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第5章:やってみる

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●6月24日(金) タイムスリップ85日目

チャイムが試験の終了を告げる。終わった。ようやくだ。

「はぁ、やっと終わった……」

ため息をつくと、後ろから同じように高宮もため息をつくのが聞こえた。

「ほんとにやっとだよ……。私、今回高校生活で一番勉強して試験にのぞんだかも。前の中間がちょっとだけ点数良かったけんプレッシャーやばい……」

前回の中間試験(中間考査)は勉強会が功を奏したのか、3人の成績はいつもより良かったのだ。勉強会では思いの外、雑談もそこそこにみんな真面目に勉強したため、俺自身の成績も上がりこそしなかったが下がることもなかった。

「つーか先月に中間やったばっかだよな? いまさらやけどなんでもう期末受けてんだろ。テスト多すぎやん」

「ま、でもあとは来週に2科目受けるだけやけんね! 今日はようやく遊べる!」

「あ、やっぱり高宮たちも遊ぶんだ。俺らも今日はこれからカラオケかボウリング行こうって話しとるんよ」

「へー、やっぱみんな考えることは同じやね!」

そこで高宮がふと思い付いたように提案する。

「ねえ、若久が遊ぶメンバーって警固くんや竹下くんよね? せっかくやし、カラオケやボウリングするならみんなで行かん?」

「え、みんなでかぁ……」

高宮が今日一緒に遊ぶであろうメンバーはだいたい予想がつく。むこうが良いというのなら俺から断る理由はないし、多分それは他の男子3人も同じだ。ただ、単純に遊ぶときに何を話せばいいのかわからん。

一方で、ここで誘いを断ったら、あとで絶対に「俺」から小言を言われる。何よりあいつの「それだと後悔するぞ」の言葉は発言者が俺自身なだけあって結構な重みがある。出来ることならこれ以上言われることのないまま過ごしたい。

高宮の誘いを受けてから2秒ほど頭をフル回転させて考えてみたが、結局俺は正直に答えることにした。

「高宮たちがいいなら俺たちは全然いいと思うんやけど、俺も含めて高宮の友達とそんな話したことないし、大丈夫なん?」

「まあそこは大丈夫っしょ! たぶん!」

ああ、ものすごく不安だ。

放課後、俺たちは高宮たちと一緒に学校から直接ボウリング場へ向かうことになった。

「おい、若久、これ本当に大丈夫なのかよ」

警固が自転車で並走しながら俺にささやいてくる。「これ」とは高宮たちと一緒に遊ぶことを指しているのだろう。

「わからん。高宮は大丈夫っしょ! って言ってた」

「なんでこういうときに限って、一番お気楽なやつの意見を聞くんだよ!」

「まあでもこっちから断る理由はないやん。それに高宮から聞いたけどお前と同じ中学のやつもいるんやろ?」

「ああいるよ! 一度も同じクラスになったことのないやつがな!」

ボウリングの前に、ボウリング場から道をはさんですぐとなりにあるファミレスで昼ご飯を食べることにした。

全員で9人いたため、男子と女子で2グループに分かれてそれぞれのテーブルにつく。

「なあ……ちなみにお前らのスコアどのくらい?」

警固は、高宮たちも一緒に遊ぶことになったと伝えたその瞬間から、あれこれと考えを張り巡らせては不安そうに質問をぶつけてきていた。俺の独断でこうなったとは言え、そろそろ面倒くさい。

