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第8話:Voice Actor.(part 1)

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第8話:Voice Actor.(part 1)

外から聞こえてくる生徒たちのかけ声、ひと昔前に上映された洋画のポスター、窓際に置かれたよくわからない置物たち。最初はちょっとだけわくわくもしたけど、今ではこの部室ぶしつの光景にもすっかり慣れてしまった。ポスターと置物に至ってはもう捨ててしまおうかとさえ考え始めている。

「...There's nothing to do.(……することがない)」

読んでいた本(本棚にあったものだ)を途中で閉じると、俺はため息交じりに不満をらした。部室の椅子はどれも普通のパイプ椅子だから座り心地は決して良くない。せめて寝っ転がれるソファーでもあればいいのに。

ESS部が復活してから今日でちょうど1週間が経つ。早速だけど活動内容の設定を間違えたかもしれない。そりゃあ、よくよく考えてみると相談なんてそう簡単に舞い込んでくるもんじゃない。そもそもESS部の存在自体、ちゃんと他の生徒たちに認知されているのか怪しい。

「What does ESS club generally do?(ESS部って普通は何するの?)」

テーブルをはさんで向こうに座っているシャーロットが顔を下げたまま尋ねてきた。彼女はテーブルの上に本を広げて、それを読みながらノートに何か書きこんでいる。

「Studying English, I guess.(英語の勉強、かな)」

「Aha, I'll pass on that!(あは、それはパス!)」

「Sure you will. What have you been doing by the way.(そりゃあそうだろうな。ところでさっきから何やってんだ?)」

彼女は開いていた本をテーブルの上に立てて「Ta-dah!(じゃーん!)」と陽気に見せてきた。どうやらそれは海外に旅行する時に使う英語のワンフレーズ集のようで、中には「トイレはどこですか?」などの日本語とそれに対応する英語がリスト形式で書かれていた。

「I found this in the bookshelf! I'm studying Japanese with it.(本棚にあったの! これで日本語を勉強してるのよ)」

「...It's for Japanese people who want to study English.(それ英語を勉強したい日本人向けの本だぞ)」

「Yeah, but I can use it the other way around.(そうね、でも逆の使い方もできるわ)」

「Are you sure about that...?(その使い方はアリなのか……?)」

いずれにせよ、シャーロットは今日も彼女なりの時間の潰し方を見つけたみたいだ。

「はぁ、誰でもいいから来てくれ……」

「I hear you say that everyday.(それ毎日言ってるじゃない)」

――ガチャリ

突然、ドアノブを回す音が聞こえてきた。

「Finally!(ついに来た!)」

俺は椅子から飛び上がる。しかし、ドアを開けて入ってきたのはダニエル先生だった。

「Oh, it's you.(なんだ、先生か)」

俺とシャーロットは落胆しながら口をそろえて言った。俺は再びどっかりと椅子に座り直す。

「...Can't you, at least, pretend to be happy?(……せめて喜ぶフリくらいできないのかい?)」

先生があきれながらぼやく。

この1週間は暇だったから、ダニエル先生ともかなり話をする機会があった。最初は探り探りだったけど、今ではすっかり打ち解けて、気をつかったり遠慮したりすることもなくなっていた。先生の方は逆に、だんだんと自分が雑に扱われていくのを感じていて、どこで間違えたのかと悩んでいるみたいだが。

「I'm too bored to do that.(退屈すぎてとてもそんな気になれません)」

「I thought you would. The thing is I'm here to tell you that you've got clients.(まあそんなことだろうと思ってたよ。だから、僕は今、そんな君たちに依頼人を紹介しに来たんだ)」

「You mean there are students who need our help!?(ESS部の助けが欲しい生徒がいるってことですか!?)」

シャーロットが嬉しそうに声を上げる。

「Exactly. They should come here in no time.(その通り。もうすぐ来るはずなんだけど)」

――コンコン

今度はドアをノックする音が聞こえてきた。

「Here they come.(ほら、やってきた)」

俺はすぐに駆け寄ってドアを開けると、そこには2人の女子が立っていた。上履きの色が俺たち1年生とは違ったから、2人とも上級生だ。

「ESS部はここで合ってるかしら?」

片方の女子がはきはきとしゃべる。彼女は小柄でポニーテールを結った可愛らしいルックスをしていたから、その堂々としたしゃべり方が妙にギャップを感じさせた。

「は、はい、そうです。あ、どうぞ」

とりあえず中に入れて椅子に座らせる(部屋の中に椅子は全部で9つあったから、その内の2つを適当に選んでおいた)。たじろぐ俺を横目にダニエル先生はすたすたと出口の方へ歩いていく。

