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第4章:2人の視点

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●6月3日(金) タイムスリップ64日目

普段ならばこの時間は数学の授業を受けているところだが、今日は違う。授業だけのともすればモノクロの1日もこの日ばかりは幾分いくぶんか彩られて見える。福岡市立中央高校、文化祭1日目である。

この学校では文化祭は2日間行われ、初日は学内のみだが、2日目は学外にも開放されて一般の人も見にやって来る。

文化祭を行うに際しては、物の販売が禁じられていたり、各クラスに割り当てられる予算はたったの1万円であったりと様々な制約がある。よって、決して盛大に行われるわけではないが、それでも生徒たちは総じてこの年に一度のイベントを楽しみにしていた。

俺はいつもの男子4人で廊下を歩きながら、各クラスの出し物を見て回っていた。出し物のクオリティを見ることで、そのクラスがどれだけ文化祭に積極的かが手に取るようにわかる。

例えば、3ー8。俺たちのとなりのクラスだが、彼らの出し物は中央高校の概要や歴史を紙にまとめて展示するというだけの寂しいものだ。おそらく出し物の内容を決める段階で、イニシアティブを取るものが誰一人いなかったのだろう。クオリティもかなり残念で、大きな用紙が5枚、教室の黒板や壁に貼られているだけだ。文章中には中央高校に関するクイズが数問散りばめられており、それが本展示における唯一の工夫であった。

作品の展示を出し物とする最大のメリットは文化祭当日に何もしなくて良いということだ。おそらく、3-8の生徒は文化祭における楽しみを全て他クラスの出し物に託したのだろう。

ちなみに、俺は決して批判をしているわけではない。下手に演劇など手間のかかることをやっても、やる気のある生徒とそうでない生徒の温度差が開くだけだ。労力のかからない作品の展示を適当に行い、当日は各自好きなように文化祭を楽しむというのも平和な選択だろう。まあ、そう思うのは俺自身がこの文化祭のために相当骨を折ったからなのかも知れないが……。

俺たちが3-7の教室に戻ると、すでに何人かの生徒は衣装に着替えていた。もちろん彼らの衣装も手作りであり、その製作のために衣装係になった生徒の放課後の時間は湯水の如く消費された。何を隠そう俺もその衣装係の1人だ。

「あ、野間おそい! 逃げ出したんじゃないかってみんな心配しとったんよ!」

明るく軽口をたたく高宮とは対照的に、野間はまるで今日がこの世の終わりでもあるかのような絶望的な表情を浮かべている。

3-7の出し物は演劇だ。それも普通の演劇とは少し違っていて、誰もが知っている昔話をベースに、要所で近年ブームになった歌や踊りを取り入れて面白おかしくしたものだ。

俺のクラスは取り立てて文化祭に積極的というわけではなかった。では、なぜそれが演劇+αという手間のかかる出し物に決定したのかと言うと、竹下の妙な発案とクラスの謎のノリに主な原因がある。

―――――

水曜七限の総学の時間を丸々使ってクラスの出し物を何にするかの話し合いが行われた。まずはクラス委員の2人が黒板の前に立ち、クラスのみんなにやりたい出し物を挙手制できいたが、誰も手を挙げるものはいなかった。そこで、住吉先生の入れ知恵で、クラス委員がランダムに生徒を当てていき、当てられた生徒がとりあえず自分の思いついたものを適当に言っていくこととなった。

その結果、挙げられたのが演劇、ドミノ倒し、ダンス、展示、マジック、ショート映画制作、お化け屋敷、迷路、等々であった。

当てられた人数が10人を越えたあたりから「他には思いつかない」という返答が出始め、この作業もそろそろ終わりかと思われた。そんなときに、クラス委員に当てられた竹下が出した、いかにもその場で思い付きましたという感じの提案が意外にも大きな反響を呼ぶことになる。

「じゃあ今出とるやつ合体させるとかは?」

一瞬の沈黙が起こる。警固が「いや、意味わからん」と言い放ったところで、その沈黙はすぐに笑いに取って替えられた。

「いやさ、ほら、例えば演劇とダンスの合体とか! 劇の中に最近流行った曲のダンスやったりお笑いのネタとか入れたら面白そうやん?」

クラスに起こっていた笑い声のおかげで、今まで黙っていた他の生徒たちも自由に発言し出す。

「まあそれも面白そうかも」

「昔話とかの途中でいきなりみんなが踊りだすと? なんかそれウケる」

「インド映画みたいやな」

そして、クラスの談笑を承認と受け取ったからか、それとも時間が終わりに差しかかっていたからか、はたまた単に面倒になったからかは定かではないが、クラス委員は他候補の審議をすっ飛ばしていきなり竹下案の採決へと突入した。

「なんか盛り上がっとるし、もし誰も反対しないならもう演劇とダンスの合体で決定しようかと思うんですけど、他の候補がいいとかありますか?」

こうなるとみずから手を挙げて意見を述べようなどという生徒は現れない。そもそもそんな生徒がいるならば、最初から手を挙げて自分のやりたい出し物を堂々と発表していただろう。

