Menu

僕が留学に行っていた時の話 後編

  1. トップページ >
  2. 短編集 >
  3. 僕が留学に行っていた時の話 後編

1ページにまとめて読む/複数ページに分割して読む


旅行4日目。僕とオリバーとマリアは、ニュージーランドの首都であるウェリントンに来ていた。実はバンジージャンプに参加するのはシャーリー、サラ、ローラの3人だけなのだ。オリバーとマリアは高いところが苦手だという理由で、そして僕はお金がないというちょっと残念な理由で、参加を見送った。だから他の3人が出かけている間、こうしてウェリントンで時間を潰すことにしたのである。さすがに首都なだけあって、ウェリントンにはこれまで立ち寄った他の町よりも、比較的多くのお店が並んでいた。

雑貨屋さんで、マリアが手のひらサイズのキーウィのぬいぐるみを手に取る。

「Look at this. It's cute!(これ見て、かわいい!)」

「Yeah, maybe I'll take one.(ほんとだ、1つ買おうかな)」

オリバーがマリアの手に乗っているキーウィを見ながら言う。

「Great! Let's have the same ones.(やった! お揃いで買いましょ)」

こうして彼らのそばにくっついてお店を回っていると、2人の邪魔をしているような気がして、何だか申し訳なくなる。オリバーとマリアはどちらもおおらかで落ち着いていて(マリアの方が幾分か明るいのもちょうど良い)、とてもお似合いの2人だと思う。僕たちは、2人がいつも一緒にいるのをとても微笑ましく思うのだ。そんな彼らが一緒に過ごすことのできる最後の旅行がこのニュージーランド旅行である。少しくらいは、2人だけの時間を作ってあげた方がいいだろう。

「I'm a little bit tired. I'll go rest in a cafe.(ちょっと疲れたから、カフェで休憩しておくよ)」

「Alright, see you later then.(わかった、それじゃあまたあとでね)」

僕は2人を残して店を出ることにした。

カフェに入ってコーヒーを頼む。コーヒーを受け取ると席に座って足を伸ばし、ふぅっと息を吐いて落ち着いた。そう言えばまだニュージーランドのお土産を買っていなかったなぁだったり、日本に帰ったら大学の単位をしっかりとらないとやばいなぁだったりと、しばらく取り留めのないことをぼんやりと考えていた。

そんなことをしていると、1時間もしないうちに2人が店内に入ってきた。

「Oh, you are here. We were looking for you!(あ、ここにいた。探してたのよ!)」

僕は驚いて、頓狂とんきょうな声を出す。

「Are you guys already done!?(2人はもう用が済んだのか!?)」

「Not yet. We were just wondering where you were.(いや、まだよ。ただ、優がどこにいるのかなと思って)」

「Is that so.(そ、そうなんだ)」

とは言っても、せっかく2人だけの時間なのにもういいのだろうか。

「I thought maybe you wanted to spend time with just two of you.(もしかしたら、2人だけで過ごしたいのかと思ってたんだけど)」

それを聞いてオリバーとマリアは笑い出した。

「You don't have to care about such a thing.(そんなこと気にしなくていいんだよ)」

「Yeah, just so you know, we've already broken up.(そうよ。それに念のためだけど、私たちはもう別れてるんだから)」

「What!? Have you!?(え、うそ!? 別れたの?)」

2人はお互い顔を見合わせて少し照れ笑いをする。

「I have to find a job after going back to Mexico and Oliver has to study hard back in the U.S. I know we both will be very busy and will not be able to spend time together anymore.(私はメキシコに戻ったら仕事を見つけないといけないし、オリバーもアメリカで勉強しなければいけない。お互い忙しくなって、もう一緒に時間を過ごすことはできないだろうってわかってるからね)」

「Ah...(あぁ……)」

僕は何て言えばいいのかわからなかった。だから、ただ声にならない声で曖昧な返事をして相槌あいづちを打った。

「We decided to break up and spend the remaining time with Yu, Sarah and others instead of just two of us. We want to have as much fun with you all as possible while we can.(僕たちは別れて、ただ2人だけで過ごすよりも優らサラたちと一緒に残りの時間を過ごすことにしたんだ。離れ離れになる前に、みんなと出来るだけ多くの思い出を作りたいからね)」

きっと2人ともまだお互いのことが好きだ。これまでの様子を見ていればそのくらいのことはわかる。だけど、留学の残り時間とか帰国後のこととかを色々考えて、たぶん、ものすごく多くの時間をかけて2人が出した結論がそれなのだ。