「俺は平均110から120くらいかな。結構ばらつきあるけど」

「俺も110くらいやん」

「俺は部活のみんなで結構行きよったけん、わりと150超えるぜ」

竹下が得意そうな顔で答える。

「まじかよ! 1年のときは俺とあんまスコア変わらんかったよな? この裏切り者め」

「お前まさかあのころのスコアのままかよ」

がっかりする警固と対照的に竹下はニンマリと笑顔を浮かべている。その笑顔は時代劇によく出てくる悪代官を連想させた。

「……で、その1年の時のスコアってそんな悲惨やったん?」

「確か平均90切ってたよな」

みんなの視線が警固に集まる。警固は「はぁ」とため息をつくと、頭を抱え、今にも消えそうな弱々しい声で言った。

「……84」

一瞬の沈黙のあとにみんなが噴き出す。

「はははは、お前それ女子にも負けるぜ?」

「ウケるわ。負けたらスコアの写真撮ってSNSに載っけるけん」

「くそっ。おい竹下、なんかアドバイスよこせ。どうやってそんだけスコア伸ばした?」

「あ? 頑張って真っ直ぐ投げりゃあいいんよ。お前野球部やん」

「1年の時に同じスコアやったお前なら、あの球は真っ直ぐ投げても真っ直ぐ転がらんこと知っとるやろーが!」

「俺は何度も投げてたら自然と真っ直ぐ行くようになっただけやけん、コツとかは知らん」

「……つーかさ、別にそんなに気にせんでもよくね?」

野間が少し冷めたように言う。

「いやさ、やっぱ女子にはかっこいいとこ見せときたいやん?」

警固が腕を組みながらなぜか偉そうにそう言うと、竹下もそれに乗っかる。

「ちなみに俺の押しは愛宕あたごさんだ」

「ふっ、やっぱりお前わかっとるやん! 愛宕さんに褒められるのが今日の俺の目標やけん」

「お前らな……、つーか84じゃ不可能やろ」

そんな話をしながら先ほど運ばれてきた熱々のハンバーグセットを食べていると、高宮がうきうきと楽しそうにこちらへ歩いてきた。

「ねえねえ、これからやるボウリングなんやけど、せっかくやけん男女ペアで投げん? チーム対抗で!」

「うん、俺はいいよ。みんなもよかろ?」

他の3人も異論はない。

「おっけー! じゃあ二人一組のチーム戦ね!」

高宮が女子グループのところへ戻って行ったのをしっかりと確認してから竹下と警固が同時に口を開く。

「頼むぜ神様!」

思い思いのポーズで神に祈る2人の姿を見て、俺と野間も同時に口を開いた。

「お前らバカやろ……」

昼ご飯を食べ終えて、ボウリング場に着く。高宮が1人で先に全員分の受付を済ませて戻ってきた。

「みんなここで靴借りて3階ね!」

階段を上がり、指定されたレーンへ行くと、スコアボードに何やら奇妙な名前が4つ登録されていた。

「なんだあれは」と俺がきくと高宮は「へへっ」と言ってみんなの前に立つ。

「実はさっきお昼ご飯食べてるときに勝手にあみだくじでチーム決めちゃいました! そしてスコアボードに登録されているのがチーム名です!」

チーム名とメンバーは次の通りだ。

アカテン:竹下&高宮

シズカ:野間&七隈

ショタイメン:若久&愛宕

トリオ:警固&大楠&西新

自分で言うのもあれだがこれが高校生のノリか。そして警固と竹下からの視線が痛い。

一応補足しておくと、高宮と大楠以外の女子は、七隈ななくまさくら、愛宕結衣あたごゆい西新恭子にしじんきょうこである。正直な話、この3人とはあまり話したことがないから、どんな人なのかよくわからない。俺が不安になっていた大きな要因はそこにあった。

「なあ、せっかくやけん罰ゲーム決めようぜ」

「うーん、じゃあ負けたチームはみんなにジュース1本とか!」

「おっけ、チーム赤点の実力見せてやるぜ」

お前らはボウリングのスコアより今日の期末のスコアを気にした方がいいんじゃないのか? と言いかけて何とかこらえた。

となりに座っている愛宕さんの方を向くと、彼女もそれに気づいたのかこちらを見返してきた。

「そういや、こうして話すの初めてだよな?」

「うん。だからチーム名も『初対面』にされちゃった」

クスクスと笑う愛宕さんは確かに可愛かった。彼女が学年を通して男子から人気があることは知っていたが、こうして対面するとその理由がよくわかる。

「ま、一緒にがんばろうな」

「うん! ジュース勝ち取ろうね!」

5巡目が終わったとき、俺は絶望していた。ここまでチーム赤点が圧勝、続いてチーム静か、トリオと続く。最下位は俺たちだ。そして、その主な原因は……。

「ほんとにごめんね!」

両手を合わせて申し訳なさそうに愛宕さんが頭を下げる。これで彼女が俺に謝るのは3回目だ。この調子で行くと、あと3回はこれを見ることになるのか。

「あ、いやいや、いいよ。全然気にせんで」

とは言えここまで4投中3投がガターというのは壮絶だ。せっかく苦労して取ったストライクもスペアも見事にその威力が半減されていた。それに俺自身、別にそれほどボウリングが上手いわけではない。

竹下と警固からはたびたび「お前が全部ストライク取ればいいだけの話やろうもん」と野次を飛ばされる。黙ってろ。

「そういや愛宕さんってあんま博多弁使わんね」

ボウリングから話題をそらすべく、俺は精一杯頭を回して話題をひねり出した。ボウリングしに来てんのに……。

「あ、うん。私、元々東京から来たから。こっちに引っ越してきたの高校からなの」

「へー、そうなんだ! じゃあ去年の修学旅行が東京やったけど、愛宕さんにとっては面白くなかったんかな」

「あはは、まあどこも行ったことある場所だったかな。逆に福岡にいるのは好きよ。東京ほどごみごみしてないし、それに博多弁可愛いし」

「え? そうなん?」

今まで普通に使っていた方言が可愛いと言われるのは意外だった。県外の人はそういうふうに思うのだろうか。

「私ずっと東京で方言がなかったからいいなーって思ってるよ」

「そうなん? 俺からするとずっと東京育ちって方がかっこ良くて羨ましいけどな」

「えー、そんなの大したことないよ。博多弁いいもん。私なんて可愛い博多弁のランキングまで勝手につけてるんだよ」

なんじゃそりゃ。

「第3位は『ばり』。第2位は『○○やろ?』ってやつ。そうでしょ? って意味の。そして第1位は『食べり!』だよ。この前、帆乃にそれ言われてドキッてしたもん。もう一回言って、って言ったらめっちゃ困った顔された」

