Menu

第4話:Club Activities.

  1. トップページ >
  2. Do you speak English? >
  3. 第4話:Club Activities.

1ページにまとめて読む/複数ページに分割して読む


第4話:Club Activities.

――明後日の昼休みにシャーロット達とバスケをすることになったんやけど、やっぱりあと1人足りないんよ。やけんお願い! 一緒に参加して!!

このメッセージが届いたのは2日前だった。「明後日」という日にちは、その日だと体操着でバスケをして、そのまま5限目の体育の授業に出れるから、という理由で決めたらしい。いや、そんなことはどうでも良い。

―――――

「嫌だ! 俺はバスケはやらんぞ!」

「えー、いいやん! 陽も中学のときバスケ部やったっちゃろ?」

「そういう問題じゃない! ほんの2、3日前にみんなの前であんなことしたのに、これ以上目立つことしてどーすんだよ」

「でもあれだって、みんな悪い反応してなかったやん。裏ではすごいって言っとったよ!」

「そして表ではどうしたらいいのかわからんってのがこっちにも感じ取れたんだよ」

係決めでの通訳を披露したあと、クラスメイトとの間に表立った変化は起こらなかった。まあ、何と言うか、まだまだ始まったばかりの新クラスで、しかもそれまでほとんど話したこともない俺の行動を、みんなはどう扱ったら良いのかわからなかったようだ。今の俺を客観的に表現するなら「よくわからない英語をしゃべるやつ」だろうか。それはそれで怖い気もする。

普段から一緒にご飯を食べていた2人も、最初はどう反応したら良いのかわからない様子だったが、結局、「すげーな」とだけ言うと深く追求してくることもなく、翌日には元の態度に戻っていた。幸か不幸か、彼らは俺が英語をしゃべることに、どうかすると英語自体に、さして興味がないみたいだ。

「でもとにかく、これでもうみんなに英語しゃべれることを隠す必要もなくなったやん!」

少なくとも、クラスの中で隠す必要がなくなったことは事実だ。何ならあれから「彼女」はお構いなしに英語でしゃべりかけてくるようになった。というかあの日以来、彼女も陽菜も俺に対して押しが強くなった気がする。

「だからって、わざわざそれを見せびらかす機会を作る気はない! つーか、なんで急にこんなねばるようになったんだよ」

「だって頼み込めばやってくれるんやないかなって思って!」

あまりにすがすがしく言うものだから、俺は一瞬、言葉に詰まってしまう。

「……それは、どういう了見で」

「今まで線を引いてきた陽がさ、あの時だけはそういうのなしでシャーロットのために一肌脱いでくれたやろ? やけん、今回もシャーロットのためならやってくれるんやないかなーって!」

「今度は諸肌もろはだ脱げってか」

「ん? まあ、なんかよくわからんけどそれやね!」

どうやら、あの出来事が2人に余計な信頼を与えてしまったようだ。陽菜がそれをこうして逆手に取っているのは気に入らないが、言われてみると、何より俺自身が半ばやけくそであんな通訳をしたこともあって、少なからず「もうこの際、なんでもやってやるよ」という諦念と興奮の入り混じった妙な精神状態におかされているのは事実なのだ。

悔しいけど、陽菜からこのように指摘を受けてしまった今、心がそう思っていないのに体裁ていさいだけを気にして嫌だと言い続けるのは、あまりに子供じゃないか。

「…………はぁ」

―――――

朝、クラスに着いてカバンを置くと、すぐに俺は陽菜の元へ向かった。

「おはよ」

「お、陽! おっはよー!」

いつもに増して陽菜が上機嫌に見える。いや、実際のところはいつもと変わらないのかもしれない。今の俺の心情とのコントラストで、やたら陽菜がまぶしく見えるだけか。

「とりあえず、今日の1時に体育館に行けばいいんよな」

「うん! ほんとにありがとね!」

「ちなみに、一緒にバスケする他の女子ってみんな経験者?」

「2人が経験者で1人が初心者よ」

「そうか」

「なに? もしかして女子に負けるかもって気にしとると?」

憎たらしいやつだ。

「ちげーよ、ただ相手があまりにも上手くて完敗とかなったら、シャーロットもいい気はせんやろうと思って」

「ああ、それなら大丈夫よ」

「何か考えでもあるんか?」

「ない! けど私がいるけん大丈夫!」

…………。

約束の1時はあっという間にやってきた。

体操着に着替えて3人一緒に体育館へ向かうと、そこにはすでに陽菜の呼んだ対戦相手の3人がコートでシューティングの練習をしていた。……コート周辺にずらりと並ぶ大勢の生徒に見守られながら。