僕はそっと深呼吸をすると、膝の上でこぶしを作った。

「I have a lot of respect for your decison. And, I'm really glad you decided to spend time with me. I've had so much fun being with you guys.(2人の決断には尊敬するよ。それに、僕と一緒に過ごしたいと思ってくれて本当に嬉しい。僕もみんなと一緒にいて本当に楽しかったんだ)」

2人はニッコリと優しい笑顔を見せてくれた。

「Alright then, you've rested enough haven't you? Let's go to other shops! There are still many we are not done with.(よし、もう充分休んだでしょ? そしたら他のお店に行きましょ! まだ見終わってないのがたくさんあるんだから)」

それから僕たちは3人で、へとへとになるまで色んなお店を見て回った。

待ち合わせの時間になって、僕たちは予定の場所へと戻った。そこにはすでに僕たちのキャンピングカーが停まっていて、中では3人がゲームをして待っていた。

「How was bungy?(バンジーはどうだった?)」

僕の質問に3人が口を揃えて答える。

「That was awesome!!(ほんと最高だったわ!)」

発言が被ったことに彼女たちは顔を見合わせて大袈裟おおげさに笑った。よほどバンジージャンプが楽しかったのだろう。

すぐにローラがそばに置かれていた彼女のカメラを取り上げる。

「I took some pictures! take a look at them!(写真撮ったの! 見てちょうだい!)」

しばらくバンジージャンプの話で盛り上がったあとは、みんなでご飯を食べた。バンジー組はご飯のあと、あたりのお店を見て回りたいということで方々に散っていき、残りの僕たち3人は大人しく車の中で待っていた。

30分ほどしてローラとシャーリーが車の中に戻ってきた。シャーリーが不思議そうに首をかしげる。

「Ah, Sarah isn't back yet?(あら、サラはまだ戻ってないの?)」

「No, I thought she was with you.(いや、2人と一緒だと思ってたけど)」

「We couldn't find her, so we thought she had already gone back to the car.(サラが見つからないから、てっきりもう車に戻っているのかと思ったのよ)」

僕は小さくため息をついた。

「Alright, I'll go find her.(仕方ない、僕が探しに行くよ)」

「I'll go with you!(私も行くわ)」

僕とシャーリーの2人でサラを探しに行くことにした。

「You have a crush on Laura?(ローラに気があるの?)」

「What!?(なんだって!?)」

2人で通りを歩いているとやぶから棒にシャーリーが言い出した。

「I think she is interested in you. I wonder what you think of her?(彼女は優に気があると思うわ。あなたはどうなのかなって思って)」

「I......(僕は……)」

「If you don't want to say, that's fine. I don't force you.(言いたくなければ言わなくてもいいのよ)」

シャーリーは僕を見てニッと笑った。それが何かいたずらな意図を含む笑みなのか、それとも単純な笑顔なのか、僕には判断ができなかった。

「…………」

「I think I'm interested in her.(僕は、彼女のことが気になってると思う)」

シャーリーは「ふふっ」と笑う。

「Don't you want to be her boyfrind?(何もしないの?)」

「We all have to leave Australia soon. There is no point.(もうすぐみんなオーストラリアを去るんだ。意味ないだろ)」

「If I were you, I wouldn't think much. I would just go and try.(もし私があなただったら、あまり難しいことは考えずに行動しちゃうけどな)」

僕はただ、黙ってしまった。

「Well, it's all up to you.(ま、どうするもあなたの自由よ)」

その後、サラは無事に見つかった。彼女はずっとお土産屋さんを見ていたのだ。車に戻って、いつものようにみんなでちょっとしたゲームをしてから寝ることになったけど、その日、僕はなかなか寝付くことができなかった。

5日目は、またしばらく車を走らせて、とある国立公園に着いた。運が良ければ、公園の中にある氷河を歩いて進むことができるらしい。

車を降りて、砂利道を歩いていく。大きな道の両端にはごつごつと猛々たけだけしい岩山がそびえ立ち、その岩肌にはもっさりとこけがむしていた。ずっと奥の岩山の間からは雪山とも氷河ともとれる巨大な白いかたまりが、ひょっこりと顔をのぞかせている。あたりには氷河から溶け出した水が、あちこちに小川や小さな滝を形成しながらゆったりと流れていた。この場所の雄大さや穏やかさのために、ひょっとするとここでは時の流れが止まってしまっているのではないかとさえ思わされる。仙人でも住んでいそうな景色だ。