「ははは、やろうね」

「あ、『やろうね』も可愛いかも♡」

そんなこんなで愛宕さんとの会話は結構盛り上がった。さっきは警固と竹下をバカにしていたけど、彼女には確かに人を魅了する力があると思う。何なら博多弁なんかよりも彼女の方がずっと可愛い。……ゲームは見事に負けたが。

2ゲーム目は1ゲーム目の結果を踏まえて、以下のチームに分けられた。

①竹下、西新、愛宕

②俺、七隈

③野間、大楠

④警固、高宮

俺がちゃんと各自のスコアを基に計算して、実力が同じになるよう平等にチームを分けたのだ。試験の成績が良いとたまにこういった雑用を押し付けられる。

このゲームはこのゲームで、愛宕さんと同じチームになった竹下が調子に乗ってフックボールを投げてミスを連発したり、警固が高宮に助けられたりと面白いことがたくさんあったが、ある意味、一番の見せ場は俺の一投だった。

調子に乗った竹下が見事に狙いを外した瞬間、いきなり店内の照明が半分に落とされ、アナウンスが流れた。

「みなさま、お待たせいたしました。これより定例のチャンスゲームを始めます!」

レーンの奥には新たにセットされたピンが立っている。その中には金色のピンが1つだけ混じっていた。

「すでにお気付きかと思いますが、これから狙っていただくピンの中には金色のものが1つだけ混ざっています――」

このとき初めて知ったが、このボウリング場では1日に3回、このようなチャンスゲームが行われる。そして、見事に金色のピンを落とせば、商店街の福引などでよく見かけるあのガラガラを回すことができるのだ。たとえ全てのピンを倒せなくとも、金色ピンさえ倒せれば良い。

ガラガラの1等賞品は最新のゲーム機であり、これに場内が興奮するのを見て取ることができる。

次は七隈さんがボールを投げる番だった。俺は彼女に向かってエールを送る。

「がんばり!」

ところが、七隈さんは見るからに困った顔でこちらを見返してきた。

「私ボウリング下手やしこういうの外しちゃうと思う……。もし良かったらさ、若久くん代わりに投げたりしないかな?」

「なん……だと……!?」

つい心の声がこぼれる。漫画ではよく聞くが、実際にこのフレーズを口に出すことになるとは思わなかった。

「そ、それなら竹下が投げるのがいいんやない? 一番うまいし」

竹下は俺の申し出を明るく突き返す。

「まあまあ、たかがゲームやしいいやん拓哉で。それにお前のチームの番で俺が投げたら不公平になるやろ? さっきあれだけ真剣にチーム分けしとったのに」

……くそっ!!

ちなみに今度はちゃんと口には出さなかった。

「わかったよ……。俺が投げる。その代わり恨みっこなしやけんな!」

「そんくらいわかっとるって。みんなもう子供じゃないんぜ?」

深呼吸をする。そうさ、決してストライクを取る必要はない。あの金色ピンさえ倒せばいいんだ。場所は3列目の左側。多少コントロールがぶれても、他のピンに当たれば連動して倒れる可能性も高い。いつも通り投げればいいんだ。

球を手に持って定位置に着く。そこから落ち着いて、1歩、2歩と助走をつける。よし、あとは真っ直ぐ投げるだけだ……いけっっ!!

2ゲームののちボウリング場をあとにした俺たちは、同じ建物内にあるカラオケ屋さんに移動して部屋が空くのを待っていた。

「にしても若久のあれはねーわ」

「うっせーよ。俺が一番ショックだわ……、つーか恨みっこありかよ!」

「これならさくらが投げた方が良かったかもねー」

「結衣が投げてもよかったんやない?」

「あれ、なんかそれ私もバカにされてる気が……」

「くそっ……、あんなきれいなガター、俺だって久しぶりに出したぜ……」

「吸い込まれるようにボールが落ちていったもんな、ガターに」

「ああ、レールの半分も生き残らなかったよな」

「やめろ、俺はプレッシャーに弱いんだよ!」

「若久くん、ごめんね。無理に頼んじゃって……」

「……謝られるとなんか余計に悲しくなるな。と言うか、俺の方こそ負けてごめん」

「はは、それは全然いいよ」

七隈さんが小さく笑う。実は、あのチャンスゲームで見事に自信を無くした俺は、その後の投球も凄惨せいさんたるもので、結局2ゲーム目も最下位となったのだ。今度はアイスをおごらされた。

15分ほどさんざんバカにされたあと、ようやく部屋に入ることができた。このカラオケ屋は最近できたらしく内装が新しい。加えて、都心からやや離れているため値段も良心的だ。

さて、カラオケが始まり選曲の順番が俺に回ってきたところで初めて気付いた。

俺はこうして男女交えてのカラオケをした経験がほとんどない。そう、どんな選曲をすれば良いのかわからないのだ。

竹下や高宮はどうしてあんなにすぐに曲を決められるんだ? 今の流れと違う選曲をしてちょっと浮いてしまったらどうしようとか思わないのか?