「Alright then, good luck!(それじゃあ、頑張って!)」

「No way! You can't leave things hanging in the air like this!!(待ってくださいよ! よくわからないまま俺たちを置いて帰んないでください!)」

「Sorry, but I'm kinda busy with my work. Don't worry. I know you can do it!(悪いけど仕事が忙しくてね。ま、心配しなくても君なら大丈夫さ!)」

そうして飛び切りの笑顔とサムズアップをこちらによこすと、先生はお構いなしに部屋を出ていってしまった。

「That sloppy teacher...(あのいい加減な先生め……)」

あとに残された俺たち4人の間に気まずい空気が流れる。

「……あの、いきなり押し掛けちゃってごめんなさい。ここで英語に関する相談を受けてもらえるって聞いて」

重い空気に耐えかねたのか、ついにもう1人の女子生徒がおそるおそる口を開いた。髪は長くメガネをかけていて大人しそうな人だ。

「は、はい。それでどうしたんですか」

相手を交互に見ながらこちらも遠慮がちに尋ねる。すぐにポニーテールの先輩が返事をした。

「そうね。それじゃあまず、私の名前は三宅唯みやけゆい。こっちは後藤詩織ごとうしおり。2人とも漫画研究部の2年生よ」

「まんが、けんきゅうぶ……」

シャーロットが小首をかしげながらぼそぼそと繰り返す。たぶん何のことかわかってない。

「漫画研究部が英語の相談ってことは海外のマンガについて調べてるとかですか?」

それを聞いた三宅先輩がニヤリと笑う。

「ふふ、それがマンガはあまり関係ないのよ。私たちの活動は基本的に声優に関することだから」

「え?」

「実はね、私たちのいる漫画研究部ではここ最近で色んなことが起こったの。……そうだ、良かったら部室ぶしつを見に来ない? 実際に見た方が早いと思うわ」

「は、はぁ」

いきなりのことで尻込んだけど、考えてみるとこれまでうんざりするほど暇を持て余していたんだ。他の部活動を見学するなんて、少なくともいい時間つぶしにはなりそうだ。俺とシャーロットはすぐに返事をして、そのまま4人で漫画研究部の部室ぶしつへ向かうことにした。

漫画研究部の部室は4階にあるからそこまで階段を上らなくてはならない。それを知った時は自分の選択をやや後悔した。何とか部室の前までたどり着いて、三宅先輩がドアを開けると、中にいた十数人の生徒たちが一斉にこちらを振り向いてきた。半数が机でペンを走らせていて、残りの半数は漫画を読んだり、隅に集まって何やら話をしたりしていたみたいだ。

近くの机にいた長身の男が立ち上がって、颯爽さっそうとこちらに寄ってくる。

「やあ、彼らが前に三宅みやけの言っていたESS部の生徒かい?」

三宅先輩がサッと顔を逸らす。すぐに後藤先輩が返事をした。

「はい、そうです。とりあえず部室を見てもらおうと思って」

「わかった、自由にしてくれていいよ。それにしても三宅はまだ怒っとるんか」

「当り前じゃないですか!」

男が肩をすくめてやれやれという仕草をすると、すかさず三宅先輩も食らいつく。

「あの時は悪かったって。その代わり、練習場所もこっちでちゃんと確保したからさ」

「それで全部チャラにはなりませんからね!」

「参ったなぁ」

ただ呆然と2人のやりとりを眺めていたが、途中でシャーロットが俺の腕をつついてきた。振り向くと、彼女はじっとこちらを見つめてくる。いや、そんな顔をされても俺にも何が起こってるのかわからない。