「You alright?(大丈夫?)」

水面から飛び出ている石を足場に小川を横断しながら、僕は後ろにいたローラに声をかけた。

「Yeah, I'm fine.(ええ、大丈夫よ)」

「These rocks are slippery.(ここ滑りやすいからね)」

「Are you trying to be a gentleman now?(今さら紳士にでもなろうとしているの?)」

ローラはくすくすと笑いながら僕をからかった。僕もそれを聞いてふっと笑う。

「Yeah, I can even carry your camera if you want me to.(まあね、何ならそのカメラだって運ぶけど)」

彼女は笑いながらお礼を言って、彼女のカメラを僕の首にかけた。

「Hey, take a picture of me.(ねぇ、私の写真撮って)」

言われるまま、滝のすぐそばで僕は彼女の写真を撮った。

「Thanks. Come here!(ありがと。こっちに来て!)」

何かあったのかと、彼女のそばへ寄る。

「Let's take a picture of us.(私たちの写真も撮りましょ)」

「Ah, yeah.(う、うん)」

ローラはポケットからスマホを取り出して、カメラを自撮りモードにする。僕は突然のことに緊張してしまって、笑顔がかなりぎこちない。

「Hey, can't you smile better?(ねぇ、もっと上手く笑えないの?)」

「I'm trying.(頑張ってるんだけど)」

「I guess I can't expect much from you.(ま、そんなに期待できないわね)」

ローラは仕方なさそうにそのまま数枚、僕たちの写真を撮った。

「I'll send them when we are back in Australia.(オーストラリアに戻ったら写真送るわね)」

何だか嬉しそうに笑っているローラを見て、僕もつられて嬉しくなった。

しばらく砂利道を歩いていると、残念ながら通行禁止の看板に阻まれてしまった。この日は比較的気温が高かったため、氷河の近くまで行くのは危険なのだそうだ。歩き始めたころに比べてだいぶ大きくなっていた雪景色を前に、ここを去らなくてはならないのにはちょっぴりがっかりしたけれど、こうしてみんなでいるとそれも笑い話にできるから心地よい。

この国立公園には、氷河ハイキングの他にもいくつかコースがあったから、しばらくはそこでのんびりとウォーキングを楽しんだ。実のところ、今日はあまり予定が入っていないのだ。

国立公園をあとにした僕たちは、クライストチャーチへ行く前の最後の目的地、メスベンへと向かった。7日目は基本的にクライストチャーチへ行って車を返し、飛行機に乗るだけだから、実質明日が最後の活動日となる。僕たちはメスベンまで車を移動させると、明日に備えて早めに床に就くことにした。

明日、明後日でもうこの旅行が終わってしまうのだ。

僕は頭から毛布を被って、これまでのことを回想した。回想するとなんだか無性に寂しくなって、小さく体を丸めようと背を曲げた。そうすると、横向きに寝ていたローラの背中にこつんと額が当たる。彼女は何だかんだ言っても、この5日間、男の僕と2人で一緒に毛布を使うことを許してくれたのだ(案の定、初日以降もサラは眠りながら毛布を丸々1枚奪っていた)。

皮肉屋で、あんまり素直ではないけれど、彼女といるのはとても楽しかった。それもあと2日で終わってしまうのだ。いや、そう後ろ向きになってはならない。始まりあるものにはすべて必ず終わりが来るのだから、こういうときは、まだ2日あると考える方が良いのだ。その方が残りの時間を楽しく過ごすことができる。

僕は曲げていた背中をまっすぐに戻して額をローラの背中から離すと、くるりと寝返りを打った。そして、心の中で小さく、明日をできるだけ楽しむのだと意気込んだ。

――こつん。

背中に何かの当たる感触がした。

それは、ローラの額が当たる感触だった。

6日目、僕たちは朝食を済ませると、スキー場へ向かった。これが本旅行における最後のアクティビティとなる。

スキー場は雪山にあるから、あたりは雪で真っ白だ。僕たちはスキー場へ入る前、少しだけ雪合戦をして遊んだ。僕は日本の中でも九州に住んでいたから、子供のころもあまり雪とは馴染みがなかった。だから、こんなふうにたっぷりの雪で遊ぶのはとても新鮮だった。それに、みんなで笑いながら雪玉を投げ合うのは本当に楽しい。まるで子供に戻ったみたいに、僕たちはただ夢中になって遊んだ。

一通り雪遊びを堪能たんのうしてから、ついに僕たちはスキー場へ入った。中ではスキーかスノーボードかを選べて、僕は見た目のかっこよさからスノーボードを選択することにした。そして、残念ながら他のみんなはスキーを選択していた。