「いや、これは冗談だろ」

その様子を見て思わず口からこぼれ出る。どうやら「彼女」も同じだったようで、大きな目をぱちくりさせながら「Is something going on here?(ここで何か起こってるの?)」と驚きの声をもらした。

「思ったよりたくさん来ちゃった……」

そして、その横で苦笑いする陽菜。

「……お前が呼んだのはバスケする相手だけやなかったんか?」

「うん、そうなんやけど、今日シャーロットとバスケをするってことはわりと広まっちゃってて……。私もここまで来るとは思っとらんかったけど、ごめん!」

陽菜が両手を合わせて頭を下げる。新生活早々に公開処刑を喰らう対価がそれじゃあ報われない、とは思うけど、ここで逃げ去る方がよっぽど俺の評判に傷がつく。どうせみんなが見てるのは「彼女」だけだ。恥と外聞は少しの間コートの外に置いておこう。

「はぁ、もういいよ。みんながいる方がシャーロットのこと知ってもらうには良いやろうしな」

「さっすが陽! 今度学食おごってあげるけん!」

「絶対一番高いやつにするわ」

ハーフコートの3on3、15点先取制。先攻はこちらになった。コートの右サイドに陽菜、左サイドに俺、そして真ん中に「彼女」が立っている。「彼女」が対面するディフェンスにボールをパスし、相手がまたボールを返す。ゲーム開始の合図だ。

ボールをもらった瞬間、彼女は大きく左足を踏み出す。次の瞬間にはディフェンスを抜き去り、そのまま一本を決めてしまった。速い! そして、速度を落とすことなく決めたきれいなレイアップ。この動きは間違いなく経験者のものだ。それもかなり上手い。

その様子を見た陽菜が思わず口角を上げる。驚きと興奮による武者震いのような笑みだった。

バウンドするボールの音。呆然ぼうぜんとする相手チーム。その中で、鮮やかな一本を決めた彼女がゆっくりとこちらに顔を向ける。

「I'm not that bad, am I?(私、そんなに悪くないでしょう?)」

張りつめていた空気がパチンと破裂するみたいに館内が湧いた。バスケの技術もさることながら、周囲の人間をこうも容易たやすく引き込んでしまうとは。ゲームが始まった瞬間に、パスも考えずに全力で相手を抜きに行く。そんな奇手を放って、見事に場を制した。もちろん、本人にそこまでの考えがあったかはわからないけど、結果として、それはこれ以上ないくらいに決まった。

あっさりと彼女に抜かれてしまった相手も、ようやく我に返ると、ふっと笑みをこぼす。

「……やるやん」

オフェンスとディフェンスが交代する。交代と言っても、各々おのおのオフェンスの時に対面した相手をディフェンス時にマークするから、ポジションが入れ替わるだけで対面する相手は同じままだ。

先の彼女の好戦的な一手に報いようと、相手も早々に何かを仕掛けてくるのではないかと期待したが、相手はあっさりとボールをチームメイトにパスしてしまった。これには、口に出さずとも周囲の生徒が肩を落としたのがわかった。

そんなことに気を取られていると、危うく相手に自分のマークを振り切られそうになって慌てて反応する。……俺は余裕をぶっこいている場合じゃなかった。

相手チームは上手くパスをつなぎ、隙をついてこちらのディフェンスをくぐろうとする。さすがはバスケ部、正攻法だ。相手は「彼女」の注意が一瞬それたのを見逃さず、ゴール下へ入り込み、パスをもらってしっかりとシュートを決めた。これで2-2だ。相手はシュートを決めた後、あからさまに彼女の方を向いてニヤリとする。ここには好戦的なやつしかいないのか?