結局、長身の男は三宅先輩を説得するのを諦めたのか、俺たち2人の方に視線を向けると朗らかに話しかけてきた。

「ま、とにかく、部室の物は君たちも自由に使っていいから。僕の名前は田口颯太。漫画研究部の部長だ。これからよろしくね」

これからよろしくって、なんだか相談を引き受ける前提で話が進んでるのが気になるけど、とにかく先輩からの挨拶にはこちらもちゃんと返さないといけない。

「麻生と言います。よろしくお願いします」

その様子を見たシャーロットも続けて俺のマネをする。

「シャーロットです。よろしくお願いです」

惜しい。

田口先輩が自分の席へ戻った後、俺たち4人は部屋の片隅にあった椅子を4つ並べて座り、ふたたび顔を合わせた。

「はぁ、あの飄々ひょうひょうとした感じが鼻につくのよ!」

「唯ちゃん。田口先輩に聞こえちゃうよ」

依然として不満を募らせる三宅先輩とそれをなだめる後藤先輩。この下手なコントみたいなやり取りはいつまで続くのだろうか。

「それで、相談って言うのは……」

ついにしびれを切らしてそう尋ねると、2人ともようやく俺たちの方に顔を向けてくれた。

「あら、そう言えばまだ説明してなかったわね」

「…………」

むしろどうして説明した気になったのかきたい。

「そしたら単刀直入に言うわ。実は、今度の文化祭で発表する作品のアフレコを英語でやってもらえないかと思ってるの」

「……え?」

翌日の放課後、三宅先輩と後藤先輩が再びESS部の部室ぶしつを訪ねてきた。

「どうぞ」

昨日と同じように着席を促す。

「それで、昨日はどこまで話したんだったかしら?」

「…………」

もう後藤先輩がしゃべってくれたらいいのに。

「……漫画研究部が3つのセクションに分かれてて、今年の文化祭はみんなで動画作品を制作することに決まったってところまでですよ」

漫画研究部はここ1、2年の間に大きな変化が起きた。2年前に部員の中から有志で「アニメ研究部」が非公式に立ち上げられ、去年はさらに「声優研究部」が立ち上げられたのだ。部員たちはこれらの出来事を総称して「文化大革命」と呼んでいるらしい。彼らはその言葉の本来の意味を知っているのだろうか。

アニメ研究部と声優研究部はどちらも形式上は漫画研究部なのだが、その活動内容はかなり異なっている。前者は動画の編集・加工などに重点を置いており、後者は発声練習やアフレコなどを研究している。田口先輩を全体の総部長としながらも、アニ研・声研でもそれぞれ別に部長を立てていて、声研の部長は三宅先輩だ。

そして、今年の文化祭では部内の3セクションが協力して、1つの動画作品を作ることに決まった。作画担当が純漫研(本来の漫研を指してこう呼ぶらしい)、それに声を入れるのが声研、最後にBGMやエフェクトをつけて動画にするのがアニ研だ。

「それで、肝心のストーリーはまだ大枠しか決まってないんだけど、今回は戦闘モノを扱うことになったのよ。近未来の戦争で、敵国から日本に攻めてくる敵を迎撃するって内容よ」

「それってまさか……」

「あら、わかった? 実はそれで、敵の声を担当して欲しいのよ。英語で」

やっぱりそう言うことか。

「それじゃ、今日は早速、声研の練習に参加してもらうわ!」

「えっ、あの」

俺の困った様子を感じ取ってくれたのか、すぐに後藤先輩がフォローしてくれた。

「唯ちゃん。私たちまだ、相談に乗ってもらえるかどうかの返事をちゃんと聞いてないよ」

「あっ、確かに。いつの間にか乗ってくれる気になってたわ」

まったく、と心の中でため息をつく。

「それで、どうかしら。やってみる気はない?」

「まず最初に言っておきますけど、アフレコとかやったことないし俺たち完全に素人ですよ」

「そこらへんは大丈夫よ。文化祭まであと2ヶ月半あるし、私たちがちゃんと教えるから!」

「うーん……」

俺はとなりでじっと座っていたシャーロットに訊いてみた。

「What do you think?(どう思う?)」

彼女の返事は単純明快だった。

「Let's do it!(やりましょ!)」

「...Do you know what we do?(……何するのかわかってるのか?)」

「No! It's like I understood only half of your conversations.(わかんない! 会話も半分くらいしか理解できなかったし)」

「Then why?(じゃあなんで)」

「You know, this is the very first job of the ESS club. How could we refuse?(これがESS部の最初の依頼なのよ? だったら断れないじゃない)」

