第16話:Her Decision.(彼女の決断)- part 3

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非常にどうでもいい話だが、俺は部室ぶしつの中で小説を読むのが好きだ。それは単にその場所が好きというよりも、部室で読む方が家で読むよりもだらけることが少ないから読書量が増えて、結果として「たくさん読んだ」という充足感を得ることができるから好きなのだ。

「…………」

淡々と読書を進める。その一方で、テーブル越しに相対する席ではシャーロットが退屈そうに突っ伏してスマホをいじっていた。

「It's boring.(つまらない)」

スマホの画面を切ってテーブルの上に置きながらシャーロットが口をとがらせる。

「What is?(何が?)」

「Nothing to do.(することがない)」

「Didn't you say you have a lot of Japanese homework today?(今日は日本語の宿題がたくさんあるって言ってなかったか?)」

「Thank you for reminding me. How nice of you.(思い出させてくれてありがとう。優しいのね)」

彼女が皮肉交じりに答える。

「Why do you always read? Are you trying to tell me books are more fun than talking with me?(どうしていつも読書するのよ。私と話すよりも本の方が面白いってこと?)」

「Oh, you finally found out.(あぁ、ついにバレたか)」

「I'm gonna slap you.(ひっぱたいていい?)」

俺はあははと笑うと読んでいた小説を閉じてシャーロットの方に顔を向ける。

「To tell the truth, I don't really like reading.(実は読書はそんなに好きじゃないんだけどね)」

「Then, what is it for? You like you like reading?(じゃあなんでよ。読書を好きな自分が好きとか?)」

どうやらまだ機嫌は直っていないようだ。

「It's not like that. I like thoughts books have within. Each book has some messages that the authors want to tell directly or indirectly.(そうじゃないよ。ただ本の中に描かれる思想が好きなんだ。直接にも間接にも本には作者のメッセージが込められてるから)」

残念ながらシャーロットはそのことにあまり共感できないらしく、引き続き口を尖らせて怪訝けげんそうな顔をしている。俺は大人しく観念することにした。

「Ah, which means... it's more fun to talk with you.(つまり、その、シャーロットと話す方が楽しいよ)」

ようやくシャーロットは笑顔になって「I bet it is.(そうよね)」と言ったが、ここまでくるとどこまで本気でどこから冗談なのかわからなくなって、内心ちょっと不安になる。

俺の内心を知ってか知らでか、彼女はふぅと背伸びをすると部室のドアの方に顔を向けてぽつりと言った。

「She's taking her time.(来るの遅いね)」

一瞬何のことがわからなくてヒヤリとしたけど、すぐに陽菜のことを言っているのだとわかった。

「Oh, yeah, she sure is.(ああ、うん。そうだね)」

そもそも俺たちが今こうして部室ぶしつにいるのは、ただ陽菜がやって来るのを待っているに過ぎず本来の目的ではない。

実のところ、ここ最近は陽菜の英語の勉強を手伝うことになっているから、彼女が来ないと何も始まらないのだ。最初、ESS部は英語に困ってる人を助けてくれるんだよね? 私、相当困ってるんだけど! とか言って大量の問題集を抱えて迫られた時は逃げ出してやろうかと思ったが、結局は暇つぶしも兼ねてある程度、了承することにした。

「Are there any school events left this year.(今年中に残ってる学校行事って何か知ってる?)」

今度は窓の方に顔を向けながら尋ねてきた。どうやら本当に手持ち無沙汰らしくぼんやりと思い浮かんだことを口にしているようだ。

「Class match is in two weeks.(クラスマッチが2週間後にあるよ)」

新たな話題を見つけた彼女は楽しそうな笑顔をたたえてこちらを見つめる。時折見せるこの純粋な表情は傍目はためには綺麗なものなんだけど、俺はそれが早く説明してちょうだいという意思の表れであることを知っている。

「It's a sports competition. You make a team with your classmates and register for a sport you like. It's totally voluntary. But, if you win the competition, everyone in your class gets reward.(スポーツ大会みたいなものでクラスメイトと一緒に自分の好きな種目に参加するんだ。参加は任意だけど、もし優勝したらそのクラスの生徒みんなにご褒美が出る)」

