど、ちょっとだけ寂しそうやった」

それじゃあ、3年前の体育大会の日、俺を呼び出して伝えたことの裏には、つまり、野間が俺たちと一緒にいるのを避けた理由には、高宮に対する気持ちの葛藤かっとうがあったのか。

「……そうだったのか。知らなかった」

だけど、もう少し俺が積極的に動いていれば、知ることができたのかもしれない。そう思わずにはいられなくなってくる。

「それともう1つね、花菜も僚一くんのことが好きやったんよ」

「え?」

もちろん、そうだろうとは思っていた。確信はなかったけど。

ただ、それじゃあ七隈はそれを知っていて野間に告白したのか。

「確信はなかったけど、きっとそうだって前から思ってた。だから、不意打ちみたいなことしたくなくて、そういう意味も込めて花菜に相談したの。そしたら花菜は私が告白することについては何も言わなくて、ただ、もしも僚一くんと私が付き合うことになっても、みんなとの今までの関係は変わらないよってだけ言ってくれて……」

そこで、しばらく沈黙が流れた。

5秒くらい経って、もしかしたらもう話さないんじゃないかと思ったけど、七隈はゆっくりとまた続きをしゃべってくれた。

「これね、本当は言っていいのかわからんけど、若久くんは知っておいた方がいいと思うから。私と僚一くんが付き合ってからすぐ、花菜が学校休んだの覚えとる? 私、心配になってお見舞いに行ったの。そしたら、花菜、家にいなくて。近くの公園に探しにいったら、そこで花菜が泣いてるのを見ちゃったんよ」

顔から血の気が引いていく。その光景を想像したら、まるで胸にポッカリ穴をあけられたみたいに、虚しくて苦しい気持ちになった。そして、そんなことを知らずに、何とかなると思っていたあのころの自分が情けなくなってくる。

「そこでね、色々話したの。それで、やっぱり花菜は僚一くんのことが好きだったって。でも、もちろん、私と僚一くんのことは応援するって。今はまだ気持ちが追いつかなくて、こんなんでごめんねって」

後ろから見えないハンマーで殴られたみたいに、重い衝撃が体の中に響いた。

「……結局、僚一くんとも長続きしなかったな」

一呼吸置いて「あのね、」とつぶやく。

「こんなこと、いまさら若久くんに伝えても嫌な気持ちになるだけかもしれないし、若久くんもきっと、今はもう先に進んでるってわかってるよ。私のただの自己満足だったりわがままだってこともわかってる。やけど、どうしても言いたかったの」

最後はかすれるような声だった。相手にとってはただの迷惑かもしれないけど、それでも、どうしても伝えたいことがあったのだ。彼女は彼女なりの答えを出してここに立っている。それは俺が今まさにやろうとしていることと同じだ。だから、それには敬意を払いたい。

「ごめんなさい」

七隈は丁寧に頭を下げてはっきりとした声で言った。そして、顔を上げてふたたび俺の目をしっかりと見る。

「いまさらこんなことを言うのも含めて、ごめんなさい。でも、どうしても若久くんに一度謝りたかった」

「俺さ、」

ついに我慢できなくなって口を開いた。言葉に少し力がこもったのがわかる。

「今日、高宮と野間、それに大楠とも会って話をしようと思ってる。高宮と大楠はまだ、見つかるかもわからんけど、もしも会えたらちゃんと話をしようと思う。

俺は、七隈がいろいろ話してくれて良かったよ。俺の知らなかったことを知れて、それも含めて3人と向き合えると思う。だから、ありがとな」

七隈は初めて俺に笑顔を見せてくれた。

そして最後に、「いつかまたみんなで会おうね」と言って、彼女は人混みの中に消えていった。

どうしてこうなってしまうのか。

その日の夜、自宅近くの小道を1人、ふらふらと歩きながら自問する。胸が鉛でできているみたいに重い。

高宮のことも、野間のことも、あの時の裏の出来事を知れて良かった。でも本当は、それと同時に心が少しずつ、ぼこぼこと泡を立てて沈んでいくのを感じていた。

結局、今回も俺は何もできなかったのだ。

もちろん、七隈と別れたあと、一生懸命2人を探した。けれど、どちらも見つけることはできなかった。

中学の同窓会に出席しようと思ったけど、今の状態じゃきっと野間とは何も話せないし、逆に俺が卑屈になって余計なことを言ってしまう気がして、ついに一歩を踏み出すことができなかった。