次のオフェンスはかなり手詰まった。相手が「彼女」のドリブルを警戒して、間を取ってディフェンスを展開したからだ。それでも無理やり抜こうとすると、今度は別のディフェンスがすぐに駆け付けて2人で抑え込まれてしまう。俺と陽菜はできるだけ彼女にパスを回したが、ついに彼女は相手を抜くことができずにミドルシュートを打った。このシュートも相手の意表をついたやり方ではあったが、ボールはバスケットの縁に跳ね返されて、ガンと鈍い音を出しただけだった。彼女が悔しそうに「damn!(ちっ!)」と口走る。俺は「出た、ネイティブの悪口!」と少々胸がおどる。結局、跳ね返ったボールは相手チームの手に落ちて、攻守交替となった。

このディフェンスはすぐに終わることになる。何を隠そう、俺が気を抜いている間にあっさりとマークを振り切られて、ゴールを決められてしまったのだ。これには陽菜と彼女からそれぞれ「何やってんのよ!」「What's wrong with you!?」と二か国語で怒られてしまった。加えて、周囲の生徒からの冷ややかな視線に心がえぐられた。

3度目のオフェンスが回ってきた。これが重要だということは俺にもわかる。前回のオフェンスで、「彼女」のドリブルだけでは点を取ることが難しいとわかった。何か手を打たないと俺たちのチームは負ける。

「これ、どーすんだよ」

「まあまあ」

そう言って、陽菜は「彼女」の元へ近寄ると「ボール、私にパスして」とだけ告げた。

陽菜もバスケ部だ。きっと何かしら考えがあるんだろう。

ゲームが始まると、彼女は言われた通りボールを陽菜に渡す。受け取った陽菜はすぐにゴールを見上げた。シュートか? ディフェンスも慌てて距離を詰める。いや、これはフェイクだ。

ディフェンスの重心が上がったのを見逃さず、陽菜は鮮やかにドリブルで切り込んだ。「彼女」についていたディフェンスが陽菜を止めに来たところで彼女にボールをパス。俺についていたディフェンスがカバーに入るも、彼女はそれをうまくかわしてシュートを決めた。陽菜のたくみな技術と「彼女」の1on1での強さ。その合わせ技に俺も周囲の生徒もうならされた。これはすごい。どうせ俺はコートでも何もしていないのだから、観客として周りの生徒と一緒にこのゲームを見物できたらどれほど良かっただろうか。

結局、2人の活躍でこちらのチームは徐々に相手を押していき、7巡目が終わったときには、スコアは12-8とリードを奪っていた。

ここまで事が上手く運んだのは主に陽菜の功績だ。ドリブルによる切り崩しに加えて、視野の広さと的確なパスで「彼女」の強みを引き立てる。3on3でのちょっとした遊びとは言え、そのゲームメイキング力はここにいる6人の中でピカイチなのがわかる。

8巡目のオフェンスもこれまで同様、陽菜が相手のディフェンスを切り崩していった。ところが、陽菜が彼女へパスを出すタイミングに合わせて、俺に付いていたディフェンスがそのパスコースをふさごうと走り出したのだ。どうやら俺を捨てて、徹底的に3人で陽菜と彼女を止めることにしたらしい。嫌な胸騒ぎがする。

……やっぱり来た。ボールが俺に向かって一直線に飛んでくる。人の密集するゴール付近においても、陽菜は俺のマークが外れたことを見逃さなかった。ディフェンスが先を読んでわざわざコースを塞ぎに向かったが、その瞬間にはもう、陽菜は俺にパスをするつもりだったんだろう。たぶん、陽菜は天才的だ。そして、その才能のせいで俺はシュートを打たざるを得ない状況になってしまった。ここで俺がシュートを決めても盛り上がるはずがない。観客は今、陽菜と彼女に釘付けなのだ。まあ、いいか。どーせ外しても、この状況なら身体能力の高い「彼女」がリバウンドを取るだろう。とりあえず適当に打ってしまおう。