いや、俺だって気の知れた男友達と行くときは純粋に好きな曲を歌っている。なんなら、昔流行ったアニメの主題歌などを入れてもそれはそれで盛り上がるだろう。

だがしかし、ここは普段あまり話したことのない女子を交えてのカラオケだ。今後の交友関係にも影響がある……かもしれない。いずれにせよ”外した”選曲はしたくない……。

手始めに「履歴」を一通り見るもあまりピンとくるのがない。てか、演歌ばかりじゃねーか。俺たちの前にこの部屋いたの絶対年配の人だ……。

とにかく、試しにどんな曲を入れるべきか考えてみよう。

カラオケの序盤ということもあり、ここはアップテンポな曲が好まれるはずだ。そして、最近流行りの曲であればなお良い。現に竹下や高宮の予約した曲はどちらもそういった曲である。そこまではわかる。

問題なのは、親の影響もあって、俺の知っている曲が昔から活躍している有名アーティストの曲ばかりとなっていることだ。もちろん、比較的新しい曲はあるのだが、今風のアップテンポな曲かと言われるとよくわからない。カラオケの中盤で入れるのには良いはずなんだが。

俺の知っている最近の曲では、この雰囲気に合うものがない。それならば、ある程度有名でノリの良い曲を選ぶしかないだろう。そして、ここは個性を出すためにもすでに予約されている曲と同じアーティストの曲は避けたい。

くそ、カラオケってこんなに選曲難しかったっけ? 単に俺の考え過ぎなのか? こんなに悩むくらいなら事前に「俺」にでも相談しときゃあ良かった。

っ……! 待てよ。そうだ、この手があった!

自分で曲を決められないのなら、誰かと一緒に曲を選んで一緒に歌えば良いのだ。

俺は急いでとなりに座っている野間に目をやる。すると、野間もちょうど俺と同じように選曲機を片手に画面をタッチペンで操作していた。

……あれ? こいつもひたすら履歴をさかのぼってるぞ。

「……お前さ、どんな曲歌うの?」

「それがさ、全然決まらんのよ。俺普段そんなにカラオケ行かんし。お前は?」

「俺も全然わからん。どうしたもんか……」

2人の間に妙な沈黙が流れる。部屋の中で響き渡っている竹下の歌との温度差が悲しい。

こうなってはやむなしと、野間と反対側のとなりに座っていた西新さんに機械を差し出す。

「先に曲入れとっていいよ」

西新さんは少し驚いたように眉を上げる。

「さっきずっと見よったやん。何も入れんでいいと?」

「見られてたのか……」

自然と苦笑いが浮かぶ。

「やけど、まだ決めきれんくて」

「じゃあさ、私これ歌うけん一緒歌ってよ」

西新さんが選んだ曲は男性パートと女性パートに分かれている曲だった。この曲なら俺もかろうじて知っている。

「あ、それなら知っとる! おっけ、俺そんな歌上手くないけど」

「ハードル下げようとしとるやろ?」

彼女は声に出して笑う。それを横目に俺は、なんか落ち着いててサバサバした人やなー、と思っていた。

数分後、ついに西新さんの選曲した曲が流れる。

「あ、私この曲めっちゃ好きやん! 入れたのだれー?」

「はい! マイク貸して!」

「うそ、お前ら2人で歌うん!?」

「……まあな」

前奏が終わる。ちょっと緊張しながら、俺は彼女と一緒に歌い出した。

ふぅー、と息を吹きながら建物を出る。ちょうど日が傾いていて、思ったより外は暑くなかった。風がそよそよと顔をなでる。気持ちいい。

「私のど枯れちゃった」

「4時間って思ったよりも長いんやな」

竹下と高宮がのどを押さえながら言う。何だそのアホ丸出し感。

「なんだよそのアホ丸出し感」

野間が言いやがった。

「うるさいな! にしても野間はいっがいにも歌上手でびっくりしたよ」

「いっがいで悪かったな」

野間は照れたのか、そっぽを向いてぶっきらぼうに答える。

すると、大楠が俺の方を見てニコッと笑う。

「若久くんはいっがいにも歌はあんま上手じゃなかったなー」

「……いっがいで悪かったな」

そのやり取りを見ていた他の5人がキョトンとしながらこちらを見ていた。

「前から思ってたけどお前ら4人って仲良いよな」

「まあね」

今度は俺たち4人がキョトンとした。なぜなら今の「まあね」が4人の口から同時に出てきた言葉だったからだ。

「いや、そこまでいくと怖いわ」

警固のツッコミを受けてみんなが笑い出す。

俺たち4人が最初に顔を合わせてから、まだ3ヵ月足らずしか経っていないのに、今はまるで昔からの知り合いみたいにお互い気兼ねなく話せている。なんだか不思議だ。

その日の夜、今日の出来事を「俺」に話した。

「俺」はいつも通り「そっか、良かったやん」と言うだけだ。まあ、自分でも今が一番学生生活を楽しんでると断言できるし、物事が上手くいっている以上、「俺」が言うことは何もないのだろう。