「……俺って、こんなにヘタレだったんやな」

ぼそっと口からこぼれた言葉が人気のない一本道の中で静かに溶けてなくなる。

俺は卒業後にようやく回ってきた機会を、おそらく最後の機会を、みすみす逃したのだ。

心底、自分が嫌になった。

●9月14日(水) タイムスリップ167日目

きっと今日、高宮は学校を休む。

「俺」から全てを聞いた今、おおよそではあっても、これから何が起こるのかがわかる。だから、大楠には昨日のうちに高宮のことでどうしても話したいことがある、と連絡して放課後に時間を作ってもらった。そして、今は始業式以来初めて朝早く学校へ向かっている。話すべき相手がもう一人いるからだ。

教室に入ると、生徒はまだ数人しかいなかった。さすがに30分前は早すぎたか。というか、あの人はいつも何時ごろ学校に来るのか。いつも俺より早く教室に着いていたということしかわからない……。

仕方なく、椅子に座って英単語帳を見ながら彼女が来るのを待った。

15分ほどして、ようやく教室に入ってきた。

俺は急いで席に向かう。ちょうど、相手が荷物を置いて席に座ったところで、俺は素早く話しかける。

「七隈さん、おはよう」

ぎこちない笑顔になっているのが自分でもわかる。やっぱり苦手なものはいつになっても苦手だ。

「あ、おはよう。若久くんから話しかけてくるなんて珍しいね」

七隈さんは少し驚いているように見える。

「まあね、それよりさ、昼休みちょっとだけ話せるかな? あの、野間とのことで少し話したいなって。10分くらいでいいんやけど……」

我ながらもう少しスムーズにしゃべれないものかと思う。

七隈さんは野間の名前を聞くと、一瞬、体を硬直させた。結構わかりやすい性格なのかも知れない。

「うん、わかった。ご飯のあと席で待ってるけん」

「ありがとね」

その日、案の定、高宮は学校を休んでいた。「俺」の話だと、それを心配した七隈さんが放課後に高宮の家を訪れる、そして、近くの公園で高宮が泣いているを見つける、ということらしい。

だから、まずは七隈さんを止める。

昼休みが終わる10分ほど前。七隈さんは約束通り自分の席で待っていてくれた。

「お待たせ。ごめん、ちょっと廊下で話してもいい?」

「うん、いいよ」

俺は、人気のいない階段のそばまで歩いて立ち止まった。

「突然、呼び出してごめんな」

「いやいや、全然いいよ」

「いきなりやけど、野間と付き合っとるんやろ?」

「……うん」

「俺、応援してるけん」

それを聞いた七隈さんの顔がパッと明るくなる。やっぱり彼女はわかりやすい。

「ありがと! 私ね、心配してたんよ。今までずっと4人で仲良かったのに、私が邪魔したんじゃないかって。やけん、そう言ってもらえて本当に嬉しい」

彼女の笑顔につられて俺も笑顔を作る。仕上がりはまた、ぎこちないものだったと思うけど。

「もしもそのことで何か悩むことがあったら、いつでも相談してよ。きっと、高宮や大楠には相談しづらいこともあるやろ? それに、俺たちのことは気にせんでいいけん。もし何かあっても俺が何とかする。今日も、高宮が休んどるけんお見舞いに行くつもりなんよ」

お見舞いの話をいれたのは強引だったが、「俺」の言った通りなら、今、七隈さんは少なからず自分たちが付き合ったことと高宮が学校を休んだことに因果関係があると疑っているはずだ。