「Reward!? What's that!(ご褒美!? なにそれ!)」

予想通り彼女は浮き立った。

「I heard it was cakes last year.(去年はケーキだったらしい)」

「That's marvelous! We have to join.(すごい! 参加しましょうよ)」

「It can't be mixed. Girls team or Boys team.(男女混合チームはできないんだ)」

「That's a bummer. Which sports can I choose from?(えー、残念。どのスポーツが選べるの?)」

「I don't know. Do you wanna play basketball again?(わからないな。またバスケしたいの?)」

「Of course! I will have the biggest chance of winning then.(もちろん! 一番勝ち目があるもの)」

シャーロットがバスケをする。俺は以前に3人でミニゲームを行った時のことを思い出した。だけど、あのころとは決定的に変わったことがある。

「I wonder,(ただ)」

その時、勢いよく部室のドアが開いた。

「ごめん、日直の仕事やっと終わった!」

顔を向けると、走って来たのかやや息を切らして入り口に立つ陽菜の姿があった。

「なあ、陽菜」

部活の帰り、俺は隣で自転車をこぐ陽菜に話しかけた。結局、部活の間はクラスマッチの話は出さずに陽菜の英語を見て解散していた。

「ん、なに?」

「陽菜はまだ正式にはESS部の部員じゃないよな」

ドキッとしたのか、陽菜は一瞬、言葉に詰まった。ESS部に入っているとは言え、彼女はいつでも辞められるように仮入部の形をとっているのだ。書類上はまだ部員ではないのである。

陽菜は申し訳なさそうに返事をする。

「……うん、そうやね。やっぱりそろそろはっきりさせた方がいいよね?」

目に見えて恐縮している彼女に俺は慌てて質問の意図を伝えた。

「いや、ESS部の方は気にしなくてもいいんよ。このまま陽菜が仮入部でいても問題にはならんと思う。ただ、あれから時間も経ったし、陽菜はまたバスケを始めたいと思ってるのかどうか気になって」

「そうだよね。……ねぇ、これからちょっと時間ある? まだ迷ってるところもあって、考えながら話したいけん、どこか座りたいな」

それを承諾すると、俺たちはかつて陽菜がバスケ部を辞めたときに2人で話したのと同じ公園へ入った。

「何だか懐かしいね。私がバスケ部を辞めたとき、ここで陽になぐさめてもらったんだっけ?」

そう言いながら彼女はあの時と同じベンチの同じ場所に腰を下ろす。あれから3ヶ月も経っているのに今でも当時の状況をしっかりと覚えているなんて、やっぱりそれだけあの出来事が印象に残っていたんだろう。

「別に慰めるつもりで言ったわけじゃないけどな」

「ふふ、ありがとね!」

俺もあの時と同じように陽菜のとなりに座った。しばらくどちらも無言だったが、やがて陽菜が口を開いた。

「バスケのことだけど、まだ迷ってる」

「また部に戻る可能性はあるってことか?」

「わからない。けど、こんなにバスケから離れたのは初めてで、ずっとしてないとふとした時にまたバスケがしたいなって思うようになった。結局、私はバスケが好きなんだと思う」

「じゃあバスケ部に戻りよ」

その言葉に陽菜の眉がピクリと動いた。俺は陽菜のことを思って言ったつもりだったが、彼女の表情は明らかに不満げだった。

「そっか、陽は早く私に出ていって欲しいかぁ」

陽菜は自分の表情を隠すようにまっすぐ空をあおぐとぶっきらぼうに言う。

「そうじゃなくて」

「わかってるよ。わかってるけどさぁ」

口を尖らせる彼女に俺はごめんと頭を下げる。陽菜はこれだから陽はと言わんばかりに大きなため息をついてから本題に戻った。

「まず悩んでるのは、私が戻ることにバスケ部のみんながどう思うか不安だから。いきなり辞めちゃったから、私の自由だって言ってくれる子もいたけど、特に先輩とか、まだ納得してない人もいると思う。それで戻ってもギスギスさせちゃうし」

「うーん、なるほどね。まあもともと部活に入るも抜けるも人の自由だと思うけど、実際問題みんながそう簡単に割り切れるものじゃないし、陽菜もそれをわかっててやったんだしな」

「うん、その通りだよ。なんにせよこのまま何となくじゃなくて、そろそろはっきり答え出さないとってはずっと思ってた。ずっと思いながら、そうする勇気が出なくてどんどん時間が経ってた。でも、もう終わりにする」