そう言って彼女はニコリと笑いかけてくる。ついでにウィンクまで付け加えてきた。まあ、始めからそう言うだろうと思ってたし、驚くようなことでもないけれど。

「Alright, whatever.(はぁ、わかったよ)」

俺はふたたび先輩たちの方に視線を戻す。彼女たちも英語とは言え、何となく雰囲気で察したのか、期待の詰まった顔で俺の方を見ていた。

「引き受けます、その相談」

「さすが! そう言ってくれて嬉しいわ!」

「ありがとう。これからよろしくね」

先輩たちが素直に嬉しそうな反応を見せてくれたから、俺は(そしてきっとシャーロットも)心がほんのりと温かくなるのを感じた。

ESS部の声研への臨時加盟が決まると、三宅先輩はすぐに俺たちを声研の練習場所へと連れていった。

「練習場所って漫研の部室ぶしつじゃないんですか?」

「部室ですることもあるけど、3セクションとも今はそれぞれ別の場所で練習することが多いのよ。アニ研はパソコンが必要だし、声研は静かで音漏れしないところじゃないといけないからね」

「ああ、なるほど」

結局、俺たちが連れていかれたのは視聴覚室だった。視聴覚室に入るのは初めてだ。先輩たちの後について中に入ると、俺はゆっくりとあたりを見渡した。教室よりも広く、壁はしっかりと防音壁になっていて、おまけに液晶テレビまで備え付けられている。部屋の奥には声研の所有物と思われるスタンドマイクやノートパソコンも置かれているから、まるで本物のスタジオのようにも見えた。そんな贅沢な内装とは不釣り合いに、中では声研部員と思われる生徒が2人、テレビの前にちっちゃく固まって何やら話している。

「すごいですね」

ぼそりと呟く。下手したら純漫研よりも好待遇なんじゃないか?

「昨日までは音楽室の一室を借りて練習してたの。ここが使えるようになったのは田口先輩のおかげで……」

後藤先輩の発言を聞いて、三宅先輩はつまらなそうな顔をする。

「これくらい当然よ」

彼女と田口先輩との間に何があったのか。知りたいような気もするけど、今それをくと面倒なことになりそうだ。またしてもとなりから腕をつつかれる。そんな顔をされてもわからないものはわからない。

三宅先輩は俺たちを部屋の奥まで招き入れると、中にいた2人の生徒を紹介してくれた。相手は男女1人ずつで、男は松田、女の方は江藤と言う名前らしい。

「とりあえず声研の部員はここにいる4人で全員よ。松田君と江藤ちゃんは1年生だから、もしかして知り合いだったかしら?」

「いえ、初めて会いました」

「そう。まあこれから仲良くね」

仲良くねと言われても、俺には初対面の人のふところに飛び込んでいくスキルが欠けている。そして、不幸なことにどうやら相手も似たようなものらしく、俺たちはお互いに会釈えしゃくだけするとあとはだんまりを決め込んでしまった。

「わからないこと多いから、たくさん教えてね!」

反射的に顔を向けると、シャーロットが2人に向かって手を差し出しているのが見えた。2人は若干戸惑いながらも、順番にシャーロットと握手をする。とどのつまり、コミュニケーション能力というのは言語能力には比例しないみたいだ。

「それじゃあ早速、練習を始めるわよ! テレビとの接続は上手くできた?」

「はい、大丈夫そうです」

松田がノートパソコンを操作しながら三宅先輩にそう答えた。どうやら俺たちが部屋に入った時、1年部員の2人は機械をケーブルにつないでいたようだ。

「とりあえず麻生君とシャーロットさんには、私たちがどうやってアフレコをしてるのか見てもらうわ」

パソコンのクリック音とともに、テレビの中から普段の声研の練習映像が流れてきた。要所要所で三宅みやけ先輩が補足をしてくれる。

「こんな感じでマイクにしゃべって、それをあとで映像と合わると……こうなるの!」

「おおっ」

その他、使う機材や一通りの留意点を教えてもらうと、俺たちはすぐにアフレコ体験をすることになった。

「それじゃ、私たちが用意した映像に実際に声を入れてみて。まずは私たちがお手本を見せるから、それに続いて頼むわね」

再びクリック音が鳴ると、今度は有名な映画のワンシーンが映し出される。

「それじゃ、最初に江藤ちゃんここやってみて」

三宅先輩がそう言うと、指名を受けた本人は飛び上がった。

「わ、私がですか!?」

「大丈夫。今ならもうちゃんとやれるわよ」

「う、う~ん」

彼女は不安そうにマイクの前に立つと、ふぅーと深呼吸をした。ワンシーンだから5秒程の映像に合わせて「飛ばねぇ豚はただの豚だ」と言うだけだ。それにしても、なぜこのシーンなのか。

