Menu

第2章:新クラス

  1. トップページ >
  2. スピルトミルク >
  3. 第2章:新クラス

1ページにまとめて読む/複数ページに分割して読む


●4月6日(水) タイムスリップ6日目

今日は珍しく目覚ましのアラームが鳴る前に目が覚めた。部屋から出てリビングへ行くと、母親はちょうどご飯を作り始めていて、「俺」はまだぐっすり眠っているところだった。ほんと、こいつは何のためにこっちの時代に来たのだろうか。

腹いせにテレビをつける。すぐに「俺」は目を覚まして体を起こすと、不機嫌そうにこちらをにらんできた。

朝ご飯を食べて身支度みじたくをする。出かける用意が整ったところで時計を見ると、まだ20分ほど余裕があることに気づく。普段ならたとえ早く目が覚めても、しばらくぼーっとテレビを見るからいつも登校はギリギリになるが、「俺」が来てからはテレビの前のスペースが寝床となっているため、ちゃんと座れる場所がなく、テレビを見ない分、支度が早く終わったのだ。

他にすることもないので、仕方なく出かけることにした。出かける直前に「俺」がぶっきらぼうに言う。

「がんばれよ」

俺の高校は自宅から自転車で20分弱のところにある。いつもよりゆっくり向かっていると、同じく自転車で通学中の赤坂空あかさかそらと出会った。俺のクラスメートだ。と言ってもクラスは今日で変わってしまうのだが。

赤坂は明るくていいやつだ。ただ、野球部に入っているから坊主で肌が黒く焼けており、それに生まれつきの人相の悪さが加わって、周りからはふざけて囚人、犯罪者などと呼ばれている。

「お、若久やん! 久しぶり」

赤坂は明るく俺に話しかけてきた。流石に始業式の日には野球部の朝練はないらしい。ちなみに若久は俺の名前だ。本名は若久拓哉わかひさたくや

「久しぶりやな。あー、今日からまた学校始まるんか」

「嫌がっとるわりには今日早いやん。何か起こったん?」

赤坂が冗談交じりに言う。おかげで俺は内心ドキッとさせられる。

「何も起こっとらんわ、俺だってたまには早く来るんだよ」

できるだけ自然に返事をした、つもりだ。「実は、未来の俺が来ちゃってさ」なんてことをやれやれといったしぐさ付きで言ってみたい気もするが、ここで友達を失いたくない。

「さすがの若久も始業式の日に遅刻はしないんやな」

「うるせぇ。お前こそ学校より刑務所の方がお似合いなんだよ」

そんな話をしているうちに学校に着いた。まずは2年時のクラスに向かう。そこで朝のホームルームを行い、講堂に移動して始業式があり、最後にまた教室に戻ってきて、3年時の新クラスが発表される。

赤坂と一緒に教室に入る。四方から「久しぶりー」の声が上がった。こうしてクラスのみんなと顔を合わせると懐かしさを感じる。と言っても実際に会っていなかった期間は10日ほどなのだが。

教室に着いたのはホームルームが始まる15分ほど前であったが、すでに多くの生徒が教室にいた。みんないつもこんなに早く来てるのか、えらいな。そう思って、その事実に気づくのが高3の始業式ってどうなんだと我ながら少し呆れた。

しばらくすると担任の先生が教室に入ってきて出欠をとる。その後、クラス全員で始業式の会場へ向かった。始業式は敬学堂と呼ばれる校内の講堂で行われる。新1年生の入学式は明日なので、集まるのは新2年生と新3年生のみだ。

正直、始業式は生徒にとってまったく面白いものではなく、なくなったところで文句を言う者は皆無だろう。残念ながら今回も「校長先生の話を聞き流し、校歌を歌って、ぼんやりとしていたら終わった」という記憶しか残らなかった。

ふたたびクラスに戻り、いよいよ先生が出席番号順にみんなの新クラスを発表する。ここで本日初めて、真剣に人の話に耳を傾けた。心の中で校長先生と赤坂に軽くびを入れる。

発表は淡々と進み、クラスメートのほとんどが3-9か3-6へ配属されていた。というのも俺のクラスはいわゆる特進クラスだったから、それ自体は自然なことなのだ。

全9クラスの内、2クラスにテストの成績が良い生徒が集められており、それが特進クラスと呼ばれている。2クラスというのは、理系クラスに1つ、文系クラスに1つだ。俺は幸いにも勉強はそれなりにできたため、文系の特進クラスに所属していた。

そして、2年から3年に上がる時には、文系クラスをさらに国立文系クラスと私立文系クラスに分けてそれぞれ新たに特進クラスが作られるのだが、成績が落ちない限り、特進クラスの生徒は次年度も当然、特進クラスに入るため、同じ顔ぶれとなる。

発表を聞く限り、国立文系の特進クラスは3-9、私立文系の特進クラスは3-6のようだ。

「若久、3-7」

先生がそう言った瞬間、周りの生徒は「え?」という顔をした。そう、俺は3年時は特進クラスではないのだ。念のため言うが成績が落ちたために降格されたわけではない。たとえ特進クラスへ行けたとしても普通クラスに入れてもらうよう、事前に先生にお願いしていたのだ。