布団に入ってから眠りにつくまでの間、俺は目を閉じて今日の出来事を回想した。今日は今までほとんど話したことのなかった人たちと知り合いになれた。

正直、初対面の人と話すのは得意ではないが、みんながいて、みんなで遊びながらだったからか、すんなりと話し出すことができた。そして、それはとても楽しかったのだ。

これだったら、たとえ多少の勇気を振り絞らなければならないとしても、新しい人と知り合いになることも悪くないのかもな、なんて、最初は悩んでいたくせに今は都合のいいことを考えていた。

●7月2日(土) タイムスリップ93日目

2日前の午後、5限目の授業が終わったところで俺は後ろにいる高宮の方を振り返る。

普段の休み時間は、高宮の方から「ノート見せて」だったり「ここわからんかったあ」だったりと話しかけてくることが多いため、こうして俺から話しかけるのは珍しい。

「あのさ、」

やばい。なんか緊張して言葉に詰まる。一応、頭の中でセリフの練習はしたんだけどな。

「ん?」

「来週、野間の誕生日なんやけど」

「えっ! そうなんや、そう言えばみんなの誕生日ちゃんと確認しとらんかったね」

俺だってたまたま今日が竹下の誕生日で、あいつが「ついに俺も18禁の解禁か……」などとアホなことを言い出さなければ、他の人の誕生日の話をすることも野間の誕生日を知ることもなかっただろう。

たまにふざけたプレゼントを渡すことはあっても、わざわざ男同士で誕生日を祝うなんて悲しいことはしない。だから、これまでもいちいち友達の誕生日を確認することなんてなかったのだ。

「それで普段は男同士で祝ったりはせんけど、せっかくやけん3人でなんかプレゼントとか買ってもいいのかなーと」

気恥ずかしいので、あくまでも「ほら、女子はそういうことするじゃん?」というニュアンスを出したつもりだったが、むしろ格好悪く映っただけかもしれない。

「いいやん! 今週末にみんなで買いに行こうよ!」

「お、おう! 良かった。みんなで行こう」

これも間接的には「俺」の差し金だった。あいつはとりあえず、あいつの時代にできなかったことを全て今の俺にやらせたいらしい。

以前に見せてきた「ToDoリスト」の中には誕生日祝いの他にも、大濠花火大会だのマリンワールド海の中道だの太宰府天満宮だのと数多くの場所や活動が羅列されていて、全ての項目にチェックをつけていたら、俺は間違いなく受験に失敗するだろうと思った。

もちろん野間の誕生日を知ったのは偶然だが、知ってしまった以上、やはり行動に起こさなくてはなるまい。それが「後悔しないため」に必要なことならば。

3人で野間のプレゼントを買いに行くと決まってからが大変だった。俺は格好の良い私服を持っていなかったのだ。

これまでは「俺」がバイトをしては色んな服を買ってきていたため、どうしても良い服が必要なときは「俺」に頼めばなんとか借りることができた。

しかし、このまま永遠に借り続けるわけにもいかないし、勝手ながら、俺自身もできれば未来の自分とは言え、他人が着ている服を着たくはないのだ。

ここにきて俺はようやく自分で服を買う決心をした。

俺は今、3人でプレゼントを買いに行くために着る服を買わなければらない。しかし、服を買うためには、やはり都心へ出かけるための服が必要であり、当然そんなものは俺のクローゼットに存在しなかった。服を買うための服というものが必要なのか。生きることはなかなか難しい。

結局、俺は学校帰りに制服のまま「俺」と一緒に買い物をするという手を使った。

そして、約束の土曜日。

――ピンポーン

遠くでインターホンが鳴る。誰かが来たらしい。

数秒後、リビングにいた「俺」がドアを開けて俺の部屋に入ってきた。

「お客さん」

「え、俺に?」

すぐに部屋を出て、リビングにあるインターホンの受話器を受け取る。

「もしもし?」

「高宮でーす! もちろん帆乃もいるよ!」

「……なんでお前らがここにいるんだよ」

「えへへ」

「やっほー、来ちゃいましたー!」

「……。つーか、どうやって俺ん家の住所知った?」

「最初に連絡先交換したやん? あのとき、お互い電話帳ごと赤外線で送ったけん、そこに若久の住所も載ってたんよ」

そう言えば、確かにあれって電話帳に登録してる情報全部飛ばすよな。

人によっては律儀に誕生日まで登録してるから、そんな情報もまとめて俺の携帯に保存されて、たまにメアドを交換しただけのあまり知らない人の誕生日を携帯が当日に通知してきたりする。

「まあ……とりあえず今から下降りるけんちょっと待ってて」

「えー、せっかく来たんやけん部屋くらい入れてよー」

「なん……だと……?」

そもそも論でいえばいきなり押しかけてきた向こうが悪いのだが、実は確かにまだ用意に時間がかかりそうではあった。というか本当はこれから昼ご飯を食べようと思っていたところなのだ。