彼女は目は、決意の込もった強い眼差まなざしというよりも、どこか弱々しくて苦しいものに感じられて、俺は終わらせる苦しみと続ける苦しみのどちらが陽菜にとって良いのかわからなくなった。

「わかった。1つ言うと、俺はどっちでもいいんだ。陽菜がはっきり答えを出しても、このままでいても別に問題があるわけじゃない。やけん、陽菜の好きにすればいいと思ってる」

そこで俺は一息ついてからようやく本当に伝えたかったことを口にした。

「ただ、シャーロットが今度のクラスマッチで陽菜と一緒にバスケをしたがってる。だから、できればそれも少し考えてくれたらいいなって思う」

「Do you think Hina will play basketball with me?(陽菜、一緒にバスケしてくれるかな?)」

その日の夜、スマホにシャーロットからメッセージが届いた。

「I don't know. I talked about it with Hina a bit today. She was still thinking.(わからないな。今日そのことを少し話したけど、まだ考えてるみたいだった)」

「Hmmmm, I don't want to make her feel uncomfortable because of this. What should I do.(うーん、このことで陽菜を嫌な気持ちにはさせたくないよ。どうすればいいんだろう)」

俺はしばらく考えて、ある1つの結論にたどり着いた。

「I know someone who might be able to help us.(もしかしたら助けてくれるかもって人がいる)」

「Really!? I wanna ask for help!(本当!? その人の協力をお願いしたい!)」

「I'll contact her.(聞いてみるよ)」

人のことについてあれこれ首を突っ込むのは俺の主義じゃないけど、もしかしたらこれがきっかけで事態が好転するかもしれない。そう思いながら彼女のアカウントを探す。

実のところ、彼女とは連絡先を交換してもあまりやり取りをする機会がなかった。今ではもうだいぶ下の方に行ってしまった彼女とのトーク画面を開いて俺はメッセージを打ち込んだ。

翌日の放課後、俺はいつものように陽菜に英語を教えていた。彼女はテーブルの上に広げられた分厚い文法問題集とジロジロにらめっこしている。

「なんでここの答えhaveなの?」

「ああ、haveには使役の意味があるんよ。haveの後に人があって動詞の原形が来ると、人に動詞をさせたって意味になる」

「へぇー、そうなんだ!」

「……まあ、似た問題を一昨日おとといもやったけどな」

「くぅ、用法多すぎて覚えられないよぉ」

陽菜が両手を上に立てて伸びをする。これまでの間、シャーロットはまた退屈そうにスマホをいじっていた。せっかくネイティブの人が同じ部屋にいるとは言え、文法になるとむしろネイティブの方がきっちり説明できなくなるから(彼女には申し訳ないが)案外役に立たなかった。

どうして答えがこれになるの? と聞いても「Ah, that's just how it is.(あー、ただそういうものなの)」と困ったような笑顔が返ってくるだけなのだ。

「ちなみに今で何問目?」

「えーっと、今のところ120問かな」

「それじゃあ、あと30問やったら今日は終わりにしよう」

「あと30問もするのかぁ……」

陽菜ががっくり肩を落とす。

「実際そこまで時間かからないはずやけん頑張り。文法をしっかりやっとくと後が楽だから」

「うーん、そういうものなんかなぁ」

彼女は眉を下げながら小首をかしげる。

「納得できん?」

「疑う訳じゃないんやけど、シャーロットも文法の説明はできないのに英語しゃべれてるし、文法ってそんな大切なんかなって思って」

「気持ちはわかるけど、俺たちと違ってシャーロットは赤ちゃんの頃から膨大なインプットがあったけんな。いちいち勉強しなくても慣れで覚えてるんだよ。逆に普段、大して英語に触れる機会のない俺たちは先に文法からきっちり学んだ方があとあと効率がいいんだ」