どうしてわざわざそんなことをしたのかというと、理由は簡単で、特進クラスの雰囲気が俺に合わなかったからだ。特進クラスの生徒は真面目な人が多い。先生達もその分、授業の進度を早めたり宿題を多めに出したりする。

特進クラスに入ったところで公立の我が校では学費免除などの恩恵はなく、また、俺はコツコツと勉強するタイプではなかったので、ここでの一年間はただただ居心地が悪かったのだ。

そこである日、ただ一人、期限に遅れて宿題を提出しに職員室を訪ねるついでに、先生に特進行きを辞退する旨伝えた。その要望は普段の勉強態度の悪さが功を奏してか、特に理由を聞かれることもなくあっさりと認められた。

「またな、たまに遊びに行くけん」

別れ際にクラスメートにそう言って、俺は単身、3-7へと向かった。

ついに3-7の教室の前に立つ。このクラスでの一年がきっとあいつが今、後悔していることだ。俺はこのクラスで一体何をしてしまうのか。

緊張しながらドアを開ける。教室の中にはすでにかなりの数の生徒がいて、みんなわいわいおしゃべりに夢中になっていた。元々知り合い同士だったのか、すでにいくつかの輪が出来上がっているようだ。

ざっとあたりを見渡したが、友達と呼べる人は見当たらない。顔見知り程度の人は何人かいるのだが、気軽に話しかけられるほどの仲ではない。部活に入らず、これといって自分から積極的に交友関係を広げていこうともしなかった今日までの2年間。昨年も同じだったのだが、晴れて今年もそのツケを払わされることになりそうだ。焦りから胸の鼓動が少しずつ早くなるのを感じた。

これはこの1年間、本当にソロプレイヤーとしての学生生活が始まってしまうのではないか。あいつが6年後の未来まで後悔しているのって、高校3年生をまったく楽しめなかったこととかじゃないよな。そのせいで大学受験も失敗して、とか……。笑えん。そのパターンだけは勘弁してくれ。

黒板の前に座席表が貼られていて、そこにクラス全員の席の場所が載っていた。席は男女別に出席番号順に振り分けられているから、俺は男子の一番後ろの席だ。

俺はとりあえず自分の席に座り、カバンを机の横のフックに掛けた。

……することがなくなってしまった。

周りの生徒は友達と集まって、同じクラスになったことの喜びを分かち合っているようだったが、残念ながら俺には分かち合う相手も喜びもなかった。

どうしようか。と言っても今はとにかく待つしかあるまい。まだクラスの全員がそろったわけじゃないし、これから俺の友達が入ってくる可能性も十分ある。……あるよな? もうかなりの人数が教室に来てるけど。まだ来てないのはあと何人だ?

ああ、頼むから誰か気楽にしゃべれる人が来てくれ。

その後も友達と呼べる生徒がやってくることはないまま、無情にも休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。それと同時に今年の3-7の担任となる先生がクラスに入ってくる。

もうだめか……。そう思った瞬間、先生のすぐ後ろから俺のよく知る人物が気まずそうな面持ちで教室に入ってきた――野間僚一のまりょういちだ。

野間とは小学校からの付き合いで昔からよく遊んでいた。高校に入ってからは以前よりも会う機会は減っていたが、今でも間違いなく俺が気軽に話しかけることのできる友人の一人だ。まさかこれほど野間に感謝する日が来るとは思わなかった。

彼はあまり社交的なタイプではないのだが、なぜかよく妙な厄介事やっかいごとに巻き込まれる(それは往々おうおうにして本人のせいでもあるのだが)から面白い。そして、本人の意とは裏腹に人の目を引くのだ。まさに今もこうして先生と一緒に教室に入ってきたから、いきなりみんなの注目の浴びている。

野間も周りからの視線を感じ取ったのか、足早に黒板の座席表を確認するとすぐに自分の席に座った。無論、わざわざ黒板の座席表なんか確認しなくても空いている席は1つしかなかったのだが。

先生が教壇に立って、ゆったりとした口調で挨拶をする。背が高くすらっとした50歳手前くらいの男の先生だ。優しそうな顔に、頭のてっぺんが少しだけ禿げているのもどこかマスコット的な愛らしさがある。

「今年3-7を担当することになった住吉誠すみよしまことです。授業ではみなさんに数学を教えます。3年生は大学受験もあって大変だけど、一緒に頑張って、良い高校生活を過ごしましょう。

それでは、出席番号1番の飯倉いいくらさんと39番の百道ももちさんでじゃんけんをして、勝った方から順番に一言ずつ自己紹介をして下さい」

飯倉と百道なる生徒がじゃんけんをし、1番から順に自己紹介をしていくことになった。新クラスとは言え、高校3年生ともなるとすでに知り合い同士が多く、人によっては自己紹介の最中に友達から茶々を入れられていた。そして、言うまでもなく、俺の自己紹介は静かに流された。

