【まとめ版】第17話:Her Decision.(彼女の決断)- part 4

  1. トップページ >
  2. 英語×コミュニケーション >
  3. 第17話

複数ページに分割して読む/1ページにまとめて読む

彼女の目はまっすぐ俺たちを見ている。

陽菜が俺たちに伝えたいこと、それが何なのかはだいたい予想できた。

これからどうするかについて、ついに決断を下したのだ。

「私ね」

その声で胸に鋭い電気信号のようなものが走る。自分でもびっくりするぐらい緊張していたのだ。シャーロットも同じ気持ちだろうか。

俺はじっと陽菜を見続けた。彼女はそれからしばらく口を閉ざして、ようやくまた口を開いた。

「私、ESS部に残りたい。正式に入部させてほしいの」

その言葉に俺は目を丸くする。

「それは、バスケ部には戻らないってことか?」

「うん」

即答だった。

「いてくれるのは嬉しい。けど、いいの?」

シャーロットが不安そうにたずねると、陽菜はそれを気遣ってか少し明るい声で答える。

「バスケは好きよ。今日の試合もすごく面白かったし、部活じゃなくてもまたバスケはしたいって思ってる。やけど、あの時に自分の中で一区切りついちゃったのも本当で、前みたいな熱はもう戻ってこないと思うから」

「そう、なのね」

「それに、今度はもっと別のことに熱を注ぎたいって思うようになったの」

「別のこと……?」

俺がそっとつぶやいて、陽菜がうんと頷く。

「バスケ部のみんなとギスギスしないか悩んでるって言ったけど、本当は他にも迷ってた理由があるの。それは、ESS部のことが好きになってたから」

陽菜が少し照れくさそうに笑った。

「最近は陽がずっと文法を教えてくれて、それでちょっとずつ英語の組み立て方がわかって、それをシャーロットに言ったらちゃんと通じて返事が返ってきて。今まで教科書とテストの中でしかなかったものが、ここだと現実に生きてる。それってすごく新鮮で、楽しいなって思ったの。

これまではバスケが嫌でESS部に逃げ込んでただけなんだけど、今はもっと英語を勉強して、ESS部の部員として陽やシャーロットと色んな活動がしたい。だから、これからも、これ以上に、ESS部にいてもいいかな?」

俺は嬉しさに笑みをこぼしながら、シャーロットと一緒に答えた。

「もちろん!」

陽菜も俺たちに負けないくらいの笑顔で「ありがとう」と返してくれた。

「それで、前に陽が言ってたことやけど」

「ん?」

俺は何のことかわからずに調子のずれた声を出した。

「そんな反応せんでよ。クラスマッチのこと」

「ああ、それか!」

陽菜があきれたようにため息をつく。

「とにかく、私はシャーロットと一緒にバスケ出るよ」

その言葉に心が沸き立つ。

「よかった! 俺、応援しに行くけん」

俺が言い終わるや否や、シャーロットは誰よりも喜んで陽菜に飛びついた。陽菜も嬉しそうに彼女の両肩に手を置いてそれに応える。

「一緒に優勝目指そうね!」

「うん!」

クラスマッチの日になって、俺は体操着姿で学校に向かった。今日は授業がないからクラスマッチに参加しない生徒は学校に来なくてもいい。実際に受験を控えている3年生はほとんどが休んでいたし、そうでない1,2年生たちも出席するのは7割くらいだった。

学校に着いて教室のドアを開けると陽菜から声をかけられる。

「おはよー!」

「おはよ」

「ほんとに来るかちょっと心配してたよ」

彼女はからかうように笑って言った。俺は競技には参加しないから学校に来る必要はなかったのだ。

「つい応援しに行くって言っちゃったけんな」

「そんな後悔してるみたいに言わんでよ」

それからいくらか雑談して、俺は自席へと向かった。途中でシャーロットの方を見ると彼女もこちらに気付いて手を振ってくれたけど、さすがに堂々と手を振り返すのは恥ずかしくて、軽く手のひらを上げてそれに応えた。

自分の机にほとんど何も入っていない通学カバンを置いてぼんやり周囲を見渡しながら腰を下ろす。ところどころ空席になっている教室はそれだけでちょっと奇妙に映った。

「なんで麻生がおるん?」

振り向くと三明が目を丸くして立っていた。

「そんな驚かんでも……」

「だって参加せんのに学校に来るなんて、てっきり休みたいからサッカー断ったと思っとったのに」

実は1週間ほど前に三明たちからサッカーに出場しないかと誘われていた。サッカーは得意じゃなかったし、陽菜たちの試合を見逃してしまう可能性があるから断ったのだが、目の前に立つ三明の顔が思ったよりもショックを受けた表情をしていて逆にこちらが驚かされた。