ボールがふわりと指先を離れ、上空に放たれる。大きなを描いて、そして、……そのままゴールに入ってしまった。

「まじか……」

サッと潮が引くようにしらける場内。実に予想通りだ。帰りたい。最初に彼女がレイアップを決めたときの盛り上がりが嘘みたいだ。

「ちょっと! なんで『まじか……』なのよ! バスケはそういうスポーツやろ!」

陽菜だけが構わず不満そうにツッコミを入れていた。

何はともあれ、これでスコアは14-8。おそらく次のオフェンスで勝負が決まる。どちらのチームも友好的ではなかったが、総じて「彼女」はみんなとのバスケを楽しんでいるようだったし、これにて一件落着だ。それにしても、俺は今回ほんとに何もしなかったな……。

「お願い咲! 悪いんやけど、良かったら私と入れ代わって!」

陽菜の声で現実に引き戻される。危なかった。もしこのままゲームが始まってたら、また俺のせいでシュートを決められていたかもしれない。

「あぁ、シャーロットさんとやってみたいんやろ? いいよ」

「ありがと!」

これまで同じチームにいた陽菜が、いつの間にやら相手チームのオフェンスとして立ちはだかっている。陽菜は一体どういうつもりなのか。

「おい、そもそもの目的を忘れてないやろうな?」と俺は思わず声を上げる。

「ちゃんと覚えとるよ! やけどさ、やっぱりシャーロットとも勝負してみたいんよ」

「うん、私も!」

続けて彼女が言う。2人ともやる気満々のようだ。

「陽菜はバスケのことになるとすぐ熱くなるけんねー」

と「咲」が俺に教えてくれる。さっきの会話で初めて名前を知ったのだ。

「……まあ、2人がそれでいいならいいけどさ」

8度目のディフェンスが始まった。コートを縦横無尽に切り込んで周囲の注目をさらっていた2人が、今度は差し向かいに勝負をするのだ。いやが上にも期待は高まる。陽菜が彼女にボールを渡して、彼女が陽菜にボールを返した。さあ、どうなる。

「うそやろ……」

――シュッ

ボールがネットをこする乾いた音が静かに響いた。8回目のディフェンスが終わった瞬間だった。「彼女」がドライブを警戒して少し間を取ったのを利用して、陽菜はゲームが始まるや否やシュートを放ったのだ。

場内がふたたび歓声に包まれる。

「陽菜って、あんなにバスケ上手かったのかよ!」

たまらず俺は咲に尋ねた。

「1年の中では断トツよ。先輩を差し置いていきなりスタメンになってもおかしくないくらい」

「そんなのありか……」

これでスコアは14-11。まだまだこちらが圧倒的に優位なのは変わらない。だけど、今ので完全に流れを持っていかれてしまった。

予想していた通り、次のオフェンスはかなり鈍った。陽菜がいなくなったことで相手のディフェンスを切り崩せる人数が減ったこともあるが、何より、「彼女」が陽菜にしっかりと抑えられてしまっているのがその原因だ。「彼女」にミドルやスリーのシュートはないと踏んだのか。陽菜はしっかりと間合いを取ってドライブにだけ備えている。そうなると、いくら彼女でもドリブルで陽菜を抜くのは難しい。陽菜が1人で彼女を抑えている分、さっきまでと違って他のディフェンスも自分たちのマークに集中できている。

パスを回しながら何とか隙を作ろうとするも、結局、途中でボールを取られてしまった。

「Just a single player is turning the scale...(たった1人のプレイヤーがこんなに流れを変えるなんて……)」

次のゲームで陽菜に見事にディフェンスを切り崩され、追加点を許してしまったとき、「彼女」はそう感嘆の声をもらした。これでスコアは14-13。どちらもあと、1度シュートを決めれば15点に達する。

俺は「彼女」に近づいて静かに話しかけた。

「...Do you wanna win?(……勝ちたいか?)」

彼女はその質問に対してニヤリと笑うと軽口をたたく。

「Who would play a game to lose? Besides, even though Hina is much better than me, I can't just let her win without trying.(誰が負けたくて試合をするっていうのよ。それに、陽菜が私よりもずっと上手なのはわかるけど、このまま何もせずに勝たせるのは嫌よ)」