せっかくなのでこの機会にできるだけクラスメイトのことを覚えようとしたが、いかんせんクラスにおける交友関係が希薄(というか野間以外ほぼ0)なため、覚えるべき人数が多すぎる。

そこで、クラスのみんなをカテゴリ分けすることにした。カテゴリ1は気軽に話せる人(野間のみ)、カテゴリ2は顔見知りの人、カテゴリ3は完全に初対面の人だ。そして、カテゴリ2の人だけをしっかりと覚えるよう努めた。このカテゴリの人達は、場合によってはすぐに話すことになるかも知れないと思ったからだ。本当に全員のことを覚えたいのならメモを取れば良いだけの話だが、さすがにそれは必死過ぎて周りから引かれそうなのでやめておく。

全員の自己紹介が終わると、すぐに実力考査と呼ばれる試験が行われた。内容は基本的に春休みの宿題で出されたものがそのまま出るため、「実力」とめい打ってはいるものの、その性格は授業内容の理解度を確認する定期考査に近い。科目は国数英のみだが、やたらと問題数が多いため、試験は2日に分けて行われる。

一応それなりに宿題はやっていたため、テスト自体は難なく終わった。とは言え、春休みの余韻に浸っている新学期の初日に、いきなりテストをぶち込むとはなんと無粋なことか。

その日は試験が終わると、そのまま午前中で学校が終わった。

放課後になった途端、新クラスが始まった興奮と試験が終わった反動とが合わさって、クラスの中はみんなの話し声で一気に騒がしくなった。俺もカバンを肩にかけて、野間のところに向かう。

「よっ、同じクラスやな」

「ああ、若久か」

野間は周りのにぎやかな雰囲気とは正反対に気落ちしていた。

「暗いな。どうかしたん?」

「まあ、いつものことやけん大したことやないけど、見事に散ったわ。今の試験」

それを聞いてふっと笑う。どうせまた試験直前にゲームでもしていたんだろう。

「そうやって気にするなら、ちゃんと勉強すればいいやん」

「試験が終わった瞬間はそう思うんやけど、次の試験が始まるまでには自分でも驚くくらいきれいさっぱりその気持ちが消えてるんよ」

「お前な……。そういや最初、教室に入ってくるのがやけに遅かったな。迷子にでもなってたんか?」

俺は半分呆れながら皮肉交じりに尋ねる。

「まあ、ある意味な。クラス分け発表のとき担任の話を聞いてなかったけん、自分のクラスがどこかわからんくなったんよ」

「まじかよ、それどうしたん?」

「仕方ないから全クラスの黒板の座席表を確認して回っとった。このクラス入ったときも正直ここが俺のクラスなのかわからんくて、座席表に俺の名前を見つけて初めて確信したわ」

「……レベル高いな」

だから、わざわざ座席表を確認したのか。こいつはこれからもきっと、こうして不必要に周りの注目を集めていくんだろうな。

野間も席を立って、横に掛けてあった自分のカバンに手を伸ばす。そのとき、後ろから声が聞こえてきた。

「野間くん……よね?」

声のする方へ顔を向けると、初めて見る女子が斜め後ろの机の脇に立ってこちらを見ている。机の椅子には、彼女の友達と思われるまたしても初対面の女子が少し困ったように微笑ほほえんでいた。

「うん、そうやけど」

野間は不思議そうに2人の顔を見ながら返事をする。お前の知り合いではないんかい。

「あのさ、もしかして小学生のころ、千葉に住んどらんかった? 美浜区の打波うちなみ小学校なんやけど」

「え? うん、そうやけど」

俺はまさか、と思った。彼女は「やっぱり!」と声を上げて、やや興奮気味にしゃべりだす。

「覚えとらんかな? 私、高宮花菜たかみやはなって言うんやけど! 小5のとき同じクラスやったんよ!」

「えっ、同じ小学校やったと? なんで今ここに!?」

「あはは、私も同じことこうと思っとった」

野間はまだ事態を飲み込めていない様子で、少しうろたえていた。確かに、千葉の小学校にいた2人が福岡の高校でこうしてクラスメイトとして再開する確率は、ほとんど奇跡的な気がする。

「少女漫画かよ」

反射的に俺の口から言葉が飛び出した。しまった、と思った。初対面の人の会話にいきなり割り込むのはちょっと馴れ馴れしかった。

「私もさっきおんなじこと思ったー」

高宮さんの友達が笑いながら返してきた。良かった。もしもスルーなんかされてたら、俺は早速初日から後悔を作ることになっていただろう。

「それじゃあさ、打波小のとなりにあった公園覚えとる? この前ニュースで見たんやけど、あそこで――」

野間と高宮さんが何やら話し込み始めた。

野間のことは野間が福岡に転校してきた小学校6年生のころから知っているが、普段女子と話すのをめったに見ない。だから、目の前のこの光景はとても新鮮だった。今や、その野間から話しかけているのだから、やっぱりここでの再開はよほど衝撃的だったのだろう。