「すまん、サッカーはそんな得意やないし先に陽菜たちの応援にいく約束してたから」

「くぅ、悔しいけどそういうことなら仕方ない。もしそっちがすぐに負けたら俺たちのところ来てくれ」

「さりげなく失礼やな」

三明はじゃあなと軽く手を振って、同じくサッカーに出場する男子たちの集まりに混ざった。彼らがクラスマッチに向けて楽しそうに騒いでいるのを見ると、誘いを断ったことを少し後悔させられる。それでもやっぱり陽菜やシャーロットの応援には行きたかったから、体を2つに分けられないことを残念に思いながら、ホームルーム開始のチャイムが鳴るのを待った。

体育館の入り口のそばに造られた階段をのぼって2階に向かう。2階は吹き抜けになっていて、幅1.5メートルほどの床と縦格子の手すりが建物の四辺に沿って続いている。

すでに観客は結構な人数がいて、彼らは手すりにもたれて楽しそうに友達と話しながら下で試合にのぞもうとする生徒たちのことを応援している。

これから始まるのが女子の試合ということもあって周りは女子生徒が多かった。それに三明たちはサッカーの試合で来れなかったから1人で来るしかなく、わりと、いや、めちゃくちゃ恥ずかしい。

恥ずかしさと原因のよくわからない情けなさに胸を刺されながら、俺は人の少ない場所を見つけてポツンと手すりの上に両腕を預ける。すぐ下では陽菜とシャーロットがチームメイトと一緒にコートの中で軽いストレッチをしていた。

もうすぐ試合が始まる。そう思うと、なぜかこっちまで緊張してくる。

ついに審判役の生徒がボールを抱えてコートの中央に立った。ジャンプボールに出るのはシャーロットだ。ボールがまっすぐ彼女の頭上に放たれて、1年9組のバスケ1回戦が始まった。

ボールは見事にシャーロットが取った。それからチームの中で回されて陽菜のところにやって来る。陽菜が相対するディフェンスは見たことのあるバスケ部員だった。クラスマッチのバスケでは各チーム同時に1人までバスケ部の生徒が試合に出ることができる。

陽菜がドリブルのリズムを変えた。相手の足もとがやや乱れて、すかさず陽菜はゴールに向かって切り込む。他の相手メンバーは迫ってくる彼女にどう対応したらよいのかわからないようで、ほとんど傍観している間に陽菜は難なく先制点を決めた。

「やっぱり陽菜はすごいね」

その声に驚いて横を向くとすぐそばに咲が立っていた。

「うわ、びっくりした」

「あ、脅かしてごめんね」

「もしかしてずっと隣におった?」

「さっき来たところだよ」

咲が笑いながら答える。

「向こうで友達と見てたけど、麻生くんがいるの見えたから」

それでわざわざ1人でこっちに来てくれたということか。

「行徳さんもバスケ出ると?」

「うん、でるよ! せっかくカッコつけるチャンスだからね。他のバスケ部員もちらほら出とる」

「バスケ部が各チームのエースだもんな」

咲は「まあね!」と得意げに笑う。

「でも、その分エースの実力差がもろに試合に影響するけん怖いんよね」

「あー、確かに」

「だから、私は1年9組に勝つよ」

俺はいきなりの宣戦布告にドキリとして咲を見る。彼女は今の発言をどういう意図で言ったのだろうか。

「私だけやないよ。クラスマッチに出るバスケ部のみんな同じこと考えてる」

「それは、陽菜のことを納得できないから?」

「ううん、それは違うと思うな。少なくとも私は違う」

咲は手すりに寄っかかっていた体を起こした。

「この前、試合が終わったあと陽菜が私たちのところに来たやん? あの時に今はもう逃げるんじゃなくて自分のしたいことを見つけたんだって知って、それなら私がとやかく言うことはないなって思った。でも……」

「でも?」

俺はおそるおそる続く言葉を尋ねる。咲ははっきりとした声で思い切りよく答えた。

「陽菜と一緒に練習するの楽しかったし、3年になったらレギュラーになってみんなで試合に勝ちたいって思ってたんよ。私はずっと陽菜と一緒にバスケをしていたかった。急に部活を辞めて、新しくしたいこと見つけたって言われて、悔しい気持ちがないわけじゃないの。やけん、これはちょっとした意趣返し!」

彼女が心から陽菜を恨んでいるのでないことはその様子を見てわかった。これは彼女なりのケジメのつけ方なのだろう。そして、きっとこのクラスマッチに参加するバスケ部員の大半も彼女と同じ気持ちで1年9組への対抗心を燃やしているのだ。