「Alright then, I'll do something.(それなら、俺が何かやってみるよ)」

「Haha, I never expected to hear that from you.(あはは、陽からそのセリフを聞くとは思わなかったわ)」

「I just don't like the idea of letting her have everything her own way.(ただこのまま、陽菜にいいとこ全部持っていかれるのはシャクだからな)」

全員がポジションにつく。これがきっと俺たちの最後のオフェンスになる。

「Charlotte, when the game starts, pass the ball to Saki and come to this side. We switch our positions. I'll distract Hina, so just shoot whenever you have the chance. I'll take care of the rest.(シャーロット、ゲームが始まったらボールを咲にパスしてこっちに来てくれ。俺とポジションを入れ替わるんだ。俺が陽菜の邪魔をするから、隙を見てとにかくシュートしてくれ。あとは何とかする)」

「Alright! I got it!(うん、わかった!)」

この会話は俺と彼女にしか理解できない。英語を話せることのメリットをこんなところで感じるとは思わなかった。

「なに? 作戦でも思いついたん?」

陽菜がなぜか嬉しそうに尋ねてくる。

「このままやられるのは悔しいけんな」

「ふふ、そう来なくっちゃね!」

「彼女」が陽菜にボールを渡す。

「We'll let her know what we've got.(一泡吹かせてやる)」

「Of course, we will.(もちろんよ)」

ボールが再び彼女に返され、俺たちの最後のオフェンスが始まった。

「彼女」が早速ボールをパスしてこちらへやってくる。それに合わせて、俺もコートを横断して咲の方へボールをもらいに行く。俺をマークしていたディフェンスは突然のことに一瞬、反応が遅れる。まだ、こういう状況に慣れてないんだろう。今回俺らとバスケをすることになった相手チームの3人。その中にいる1人の初心者は間違いなく彼女だ。

ボールをもらうとすぐにゴールに向かってドリブルで切り込む。相手の反応が遅れていた分、抜くのは簡単だったが、すぐに陽菜のカバーが入った。これが俺の役目だ。まずは出来るだけ陽菜を引き付けて「彼女」にスペースを作る。

俺がボールをパスすると、彼女は迷わずシュートを打った。ボールはバスケットの縁に弾かれて勢いを失い、ちょうど俺の頭上から落下してくる。少しずるいが、経験値でも体格差でも、俺がリバウンドでこのディフェンスに負ける要素はない。しっかりとボールをキャッチしてふたたび彼女にパスをする。

ここからが本当の勝負だ。今ので陽菜の頭には「彼女」がシュートするということが刷り込まれた。ここで俺らを止めれば陽菜の勝利がほぼ確実になる状況。だからこそ、これで陽菜は彼女のシュートも警戒しなければいけなくなった。自然とディフェンスの間合いも詰めざるを得なくなる。

「Defeat her now!(陽菜を倒せ!)」

彼女が大きく体を右に揺らす。陽菜もそれに合わせて右足を一歩踏み出す。次の瞬間、彼女の体は左から陽菜をすり抜けていた。彼女らしい、ダイナミックなクロスオーバーだ。

ボールはゴール下からふわりと浮かび、バスケットの中へ吸い込まれていった。

周囲の歓声の中、ゴールを決めた彼女はこちらを向いて嬉しそうに笑う。

「言っとくけど、まだ終わりやないけんね」

わき腹をつつかれて振り返ると、陽菜が挑戦的にそう言ってきた。こっちが先攻だったから、次のディフェンスで相手を抑えなければ、勝負はまだ続くことになる。

俺はふっと笑うと、負けじと憎まれ口で返した。

「言っとくけど、次で終わらすけんな」

「Do you have any plan for the next?(次はどうするの?)」

全員がポジションについたとき、彼女が尋ねてきた。

「Be careful not to let Hina shoot. Leave a space on the right side intentionally and lure her towards me. We'll stop her together.(陽菜にシュートを打たせないように気を付けて。わざと右サイドにスペースを作って彼女を俺の方に誘導してくれ。2人で止めるんだ)」