……まあ、あいつ自身は高宮さんのことを忘れていたみたいだが。

俺は暇になってしまった。高宮さんの友達と話すという手もあるのだろうが、俺も野間と同じく、基本的に女子とは話さない。別に女子が嫌いというわけではないのだが、何かをしでかして嫌われるようなことがあっては面倒なのだ。それにやっぱり男子と違って、女子はどう接すれば良いのかよくわからない。

仕方ないし、このまま2人の会話が終わるまでじっと待つか。

それは俺にとって当たり前の選択だった。だけど、あの言葉が脳裏をかすめる。

――人に遠慮したり妙に線を引いたりするのはやめて欲しい

まさにこのことを言っているのか? 俺はここで何かをするべきなのか? わからないが、もしもこういう小さな「しなかった」が積み重なって未来の後悔になっていくのだとしたら……。俺はここで勇気をもって彼女と知り合うべきじゃないのか。

ぼんやりと2人の会話を眺めるのをやめて、俺は少し顔をずらした。高宮さんの友達が視界に入る。さっきまでの俺と同じように彼女もぼんやりと2人を見ていた。

話しかけてみるか? でも何を話す? 第一、彼女にはきっともうクラスの中に友達や知り合いがいて、彼女の世界が出来ているはずだ。ここで俺がその世界に足を踏み入れようとしたら、彼女も嫌がるんじゃ……。

そのとき、彼女がふと顔を横に向け、俺とぴったり目が合った。俺はドキッとするのと同時に内心かなりうろたえた。

ああっ……くそっ、もうどうにでもなれ。

「そ、そういえばさ、名前なんて言うと?」

なんでこんなに緊張してるんだ? そして、俺のコミュニケーション能力はこんなにも低かっただろうか。

大楠帆乃おおぐすほのよー。えっと、若久くんで合っとる?」

「えっ、なんで知っとるん?」

「だって最初にみんなで自己紹介したやーん」

大楠さんは小さく笑いながら答える。彼女は語尾を伸ばすのが癖のようだ。

「あ、ああ、そうやったね。忘れててごめん」

俺は自己紹介の時に彼女をカテゴリ3に振り分けたことを呪った。

精一杯気を取り直して、今度は所属する部活の話で会話を広げようと試みる。ところが、お互いに帰宅部であることが判明し、2人の共通事項を見い出すことはできたが、会話の広がりにはまったくつながらなかった。もう心折れそうだ。

困った挙句、苦しまぎれに先ほどの野間と高宮さんの会話を引き合いに出すことにした。

「あの2人まだ話してんね。よほど衝撃的だったんやろうな」

ちらりと野間と高宮さんの方を見る素振りをする。

「ねー、ちなみに若久くんは小学校どこ?」

大楠さんが少しにやっとしながら聞いてくる。いやいや、さすがにそれはないだろ。

「はは、残念やけど俺は普通に地元の古久ふるひさ小やけん」

「ふふ、さすがに一致せんねー。私も地元の小楠しょうなん小学校やった」

しょうなん? その名前は聞いたことあるな。

「ん、じゃあ中学も小楠中学校?」

「うん、そうよー」

曖昧あいまいなんやけど、俺が中2のときに担任だった寺塚てらづか先生が、確か小楠中の藤崎ふじさきって先生と結婚してたような――」

俺がしゃべり終わらないうちに、大楠さんは身を乗り出してきた。その仕草は今までのおっとりとした雰囲気に似つかわしくなくて、何だかおかしかった。

「えーっ! 藤崎先生って私が中3のときの担任の先生やん! ってことは若久くん真野まの中? うそー、やっぱ世界って狭いんやねー」

やっぱりそうか。世界はともかく、福岡は思ったよりも狭いらしい。

彼女はすぐに高宮さんの肩を叩く。

「ねえねえ、花菜。私たちも共通点あったよ! 中学の担任の先生同士が結婚しとったんよー!」

延々と話し続けていた2人がそれを聞いて俺たちの方を見る。

高宮さんは「ふーん」と言うと、明るく、そして意地悪そうに応える。

「ごめんけど、それじゃあ私たちには敵わんね!」

野間もそれに乗っかる。

「ああ、もう若久と大楠さんが実は生き別れの兄弟だったとかいうレベルじゃないとな」

こいつら、いつの間にそんなに仲良くなった?