「いたっ!」

予想通りではあったが、スノーボードはバランスを取るのがとても難しく、僕はお尻にあざができるくらい転びまくった。何度も滑っているうちにみんなとはバラバラになっていたが、たまたま近くにいたローラが僕を見つけて近づいてきた。

「Hey, you are supposed to snowboard with that tool, not to trip over.(ねぇ、その道具は滑るためにあるのよ、コケるためじゃなくて)」

「Your sarcasm never withers.(ローラの皮肉は相変わらずだな)」

「Sense of humor is necessary to make your life fun.(毎日を楽しく過ごすにはユーモアも必要よ)」

僕は彼女のずうずうしさに半ばあきれた。

「Not just humor, it's sarcasm.(ユーモアじゃない、皮肉だ)」

ところが彼女は、その返しをまったく聞いていなかったようで、僕が言い終わるが早いか僕の手を取ってリフトを指さした。

「Let's go to the top!(上まで行きましょう!)」

このスキー場はかなり本格的だ。コースの距離もかなり長い。

ゆっくりとリフトに揺られたあと、僕とローラはスタート地点に着いた。2人で顔を見合わせてニヤリとする。一緒にふもとまで競争することにしたのだ。

「Ready, Go!!(よーい、スタート!)」

僕が加速に手間取っている間に、ローラがスッとリードを奪う。スキーだと手が使えるから、スタートはこちらの分が悪い。だけど、ローラは案外慎重に滑るから、すぐに追いつくことができた。

「Are you holding back?(手加減してんの?)」

珍しく僕の方から皮肉を言ってみる。ローラは「ふふっ」と笑うとこちらを向きもせず、ただ口だけで答えた。

「Of course, I am.(当り前じゃない)」

僕とローラはかなり低レベルな戦いをていしながらも勝負自体は互角であった。直線コースでは僕がリードを奪い、カーブでは僕が曲がり切れずに転倒している間に彼女がリードを奪う。こうなるとお互いレースに夢中になる。

よし、今のでだいぶローラを離したな。そう思った矢先、カーブに入って見事にコケた。僕はお尻を抑えながらよろよろと立ち上がる。いい加減、カーブの曲がり方を習得しないとお尻がもたないのではないか。

急いで後ろを振り向くも彼女はまだやってこない。カーブで追いつかれなかったのはこれが初めてだ。僕はニヤリとして、そのまま滑り出した。その後も、彼女が後ろから追いついてくる気配はない。最初はリードを奪っていることに優越感を感じていたが、次第になんだか心配になってきて、それからはゆっくりと滑ることにした。だけど、結局、彼女の姿を見ることはないままふもとまで滑り切ってしまった。

僕はその場で彼女がやってくるのを待った。5分が経ち、10分が経ったが、彼女は一向にやってこない。15分が経ったところで僕はついにしびれを切らして、もう一度、リフトでスタート地点まで上ることにした。

彼女の姿を探しながら慎重に滑るも、どうしても彼女は見つからない。またしても1人きりで麓まで滑り切ってしまって、いよいよ僕は焦り始めた。スキー場の他のコースを探してみても彼女の姿はない。途中で出くわしたオリバーたちに訊いてみてもわからないと言う。僕は半分途方にくれながら、今度はスキー場の屋内を探してみることにした。

――いた。

彼女はスキー道具の貸し出し場の近くにあるベンチに座って、何やら飲み物を飲んでいた。

「You are here.(ここにいたのか)」

「Oh, hey. Is something wrong?(あら、どうかしたの?)」

どうかしたの、とは暢気のんきなものだ。

「That is exactly what I want to ask you. You suddenly disappeared halfway throught the race.(それはこっちのセリフだ。競争の途中でいきなり消えて)」

「Ah, I'm sorry. My skiboard got broken and I was stuck. A staff here helped me out and I've been taking a rest since then.(あら、ごめんなさい。途中でスキー板が壊れて動けなくなっちゃって。ここのスタッフが助けてくれたんだけど、それからしばらく休んでたの)」

僕はホッとしたのと同時にどっと疲れが出て、「はぁー」と大きく息を吐きながらローラの隣に腰を下ろした。これまでに散々転んでいたから、座るとお尻がジーンと鈍く痛んだ。