「そっかぁ。そうだよね」

文法30問が免除にならなかったことにちょっと残念そうな顔をしたのがわかったが、陽菜は黙ってまたガリガリと問題を解き始めた。

「じゃあ今日はこれで解散で。俺はもう少し残るから先に帰ってて」

時間になって陽菜とシャーロットが部室ぶしつから出ていく。ただ、シャーロットだけはあとでまたここに戻ってくることになっていた。

「I'm back.(ただいま)」

15分ほど経って、シャーロットが部室のドアを開けて戻ってきた。

「Welcome back.(おかえり)」

俺は読んでいた小説を閉じて彼女の顔を見上げる。シャーロットは部屋の中ほどまで歩いてやっぱり俺と対面する席に座った。

――トントン。

その時、ドアのノックされる音が聞こえてきた。

「Perfect Timing!(タイミングばっちりね!)」

ドアノブが回され、開いたドアの前には咲が立っている。昨日の夜、俺は彼女に部活が終わったあと陽菜のことで話がしたいと伝えていた。

「ごめんなさい、待たせたかな?」

「いや、俺たちもさっき終わったところだよ。それにこっちこそお願いしてるのに呼び寄せてごめん」

「ううん、いいよ。私もバスケ部の部室や教室よりここが良かったから」

「ありがと」

咲は俺たちがいつも荷物を置いている本棚に同じようにバッグを入れると、並んでいる椅子の1つを取って腰を下ろした。

「それで、陽菜のことで話したいことって何?」

「実は、Class matchのことで、陽菜と一緒にバスケがしたいって思ってる」

シャーロットが答える。咲はそれだけでおおよその事情を理解したらしく、小さくうなずいて「あぁ、そういうことか」と言った。

「陽菜はまだ、バスケしたくないかな?」

「わからない。私たちもあれから陽菜にバスケのことをはっきり聞いてないの」

「昨日、帰り道に陽菜とそのことで少し話した」

俺が言うと、咲はやや面をくらった様子でこちらを見つめた。

「またバスケをしたいとは思ってるみたいだ。やけど、みんなが納得してくれるか心配してる。ただ、それももうすぐはっきりさせるつもりだって」

「もしかしたら」

何か思い当たることがあるのだろうか。咲はそう言ってしばらく考え込んだ。

「たぶん、陽菜はこのことを言ってる」

彼女はポケットからスマホを取り出して、しばらく画面をいじるとそれをこちらに見せてきた。

「今週末バスケの試合があるの」

「これは、プロバスケか?」

咲は静かに頷く。

「顧問の先生が大会の関係者と知り合いだからいくつかチケットをもらえたの。それを部員に配ってくれたんだけど、先生は陽菜にも渡すつもりだって言ってた」

「じゃあもし陽菜がこの試合を見に来てくれたら」

「うん。またバスケを始めてくれるかもしれない」

きっと顧問の先生もそうなることを願って陽菜にチケットを渡すと言ったのだろう。

「それで、実は私からも2人に伝えたいことがあるの」

咲はスマホをポケットにしまうとふたたび顔を上げた。

「もしも陽菜が来たら、またバスケを始めないか誘おうと思ってる。それで、もしよかったら2人にも来てほしいの。チケット、まだ余りがあるから」

シャーロットは嬉しそうな顔をしてすぐに「行く!」と答えた。

「麻生くんはどう?」

対する俺は返事をためらった。もしも陽菜が来たら、それでまたバスケをすると決めたら、陽菜はもうここには来なくなるだろう。この前は何でもないように陽菜にバスケ部に戻ることを勧めたけど、今こうして自分に選択が迫られるとそれは意外なほど寂しく感じられた。

でも――。

「俺も行くよ。ありがとう」

「よかった、こちらこそありがと!」

咲は安心したように笑顔を見せた。それから3人で軽い雑談をしてすぐに彼女は部室を出て行った。

「Charlotte.(シャーロット)」

2人だけになった部室ぶしつの中、俺の呼びかけに彼女が首をかしげる。

「Do you realize that Hina may leave here bacause of this, don't you?(このことで陽菜がESS部を去ることになるかもってわかってるよな?)」

「What!?(うそ!?)」

わかってなかったのかよ。

「You are right! Oh my god, I didn't think it through...(確かにそうだわ! うわぁ、そこまで考えてなかった……)」

「Are you still in?(それでもやるか?)」

彼女は数秒頭をひねって、それから大きく頷いた。

「Yeah. Even if that happens, that's what she wants to do. Then.(うん。もしそうなったとしても、それは陽菜がそうしたいってことだから、それなら)」