「あっ。今日、花菜のお見舞い行くと? 私も行こうと思っとったんよ。これまで花菜が学校を休んだことなんてなかったから心配で……」

「実はさ、俺、ちょっと気になってることがあるんよ。やけん申し訳ないけど、それを確かめたくて今日は俺と大楠だけでお見舞いに行こうと思ってる」

相変わらず強引だとは思ったが、七隈さんが因果関係を疑っているのならきっとこれも通るはずだ。

「とにかくこれからもさ、七隈さんはいつも通り俺たちと接して欲しい。きっとみんなもそうして欲しいと思っとるけん」

七隈さんは悩んでいたが、最後は

「うん、そうする。それなら、お見舞いも若久くんたちにお願いするけん」

と嬉しそうに笑顔で言ってくれた。

「今までほとんどしゃべったことなかったけど、若久くんって思ってたより頼もしいんやね」

そう言われてよくよく思い返してみると、結構恥ずかしいセリフを連発してたな、と気付いて急に顔が熱くなった。

「いや、そんなんじゃないって。と、とにかく、そうことやけん。それじゃあまたな」

頼もしいと言われたばかりなのに、照れ隠しに足早にその場を去るとはいきなり情けないところを見せてしまった。

とにかくこれで伝えるべきことは伝えた。あとは、実際に俺と大楠で高宮のお見舞いに行くだけだ。

「わざわざ時間作ってもらってごめんな」

「いいよー、私も心配やったし」

学校からの帰り道、大楠と2人で自転車を並走させる。そのとき知ったが、今日は本当は塾の日だったらしい。それなのに、メールのときも、先ほど高宮のお見舞いを提案したときも、大楠は二つ返事で了承してくれた。

「ここが高宮の家か」

そこは丘の上にあるマンションだった。高宮は多分、家の中にはいない。そうわかっていたから、大楠がインターホンを鳴らしたときも、さほど緊張はしなかった。

「大楠です。花菜はいらっしゃいますかー?」

インターホンからは、高宮の母親と思われる女性の声が聞こえてきた。

「あら、帆乃ちゃん、久しぶりね。花菜なら昼頃、学校に向かったはずやけど、もしかして学校に来ていないの?」

「えっ……」

大楠はショックを受けたようだった。そのショックが、俺が彼女を誘ったせいで起きていることを考えると胸が痛くなる。

「そ、それなら少し探してみます。お母さんからも花菜さんに連絡とってみてください!」

居たたまれなくてつい、カメラの前に入り込んで口走ってしまった。高宮のお母さんからしたら、ていうかお前誰だよ、って感じだと思う。

だけど、これ以上この気まずいやり取りを見るのは耐えられなかった。俺はこうなることを全部知っててやっているのだ。申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

「う、うん。そうね。そうしてみるわ。いきなり申し訳ないけど、お願いね」

そういってインターホンを切る。大楠はまだ不安そうな顔でじっとカメラの前に立っていた。

「行くぞ」

俺は大楠の手首を掴んで、マンションを出た。

この辺りにある公園は3つほど思いつく。高宮のマンションから一番近いのは、以前に文化祭の帰り道、みんなでたい焼きを食べながら話したあの公園だ。まずはそこから、1つずつしらみ潰しに当たっていく。

何かがおかしい。そう思ったのは3つ目の公園に辿たどり着いたときだった。

ここにも、いない。

「もしかしたらこのへんにはいないのかも……」

大楠が不安そうに俺を見上げて言う。

もしかすると、とは思っていたけど、恐れていたことが起こったみたいだ。「俺」のときから未来が変わっている。

俺は急いで「俺」にメールを打った。

――近くの公園を探したけど高宮が見つからない。

――高宮の母さんは昼頃に学校に向かったって言ってたけど、もちろん学校には来てない。

――たぶん、未来が変わったんだ。

返事はすぐに来た。念のため、「俺」にはこの時間帯は自宅で待機してもらう手はずになっていたのだ。

――わかった。俺も探しに行く。

――何かわかったら連絡するけん、そっちも何かあれば連絡頼む

今になってようやく危機感が湧いてくる。ここで高宮を見つけ出さないと、もしかしたら明日も学校を休んでしまうかもしれない。

「大丈夫。きっと見つかるから」

大楠と自分自身にそう言い聞かせて、俺たちはふたたび自転車を走らせた。

〇同日(9月14日)

「俺」からのメールを見た瞬間、やっぱりかと思った。なんとなく、こうなる気がしていた。もちろん気持ちは沈んだし、危機感も抱いた。

ただ、それと同時に、今度こそ高宮を見つけ出すんだと強く思った。3年前の成人式では見つけることができなかったから、今度こそ。

メールを返すとすぐに、俺は家を飛び出した。

「昼頃に学校に向かった」というのが気になる。よくわからないけど、七隈から聞く限りそういう感じではなかった。おそらく元の世界では起こらなかったことだ。

高宮は本当に学校に向かったんだと思う。ただ家にいるのが嫌なだけだったら、わざわざ学校に行く準備までしないだろう。いや、本当に準備をしたかどうかはわからないけど、母親がそう思っているってことは少なくとも制服姿で家を出て行ったはずだ。

とにかく、学校の近くを当たってみるか。

……こんなに汗をかいたのは何年ぶりだろう。

こんなところで日頃の運動不足と、若かりし頃からの体力の低下を痛感させられることになろうとは。すでに探し始めてから1時間が経過している。早くしないと日が落ち始めてしまう。