「……大人しくするって誓うか?」

「誓う誓う!」

「誓いまーす」

だめだ、入れたくない……。

「はぁ……」

とても気乗りはしないが、仕方ないので大楠と高宮には部屋で待ってもらい、その間に俺は昼ご飯を食べることにした。

「おじゃまします!」

「おじゃましまーす」

「え、ええっ!? 家に上がんの?」

ソファーで漫画を読んでいた「俺」が飛び上がる。

「あ、お兄さん! さっきはどうも、お久しぶりです」

「……久しぶり。何? こいつが家に呼んだの? やるなぁ」

「ちげーよ。携帯の電話帳に登録した住所見て勝手にやって来たんだよ」

そう言ってから、俺は大楠と高宮の方に向き直ってもう一度、口を開く。

「あと、俺の部屋はその目の前のドアやけん。荒らすなよ」

それを聞いた大楠は少し不満そうな顔をした。

「あのー、私たちをなんだと思っとるん?」

俺はリビングへ行き、全力でもって昼ご飯をかっこみ、すぐさま自分の部屋に戻る。頼むから変なことはしないでくれ。そして、変なものを見つけたりしないでくれ。いや、置いた記憶はないが。

ドアを開けると、2人とも漫画を読んでいた。「俺」が買って俺の部屋に置いているものだ。

「あ、もう食べ終わったん?」

「うん、急いで食ったけん気分悪くなった……」

「えー、ゆっくりでよかったのにー」

こっちは気が気じゃなかったんだよ。

「ふーん」

高宮がじろりと俺の頭の天辺から足の爪先まで視線を移す。まるで何かの機械にスキャンでもされているかのような錯覚を覚える。

「前から思ってたんやけど、若久って結構おしゃれなんやね!」

「あ、そう? ありがと」

当然ながら女子から私服を褒められたのは初めてだった。「俺」が来なかったら一生言われることのなかったセリフだろう。

「それにしても」

今度は大楠がぐるりと俺の部屋を見回して言う。

「若久くんの部屋ってなんか普通やねー。ちょっと探してみたけど面白いもの何も見つからんかったしー」

……やっぱり荒らしやがったな。あまつさえ俺の部屋を普通呼ばわりするとは何事か。

「はぁ、じゃあお前の部屋はさぞかしすごいんやろうな」

「うーん、今度来てみるー?」

「えっ、あ、うん」

大楠はこういう普通の人が気をつかうようなことをあっさりと言うから反応に困る。天然というかなんというか。

「顔赤くなっとるよ?」

高宮がニヤニヤしながら言う。

うるさい。

俺たちは最寄り駅から電車に乗り、ひとまず天神へ向かうことにした。

北口から改札を抜けて長い階段を下りると、正面の壁に大きな液晶ディスプレイが取り付けられた、幅のある通り道に出る。この液晶ディスプレイは「大画面」と呼ばれ、若者たちの定番の待ち合わせスポットになっている。

「うわっ、やっぱ大画面前は混んどるな」

「もし約束通りここで待ち合わせしとったら迷っとったかもね!」

笑いながら高宮は言う。というか彼女はいつも笑っている。

プレゼントに何を買うかは決めていなかった。とりあえず色々な店を回ってその中で決めていくことにしていた。

……だけど、それがこんなに難航するとは思わなかった。

「ねえねえ、この服どう?」

「あ、かわいー。私これとか好きやんー」

「……なあ、俺たちは野間のプレゼントを買いに来たんだよな?」

この2人のせいで1店舗に滞在する時間が異様に長くなるのだ。

パルコや天神コア、ビブレ、地下街など多くの商業施設がある中で、1つ1つの店舗にこれだけ時間をかけていたら、きっと全部見終わるころには野間の誕生日が過ぎている。

「あ、ここ浴衣売ってるやん!」

俺たちは天神コアの中にいた。ここには中高生向けの比較的リーズナブルな店舗が多い。

ビルの4階。華やかな服やアクセサリーがフロアを彩る中で、その着物屋さんはより一層の極彩色を放っていた。そのために、こうして彼女らの目に留まってしまったのだ。

「ほんとだー、ほら、若久くんも行こうよー」

「えーっ、またかよ! 俺どっかのカフェで待ってちゃいかん?」

「何よ、運が良ければ私たちの浴衣姿を見られるんよ!?」

「うーん、写真に撮ってあとでメールで送ってもらえれば」

「その発言、最低なんですけどー」

「いいから黙って来て! どうせなら男子の意見も聞きたいけんね」

「……普段は俺の意見なんか聞かんくせに」

彼女たちが服やアクセサリーを選んでいる間に俺がすることは2つ。①待つ、②判断を求められたときにどちらが良いか答える、である。言うまでもなく①の時間がほとんどだ。

「若久くん、ちょっと見てくれーん?」

そう言われたのは①の作業を始めてから20分が経過したときであった。

「これとこれ、どっちがいいと思うー?」

「俺は右のほうが明るくて好きやけど」

「えーそうかな、柄はこっちの方が好きなんよねー」

「うん、これ、俺いる意味ある?」

このように、たまに②の作業を求められても、その判断が受け入れられないことは往々にしてある。

「ちょっと2人で試着してくるから待ってて!」

「はいはい」

「っ……!」

5分ほどして試着室から出てきた2人はとても綺麗だった。どちらも明るい色彩の浴衣を選んでいてよく似合っていたし、浴衣姿の2人には私服のときとはまったく違ったかわいさがあった。(そして、どうやら大楠は最終的に俺の意見を受け入れてくれたようだ。)