その通りだと思った。また陽菜がバスケ部に戻ってみんなとバスケを楽しむのなら、たとえ彼女がここを去ることになってもそうなることを願いたい。

「Alright, let's do that.(わかった。やろう)」

当日、俺とシャーロットは一緒に試合会場に向かった。そこは俺たちの住んでいる地域から少し離れていて電車を使わなければならない。俺もそうだが、どうやら彼女の方も陽菜が来てくれるか不安らしく、2人ともほとんど何もしゃべらないまま会場の最寄り駅までついた。駅からは歩きだったけどもうそれほど遠くはなく、15分ほどで試合が行われる総合体育館が見えてきた。

「あ、こっちこっち!」

声のする方を見ると、咲が10メートルほど先にある時計台のそばでこちらに手を振っていた。その周りには顔見知りのバスケ部員が3人いる。

「あれ、バスケ部から来るのは4人だけなん?」

「ううん、他のみんなは先に行ったの」

そういうことかと頷きながらスマホで今の時間を確認する。試合が始まるまであと20分だ。

「陽菜はまだ、来てない?」

シャーロットの質問に咲は不安そうな面持ちで首を横に振る。俺たちもここで一緒に陽菜を待つことにした。

彼女は来てくれるのだろうか。

試合の開始時刻まで10分になり、多くの人が会場に押し寄せてきた。俺たちはみんな目を皿にして来場者の顔を見て回ったが陽菜を見つけることはできなかった。

開始時刻まで残り5分になり、3分になったところで、咲たち残りのバスケ部員も会場の中へと入っていった。俺とシャーロットはもう少し待ちたいと、出入口近くのベンチに座って陽菜が来るのを祈った。

しばらくして会場の中から歓声が聞こえてきた。おそらく試合が始まったのだろう。当然ながら観客はみんな場内に入っていてここにはもう誰も残っていない。それに付近を歩く人もいないから、これから誰かがやってくる気配もなかった。

それから10分ほど経って、あと5分待っても来なければ諦めようとシャーロットと話した時、一人の女子がゆっくりと入り口に向かって歩いてくるのが見えた。

「陽菜!」

俺は思わず声を上げる。陽菜は俺たちの存在に気が付くと目を見開いて大きくのけぞった。

「うそ、2人ともなんでここにおると!?」

「咲に誘われたんだ。みんなもう中で待ってる」

「あぁ、えーっと……」

「行こっ!」

うろたえる陽菜の手をシャーロットがお構いなしに引っ張る。そのまま3人で会場の中に入った。

観客席は2階にあって上から試合を見下ろすようになっている。

すでに試合は始まっているから、急いで階段を上って会場のドアを開けると、俺たちの視界一面にコートが広がった。シューズと床の擦れる音が、ボールの弾む音が、会場全体に響き渡る。

その時、選手の放ったボールが大きな弧を描いて、リングの縁に当たることなくきれいにバスケットの中に吸い込まれた。ボールとバスケットのひもが擦れる時に出る特有の摩擦音が空気に溶けて、それと同時に揺れるような歓声が起こった。以前に俺たちがやったバスケの試合とはケタ違いだ。

すぐに俺は陽菜の顔を見た。彼女は心が躍るのを隠そうともせずに、口角を上げて、目を輝かせて試合を見つめている。その表情を確認して、俺はこれから何が起こるのかを悟った気がした。

試合が終わって、俺たちは会場の外でバスケ部のみんなが来るのを待った。陽菜から彼らに伝えたいことがあるらしい。

5分ほど待って、咲を含む10人くらいのグループが出入り口から出てきた。陽菜はすぐにその集まりに向かって走っていく。

まず、彼女はみんなに向かって頭を下げた。それからしばらく何かを話していた。遠くて話の内容は聞こえなかったし、陽菜の周りの人たちも神妙な表情のまま特に大きな反応はしなかったから、向こうでどんな話がされているのか読み取ることはできなかった。

途中で咲が陽菜に向かって何かを伝えた。きっとバスケ部に戻らないか尋ねているのだろう。一方の陽菜は首を縦に振ることも横に振ることもしないで、ただずっと自分の出した答えを述べているようだった。

最後にもう一度、陽菜が頭を下げるとどうやら話は終わったようで、グループのみんなが帰り道へと向かっていった。陽菜はしばらくその姿を目で追って、それからようやくこちらに戻ってきた。