「俺」からの連絡はない。つまり、まだ高宮は見つかってないということだ。

焦燥感しょうそうかんが胸を突き上げてくる。

くそ、どこにいるんだ。あのときの二の舞になってたまるか。

こういうとき、高宮はどこに行く。どこに行きたいと思う。思い浮かぶところをもう一度、かたっぱしから調べていくんだ。

●同日(9月14日)

「……ここもだめか」

あともう、どこを探せばいいんだよ。

少しずつ日も落ちてきた。身体も心も苦しい。正直、くじけてしまいそうだ。

マンション近くの公園に高宮がいないとわかってから、俺と大楠は二手に分かれて高宮を探すことにした。

高宮を探し始めてから2時間が経った。まだ大楠からも「俺」からも連絡はない。もちろん、高宮はずっと電話にもメールにも反応してくれないままだ。

頼む……。早く見つかってくれっ……。

突然、携帯が鳴った。

慌ててポケットから取り出して着信元を確認する。「俺」からだ。祈るような思いで電話に出る。

「もしもし――」

「高宮が見つかった! 大濠公園の真ん中、池の上に造られた屋根の下におる。急げっ!」

息を切らしながら、「俺」は一気にしゃべり立てた。

「わかった、すぐ行く」とだけ返事をして電話を切り、すぐに大楠に電話をかける。大楠に高宮の場所を伝えると、俺はふたたび自転車をこいだ。幸い、俺が今いる場所は大濠公園からそう遠くない。

「俺」はちゃんと高宮を見つけ出してくれた。さっきまで弱気になっていた自分が恥ずかしくなった。

ここからは、俺がちゃんとする番だ。

少しして公園に着いた。そのまま入り口を駆け抜ける。目の前には池が広がっていて、その中に木で覆われた小さな細長い島が浮かんでいる。ここからは見えないが、その島のはしには、東屋あずまやのような建物が池に向かって突出する形で造られている。きっと高宮がいるのはそこだ。

気を取られて、危うく歩道沿いにある水路に落ちそうになった。俺は慌ててハンドルを切って曲がると、よろめきながら高宮の元に向かう。

小島には、長い石橋が架かっていて、それが島と池の外とをつないでいる。

俺は橋の入り口付近に自転車を止めて、すでに重くなっている足を精一杯振り上げて走った。右手に見える例の東屋が少しずつ大きくなってくる。

ついに、その前までたどり着いた。俺は両手をひざについて肩で息をする。ふと目を横にやると、そばには「浮見堂」と文字のられた石柱が立っている。

池へと伸びる小道の先では、制服姿の女子高生が1人で柵に手をつきながら静かに池を眺めていた。もうかなり弱くなっていた夕日の光が、彼女の小さい後ろ姿に影を作っている。

緊張する。両手のこぶしをにぎって深く息を吸った。

そして、ついに上半身を起こして、俺は一歩を踏み出す。

「高宮」

高宮は驚いてこちらを振り返る。

俺の姿を見て一瞬目を泳がせたが、すぐに弱々しい笑顔を作って、口調だけはいつもの明るい口調で返事をした。

「若久やん。なんでここにおると?」

「ずっと探してたんだよ。学校に来ないし家にもおらんかったけん。大楠ももうすぐここに来る」

高宮は何かを言おうとして言葉が出てこなかったみたいで、ただ口を少し開いたまま苦しそうな目で俺を見ていた。

「……ごめん」

彼女はうつむいて静かにそう言った。

人と話すとき、高宮はいつも人の目を見て話す。こんなふうに目をそらされたのは初めてだ。

「野間と七隈さんのこと……だよな」

そのとき俺はふと、そう言えばこの公園は前に野間や七隈さんたちとみんなで花火を見に来た場所だということに気が付いた。ただの偶然、なのか。

「……私ってばかだよね」

高宮は目をそらしたまま、ぽつぽつとしゃべり始める。

「さくらが野間に告白するって知ったとき、胸が痛んだのがわかったよ。でも、それが何でなのかわからんかった。きっと、ずっと仲の良かった友達が離れていっちゃうかもって寂しくなっただけなんやと思った。でもね、いざさくらと野間が付き合い始めたことを知ると、2人を見るのが辛くなったの。今まで通り2人と接することができなくなった。それで、そのときになってようやく実感したんよ。ああ、私って野間のことが好きやったんやなぁって」