かくして我がクラスの出し物は演劇とダンスに決定したのだった。

―――――

あと10分ほどで3-7の出し物が始まる。開演は午前と午後の2回あり、これは午前の部だ。

王子役の衣装を上から被りながら、目に見えて憂鬱ゆううつになっている野間を見て、俺たちは笑い声を上げる。

「もっと楽しそうにやろうぜ、王子様!」

「つーか衣装全然似合ってねーやん。あれ作ったの俺やけど」

「拓哉が作ったのかよ。どーせならハートのアップリケでもつけときゃ良かったやん」

野間が恨めしそうに「お前ら絶対あとでぶっ飛ばすからな」とつぶやいたが、それはただ俺たちの笑い声をさらに大きくしただけだった。

「そろそろ上演やけんみんな自分たちの役割についてー」

クラス委員がそう言うと、野間と竹下と警固は段ボールで作られたセットの裏側へ行き、本番は特に何もすることがない俺は、仕方なく観客として来ていた他の生徒に混じって教室のすみに座った。

「それではこれより現代版シンデレラを上演しまーす」

俺は他の観客と一緒に拍手でそれを歓迎する。

―――――

色々と他の意見もあったが、最終的に劇の内容はシンデレラに決まった。これに、例えば舞踏会のシーンやエンディングシーンなどで最近の曲やお笑い芸人のネタを入れている。

ではなぜ、その王子の配役で、文化祭に対するやる気をちらりとも見せていなかった野間に白羽の矢が立ってしまったのかと言うと、まず第一に、誰も王子役をやりたがらなかったことにある。というのも、王子役になるとれなく舞踏会の主役としてステージのど真ん中でダンスを踊らなければならないのだ。しかも、ここにはお笑いネタも入っており、見事にスベるともはや目も当てられない状況となる。

そして、第二の理由は高宮の発言にあった。

「そういえばさ、そのお笑い芸人の本名って野間の名前と一緒よね?」

「なっ……!?」

竹下の「決まったな!」の一言でクラスに笑いが起こる。

「おい、待て。この流れ、出し物決まったときと同じじゃねーか。やめろ!」

案の定、野間の訴えはクラスの談笑にき消され、そのまま力業ちからわざで王子役は野間に押し付けられることとなった。無論、彼に弁解と防御の機会は与えられていない。

―――――

「みんな大爆笑だったやん! すごーい!」

劇が終わったあと、野間と一緒に教室のベランダで涼んでいると高宮たちが駆け寄って来た。

「言っとくけどお前への恨みはまだ消えてないけんな」

「はいはい、ごめんって! やけど想像以上にウケてて正直びっくりした!」

高宮が笑い、野間が「お前な……」とつぶやく。

「はは、この調子で午後も頑張れよ、王子様」

俺がそう言うとふたたび野間の顔は曇りだした。

「うわ、これ午後もあったんやったあああああ」

教室を出て、学食に向かう。男子4人で少し早めの昼食を取り、今度は小体育館を目指した。この高校には体育館が2つあり、小体育館ではこれからダンス部の発表が行われる。

中に入った俺たちを最初に迎えたのは蒸し暑さだった。中を暗くするためにカーテンが全て閉められていて風通しが悪く、また、比較的小さなスペースにたくさんの人が押し寄せていたため、人いきれがひどい。館内は暗く、全体を見通すことはできないが、150人近くいるのではなかろうか。館内の奥にはカラーコーンとロープで仕切られた簡易ステージが設置され、スポットライトで方々ほうぼうからこれでもかというくらいに照らされている。

適当な場所を見つけて4人で腰を下ろすと、すぐにステージから軽快なBGMが流れてきて、司会役と思われる2人の女子がバックボードの裏からステージ上に飛び出てきた。

「みなさん、今日は私たちのダンスを見に来てくれてありがとうございまーす! これから、先輩方によるかっこよくて、セクシー♡なダンスが始まりますのでどうぞお楽しみください!」

「セクシーな」と言ったときに「うおー!」という男子の合いの手が入る。となりで竹下も叫んでいた。

司会役の2人がバックボードの裏へ姿をくらますのと同時に、音楽がアップテンポな洋楽へと切り替わり、今度は衣装をまとった15人ほどの女子がステージの左右から飛び出してくる。

その中に高宮がいた。

三年のダンス部員にとっては、この文化祭でのステージが最後の活動となる。これまでまともに部活をしてこなかった俺にはよくわからないが、きっとこの日のためにみんなで一生懸命練習をしてきたはずだ。

俺の座っている位置からステージまでは距離があったが、遠目でも高宮が楽しそうに踊っているのがわかる。

彼女は今、これまでの部活動を振り返りながら踊っているのだろうか。いや、そんなことを考えている余裕はないか。きっと、一生懸命踊って、この文化祭が終わったあとに過去を振り返って部員のみんなで笑ったり泣いたりするのだろう。

正直なところ、部活をやり通した末に感じる感動など、俺には無縁のもので想像すらできない。ただ、中学時代に友達が涙するのを見ていたので、きっと高校の部活もそうやって終わるのだと思う。

考えてみると、ここに座っている4人の中で、俺以外のみんなは同じような経験を経ていくのか。ずっと一緒につるんでいる野間だってそうだ。普段はやる気のなさそうにしているけど、部活はそれなりに真面目にやっているのかもしれない。そして、引退の日には何か胸から込み上げてくる感情があるのかも……。

こんなことを思うのは俺の柄ではないが、ステージ上のダンスには何か惹かれるものを感じた。それは、ダンスの技量云々うんぬんの話ではなく、目の前でダンスをしている三年部員たちの表情や動きから見て取れる一生懸命さや楽しさに理由があるのだと思う。