「お疲れさま」

なんて声をかけるべきかわからなかったけど、とりあえず俺はそうねぎらった。

「ありがと」

陽菜がニコリと笑う。

「すっきりした?」

今度はシャーロットが無邪気に尋ねた。

「うん!」

陽菜は大きく頷いた。

「良かった! じゃあ、帰ろか」

「そうだな」

「ちょっと待って」

駅に向かおうとする俺とシャーロットを陽菜が止める。

「先に2人に伝えたいことがあるの」

陽菜はそう言ってじっと俺たちの目を見つめた。

ストーリーで使われた英語表現

※ストーリー中に使用された英語表現の解説をしていきます(ここでの解説はあくまでもご参考程度にお読みください)。本作品のストーリーとは無関係なので、興味がないという方や解説不要という方は飛ばしていただいて構いません!

15話の投稿以降しばらく日にちが空きましたがこれからまた続きを書いていきます! 解説も久しぶりで慣れないところもありますが、頑張っていくのでどうかよろしくお願いします。

さて、まずは冒頭部分で陽が言った「It's not like that. I like thoughts books have within. Each book has some messages that the authors want to tell directly or indirectly.」と言うセリフです。訳は「そうじゃないよ。ただ本の中に描かれる思想が好きなんだ。直接にも間接にも本には作者のメッセージが込められてるから」となっています。

「It's not like that」の「like」は「好き」という動詞ではなく「~のような」と言う意味の前置詞です。例えば「It's not like you to ~」で「~するなんて君らしくない」といった表現になります。

続く「I like thoughts books have within」の「like」は単に「好き」という動詞です(笑)

「thought」は「思考、思想」を意味する名詞で、それに複数の「s」がついています。「think(考える)」の過去形である「thought」とつづりが同じなので注意してください。

「books have」で「本が持っている」、「within」が副詞で「~の内に、~の中に」です。

英語は直前の名詞を後ろから修飾するので「thoughts books have within」で「本がその中に持っている思想(本の中で描かれている思想)」という意味になります。

最後の「Each book has some messages」は直訳すると「それぞれの本は何かしらメッセージを持っている」です。注意点として「Each」に続く名詞を複数にするか単数にするか迷うかもしれませんが、これは単数扱いになります。「Each books have ~」としないようにしましょう!

ちなみに「Every(すべての)」も「Each(それぞれの)」と同じように続く名詞は単数扱いです。

「Every book has some messages.(すべての本は何かしらのメッセージを持っています)」

後半の「that the authors want to tell directly or indirectly」について、この「that」は関係代名詞で直前の名詞(「some messages」)を説明します。

「author」→「著者」、「directly」→「直接的に」、「indirectly」→「間接的に」という意味です。よって「the authors want to tell directly or indirectly」で「その著者たちが直接ないし間接的に言いたい」となります。

次の解説は、咲に協力してバスケの試合に見に行くかどうかという話の場面で出てきた「Are you still in?(それでもやるか?)」という表現。日常会話でも使う機会が多いと思うので、類似表現と合わせて説明していきます!

何かに誘われたときなど、それに参加する場合は「I'm in」、参加しない場合(もしくは参加していたものから抜ける場合)は「I'm out」と言います。参加するかどうかを尋ねるには「Are you in?」のように疑問文にすればオーケーです。

「I'm going shopping. Do you wanna come?(買い物に行くんだけど、来る?)」→「I'm in!(行く!)」「I'm tired today. I'm out.(今日は疲れたからやめとく)」

ちなみに「I'm going shopping.」は「ing」が2つ続いていて、なんだか奇妙に感じるかもしれませんが間違いではありません。「go shopping」で買い物に行くという意味、そして英語は直近の未来(厳密にはすでに準備を始めているなど物事が進行しているようなもの)を現在進行形で表すことがあるので、バッグを肩に掛けているなどまさにもう出かけるような時は「going shopping」と言えます。

さて、「I'm in / out」の類似表現には「I'm up for ~」や「I'm down」というものがあります。前者も後者も「~したい、~に賛成」という意味ですが、「I'm down」の方が主に若者が使うスラングです。一見すると逆の意味になりそうな「up」と「down」で同じ意味になるなんてちょっと面白いですね!

「Are you up for it?(それに参加する?)」→「I'm down.(するよー)」

久しぶりに書いたので読みにくいところがあるかもしれませんが、大目に見てもらえると嬉しいです(笑) どうかこれからまたよろしくお願いしますm(_ _)m


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