高宮のほほを静かにしずくが伝う。

とたんに俺は怖くなった。この高宮の苦しみを一緒に抱えきれるのか不安になったからだ。高宮のためにどんな言葉をかければいいのか、何をしてあげればいいのか、俺にはわからなかった。

あんなに覚悟を決めていたはずなのに。こういう展開になることだって予想していたはずなのに。いざ、現実を目の前にして立つと、それは俺が思っていたよりもずっと、ずっと重かった。

「ほんとにばかよね。野間にもさくらにもいい顔しようとして、でも抱えきれなくなって、学校だって行こうとしたけど行けなかった。若久や帆乃にも迷惑かけちゃった……。ほんとにごめんね」

「そ、そんなこと言うな。それに……」

野間だって本当は高宮のことが……。

そう言ってしまいそうになって何とかこらえた。それは言っちゃいけない。言っても誰も救われない。

「私たちなら、ずっと一緒にいるけん」

背中から優しい声が聞こえてきた。振り向くと、大楠が息を切らしながら真っぐに高宮を見つめて立っていた。

高宮も顔を上げて大楠を見つめる。

「帆乃……」

「何があっても私たちは花菜のそばにいるけん。逃げてもいいし、悩んでもいい。やけどね、1人で抱えるんやなくて、私たちにも相談してよ」

大楠はゆっくりと高宮に向かって歩いていった。俺のそばを通り過ぎたとき、横目に映った大楠の表情を見て初めて、俺は彼女が泣いていることに気づいた。

「……ごめん」

高宮は両手で顔を覆った。大楠はそっと高宮を抱きしめる。

「ごめん……。若久や帆乃に相談するのが怖かったの。こんな私を見せるのも怖かったし、このことに2人を巻き込みたくなかった。そのせいで、2人も野間やさくらとの仲が気まずくなっちゃったらって……」

ついに高宮は声を上げて泣き始めた。

その姿を見て、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。本当に自然と目から涙がこぼれ落ちた。

「少なくとも、野間のことは俺が引き留めておくから。今すぐってのは難しくても、いつか、高宮の心の準備ができたときに、いつでもまた4人で元の関係に戻れるように、野間とのつながりは、俺が引き留めておくけんさ」

それが俺の使命である気がした。今、俺たちの中で、俺にしかできないことなんだと思った。

「うん……、若久ってたまにはかっこいいこと言うんやね」

高宮がちょっと顔を上げる。大楠の肩越しに、泣きながらニヤついたのがわかった。

「なっ、お前……」

不意をつかれて一瞬笑ってしまった。手を頭の後ろに回して襟足えりあしのあたりを触る。何かをごまかすときに俺がよくやるしぐさだ。

「……そうだよ。たまには良いこともいうから、ちょっとは頼れよ」

高宮は再び顔を大楠の肩にうずめた。俺はどうしたのかと不安になる。

「……若久に泣かせられる日が来るなんて思わんかったよおお」

「ふふ、今日の若久くんはちょっとカッコつけすぎよねー。でも、頼って欲しいってのは私も同じやけんね」

大楠は高宮を抱きしめたまま、泣きながら、笑いながら、優しく言った。

俺はホッと安心したのと同時に恥ずかしくなった。けれど、何だか嬉しかった。

なんだか今日はみんな、気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。

すっかり日が落ちて暗くなった公園を3人で歩く。

俺だけが手で自転車を押していた。みんな、それぞれ別の場所に自転車をとめていたから、一緒に1つずつ取りに回ることにしたのだ。まずは一番近かった俺の自転車から取りに行き、今は高宮の自転車がある方へ向かっている。

「実はね、今日学校休んで、最初にメールを送ってくれたのは野間やったんよ。早く心に整理つけて、また、今までみたいに仲良くできるようにならなくちゃ!」

そういう高宮は少し吹っ切れたように見えた。

「言っとくけど、無理はすんなよ」

俺は前かがみになって高宮の顔をのぞき込んだ。高宮はいつも思い切っていて、元気で明るい。だけど、そんな性格がこういう時ばかりは裏目に出ないかと不安になる。

「わかってるって! それにもし何かあっても、次はちゃんと2人に相談するけん」

そう言って見せてくれたいつもの笑顔は、久しぶりに見たからか、とても新鮮だった。きっとまだ、高宮の心は痛むんだろうけど、いい方向には向かってる。

俺たちは3人で談笑しながら歩いていく。

そんな夜の公園で俺は静かに想いを胸に秘める。このまま高宮の、いや、みんなの力になりたいという想いを。


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