そんなことを考えていたらあっという間に発表時間の20分が過ぎた。そして、何だかあっさりと彼女らの高校生活最後の部活動1日目が幕を閉じてしまったのだ。

放課後、机も椅子もない教室に多少の違和感を感じながら、俺はたまたま近くにいた高宮に話しかける。

「今日のダンスめっちゃ良かったやん」

高宮はキラキラした笑顔で嬉しそうに返事をする。

「あはっ、見に来てくれたんだ! ありがとー、これでも一生懸命頑張ったけんね!」

「うん、明日も見に行くけん」

「えー、いいよ、どうせ今日と同じダンスだよ? それよりさ、今日も帆乃と一緒に帰るんやろ? 私もお邪魔していい?」

「……その言い方やめてもらえませんか? てか部活ないと?」

「うん、今日はとりあえず無事に終わったしみんな疲れてるからって。その代わり明日の朝は早いんやけど!」

結局、俺、野間、高宮、大楠の4人で帰ることになった。テニス部は今日は自主練になったため、野間も一度家に帰ってから部員と近くのテニスコートで練習することにしたらしい。

4つの自転車がゆっくりと進んでいく。いつもと同じ帰り道。だけど、この道を4人で通るのは初めてだ。

時刻はすでに夕方だったが、太陽はまだギラギラと熱く照っている。

「なあ、ついでに鯛焼き食べていこうぜ」

「またかよ。別にいいけど」

「鯛焼きってー?」

「ほら、この先行った四つ角んところにあるやつ。こいつ好きなんよ」

「あー、確かにあそこおいしいもんね! せっかくやしみんなで行こうよ」

「あれ、でもそしたら大楠遠回りになるんやない?」

「いいよー。遠くなるって言ってもちょっとだけやし、私も食べたいー」

その会話を聞いていた野間と高宮がいぶかしげにこちらを見てくる。

「ほう、若久は帆乃の家の場所を知っているのか。やりますのー」

「……すでに入り込んだみたいな言い方すんなよ。ただ、家がどこら辺かってのを知ってるだけだよ」

「だそうですよ、野間さん」

「引き続き監視が必要やな」

「……余計なことはすんな」

顔が赤くなるのを感じながら、ちらりと大楠に視線をやると、彼女は小さく笑顔を返してきた。

俺たちは鯛焼き屋でそれぞれ好みの味を買って、近くの公園で食べることにした。ベンチだと4人が座れるスペースがなかったから、公園の中央に設置されていたポール型のオブジェの上に座って鯛焼きを片手に雑談をする。

「にしても今日の文化祭、俺たちのクラスは思いの外、盛り上がっとったな」

「ね! やっぱ野間が中心で踊ってくれたけんかな!?」

「……調子いいやつめ。明日は一般の人にもあれを見られるのかと思うと本気で逃げ出したくなるわ」

「えー、でもあれホントに面白かったよー。私、ばり笑ったもん」

「あっ、面白いと言えば高宮と大楠は3-2の自主制作動画見た? 有名なCMを再現してたやつ」

「ははは、見た見た! たまに妙に上手くできてるのがあって面白かったよね!」

そんなことをしばらく話していると、いつの間にか話題は今日の高宮のダンスのことになった。

「私、今日の花菜のダンス見ていいなーって思ったよ」

「ん? ダンスに興味持ったってこと?」

「うーん、というよりも部活動みたいにみんなで何か一つのことするのっていいなーって思った! ダンスがすごかったってのもあるけど、それよりもみんなの一生懸命で、やけど楽しんでる感じっていうのかな? ああいうの見ると、私も部活してれば良かったなーって今更いまさらやけど思っちゃった」

大楠も俺と同じように感じていたのか。

「それ、俺も思ってた」

それを聞いた野間は「そんなこと考えてたんか」と少し笑った。

「人と協力するより自分の好きなことを勝手にやってるタイプやったのにな」

大きなお世話だ。

「まあ、最後はいい思い出になるのかも知れんけど、部活動ってきついし面倒なことも多かったよ、実際」

「確かに今日は部活動の良い部分だけを見たからそう思ってるってのはあるかもな。やけど、やっぱり今日のダンスは良かったよ。あと一応、お前のテニスも応援してる」

野間は照れくさそうに「さんきゅ」と言ったあと、少し苦笑いを浮かべて「っても俺の実力じゃ2、3週間後には引退やろうけどな」と付け加えた。

「なんなら私たちが応援しにいっちゃろうか!?」

高宮はいつものニヤッとした笑顔を見せながら言う。

「それは遠慮しときます。かっこ悪いところ見られたくないしな。まあ結果くらいはちゃんと伝えるよ」

「つーか、」野間はちらっと高宮の方を見て言う。

「明日はお前の方が最後の部活動なんやろ。今日みたいに上手くいくといいな。応援しとるけん」

野間が普段、こういう人を思いやる発言をすることは滅多にない。それは、心が冷たいからというよりも、単に恥ずかしいからだと思う。現に今、少しうつむいてきまりの悪そうにしゃべっている野間は、俺から見ても少しかわいいと思った。いや、そういう意味ではなく。