「別に競いたかったわけじゃないのにー」

大楠さんは半分呆れながら反論する。俺も彼女に向かって苦笑いをすることで同意を表明した。

「なんだかんだで結構話し込んじゃったね」

高宮さんが黒板の上に掛けられている教室用の時計を見ながら言う。周りの生徒もすでに半数くらいは帰宅していた。

「俺たちもそろそろ帰るか」

野間が俺に向かって言う。もちろんだ。ただ、その前にすることがある。大楠さんに話しかけたあの瞬間に覚悟したことだ。

俺は学生ズボンのポケットに手を入れて、携帯を取り出しながら2人の方を向く。はあ、やっぱ慣れないな、こういうことするの。

「なあ、みんなでメアド交換せん?」

緊張で引きつりそうになる顔を必死にコントロールしながら、できるだけ自然な口調で提案する。

「うん、そやね! 交換しよ!」

「いいよー」

すぐに反応してくれた高宮さんや大楠さんとは対照的に、野間は何も言わず、少し驚いた表情で俺を見ていた。

「……なんだよ」

そう言うと野間はニヤッとした。

「いや、別に何でも」

言葉とは裏腹に何かがあることを確信させるような野間の口調に、俺は半分恥ずかしさを、そして半分腹立たしさを覚えた。

4人で携帯の赤外線機能を使い、自分たちの連絡先を飛ばし合う。

「よし、それじゃあまたね! ちゃんとメール送ってよ!」

「またねー」

「また」

「うん、ちゃんとメールするけん。またな」

学校からの帰り道、野間がとなりで自転車を並走させながら話しかけてきた。

「お前から女子にメアドを聞くなんて驚いたわ。いや、女子に限らずお前から友好関係を広げようとするのは珍しい」

「失礼やな。俺だって友好的な一面も持ち合わせてるんだよ。まあ、今日のはめっちゃ気疲れしたけど」

それでもあそこで勇気を出してメアドをきいたのには一応の理由があった。

明日は新1年生の入学式で2、3年生は休みだ。そうすると、土日に入って、次に2人と会うのは4日後になる。3日も時間が空くと、今日の30分足らずで築いた関係なんてすぐに風化して、なかったことになってしまうんじゃないか。そして、4日後にふたたび会っても、もう何を話していいのかわからなくなってしまう。そうなるのが怖かった。

それに、こっちからメアドの交換を提案することで自分が友好的であることを2人に伝えたかったのだ。

……俺、必至だな。

我ながら、どうしてここまでしたのだろうと疑問には思う。あいつの正体不明の「後悔」という言葉が思いの外、重くのしかかっているのかも知れない。

「どうして今回に限ってそんなに気疲れしてまで仲良くなりたかったん? 一目ぼれでもしたんか?」

とりあえず一目ぼれの部分は無視することにした。

「まあ、心境の変化ってやつやない? 俺らももう高3でこの1年が終わると卒業やろ? 高校を卒業して、例えば5年後に振り返ったとき、友達が少なくて暇だったって思うより友達が多くて楽しかったって思うほうがいいやん」

俺は自分の思ったことをそのまま口にしたつもりだった。そうすることで今から6年後でさえ後悔し続けなければならないような1年を作り出すことを阻止できるのなら、俺はできる限りのことをしたいと素直に思っている。

だが、それを聞いた野間は口では「ふーん」と言いつつも頭をひねっていた。どうやらあまり納得させられなかったようだ。

「友達の多寡たかが必ずしも高校生活の楽しさを決めるとは限らんやん。狭く深くの人間関係を好む人もいる。むしろ若久はそういう考えやと思っとったけど。

なんて言うか、まるで、今まで通り過ごしてたら後悔するって知ってるような言い方やなと思って」

こいつは普段ぼーっとしてるくせにこういう妙なところに鋭い。良くも悪くも物事を直観的に認識するのだ。

「……ま、なんにせよ、もういいやろ。人の行動なんて、色んな感情や考えが絡み合って決まるものやん。自分でも俺の行動の一つ一つの理由をちゃんと説明することなんかできんよ。ただ唯一、確実に言えることは、どんな理由であれ俺はあの2人とメアドを交換したいと思ったってことだけやん」

こうして俺は半ば白旗を振りつつ、この会話に終止符を打とうとした。野間は少しニヤついていたが「まあいいか」と言ってそれに同意してくれた。

ちょうど野間と俺との別れ道に差しかかったとき、ふたたび野間が尋ねてくる。

「またあの鯛焼き屋行かん?」

「お前、相変わらず好きやな。うーん、すまんけど今日はパス。家に昼ご飯あるけんさっさと帰るよ」

「ならしょうがない。また今度な」

「ああ、またな」

本当は早く帰って「俺」に今日のことを確認したかったのだ。野間と別れた俺は、まっすぐ自宅へ向かって自転車を走らせた。

こうして俺の最後の高校生活1日目が終わった。

○同日(4月6日)

昼ご飯を食べていると「俺」が家に帰ってきた。今日は始業式だから学校は午前中で終わりか。母親は夕方まで帰ってこないから今日はこいつとしばらく2人だな。

「おかえり」

「ただいま。いきなりやけど色々と確認したいことがある」

早速か。まあ来るとは思ってたけど。

「本当は学校に出かける前にちゃんと聞いておくべきやった。まあ、いきなり初日に何か起こるとは思っとらんかったけど。それで何が正解だった?」

変な聞き方だ。こいつ自身が何かをしたか、少なくとも何か気になることが起こったらしい。

俺はゆっくりと口の中のご飯を飲み込んでからしゃべる。

「そんな聞き方をされても困る。はっきり言って、6年前の出来事なんてそんないちいち覚えとらん。俺が覚えとるのは野間と高宮が奇跡レベルの再開をして仲良くなったことだけだ。もっと具体的に言ってくれ」