「それじゃあ行きます。飛ばねぇ豚はただの……あれ?」

最初は「上手い」と思ったけど、セリフのタイミングが合っていなかったから、途中で映像だけが先に終わってしまった。

「あはは。惜しかったね。しゃべり方は良かったのに」

三宅先輩が笑いながらマイクの前に立つ。

「それじゃあ今度は私がやるわ。行くわよ! 飛ばねぇ豚はただの……ってあれ?」

とんだ茶番だ。

「……俺、もう勝手に練習するんで大丈夫です」

「ちょ、ちょっと、そんなこと言わずに。とにかく、アフレコは事前の準備が大切ってことよ!」

「よくわかりました」

「くぅ、麻生君ってちょっと生意気なところがあるのね」

それなら、と今度は俺の声を入れてみることになった。パソコンを使ってその場で編集したのだが、これがかなりのはずかしめを受けることになる。

『飛ばねぇ豚はただの豚だ』

自分の声を重ねてできた映像は、なんとも気味の悪い仕上がりになった。声質が映像の雰囲気と合ってないし、しゃべり方もぎこちない。何より俺の声ってこんななのか……と思い知らされて結構へこんだ。そのとなりでは、シャーロットが声を上げて笑っている。

「これ、精神的ダメージでかいですね……」

「もっと思い切ってやった方がいいのよ。変に恥ずかしがったりすると、こんな感じで見るに堪えないものになるわ」

そう言う三宅先輩も堪え切れずに小さく噴き出していた。

「見るに堪えないって……」

文化祭に向けた活動はスタートしたばかりだから、まだストーリーも大雑把おおざっぱにしか決まっていない。よって、もちろん原稿もできていない。レコーディングは、純漫研が作る原画がある程度出来上がるのを待ってから、それを基に順次進めていくのだ(時間がなくなってくるとネームの段階ですることもあるらしい)。だから、それまでは発声やアクセントの勉強をしたり、アフレコの練習をしたり、たまに作品のストーリーについてあれこれ思案したりしていた。

「そもそも、純漫研がストーリー構成までやってるのがおかしいのよ!」

席に座ると開口一番、待ってましたとばかりに三宅先輩が不満を漏らした。

練習が始まって3日目の部活帰り、声研のメンバーは全員でファミレスに立ち寄ることにしたのだ。俺とシャーロットも誘われたから一緒に参加している。というより、実は俺たちと声研メンバーとの仲をもっと良くするのがこの集まりの目的らしい。今の三宅先輩がそれを覚えているとは思えないけど。

「まあね。制作の最初の工程を純漫研が担当してるから」

後藤先輩は賛同しつつもなだめるようにして三宅先輩に接する。彼女も色々と大変そうだ。

「詩織は嫌じゃないの!?」

それでも三宅先輩の勢いは止まらない。

「うーん。でも、田口先輩が作るストーリー面白いから」

「くぅ、それがまたムカつくのよね」

「あれ、ストーリーって田口先輩が1人で作ってるんですか?」

俺はつい気になって口をはさんだ。そう言えば、ストーリーがどうやって決まるのかとか、そもそもなんで三宅先輩は田口先輩を目の敵にしているのかとか、まだ訊いてないことはたくさんある。

「実質ね。大まかなストーリーは3セクション合同の全体会議で決まるんだけど、細かいところは純漫研の裁量で決まっちゃうの。それで、その細かいところの決定は部長の田口先輩を中心に進められるんだけど、みんなあの人を慕ってて反対なんかしないから、実質的には田口先輩が1人で決めてるようなものなのよ」

「そうなんですね」

「あの独裁者め、これが民主主義の弊害へいがいだわ」

そこまで言うか。

「あー、えっと……」

シャーロットが何か言おうとして言葉に詰まった。

「Haru, ask them why Miyake Senpai is angry at Taguchi Senpai!(陽、どうして三宅先輩が田口先輩に怒ってるのかいて!)」

「なんで三宅先輩はそんなに田口先輩を悪く思っとるん?」

三宅先輩に直接訊くのは面倒なことになりそうだったから、俺はあえてとなりに座っていた松田に尋ねた。

「純漫研がストーリーの細部を決めていく段階で、やっぱり登場人物の数を増やしたいって言ってきたんよ。声研としては反対したんやけど、最後は全員の多数決で登場人物増やすことになってさ」