高宮はより一層ニヤ~ッとして野間の頭をポンポンとなでた。

「なんか今の野間かわいいなー!」

「お、おい、なんだよ急に。やめろって! 子ども扱いか!?」

「ま、ありがとね!」

今度はニヤッとはせずにまっすぐな笑顔で言う。野間も小さく「うん」と言って珍しく笑顔を見せた。なんかこのやり取りを見ている俺の方が恥ずかしくなってくる。

「ねっ、野間の部活も終わったらさ、もちろん受験があるからずっとってわけにはいかんけど、たまには4人で遊びに行こうよ!」

「そうやねー、花火大会もあるし」

「うん、みんなで行こう! な、野間」

「なんだよそのニヤついた顔は。まあ行くけど」

そうして、みんなそれぞれの帰路へついた。俺は一人で自転車をこいでいる。

空はやっぱりまだ明るい。夏は暑くて汗をかくから嫌いだ。嫌いだけど、今年の夏は今までで一番楽しくなるかも知れないなんて思ってしまう。高校生活でこんな前向きな気持ちになるのは初めてだ。

ほんとに、明日学校に行くのが少しだけ楽しみになってるのは初めてだ。

〇6月4日(土) タイムスリップ65日目

リビングで寝ているといつも朝早く起こされてしまう。

母さんや「俺」が起きてリビングに来ると、何かしらの音で目覚めてしまうのだ。

今日も母さんが朝ご飯を作る音で目が覚めた。せっかく昨晩の内にセットしておいたアラームも結局役目を果たす前にスイッチを切られてしまう。

7時か。あと一時間は寝れたんやけどな。

仕方なく、身支度を始める。

今日は中央高校の文化祭の2日目で一般の人も来校できるようになっている。実は「俺」に内緒で行ってみようと考えていた。

5年ぶりに母校を訪れてノスタルジックな気分に浸るのも良いだろう。

もしかしたら遠目にでも野間や大楠、高宮を見ることができるかもしれない。

高校を卒業してからとんと会うこともなくなってしまった竹下と警固や、決してたくさん遊んだわけではない愛宕あたご七隈ななくま西新にしじんだって、できることならもう一度見てみたい。

そして何より「俺」が今どんな高校生活を送っているのか、自分の目で少しでも見ることができたらと思う。

……ところで「俺」はまだ起きなくてもいいのか?

絶対に遅刻だと思われる時間に家を飛び出す「俺」と、いつもの時間に仕事へと出かける母さんを見送る。

こうなると何もすることがなくなってしまう。紆余曲折うよきょくせつあったが、結局のところ現状はフリーターとなんら変わらないので時間は持て余しているのだ。

徒然つれづれなるままに、先週買ったばかりのパソコンを起動させ、学校のホームページを訪れる。昨晩も確認したが、やはり一般向けの展示は午前10時から午後2時までだ。それまでは校内向けの合唱コンクールや会場の準備があるらしい。

懐かしいな。たしか、合唱コンクールでは「心の瞳」とか「コスモス」とかを歌ってた記憶がある。

気付けば動画サイトで合唱曲を手当たり次第に聴いていて、時間はあっという間に過ぎてしまった。なんだかんだ言っても、持て余した時間はいつもこのようなどうでもいいことに浪費されていく。

俺はパソコンの電源を落として家をあとにした。

近くのバス停からバスに乗り、まっすぐ道なりに進んだ先にある四つ角でバスを乗り換える。この道をバスで通るのも高校を卒業して以来初めてのことだ。

10時を少し過ぎたあたりで高校に着く。5年ぶりの登校だ。

正門にはキレイにデコレーションされた「第39回水無月祭」の文字が吊るされている。中央高校の文化祭は6月に行われることから、水無月祭と名付けられているのだ。

久しぶりの風景に胸をおどらせながら先へ進むと、入口付近に立っていた生徒会役員と思われる学生がパンフレットを渡してくれた。

パンフレットによると3-7はやはり演劇をするみたいだ。6年前に自分たちがやったものを今度は見る側として参加することになるとは……と妙に感慨深く思ったところで、そう言えば俺は6年前も本番は見る側だったじゃないかと思い出した。

心臓の鼓動がいつもより早くなるのを感じながら、3階へ向かう。3階は3年生の階だ。卒業から5年経った今でも、自分の教室の場所はしっかりと脳の奥深くに刻み込まれていた。

階段を上って廊下に出ると、すぐに見覚えのある顔がいくつか目の前を横切った。在学中に一度も話したことはなく、今では名前すら覚えていないが、確かに3年間同じ高校で過ごした人たちだ。

この瞬間、俺は本当にタイムスリップしてきたのだなと改めて感じさせられた。

俺は授業が嫌いだった。つまらないからだ。そのために早起きするのも、時間に追われて登校するのも嫌いだ。そして、結局遅刻して周りから変に注目を浴びたり、先生から怒られたりするのも無駄に疲れる。

集団行動は苦手だし、あれこれと自分たちを縛ってくる先生のことはどちらかというと敵だというふうに認識していた。

総じて学校は面倒くさいものだと思っていたし、多分、その考えはこれからも変わらない。

だけど、それでも俺は高校時代、三年間のほとんどをこの場所で、このコミュニティの中で過ごしていたのだ。

この高校が俺の当時のアイデンティティのほとんどを占めていて、だからこそ、今この場で、これまでにないくらい強烈にこの時代にやってきたことを感じているのだ。

学校をうとましく思い、一歩引いた高校生活を送っていた俺が、今はその高校生活が当時の俺の大部分を成していたのだと肯定的に感じているのは、単に俺が年を取ったからなのか。