「Rager that!(了解!)」

「ふん、英語って便利やね」

目に見えて悔しそうにする陽菜が少しおかしくて、ついニヤリと笑みがこぼれてしまう。

「まあな」

やっぱりムッとしたのか、陽菜はほほを膨らませてしまった。

陽菜がふぅーっと深呼吸をして、静かにボールを「彼女」にパスする。すぐにまたボールは彼女の手を離れ、音もなく空を切りながら陽菜の元へと戻っていった。

次の瞬間、陽菜が全速力でこちらに向かってきた。予定通り、わざと開けた右サイドからの切り込み。すぐに俺が陽菜の行く先を阻む。このままいけば俺と「彼女」の2人で陽菜を完全に囲むことができるはずだ。

陽菜はすぐに立ち止り、一歩後ろへ下がった。シュートを打つ気だ。その動きには迷いがない。こいつ、最初からわかってて右から切り込んできたな。

全速力から即座に止まって、後ろに下がる。並外れた敏しょう性を持っていなければとてもできない芸当だ。だけど、「彼女」の瞬発力だって決してそれに引けを取らない。陽菜がシュートの構えをするのに合わせて、すぐに彼女も高く飛び上がった。確実にシュートをブロックできる高さだ。

ダムッと音を立ててボールがバウンドする。ジャンプした「彼女」の足元を通して、陽菜がパスを出したのだ。ボールの走った先には本来俺がマークするはずだった相手が立っている。俺は慌てて自分のポジションに戻りに行く。幸運だったのが、今の陽菜の離れわざが味方にとっても予想外だったことだ。それに経験不足が相まったのか、相手はボールをしっかりとキャッチするのに手間取り、ギリギリで俺の戻りが間に合った。

「パスッ!」

ほっとしたのもつかの間、陽菜がディフェンスを振り切って俺の斜め先からゴールに向かってくだってくる。パスを受けるとすぐにシュートモーションに入った。

間に合えっ! そう心の中で叫びながら全力で陽菜に向かって飛び上がる。

次の瞬間、俺は自分の目を疑った。陽菜はボールをいったん頭上まで上げ、そしてすぐにまた、胸の高さまで戻したのだ。

――フェイク

この状況でそれをやってくるのかよ。……くそ、やられた。

タイミングをずらして陽菜が飛ぶ。陽菜の姿が視界に入ったのはそこまでだった。俺は陽菜の前を横断する形で飛んでいたから、すでに陽菜の体を通り過ぎていたし、何より着地のために視線を足元に落とさざるを得なかったのだ。

――バンッ!

だから、その音が聞こえたときも、最初は何が起こったのかわからなかった。しっかりと着地してから顔を上げる。視界に映ったのは、驚いた表情をする陽菜とその後ろから大きく腕を振り切った「彼女」の姿だった。そうか、背後からのブロック!

16-13、ゲームセット。

男子生徒の太い歓声と、女子生徒の黄色い歓声が混ざり合う。それはこれまでで一番大きくて心地良いものだった。

「彼女」は笑顔でこちらに駆け寄ると、胸の高さで両のてのひらを見せてくる。

「High five!(ハイタッチ!)」

パチッという音が優しく俺たちの中で響いた。

「はぁ、負けちゃったなぁ。まさか陽がここまで格好つけるとは思わんかったよぉ」

陽菜が早速ちょっかいをかけてくる。

「うるさいな! やけど、シャーロットも楽しんだみたいで良かったよ」

「ほんとやね! あとは、陽もシャーロットも女バスに入ってくれたら良いのに」

「あはは。ま、シャーロットは入るかもな」

「うーん。たぶん、入らんやろうなぁ」

「え、なんで?」

「陽のせいやけんね!」

「はぁ?」

そう言うと、陽菜はニヤリと笑って友達のところへ行ってしまった。俺にはさっぱり訳がわからなかった。

「やっぱり陽菜はすごいなぁ」

私はすっかり感心して、試合が終わるとすぐに陽菜の元へ駆けつけた。

「ありがとー! 咲も途中で私と入れ替わってくれてありがとね!」

「どういたしまして! それよりさ、シャーロットさんってバスケ部入ってくれるんかな? あんなに上手いんやけん、入らんともったいないよ」

「それねぇ。まだわからんけど、たぶん入らないんやないかなぁ」

「え? どうして?」

「だって、今回ゲームに勝てたのも陽のおかげやろ。あんなことされちゃったらさ、もう陽と離れたくないと思う」

「あぁ、そういうことね」

「まったく、陽も人が悪いよ」

それはちょっと残念だったけど、私にはそう言う陽菜の顔がとても嬉しそうに見えたから、まあしょうがないかって思うことにした。

第4話:ストーリーで使われた英語表現

※ストーリー中に使用された英語表現の解説をしていきます(ここでの解説はあくまでもご参考程度にお読みください)。本作品のストーリーとは無関係なので、興味がないという方や解説不要という方は飛ばしていただいて構いません!