「どうよ! 似合っとるやろ?」

「うん、すごい。正直めっちゃ似合っとる。馬子にも衣装」

「ん? なんか最後の違くないー?」

高宮は言葉の意味を知らなかったらしく、「やろっ!?」と純粋に喜んでいた。

「大濠公園の花火大会はこれ着て行こうかな!」

「はは、花火大会ってまだ1ヶ月も先ぜ。気が早すぎやろ」

「いいの!」

1ヶ月先に着ていく浴衣が決まって、5日後の野間の誕生日プレゼントはまったく決まっていないというのも皮肉だ。

「疲れたぁー」

その後も1時間ほどぐるぐると店を回り続けて、ついに音を上げた俺は、近くにあったコーヒーチェーン店へ半ば強引に2人を引き連れて腰をおろした。

「だらしないなぁ」

高宮は呆れた顔をする。

「うるさい、気付けばこうして2人の買い物まで俺が持つことになっとるし!」

両手に抱えた買い物袋を持ち上げてアピールしながら訴える。

「にしても」

俺たち3人はお互いに顔を見合わせる。

「誕生日プレゼント全然見つからんねぇ……」

みんなでがっくりと肩を落とす。

「なんかこう、違うんだよな。服もアクセサリーも野間が喜びそうなのってのは見つからんし、たまに良いのがあっても俺たちには高すぎたり」

高宮がなお残念そうに口を開く。

「私ね、せっかくなら4人でお揃いの物を買いたかったんよね」

なるほど。まあ、ちょっと恥ずかしいけど、4人でならそれも嫌な気はしなかっただろう。

「うーん、服やアクセサリーがだめなら日用品かなー」

「日用品かぁ……」

あっ!

「それならいいのあるかも」

俺たちはコーヒー店を出ると、道路をはさんで対面にある大型書店へと入った。ここの地下には本だけでなく、文具も置かれているのだ。

「これとか、どう? あいつ中学からずっと同じやつ使っとるけん、新しいのあげたら喜ぶかも」

「へー、いいやん! 全部でちょうど4色あるからそれぞれ色違いでお揃いにできるし!」

「うん、これならみんな学校で使えるねー」

まあ、それはちょっと恥ずかしいけどな。

「ねぇ! せっかくやけんサプライズにしようよ! プレゼントは野間の机の中にいれておいてさ、それで、私たちも私たちでその日から一緒にこれ使って!」

「それ面白いかもー」

「なら軽くメッセージカードでも書いとく? 誰からのプレゼントかわかるようにさ。メッセージカードは……短冊とかでいいか」

「そうやね! でもなんで短冊?」

「ん? あいつの誕生日7日やん」

「え! そうなん!?」

「あ、そういやちゃんと日付は言ってなかったな」

「七夕……似合わなすぎ」

高宮は最初は声を押し殺して笑っていたが、次第に我慢できなくなったのか、最後は隠すことを諦めて普通に声に出して笑っていた。なんだか野間が不憫ふびんだ。

ともあれ、これでようやく野間の誕生日プレゼントを買うことができた。

エスカレーターで1階に上がり、出口へ向かう。すると、向こうからこちらへやってくる野間の姿が視界に飛び込んできた。

「うわっ、なんしよーと!?」

俺は思わず声を上げる。

「おお、それはこっちのセリフやん。……3人で買い物?」

「まぁね~!」

高宮が一歩進んで野間に近づく。横から見える高宮の表情はいつもより嬉しそうだ。

「ねぇ、それよりこれからちょっと行ってみたいところあるんやけど!」

「あの、俺、今ここに着いたばかりなんやけど……」

「もうすぐ閉まっちゃうんよ! 今行かんと間に合わん!」

高宮は問答無用とばかりにくるっと野間の向きを変えて、そのまま背中を押して出口へと押し出していった。野間も「はぁ……」と観念して連れ去られていく。

「あの2人、付き合わないのかなー」

大楠がそんな2人の様子を見ながらぼそっと言った。

「どうやろうね。お似合いだとは思うけど」

小学校のころから知っているあの野間が、誰かと付き合っているところを想像するのは何だかむずがゆくて、俺は曖昧あいまいな返事をした。

「まあ、そうなるといいかもな」

大楠はにっこりと笑って「ねー!」と同意した。

書店を出て、左へ曲がる。すぐ先に見える交差点の前をさらに左に曲がって進むと、天神中央公園が見えてくる。

「ん? 公園?」

「のとなりに建ってるこれっ!」

高宮は公園に隣接する、階段状の形をした建物を指さす。

「これ上ってみたかったんよね!」

この建物は公民複合施設で、中にはコンサートホールや国際会議場などが入っている。外壁にはステップガーデンが作られていて、それがこの建物の側面が階段状になっている理由だ。