いや、違う気がする。よくわからないけど、きっと、俺の中に未練や後悔があるからだ。ずっと消化し切れずに残っているという事実が、逆にそれだけその思いの強さを示していて、それが俺の高校生活に由来するのだから、やっぱり俺の中で高校生活が大きな存在だったのだと認めざるを得ないのだ。

3-7に向かって廊下を歩いていると、すれ違う生徒からの視線を何度も感じた。いくら髪型もメガネの有無も、年齢さえ違ったとしても、さすがに顔が似すぎているのだろうか。

マスクをしていこうかと少し悩んだが、季節外れのマスクを被った一般の男性が1人で校内をうろつく姿は変質者のそれとあまり変わらないような気がしてやめたのだ。

3-7の教室に近づくにつれて、妙な期待が膨らんでいく。

それは、仲の良かった人達と会うかもしれないという期待だ。もしかしたら、いきなり「俺」たち4人を見ることができるかも知れない。

教室まであと数メートルというところで目に入ってきたのが、入口に立て掛けられた『演劇:現代版シンデレラ』と書かれた看板だった。そこに上演の時間も記載されている。

「あと40分か」と腕時計を見ながらつぶやく。

どのクラスも窓やドアは外されており、廊下を歩くだけで教室の中の様子をしっかりと見ることができた。

そして、それは3-7も同じだった。

入口のそばに立って教室の中を見渡すと妙なノスタルジーに包み込まれる。

机や椅子が全てどこかへ移動されていて、教室がいつもよりやけに広くなっていたから、寂しさとかはかなさとかいったものが強調されてしまう。見慣れた木製のタイル床や大きな黒板、そして窓から見える校庭の景色はどこか愛おしくて、胸をギュッとつかまれるような苦しさを覚えた。

教室の中に生徒はほとんどいなかった。そして、その数少ない生徒たちもみんな友達とのおしゃべりに夢中になっていて、俺の存在には気づいていないようだ。

教壇に腰を下ろして楽しそうに話し合っているあの3人組は井尻いじり今泉いまいずみと……あともう1人の名前は何だっけ? 懐かしさだけはこんなに溢れ出ているのに、肝心の名前がさっぱり出てこないとは。

「俺、3-1のピタゴラスイッチ見てみたいんやけど」

「いいよ、早良は?」

――そうだ、もう1人の名前は早良さわらだ。

「俺もいいよ。別に他に見たいもんもないし」

3人は立ち上がり、そのまま教室を出て俺のすぐ横を通り過ぎていった。

さらに人の少なくなった教室をしばらくぼんやりと眺めていたが、これじゃあ結局、変質者と変わらないじゃないかとふと我に返って、逃げるようにその場を離れた。

特に何も考えず、俺はそのまま3-1のピタゴラスイッチを見ることにした。

教室につくとすでに人だかりができている。1人の男子生徒がビー玉を観客に見せながら「それでは始めまーす」と言った。まさにちょうどこれから始まるようだ。

ビー玉が男子生徒の手を離れ、コースを転がり始める。

黒板に張り付けられた紙製の細い道からスタートし、途中でドミノや大きなボールに姿を変えながら教室中を転げ回っていく。ワイヤーを使ったり、定規や鉛筆といった学生になじみの深い道具をうまく組み合わせていたりと想像以上に高いクオリティだ。

周りで見ていた生徒たちも口々に「おおっ」と感嘆の声を上げながらその成り行きを見守っている。

……コトッ。

少し情けない音がしてドミノが止まってしまった。ピタゴラスイッチ失敗だ。

「あー、止まっちゃった」

「いけ、福浜ふくはま、出番だ!」

学生たちは笑いながら軽口を叩いていた。結果だけみれば失敗かもしれないが、それも含めてみんなは楽しんでいるのだ。

福浜と思われる男子生徒が少し恥ずかしそうに笑いながらみんなの前に出てきて、止まったドミノを手で倒して再開させる。

結局その後も2度、彼の出番がやって来ることになり、そのたびに「いけ! 福浜!」などのふざけた茶々が入れられ、観客たちを笑わせていた。

そんな姿に、高校生が持つ少し愚かで愛おしい若さが見える。

ピタゴラスイッチは、リトライを繰り返しながらも最後は見事に『祝・水無月祭』と書かれた小さな旗を持ち上げて終わった。

時間にするときっと1分ほどのこの出来事がやけに長く感じられた。それだけ凝縮された1分だったのだ。

6年前の今日、俺は何をして文化祭を過ごしていただろうか。

視聴覚室で行われていた学生バンドのライブを聞きながら、改めてそんなことを思った。

いつもの男4人で移動していた気がする。それで高宮のダンスを見に行ったな。だけど、他はほとんど覚えていない。手に持っているパンフレットを見るとこんなにもたくさんの企画が行われているのに。

「俺」には大人になって俺と同じ歳になっても、今の俺よりももっと多くのことを覚えていられるような、そんな印象的な毎日を送ってもらいたい。

そういう思い出は、これからの人生で辛いことに直面したときに、きっと心のり所になる。そういう思い出は、たとえ卒業してみんながバラバラになったとしても、きっと見えない糸のような形になって、どこかでみんなをつなぎ留めてくれる。