「……あの2人とメアドを交換した」

「俺」が気恥ずかしそうに答える。

「2人ってのは大楠と高宮のことか。メアドってまさか、お前から言ったのか?」

「そうだよ」と投げやりな口調の返事が返ってくる。

「人に遠慮したり線を引いたりしてたら後悔するって言われたけんな。やっぱり、メアド交換はあんたの時代ではやらなかったのか」

「俺」の苦虫を噛み潰したような表情を見て思わず笑いが込み上げる。あいつはそれをばかにされたと受け取ったらしく、少しむっとして言い返してきた。

「なんだよ、あんたが言ったことやろ! それならしない方が良かったのか?」

「すまん、すまん。いや、それでいい。むしろその調子やね。そうすれば俺のような後悔もしなくて済むと思う」

「俺」はいまだに不満そうだ。

「結局、あんたが後悔していることって野間に関することか、それとも高宮さんや大楠さんに関することか?」

「すまん。いずれちゃんと教えるからもう少し待ってくれ」

あいつは「はぁ」とため息をつくとくるっとこちらに背を向けて、リビングを出ようとドアに手をかける。俺は構わず話を続けた。

「でも、今日お前がしたことは決して無駄じゃないはずだ。俺はそのくらい積極的に人と接することが大事だと思ってる」

そして、「俺」がリビングを出る瞬間、俺は念押しした。

「ちゃんとメールは送っとけよ」

あいつはちらっとこちらを向いて「わかってるよ」と言うとリビングのドアを閉めた。

結論から言えば、「俺」が今日、大楠や高宮とメアドを交換したことは必ずしも必要なことではなかった。実はこのあとも、ちゃんと2人と話す機会があって、その中で自然とみんなで交換するようになったからだ。むしろ、最初は急がずに自然な流れで距離が縮まる方が良いと思って、あえてあいつには何も言わなかった。

まあ、いずれ仲良くなっていた4人だ。多少急いで距離を縮めようとしても、問題はないだろう。なにより「俺」が予想以上に積極的に動いたことは未来の俺としてなんだか嬉しい。

たかだかメアドを交換しただけだが、みずから積極的に交友関係を築こうとしなかったあのころの俺にとって、それは大きな意味を持つ。勇気ある一歩を踏み出して、自分から行動したのだから。

俺はふたたびご飯を食べながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。

初日からいきなり俺の知らない過去になってしまったな……。

実は「俺」の話を聞きながら、俺はずっとある種の恐ろしさを感じていた。このまま俺の知らない過去が増えていったら、俺のいた元の世界はどうなってしまうのだろうか。それを考えずにはいられなかった。

●4月20日(水) タイムスリップ20日目

4限目が終わり昼休みに入る。

さっさと教科書を片付け、カバンから母さんの作った弁当を持って席を立つ。昼休みはたいてい仲の良い男子4人で教卓近くの席に集まってご飯を食べる。最初こそ、知り合いが少ないことに不安を覚えていたが、なんだかんだでそれなりにクラスに馴染みつつあった。

「野間、お前さっきの日本史爆睡やったな」

警固が呆れたように言う。――警固亮けごりょう。野球部で赤坂の友達だったから、元々顔見知りではあったけど、お互い話すようになったのはこのクラスになってからだ。

「まじかよ!? 3限も寝とったやん! お前家で寝とらんの?」

――竹下隼人たけしたはやと。水泳部。お調子者で明るい……がテストの点数がかなり低い。こいつがなぜ国立志望(3-7は国立志望クラスだ)にしたのかはいまだに不明だ。

「もちろん寝とるけど、いわゆる春眠あかつきを覚えずってやつやな」

そう言って野間はご飯を口に運ぶ。

「暁とっくに過ぎてもう昼なんやけど」

すぐに俺が返し、竹下も笑いながら「それな」と続く。

「次の授業は寝んなよ!」

「食後やけんきついな……って、次、体育やん! 流石の俺も体育で寝るスキルはないわ」

みんなで笑う。俺は笑った勢いで口の中のご飯を吹き出しそうになって、慌てて両手で口をおおった。

「お前きたねーな」

それを見てまたみんなで笑う……今度は俺以外のみんなだが。くそ、恥ずかしい。

話す内容はいつも、学校のことだったり、最近出たゲームや漫画のことだったり、たまに誰と誰が付き合ったなんていうくだらないことばかりだ。そして、そんな話をさんざんしゃべった挙句、帰宅するころにはその内容のほとんどを忘れていた。

体育が終わり、6限目の生物が始まる。先生にとっては非常に残念なことだが、体育の直後であり、かつ2時35分から3時25分という絶妙な時間帯に位置しているこの授業は、著しく生徒の撃沈率、つまり寝ている割合が高い。

さらに、この先生の穏やかな話し方も撃沈率の向上に大きく貢献していた。彼が話し出すと、どんなにあらがおうとしてもたちまち眠りの彼方かなたへといざなわれてしまうことから、俺たちは彼のことを魔術師と呼んでいた。