「Wait, were you looking for me all this time?(待って、それじゃあ今までずっと私を探してたの?)」

「Yeah, I even got better at making a turn.(ああ、おかげでカーブを曲がるのも上手くなったよ)」

彼女はくすくすと笑うと、以前にマフラーを貸した時と同じ笑顔になって「Thanks.(ありがと)」と言った。

「Hey, are you thirsty? Do you wanna drink this?(そうだ、のど渇いてない? これ飲む?)」

僕は彼女が飲んでいた飲み物を受け取ると、一口すすった。中身は甘いホットココアだった。

その日の夜、みんなでアイスバーへ行ってニュージーランド旅行の締めくくりとした。中は凍えるような寒さかと思ったけど、風が吹いていないためか体感ではそれほど寒く感じなかった。

「Cheers!(乾杯!)」

氷のグラスを掲げて、実際はみんなで、それぞれ各国の言葉で乾杯をした。

「A lot of things happened during our trip.(色んなことがあったねぇー)」

「Yeah, I'm sure I will remember this trip for the rest of my life.(ほんとだよ。この先、一生この旅行のことは忘れられないだろうなぁ)」

「Haha, you leave your heart in New Zealand.(ははは、心はいつまでもニュージーランドにって感じね)」

「New Zealand is a wonderful place without a doubt, but I've had so much fun with you guys.(ニュージーランドが素晴らしいってのは間違いないけど、みんなと一緒にいるのが楽しかったよ)」

オリバーの言葉に、僕たちはニンマリと笑ってしまう。

「Let's take a picture together!!(みんなで写真撮りましょう!!)」

「We have to make this night unforgettable!(忘れられない夜にしなくちゃね!)」

最後の夜はみんな酔ったまま、キャンピングカーに戻った。ここで寝るのも今日が最後だ。シャワーを浴びて、寝る準備をする。ふと後部座席を見ると、オリバーとマリアがお互いにくっついて眠っていた。僕はゆっくりと振り返ると、梯子はしごを伝って2階へと上がる。2階ではやっぱりサラが寝ぼけて毛布を1枚使っていて、代わりにローラがちゃんと僕の為に左半分を残して、残りの1枚を使っていた。

電気を消して、毛布の中に入ると、暗闇ながらもローラが目を開いたのが分かった。

「Sorry, did I wake you up?(ごめん、起こした?)」

「No, I was awake.(元から起きてたわ)」

僕たちはそのままじっと見つめ合った。そうすると、やっぱり、どうしても寂しさが込み上げてくる。ローラは3日後にはフランスへ帰るのだ。僕も5日後には日本に帰らなくてはならない。わかってる。せっかく前向きに残りの時間を過ごそうとしていたのに、これじゃあ台無しだ。

頭ではわかっていたけれど、どうにもこうにもならなくなって、僕はゆっくりとローラを抱きしめた。彼女の方はどう思っているのだろう。確信はできないけど、ただ、彼女も僕をゆっくりと抱きしめ返してくれた。

最終日の朝、僕たちは無事にクライストチャーチへ着いて、車の返却手続きをしていた。汚れこそひどかったが車体に損傷はなかったので、追加料金を取られることはなかった。車を返す直前には、手形のときのように、車にみんなの名前を書いて記念写真も撮った。

そのあとはもう、写真も残ってないし、ニュージーランドの記憶はない。たぶん、フライトの時間があったから、大したことはできなかったのだろう。唯一覚えているのは、飛行機での移動中、僕たちはみんなぐっすり眠っていたということだけだ。

こうして僕たちの夢のようなニュージーランド旅行は幕を閉じた。ただ、この話にはあと少しだけ続きがある。実は、旅行から帰った日の翌日、向こうで撮った写真の鑑賞会をすることにしたのだ。

今回はみんなで持ち寄ったご飯を食べながら鑑賞するため、寮の1階ではなくオリバーの部屋に集まった。オリバーの部屋には複数人で使う共同のリビングがあったから、6人でも収まることができたのだ。

僕のパソコンに保存しておいたみんなの写真をテレビに繋いで映す。写真を順番に見ながら僕たちは笑い合った。みんなの作ったご飯もあっという間になくなっていく。そのとき、ある1枚の写真がテレビに映し出された。

「Wow, you guys are pretty!(まあ、かわいい!)」

シャーリーが思わず声を上げる。それは僕とローラが国立公園の滝のそばで一緒に撮った写真だった。このとき初めてちゃんと見たが、写真の中のローラは少し恥ずかしそうに照れ笑いをしていた。その隣で僕はぎこちない笑顔を見せている。写真の出来としては散々だが、これをかわいいと言ったシャーリーの気持ちは、悔しいかな理解できる。