――このバンドは上手い。

それに歌う曲が最近流行りの曲(と言っても俺にとってはだいぶ前の曲になるが)ばかりのためか、観客の反応も良い。

だけど、その中で俺だけは、どうにも音楽に乗り切れずにいた。

あと数分で劇が上演されるというところでふたたび3-7の教室に戻る。

段ボールで作られたセットの裏側から、ガサゴソと物を動かす音や「準備できたー?」と言った声があわただしく聞こえてくる。

俺は教室の一番後ろの目立たない位置に座る。セットの裏側から聞こえてくる物音は次第になくなり、完全に静かになったところで生徒の1人がセット裏から出てきて観客に上演開始を告げる。

「それではこれから、3-7の演劇を始めます」

――昔々、シンデレラと呼ばれる美しい娘がいました。

ナレーションとともにセット裏から現れたのは、地味な布切れをまとった百道ももちだった。

百道は柔道部に所属する筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男子生徒で、だからこそシンデレラ役に選ばれたのだ。もちろん俺は彼が出てくることを最初から知っていたが、やはり周りの観客と一緒になって笑ってしまった。

意地悪な継母ままははと2人の義理の姉は、いずれも女子が担当しており、義理の姉の1人を愛宕あたごが演じていた。彼女はきれいな顔立ちをしていて男子から人気があった。むしろあなたがシンデレラ役をやってくれよ、という想いは王子役の野間だけでなく、男子の誰もがひそかに胸に抱いていたはずだ。

「そんな見っともない姿で舞踏会に行ってどうするっていうのよ。あなたは家で掃除でもしていなさい」

最後に愛宕が(本人は真剣ながら)可愛らしくそう言い放ち、3人はシンデレラを置いてセットの裏へと去っていく。

本来であればシンデレラに同情すべきシーンであるが、むしろ継母たちの発言に同意してしまうのだから配役というのは怖い。百道が舞踏会へ行って何をするというのか。武闘会の間違いであろう。王子がよほどのマニアでもない限り、少なくとも彼が結婚相手として選ばれることはない。

シーンは舞踏会へと移り、ついに野間の出番がやって来る。

「王子様のご登場です!」

優雅な舞踏会のBGMが突然、ヒップホップへと変わる。衣装をまとった野間と学ランにサングラスをかけた4人の男子生徒が現れ、流行りのダンスを踊りだす。確かここでは、どう考えても舞踏会に相応ふさわしくない派手な曲を他にも2、3踊ることになっていたはずだ。このシーンは案外長いのだ。

野間率いる5人の踊りは決して上手いわけではないが、恥かしがっている様子を見せず振り切って踊っているため、見ていて清々すがすがしく面白い。あれだけ嫌がってはいたものの、その辺は野間もしっかりとわきまえているのだ。

他の観客と一緒に笑っていると、不意に野間と目が合った。

声には出さなかったが、「あっ……」と口が開いて野間の表情が変わる。

――っっ!

それにつられてこちらも身構える。しかし、野間はすぐに目をそらして何事もなかったかのように踊りを続けた。

あれ、俺の気のせいか?

しかし、それからは劇の間に何度か野間と、というかむしろ劇に出ている人みんなとちょくちょく目が合うようになった。もしかして、セット裏で何か言われているのか?

最後にシンデレラと王子を中心に、出演者みんなでこれまた流行りのラブソングを踊って演劇が終わった。内容を知っていたとはいえ、実際に見ると何度も笑ってしまったし、何より昔のみんなをもう一度見ることができて純粋に楽しかった。

少しだけ余韻よいんに浸って、ふぅーと一息吐く。立ち上がって教室を出ようとしたところで、

「あの、すみません」

呼び止められた。

心臓が止まるかと思った。よく知っている声だ。もう一度この声を聞く機会が来るなんて。

振り向くと、高宮が期待に満ちたような顔をして立っていた。その後ろには野間と大楠もいる。

「もしかして、若久のお兄さんですか?」

「え?」

「あの、この前、若久が、拓哉くんがお兄さんがいると言っていたので、もしかしてと思って。人違いだったらすみません!」

「あ、ああ」

あいつ、そんなこと言ってたのか。てか、俺のことは話すなよ。

「うん、そうだよ」

高宮は嬉しそうに「やっぱり!」と声を上げる。

「みんなでセットの裏で『もしかして』って言い合ってたんですよ! あ、拓哉くんなら確かあそこら辺に」

言い終わらないうちに高宮は早速そこへ駆けていく。

いきなり高宮から引っ張られて少し困惑した様子の「俺」は、俺の顔を見てより一層、困惑の表情を強めた。

「なんで……いるんだよ」

「まあ、いいやん別に……」

口ではそう言うものの、いざこうして対面してしまうときまりが悪い。弱腰ながら「俺も一応、ここ卒業したわけだし」と付け加える。

「えっ! お兄さんも中央生だったんですね!」

しまった。

「それにしても、ホントに似てますねー。メガネと髪型が違ってないと私わかんないかもー」

「はは、親戚にもたまに間違われるんよ」

「あはは、そうなんですね!」

「俺」がギロッとにらんでくる。声はなくとも「適当なこと言いやがって」と言われた気がした。

「歳はどのくらい離れてるん?」

野間が「俺」に尋ねる。

「んーと、俺の6つ上。もう大学も卒業しとるよ」

「えっ! うそ! 私たちはこれから大学入れるかもわからんのに……」

「『たち』って別に俺はそこまで成績悪くねーけどな」

高宮からパンチを食らって笑う「俺」を見ていると、安心するとともになんだか悔しさが込み上げてくる。

もう少し恥ずかしさとかくだらないプライドとかを捨てていたら、そしてもっと積極的にみんなと関わろうとしていたら、この後悔はなかったのかも知れない。高校を卒業したあともずっと、こんなふうに4人で楽しい時間を過ごせていたのかも知れない。