例にれず、今日の授業もふと目が覚めたときには授業が終わる3分前で、俺は慌てて黒板の内容をノートに写す。やばい、流石に終わらん……。

――キーン、コーン、カーン、コーン。

早く鳴れと願っているときには一向に鳴らないくせに、鳴るなと願っているときに限ってすぐにこの音は鳴る。今回もやっぱり俺の意に反して授業の終わりを告げてきた。

黒板を全部写しきれなかった俺は、仕方なく野間に頼もうと席を立つ。野間はまだ眠そうに机上の教材を机の中にしまっていた。

「なあ、ダメ元やけど、黒板の内容ちゃんと写しとった?」

「……それ俺にきく?」

こいつが生物の授業でちゃんとノートを取っているはずがない。それはわかっていた、わかってはいたが……。

ため息交じりに「ですよね」とつぶやき、顔をらしたところでとなりの席に座っていた大楠さんと目が合う。

「ふふっ、貸しちゃーよ」

にやっと笑いながら大楠さんが生物のノートを差し出してきた。しまった、今のやり取りを全部聞かれてたか……。けど、良かった。

あはは……、と力なく愛想笑いをしてノートを受け取る。

「さんきゅ、ばり助かる」

そういやここしばらく、あまり高宮さんや大楠さんと話すことがなかったな。

「良かったやん」と野間がぶっきらぼうに言う。

「いや、お前もこれ必要やろ。一緒に頼んどけよ」

「俺はいいわ。今、眠いし。最悪、教科書読んどきゃなんとかなるんじゃね?」

いさぎよいのかなんなのか。つーかお前も今年受験生だよな?

とにかく、出来るだけ早くこのノートを返すべく、俺は自分の席に戻ってノートの複写を始める。が、すぐに住吉先生が教室に入ってきた。

「えー、みなさんには残念ですが今日は7限目があります」

この声で、立っていた生徒は席に座り、がやがやとにぎやかだったクラスはすぐにしんと静まり返った。

この学校は毎週水曜日に総学という7限目の授業がある。今日がその記念すべき第1回目なのだが、何をする授業なのか全く見当がつかない。

「まあ、とりあえず最初ですし、今日は席替えをしようと思います!」

住吉先生がそう言った途端、クラスはまたどっとにぎやかさを取り戻す。席替えはどうやら「総合的な学習(総学)」の範疇はんちゅうに入るようだ。

先生がクラスの生徒全39人分の机を黒板に描き、それぞれに1から39の番号を振る。そして、新たに1から39の数字が書かれたくじを袋の中に入れ、生徒はそれを1枚ずつ中から引いていく。途中で、ある生徒の引いた数字が6なのか9なのかわからないというアクシデントが発生したが、なんとか全員くじを引き終わり、各々の席が決まった。

「それでは各自、新しい席に移動してください」

俺は校庭側の窓際、後ろから2番目の席だった。ラッキー。

「あ、若久くんの後ろやん」

振り向くと、高宮さんが後ろで肩にかけていたカバンを下ろしながら、ニッと笑顔を見せてきた。

「よ、俺じゃあ千葉の話はできんけどよろしくな」

「はは、懐かしいね! それなら話し相手としては不足やけど、若久くんには別のことをお願いするけん気にせんで!」

不思議と彼女の冗談や図々しさは、人を悪い気にさせない。そう言えば、性格の明るさで言うと高宮さんと竹下は似てる気がする。

「不足で悪かったな。んでその別のことってなんなん?」

「テスト勉強! 若久くん頭いいやろ? 順位表でよく名前見かけとったよ!」

……まさか学力まで竹下と同じじゃないだろうな。

「まあ、俺で良ければいつでも教えるけん」

なんにせよ、最近あまり話す機会がなかった高宮さんとこうして席が前後になれたのは幸運だった。

席替え後の残り時間はクラス内の係決めに充てられた。これはクラスで発生する諸雑務を担当する生徒を決めるもので、例えば俺は国語係になった。国語係の仕事内容は、週に一度の宿題の回収をすることと、たまに国語の先生から指定されるプリントを配布することだ。そしてこの係のメリットは、国語の宿題をやり忘れた(もしくはわざとやらなかった)としても、誰かの答えを写すことができることである。

掃除、ホームルームが終わり、放課後になった。残念ながら、3-7で俺と仲の良い生徒はみんな部活に所属しているため、試験の1週間前などで部活動が休みにでもならない限り、俺はいつも1人で帰らなければならない。

一階まで下り、玄関口に差しかかったところで靴を履こうとしている大楠さんを見つけた。彼女も1人で帰るのだろうか。声をかけようとして一瞬ためらう。そして、そんな自分が少し嫌になりながら、一呼吸おいて声を出した。