松田の説明に江藤も乗っかる。

「ほら、声を担当する私たちにとっては大きな変化やけど、純漫研やアニ研にはあんまり影響ないからね~」

「なーにが『申し訳ないけど、一人二役とかで対処できないかな』よ! それがどんだけ大変かも知らないくせに!」

「あれ、もしかして一人二役するんですか?」

俺は不安になってすぐに確認した。

「しないわ。一人二役をする代わりにESS部にお願いすることにしたからね。6人でちょうどぴったりなのよ」

ホッと静かに胸をなでおろす。

「まあ、それも田口先輩の入れ知恵なんだけどね」

後藤先輩が苦笑いしながら言った。

「えっ! そうなの!?」

「うん。黙っててごめんね。実はあの後、もし一人二役が難しいなら最近できたESS部に英語でのアフレコをお願いしてみたら面白いんじゃないかって言われたの。ESS部にはアメリカ人の生徒もいるからって。それで私、面白そうだなって思って唯ちゃんに教えたの」

「何それ!? じゃあ今のところ全部あいつの思い通りに進んでるってこと?」

「えーと……。そう言われればそうなのかも」

「あぁぁ! ますます腹が立ってきたわ!」

それからも三宅先輩の愚痴を中心に話は四方八方に飛び回っていった。結局、みんなとの仲が深まったのかどうかは正直わからないけど、この集まりはとても楽しかった。

「それじゃ、また明日ね!」

「お疲れ様です」

帰りはシャーロットと三宅先輩だけが違う方向で、あとのみんなは途中まで同じ道だ。

「あの~、後藤先輩は三宅先輩は本当に田口先輩のことを嫌いなんだと思いますか~?」

道を曲がって、2人の姿が完全に見えなくなったところで江藤が尋ねた。

「どうだろうね。私にもよくわからないな。江藤さんはどう思う?」

「私はむしろ、あの2人はお似合いだと思うんですよね~。松田君はどう思う?」

「俺もあの2人は仲良くできると思うよ」

「仲良く、以上は?」

「わからん」

「あれ~、私だけかなぁ」

そう言って、彼女がチラリとこちらを見る。パスを出す合図だ。

「言っとくけど、俺もわからんぞ」

だから、パスが来る前にフィールドを去ることにした。

「ここの男子ってつまんないな~」

「まあまあ。でも、仲良くなってくれるといいんだけどな」

後藤先輩はそう言うとニコリと笑った。

「あっ、そう言えば」

俺はここで大事なことを思い出した。

「セリフもストーリーと一緒に純漫研が考えるんですよね? 俺とシャーロットの英語のセリフってどうなるんですか?」

「あ……、ごめんなさい。言い忘れてた。セリフは全部日本語で上がってくるから、その部分は英訳もお願いしたいの」

「やっぱりかぁ……」

俺は「はぁ」とため息をついた。

「英訳って大変……なの?」

後藤先輩が不安そうにこちらを見つめる。

「特に漫画で使うようなセリフは英語にはない表現が多いから、かなり考え込まないといけないんですよ」

「そうなのね、ごめんなさい……」

彼女は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。先輩からそんなことをされてしまったら、俺も文句は言えなくなる。

「ま、まあ大丈夫です」

「良かった。ありがとう」

英訳だけじゃない。よくよく考えてみると、英語のアフレコになったら、俺はきっと日本語の時よりも感情を乗せてしゃべることができなくなる。日本語でだってまだ上手くできていないのに。まだまだ時間はたっぷりあると思ってたけど、油断してたらあっという間に過ぎてしまいそうだ。

空はもうほとんど真っ暗になっていて、見上げると月が綺麗きれいに顔を出していた。これから文化祭までの2ヶ月半で一体どんなことが起こるんだろう。すべてはこれからだけど、少なくとも俺はこの相談を引き受けて、そして、このちょっと個性的な声研メンバーのみんなと出会えて、良かったと思った。

第8話:ストーリーで使われた英語表現

※ストーリー中に使用された英語表現の解説をしていきます(ここでの解説はあくまでもご参考程度にお読みください)。本作品のストーリーとは無関係なので、興味がないという方や解説不要という方は飛ばしていただいて構いません!