俺の考えが正しければ、この世界はただのパラレルワールドだ。だから、ここで2人の俺が何をしようと元の世界に影響を与えることはない。

だけど、やっぱりこんなときには、「俺」が前に言っていたみたいに、このタイムスリップの最後には何かが起こると信じたくなる。都合の良いことだとはわかってはいるけど。

「まあ、もし大学のことでききたいことがあったら何でもどうぞ。俺で良ければ力になるから」

高宮が「ありがとうございます!」と明るくお礼を述べると、くるっと「俺」の方に向き直って「お兄さん『は』優しいんやね!」と意地悪を言った。「俺」はつまらなそうな表情をする。

そのやり取りに小さく笑ったところで、そういえば、とあることを思い出した。俺は「俺」の方に顔を向ける。

「食堂ってどっちの方向やったっけ? すいてるうちに昼ご飯食べたいんやけど」

「ああ、それなら教室出て右に行くと階段あるけん、そっから一階まで下りて外に出るとあるよ」

「あ! 今からご飯ですか? それなら、一緒に行きませんか!?」

2人の俺が同時に「えっ!」と声を上げる。

「え、ダメ? せっかくやけん大学のことききたいし、それに帆乃は今日お弁当持ってきてないんでしょ」

「うん、やけん私はなんにしても学食よー」

「俺」は嫌そうだったが、しばらく「うーん」と悩んだあと、

「まあ、みんながいいならいいけど」

としぶしぶ了解した。

「お兄さんはどうですか? 他の人と食べる予定でした?」

高宮がにこやかにきいてくる。

その表情は俺の記憶にある6年前の彼女の笑顔そのものだ。

「いや、俺もみんながいいならいいよ。1人で来てるし。大学のことも分かる範囲で教えるよ」

まさか俺が6年前の同級生に大学についてあれこれ教えることになるとは思わなかった。なんなら全員の今後の進学先まで知ってるぞ。

俺は、6年前の自分が率いる4人組に学食まで案内され、そのまま一緒にテーブルの1つを占領した。さいわいにも学食はまだ混んでいなかった。

「とりあえず、みんなはどこの大学に行きたいと思ってるん?」

全員が昼ご飯を持って席にそろった(実際に学食を頼んだのは俺と大楠だけだったが)ところで俺はみんなに質問した。

「私、全然決めてないんよねー」

「俺もまあ、どっか受かったところに」

「私……大学いけるかな?」

「俺も危ないわ……」

無関心の2人に、どよーんと重い空気の2人。

「……じゃあ何のために俺を捕まえたんだよ」

とは言え、大学の雰囲気、授業の様子、サークル、バイトなどなど実際には色んなことを話した。その中でも、髪を染めたり、授業を簡単にさぼれたり、お酒絡みの話だったりは、特に高校生の彼らには衝撃を与えたらしい。

「なんて言うか、大学って高校とはまったく違うんやな」

「うん、中学から高校はそんな変わった気がしなかったんよねー。ここ、校則厳しいし。やけど、大学に入ったら一気にみんな大人になっちゃうのかなー」

「大人……ねぇ。まあ、いい意味でも悪い意味でも大学に入ったらみんな変わるよ」

「なんか、少し怖い気もするな」

「うん、色々変わっちゃうんやね」

4人がどこか不安そうな顔をするのがわかった。

「ま、見た目とか行動は大きく変わるけど、中身まで変わる人はそうおらんよ」

そして、言う前からだいぶ恥ずかしかったが、俺は自分の願いも込めてこう付け足した。

「だから、大学に行って環境が変わっても、つながっていたいと思っていれば友達は友達のままだよ。君たち4人も」

その言葉を聞いた4人はお互いを見て、ふっと笑う。

「みんな大学に行ってもあんま変わらんでね!」

「はーい」

「俺は変わらんやろうな」

「はは、確かに野間はずっと変わらなそうやな」

「つーか、少なくとも見た目が一番変わりそうなの高宮やけんな?」

「えっ、私!? でもまあ、髪は染めてみたいかも♪」

みんなとの会話はとても楽しかった。そして、その分あっという間に時間が過ぎ去ってしまった。

「それじゃあ、私そろそろダンスの準備せんといかんっちゃん」

「俺たちも演劇の午後の部があるから行かんとな」

「やっと最後か……。早く終わってくれ」

最後に4人は、それぞれ俺にお礼の言葉を述べて食堂を去った。

テーブルに1人残された俺は次に何をしようかと考えた。考えたけど、他に見たいものもなかったから、まだかなり時間は早いが、もうダンスの発表が行われる敬学堂へ向かうことにした。