「おー、今から帰り?」

最初から気付いていたのに「おー」とは白々しいなと自分でも思う。

「あ、若久くんやん。うん、今から帰りー。そう言えばお互い帰宅部やったね」

「いつも1人で帰っとるん?」

「うん、友達はみんな部活やってるからねー。若久くんも? 野間くんとかは部活やっとるんやったっけ?」

「あいつはテニス部やね。俺もいつも1人で帰っとるよ。ちょっと待っとって」

そう言って、自分の靴箱の前に行き、中から外靴を取り出して代わりに上履きを入れる。その場の流れで何気なく「ちょっと待って」と言ってしまったが、これはどうしようか。途中まで一緒に帰るのか? まあ、ただ話しながら途中まで帰るだけならそんなに嫌がられることもないよな? ……たぶん。

「ごめん、お待たせ」

「お待ちしてましたー」

大楠さんはにこっと笑いながら言う。今のは少し可愛かった。こういう何気ない反応に愛嬌あいきょうを感じるものなんだな。

2人で自転車置き場へ行って、自分たちの自転車を取る。この学校には複数の自転車置き場が作られているが、自転車で通学する生徒があまりにも多いため、どの置き場もぐちゃぐちゃになっている。俺たち3年生用の置き場も同様に、自転車が所せましと並んでいて、自転車のハンドルがとなりの自転車のかごの網目に引っかかって抜けなくなっていたり、自分の自転車を取ろうとして横の自転車をドミノ式になぎ倒したりしている生徒をよく目にする。

無事に自分の自転車を取り出して、後ろを振り返る。大楠さんは自転車が引っかかって抜けなくなっているようだった。

「はは、抜けない……」

「手伝うよ」

大楠さんの自転車はやはりハンドルがとなりの自転車のかごに挟まっていた。これはとなりの自転車を少し持ち上げないと抜けそうにない。俺がとなりの自転車を持ち上げ、同時に大楠さんが自分の自転車を引くことにした。

「ふぅ、それっ!」

一呼吸おいて、となりの自転車を持ち上げる。……あれ、やたら重いな、俺ってこんなに筋肉おとろえてたのか?

次の瞬間、持ち上げた自転車の向こうにあった自転車たちがドミノ方式に次々と倒れていった。ようやく悟った。この自転車のハンドルも、さらにまた、となりの自転車のかごに挟まっていたということに。

「うわぁ……まじかよ……」

「ハハハ、やっちゃったね、私のは取れたけど。」

そしてニヤッとして言う。「手伝うよ」

「……それ、俺のセリフのはずやったんやけどなぁ」

結局、2人で自転車を立て直して、一緒に校門を出た。

「ねぇ、若久くんって家帰ってどんなことしとるん?」

「うーん、最近はピアノとか映画見たり小説読んだりしてるかな。ちょっと前は将棋やバスケもしとったけど」

「色々してるんやねー」

「試し食いが好きやけんね」

「どういうことー?」

「色んなことを少しずつかじってるんよ。何でも本気でするより趣味でそれなりにする方が楽しめるけんさ。その代わりどれも中途半端なんやけどね」

俺は「ハハ」とやや自虐気味に笑う。そして、自分のつまらないところをわざわざさらしてしまった気がして、すぐに今度はこちらから話を振った。

「大楠さんは家帰って何しとるん?」

「私は家事かな。親が共働きやけん洗濯物たたんだりご飯作ったりしよるよー」

……まじかよ、俺ん家も似たような状況だけど俺なんて何もしてないぞ。

「す、すごいな。純粋に尊敬する……」

「いやいや。他にしたいこともないけんねー。親からはもっと勉強しろって言われちゃってるけど」

そう言って「アハハ」と彼女も自嘲気味に笑った。

そこからは受験のことや大学のこと、そして漠然と今年で高校生活が終わってしまうことなどを話した。少し不安だったけど、思ったよりも話は弾んだ。帰り際、勇気を出して声をかけて良かった。

「またな。いつも一人で帰ってたから楽しかったよ」

「うん、私も楽しかったー。また一緒に帰ろうね」

「えっ!?」

まったく予想していなかった返事に驚いて、つい聞き返してしまった。ちょっと考えれば、今日みたいにタイミングが合ったときに途中まで帰ろうという、ただそれだけのことなのはわかる。ただ、急に「また一緒に帰ろう」と言われると、なんだかデートでも申し込まれたような気分になってしまったのだ。

「えっ、嫌なん?」

大楠さんはショックを受けたような顔をして言う。いや、そういうわけじゃなくて……。まったく、きっと彼女は何とも思ってないんだろうな。

「あ、いや、ちょっと意外だっただけで。うん、また一緒に帰ろうな」

「うーん、それならいいんやけど。それじゃあまた明日ねー」

「うん、明日」

何はともあれ、これで大楠さんとの仲が少し深まった……気がする。うん、俺は少なくともそう思った。彼女はどう思っているのだろうか。

1人で帰ることにはもう慣れていたけど、やっぱり誰かと一緒に帰るほうが楽しい。

家に着いて携帯を開くと1通のメールが届いていた。

――大楠 帆乃

――そういえばさっき言い忘れてたんやけど、ノートは次の生物の授業までにちゃーんと返してねー(笑)

あ、ごめん。完全に写すの忘れてた。