まずは、「Just a single player is turning the scale...(たった1人のプレイヤーがこんなに流れを変えるなんて……)」の説明をします。陽菜の活躍で陽のチームが追い詰められたときに、シャーロットが口にしたセリフです。

ただ同じ意味を伝えたいだけなら「One player is turning the scale(1人のプレイヤーが局面を変えている)」で通じるのですが、「Just」や「Single」をつけることで「たった」という強調を付け加えています。

「Just」と「Single」はどちらも「たった」の意味なので、使うのはどちらか片方だけでも良いと思います。ただ、「Just a single~」とセットで使われるのをよく耳にするので、今回は両方使った表現で書きました。

「turn the scale」は直訳すると「はかり(の目盛り)をひっくり返す」で、実際には「局面を変える、形勢を一変させる」といった意味で使われます。似たような表現に「tip the balance(バランスを傾ける)」があります。これも「局面を変える、情勢を変える」という意味です。

次に、陽がシャーロットに言った「I just don't like the idea of letting her have everything her own way.(ただこのまま、陽菜にいいとこ全部持っていかれるのはシャクだからな)」というセリフ。ここはかなり意訳が入っているので、人によっては「この訳はおかしい!」と思われる方もいるかもしれません(笑)

そもそも、私は英語とそれに対応する日本語訳を決めるとき、その状況で、英語なら何て言うか、日本語なら何て言うか、をそれぞれ別々に考えて対訳としてくっつけています。つまり、作中の状況でシャーロットから「Haha, I never expected to hear that from you.」と英語で言われた場合、陽なら「I just don't like the idea of letting her have everything her own way.」と答えるだろう、そして、「陽からそのセリフを聞くとは思わなかったわ」と日本語で言われた場合、「ただこのまま、陽菜にいいとこ全部持っていかれるのはシャクだからな」と答えるだろう、と考えたのでその2つを対訳としてくっつけたわけです。

それを踏まえた上で、この英文の解説を進めていきます。

単語自体に難しいものはないと思います。「I just don't like the idea of~」を直訳すると「~という考えが気に入らないだけだよ」となるでしょう。ただ、「the idea of~」は「~という考え」という堅い感じではなく、単純に「~っていうの」という、よりカジュアルな意味でも使われます。

「Do you like the idea of going on a trip alone?(1人で旅行行くのは好き?)」や「I don't like the idea that somebody I know may find me there.(俺の知っている誰かがそこで俺を見つけるかも知れないってのが嫌なんだよな)」といった感じです。

続いて「letting her have everything her own way」についてです。「let + 人 + 動詞の原形」で「人に動詞の原形をさせる(人が動詞の原形をするのを許す)」という意味になります。高校で習う使役動詞の1つですね。有名なフレーズである「Let it go」は「(自分の中で溜め込んでいた苦しみなどを)忘れよう、放っておこう」という意味になります。そんなもの、もうどっか遠くへ行かせてしまえよ、といったニュアンスです。

「have everything one's own way(すべてのことを自分のやり方で持つ)」で「自分の思い通りにする」といった意味になります。だから「let her have everything her own way」で「全てを彼女の思い通りにさせる(するのを許す)」ということです。ちなみにですが「one's own way(自分自身のやり方で)」はここでは副詞として使われているので、前に前置詞などは必要ありません。

「I just don't like the idea of letting her have everything her own way」、直訳で「俺はただ、全てを彼女の思い通りにさせるって考えが嫌なだけだ」という英文。これを陽なら日本語で何て言うだろうかと考え、結論として「ただこのまま、陽菜にいいとこ全部持っていかれるのはシャクだからな」という対訳をつけました。