食堂は校舎の中ではなく、外に隣接する形で造られている。俺は1人で食堂を出て、階段を下り、校舎の中に戻って、今度は階段を上っていく。

――つながっていたいと思っていれば友達は友達のままだよ。君たち4人も。

ただぼんやりと人気のない階段を半分ほど上り切ったとき、それはまるで爆発するように、いきなり込み上げてきた。

不意に目から涙がこぼれ落ちる。

「あっ……くそ……」

慌てて涙をぬぐうが、ただ次の涙がこぼれてくるだけだった。

「なんで……」

仕方なく俺は近くのトイレの個室に駆け込んだ。さいわい他に人は誰もいなかった。

俺は自分の気持ちを落ち着かせるまで、しばらくそこから出ることができなかった。

ようやく敬学堂の扉を開けると、ステージの上では演劇が行われていた。どうやら今は演劇部の発表時間のようだ。

人の邪魔にならないようにはしの、だけど、できるだけ前の席に座る。

「私はどうすればいいの」

「僕を信じて。さあ、一緒に行こう」

どんなストーリーかは知らないが、そんなくさいセリフを言われると聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまう。

ただ、それは高校生のときに感じていた「寒気」とは違う。あのころは、高校生が本気で演劇をすることを、少し冷めた目で見ていた。けれど今は、胸の奥からキュッと込み上げてくる恥ずかしさに身悶みもだえこそするが、普段の学生生活では見せないであろう一面をさらけ出して、これほどに堂々と振舞う演劇部員たちのことを純粋にすごいと思っている。

一生懸命に演じる彼らの中には確かに彼らの世界があって、それは瑞々みずみずしくて、清々すがすがしくて、とても輝いている。

実は学祭に参加してからずっと、こんなふうに何かエネルギッシュなものを感じていた。たぶん、それが高校生のパワーであり、みんなが青春と呼ぶものの一部なのだ。

なんだか俺も年を取ってしまったなあ。

演劇部の発表が終わるとすぐに、ダンス部の発表が始まった。残念ながらこの2日目のダンスは、3-7の演劇の準備に手間取ってしまったために、6年前の俺は見ることができなかったものだ。

軽快な音楽と共にダンス部員達が踊り始める。その中に高宮もいた。

高宮がダンスをする姿。彼女は明るくて元気で、それに一生懸命だった。そんな彼女の人柄がステージ上のダンスに集約されている。

彼女はとてもきれいだった。その率直さに圧倒されて、まぶしくて、ときどきこちらが目をそらしたくなってしまうくらいだ。

6年前の俺が自分から大したこともしていないのに、あんなに楽しい思い出を作れたのは、彼女が俺たちを巻き込んでくれたからだ。気兼ねなく話しかけてきてくれたり、一緒に遊びに誘ってくれたり……。恥ずかしくて態度には示せなかったけど、実は2人で前後の席に座っていたとき、休み時間に彼女が話しかけてきてくれるのを少し楽しみにしていたんだ。

彼女が俺たち4人をつないでくれていた。そのおかげで仲良くなれた。

彼女は、いや、みんなは元の世界で今ごろどうしているのだろう。

社会人になっても高校のときと変わらないままでいるだろうか。それとも、やっぱり大学に入って大きく変わってしまったのか。

……もう一度、みんなに会いたい。

「今日は私たちのダンスを見に来てくれてありがとうございました」

最後にダンス部長と思われる生徒が最前列でお礼を述べる。高宮たち他の3年部員も彼女のそばで一緒に立っている。

「今日で私たち3年生はダンス部を卒業です」

ダンスが終わったばかりのため、息を整えながらゆっくりと一言ずつしゃべっていく。

「私たちがここまで続けてこれたのも」

「夜遅くまで一緒に残って練習を見てくれた先生方や」

彼女の明るくてハキハキした声が少し震えていた。

「ずっと応援してくれた……家族のおかげ……です」

突然、彼女が手で顔をおおった。そばにいた高宮たちが駆け寄って彼女の背中をさする。

「今まで本当に……お世話……に」

そこでしばらく声が止まる。会場には彼女のはなをすする音やむせび声が小さく響く。いや、よく見ると彼女だけではない。他の部員たちも同じように手で顔を覆っていた。

何か一つのことにみんなで団結して突き進む。そういう経験は人生の中でそう多く得られるものではない。ましてや終わったあとに、みんなであんなふうに涙することのできる経験なんて。

社会人になってたった1年しか経っていない俺が何を言っているのかと自分でも思うが、少なくとも、俺の今後の人生では当分そんな経験はできそうにない。

ダンス部長が目にたまった涙をぬぐうと、ついに顔を上げた。

「本当にお世話になりました。本当に……本当に、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

部長に続いて、3年部員のみんなが頭を下げる。こうして彼女らの最後の部活動が幕を閉じた。

夕方、家で漫画を読んでいると「俺」が学校から帰ってきた。

「あっ、おい。水無月祭来るなら来るって先に言えよ! いきなり来たから焦ったやん!」

「帰ってきていきなりうるさいやつやな。まあ、悪かったよ」

俺はどっかりと座っていたソファーから体を起こし、改めて「俺」の方を向く。

「それより、なんだかんだ仲良くやってるみたいで良かったよ」

「まあ、あんたの言うこと聞いて俺も色々と頑張ってるけんな」

それを聞いた俺は少しだけ考えたあと、あることを伝えることにした。

「今日のお前たち4人を見て、話そうと思ったことがある」

「俺」は少し不安そうな顔になる。

「なんとなく察しはついてるかも知れんが、元の世界の俺たち4人はまったく連絡を取り合っていない。厳密には、高校を卒業してからほとんど連絡を取らなくなった」

あいつは黙ったままじっと俺の目を見ている。

「そんな結末を変えられるのは今だ。これから色んなことが起こる。それまでにしっかりと固いつながりを築いてほしい」

「俺にはできなかった。でも、お前なら――」


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