今日は英語部分が少なかったのでどれを解説すべきか悩みます(笑) とりあえず1つ目は、冒頭でシャーロットが旅行用の英語ワンフレーズ集を使って逆に日本語の勉強をしてた時に言ったセリフ「Yeah, but I can use it the other way around.(そうね、でも逆の使い方もできるわ)」にしようと思います。

「the other way around」を直訳すると「(2つある内の)もう1つの方法で」です。訳には出ませんが「around」はぐるりとそのもう1つの方法に沿っていくイメージを持ちます。訳に出てないし「around」は省略しても良いんじゃ、と思うかもしれませんが「the other way around」で1つのイディオムなので、省略すると違和感が出ます。

「other」だと単に「他の」という意味ですが、「the other」だと「(2つある内の)他の方」という意味になります。これは高校では「one」と「other」の組み合わせで習うかと思います!

なぜ「the」がつくと「2つある内の」というニュアンスが加わるのかは、そもそも「the」の意味を詳しく説明しないとわかりにくいので、今回は省略します。一応簡単に言うと「the」はそれが掛かる名詞を限定させる冠詞だからです(わかりづらいですよね、すみません……)。つまり、「the」はその名詞が「もうそれしかない!」という状況の時にだけ使われるのです。「the other」→「oneの他でもうそれしかないもの」→「2つある内のoneじゃない方(その場合以外は考えられない)」という感じです。

例)「There are two balls. One is blue. The other is red.(ボールが2つあります。1つは青で、もう1つは赤です)」

また、「the other」に複数を示す「s」がついた「the others」は「その他の全部」という意味です。

例)「There are ten balls. One is blue. The others are red.(ボールが10あります。1つは青で、残りは赤です)」

さらに、単数を示す「a(an)」と「other」がくっついた「another」は「(複数ある内の)他の1つ」という意味になります。

例)「I picked up one ball from a box. After that, I picked up another.(箱の中からボールを1つ取り出しました。そのあとで、ボールをさらにもう1つ取り出しました)」

箱の中にはボールがいくつも入っていると言うニュアンスになります。ちなみに、これらの説明と関連する表現として「one after another(次から次へと)」があります。イメージとしては1つ終わったあとにさらに次が……という感じです。

さて、だいぶ話が逸れてしまった気がしますが、これらの理由により「the other way around(2つある内のもう1つの方法で)」で「反対に、逆に、逆さまに」と言った意味になります。

ちなみに、一口に「逆に」と言っても「上下が逆」「前後が逆」「表裏が逆」などがあります。いずれも状況や文脈によっては「the other way around」で通じますが、より具体的に言うのなら「上下が逆」は「up side down」、「前後が逆」は「backwards」、「表裏が逆」は「inside out」です。

例)「You are wearing it inside out.(それ、裏表逆に着てるよ)」

どうでもいいですが、上の例文は実際に私が言われたことのあるセリフで、ほんと火が出るくらい恥ずかしかったです(笑)

2つ目の説明に移ります。次は、「No way! You can't leave things hanging in the air like this!!(待ってくださいよ! よくわからないまま俺たちを置いて帰んないでください!)」です。ダニエル先生が漫画研究部の先輩2人を紹介だけして、さっさと帰ろうとした時に陽が言ったセリフです。結局、先生は帰っていきましたが。

まず「leave」には「去る、出発する」という意味の他に「そのままにしておく」という意味があります。

例)「Don't leave the door open.(ドアを開けっぱなしにしないで)」、「Leave me alone.(ほっといてくれ)」

そして「hang in the air(空中にぶら下げる)」は「未決定・未解決である」という意味です。

よって「leave things hanging in the air」で「物事を未解決のままにしておく」となります。

また、ここで使われている助動詞「can」は「可能」ではなく「許可」の意味です。人に許可を求める時に「Can(May) I」と言いますが、その用法と同じになります。

例)「Can I go to the restroom?(トイレに行ってもいいですか?)」→「Yes, you can.(いいですよ)」「No, you can't(いえ、行ってはいけません)」

よって「You can't leave things hanging in the air like this」で「あなたはこんなふうに物事を未解決のままにしておいてはいけません」となるのですが、それを今回の文脈に則して「よくわからないまま俺たちを置いて帰んないでください!」という訳にしています。

この日本語訳を見ると「leave」を「置いて帰る」という意味で使っているように見えますが、実はそこは和訳で作り出した部分です(笑) 混乱させるようなことをしてすみません。

以上で解説を終わります。今回は細かいものが多くてつまらなかった(そしてわかりづらかった……)かもしれませんね。次の話では色んな英語表現を紹介する予定なので、もう少し興味を引く解説ができるかと思います! どうか引き続きよろしくお願いしますm(_ _)m