ステップガーデンは、正面から見ると一面が緑に覆われて見えるため、その光景は都心において神秘的かつ異様に映る。そして、ステップガーデンの一番上は展望エリアとなっており、そこから天神や博多を一望することができるのだ。

高宮はその展望エリアに行きたいと言う。ただ問題は、外壁にはエレベーターがついていないため、展望エリアまでひたすら階段をのぼらなくてはならないということだ。もちろん建物の外だから空調設備などもない。

「げっ、このくそ暑い中あれ上る気?」

「でもさ、天辺までたったの14階だよ!?」

「……なーんだ、たったの14階かー」

「さすがに大楠もこれは嫌みたいやな」

「で、でもさ、緑に囲まれてるし案外涼しいかもよ!? お願い!」

高宮のお願いは、素直さと一生懸命さがうまくにじみ出ていて断りにくい。結局、3対1の状況も見事に逆転されて、仕方なくみんなで上ることになった。

「ここが入り口やけん!」

高宮が入り口の前に立ってそう言うと、野間はそのとなりに立てられている案内の文字を読み上げる。

「最上階展望台、高さ60メートル、総階段数809段……だそうですけど」

「うるさいなぁ、男に二言はないんやろ!?」

野間は高宮にがっしりと腕を組まれて、無理やり中に連れ込まれていく。

俺はチラッと大楠の方を見てつぶやいた。

「はぁ、中は涼しいといいんやけどな」

「もうそれを祈るしかないねー」

大楠も少し困った笑顔で返してきた。

最上階までの道のりは基本的にひたすら階段を上り続けることになる。階段の両端は木や草に囲まれていて、まるで山の中を歩いているような気分だ。

1階分上るごとに平地のスペースがつくられていて、疲れたらそこに設置されている木製のベンチに座ることができる。また、道のはしには小さな水路があって、水の流れる音が心地よく聞こえてくる。

しかし、いかんせん暑い! もちろん普通の平地と比べたら日陰もあって涼しいのだが、階段を上っている分、体感温度はむしろ暑いのだ。

「全然涼しくねーじゃんか」

「暑い……、まじで暑い」

「あつーい」

「ね、見てっ! あそこに猫がおる!」

「……お前、ちょっとは人の言葉に耳を傾けてみようと思わないのか?」

野間が言い終わる前に高宮は小走りでその猫を追いかける。

「ほら、野間も早く!」

「はぁ」とため息をついて、仕方なさそうに野間も高宮のあとをついていく。

「きゃっ、今度はカラスがおった! 怖い!」

「うるさいやつ……つーか俺を盾にすんなよ!」

数メートル先できゃっきゃと騒いでいる2人を見ながら、俺はとなりで歩いている大楠につぶやいた。

「……もうこれ2人だけで勝手に上ってくれればいい気がしてきたんやけど」

「同感でーす」

上り始めてから10分ほど経って、ようやく展望エリアにたどり着いた。

「はぁ、やっと着いた……」

「ふぅー、風が気持ちいいねー」

周りをさえぎる建物がないからか、ここには絶えず心地良いそよ風が吹いている。

4人で展望エリアの奥へと進み、手すりにもたれて景色を眺める。

「あっ、あれキャナルやん! ここから見るとちっさいねー!」

「あそこに福岡ドームやタワーも見えるぜ」

福岡は都心部でも高層ビルが少ないため、高さ60メートルからでもあたり一帯を見渡すことができる。

「天神って上から見るとこんな感じになってるんか」

感心しながらそう言うと、手すりに寄りかっていた高宮が体を起こして俺の方を向く。

「ね! せっかくやけん来てよかったやろ!?」

「まあな」

高宮がニカッと笑う。

「あれが能古島?」

野間がぼそっとつぶやいた。

「ん?」

「あ、いやさ、俺のばあちゃんが能古島に別荘持ってて、たまに行ってたけん気になって」

「うそっ!? 野間ん家、別荘持ってるん!?」

「別荘って言っても普通の一軒家みたいなのやけどな」

「私、行きたい!」

「俺も! つーかみんなで行こうぜ」

「私もいくー」

突然俺たち3人が周りに群がったから、野間はひるんだ。

「うわっ、そんなに食いつかれるとは思わんかった。まあ、前もってばあちゃんにお願いすればいけるかもな」

「やった! 決まりやん!」

すでに時刻は夕方になっていたが、空はまだ昼間のように明るい。雲も少なく快晴だ。

そんな夏空の下、俺たち4人はビルの屋上で他に誰もいないのを良いことに好き勝手騒いでいた。

いや、厳密にはその騒ぎの発信源は主に野間と高宮の2人だ。

大楠が何やら俺に目配せをする。彼女も俺と同じことを考えているのだろうか。

俺は階段を上る途中に見つけた、ある植物のことを思い出す。その植物の前にはプレートがあって紹介文が記載されていた。

――オンツツジ

――花は朱紅色で上の花びらに赤紫のぼかしが入る美しい花

――花言葉は「恋の喜び」