ローラの方を見ると、彼女と目が合った。そうすると、2人とも恥ずかしいやら何やらで、ついに我慢できなくなって一緒になって「あはは」と笑った。

ああ、やっぱり僕は彼女が好きなのだ。

それから1時間ほどみんなで写真を鑑賞して、その日は解散することになった。僕も含めて、みんな帰国の準備をしないといけないから結構忙しいのだ。特にローラは明日のフライトで帰ることになっている。

みんなでオリバーにさよならを告げて部屋を出る。マリアだけはそのままオリバーの部屋に残るようだ。

エレベーターのボタンを押す。今いるこの階からは、ローラの部屋だけが下にあり、僕とシャーリー、サラの3人は上だ。

最初に来たのは上りのエレベーターだった。

「Oh, you are not coming?(あれ、乗らないの?)」

エレベーターに乗ったシャーリーとサラが不思議そうに尋ねる。

「No, I'll go down. Good night.(うん、僕は下に行くんだ。おやすみ)」

「Alright then, good night!(そうなんだ、おやすみ!)」

シャーリーが心なしかニヤリとしたように見えたのは、気のせいだろうか。サラもシャーリーに続けて手を振る。

「Good night!(おやすみー!)」

僕とローラだけを残して、エレベーターのドアが閉まった。

「Are you gonna go buy something?(なんか買いにでも行くの?)」

「Not really. I just want to tell you something.(いや特には。ただ、ローラに伝えたいことがあるんだ)」

ローラは驚いた表情でこちらを見ると、少し顔をこわばらせた。

オリバーとマリアでさえ、別れることを決断したのだ。今さらこんなことを言ってもしょうがないのはわかっている。だけど、ごめん。頭ではわかっていても、もうそんなふうには割り切れないんだ。

「Maybe, I shouldn't tell you this now, but I... I have feelings for you.(今さらこんなこと言うべきじゃないのかもしれないけど……、君が好きだ)」

「I know there is no point in telling you now, but I couldn't help it. I just wanted you to know.(今さら言っても意味がないのはわかってる。だけど、割り切れなかったんだ。どうしても、ローラに知ってほしくて)」

下りのエレベーターが到着する。ドアが開くとローラはすぐに僕の手を引いて一緒にエレベーターの中へ入っていった。

「I'm not done with packing yet. Will you help me?(まだ荷造りが終わってないのよ。だから、手伝ってくれる?)」

満を持してした告白の返事がそれかよ、と少し落胆した。だけど、たとえ返事をもらったところでどうしようもないことはわかっていたから、別に気にはしなかった。

「Yeah, of course, I will.(ああ、もちろんするよ)」

彼女の部屋の階でエレベーターを降りると、彼女は顔を上げてこちらを見つめてきた。

「And... why don't you stay over the night. I'll share my branket with you this time.(それと、良かったら泊ってよ。今回は毛布を一緒に使わせてあげるから)」

その言葉に僕は思わず笑ってしまった。

「You always shared your blanket with me even during the trip.(旅行中だっていつも毛布使わせてくれてたくせに)」

僕たちは2人で笑いながら、ローラの部屋へ入っていった。

翌日、彼女はフランスへ帰った。その2日後には、他の4人に見送られながら僕も日本へと帰っていった。

―――――

とりあえず、ここまでが僕の留学期間の回想だ。本当に楽しい思い出だったけど、最後にはみんなバラバラになってしまった。どうしようもないことだ。だけど、いつかまた、6人で会える日が来ればいいなと思う。その時は――。

「Hey, will you help me with cleaning.(ねぇ、ちょっと掃除手伝ってくれない?)」

リビングから女性の声が聞こえてきた。

その時は、みんなにちゃんと僕の奥さんのことを紹介したい。

実はあの後も、どうしても彼女のことが忘れられずにフランスまで突撃しに行ったり、逆に彼女を日本へ連れ帰ってきたりと本当にたくさんのことがあったんだけど、それはまたいつか時間のあるときにゆっくり回想することにしよう。

僕はゆっくりと席を立つと、パソコンの画面を切って、リビングへ向かった。結局、データの整理は全然進まなかった。

「Alright, I'm coming!(りょーかい、今行くよ!)」

【終わり】


「僕が留学に行っていた時の話」を読んでいただき本当にありがとうございました。今後も新たな作品ができ次第Twitterにてお知らせしていきますので、もしよければフォローしていただけると嬉しいです!


≪次のおすすめ作品≫

Do you speak English?

作品一覧を見る

後編へ →