「俺たちのクラスと当たるまで、そっちは何回勝てばいいと?」

「2回だよ」

「それじゃあ、それまで6組のことも応援してる」

俺の言葉に咲は笑顔をこぼす。

「ありがとね! 麻生くんはクラスマッチ何で出ると?」

「俺は何も出んよ。サッカーには誘われたけど」

「えー、出ればよかったやん。せっかく応援しに行こうと思ってたのに」

生憎あいにくサッカーは苦手なんだよ」

「あはは、そっかそっか。それならしっかり私たちの応援よろしくね」

「うん、任せて」

バスケに出場するのは全部で15クラスだったから、優勝が決まるまでに4回(抽選でシードになれば3回)勝つ必要がある。つまり、咲のクラスと当たるのは準決勝だ。

幸いなことに俺たちのクラスも咲のクラスも順調にトーナメントを勝ち進んだ。応援で試合を見た時に気付いたが、どうやら咲のチームにもバスケ経験者が1,2人いるらしく(ルール上、部員でなければ経験者が同時に複数人参加するのは問題なかった)全員でバランスよく点を稼いで試合に勝利していた。

昼休みが終わって、時刻が2時を回ったころ、ついに9組対6組の試合の番になった。俺は三明と赤司の3人でふたたび体育館の2階に立って、期待と緊張を入り交ぜながらじっと試合が始まる様子を見つめていた。

「9組頑張れよー!」

三明が女子に声援を送ると、チームの1人が両手で丸を作って口に当てながら返事をする。

「そっちこそサッカー勝って私たちにデザートちょうだいね!」

「すまん、もう負けちった!」

「ほんと使えないわねー!」

そのやり取りに観客の何人かが笑う。

「その分、応援は任せとけ!」

「しっかりよろしくねー!」

彼の社交性に感心しながら、俺はコートで準備体操をする陽菜とシャーロットを見る。三明のように声に出して応援する度胸はなかったから、心の中でエールを送った。

ボールが垂直に投げられて試合が始まった。難なくシャーロットがジャンプボールを制すると、いつも通りボールは回って陽菜に渡される。陽菜の相手をするのはもちろん咲だ。

次の瞬間、陽菜は迷いなくボールを空へ放った。遠距離からのシュート。決まれば3ポイントだ。

ボールは残念ながらリングの縁に当たってでたらめな方向へ飛んだ。俺は少し落胆する。3ポイントなんてそう簡単に決まるものでもないのに、彼女ならここで決めるだろうと思わされてしまうから恐ろしい。

試合は終盤に差し掛かって、点数はほぼ互角だった。9組が陽菜とシャーロットを中心に点を取っているのに対して、6組は咲が中心になりながらも他のチームメイトからの得点も少なくなかった。

「これ、きつそうやな」

赤司が試合を見ながらぽつりとつぶやく。

「きつそう?」

「うん、6組の方が有利やと思う」

「え? 得点はほぼ同じやん」

「点は同じやけど、許斐さんもシャーロットさんも苦しそうにしとる」

赤司の言葉に三明も「そそ」と頷きながら補足してくれた。

「あの2人中心に攻めてたから体力的にも精神的にも2人の負担がでかいんよ。それに他のメンバーは自分たちのせいで点数入れられてるから萎縮しとる。逆に相手チームはみんなで攻めてるから負担も均等だしチームの雰囲気もいいと思うぜ」

「…………」

俺は言葉が出なかった。

「そんなショックを受けた顔せんでも」

「いや、ショックじゃなくて驚いとるんよ」

「あぁ、点数だけ見れば互角だもんな」

「そうじゃなくて三明が頭脳派のコメントをしたことに驚いてるんだ」

「何だと!」

赤司が笑いながら襲い掛かろうとする三明をなだめてくれた。

「部活は違ってもスポーツしてたらなんとなくそういうところがわかってくるんだよ」

「なるほどな」

俺は再び感心しながら視線を元に戻す。言われてみると、確かにこちらのチームは相手に比べて動きが悪いような気がしてくる。

――残り1分。

陽菜が味方のカバーに入ってる間に、咲がボールを受け取ってシュートを決めた。これで14-19。点差が広がる。

「ああ、くそぉ!」

三明がじれったいと言わんばかりにうなり声をあげる。

「残り1分で5点は厳しいな」

赤司も不安そうだ。俺は手すりをより強く握る。

「まだ、きっと大丈夫。陽菜が何とかしてくれる」

陽菜はボールをもらってドリブルをしながらゆっくりと相手側のコートに向かって歩く。

その時、彼女がチームメンバーに対して何かを言った。それが何なのかは聞こえなかったけど、その言葉を聞いてみんなの表情が少し明るくなったように感じた。

ハーフラインを越えて敵陣へ行くと、陽菜と咲が相対する。陽菜はドリブルのペースを少し変えて、パスコースを探すためか少し顔を上げると、すぐに重心を低くして切り込みの姿勢に入った。

咄嗟とっさのことだったが、咲もその動きに呼応して重心を落とす。

陽菜が再び姿勢を上げて1歩後ろへ下がった。そのままボールを頭上に掲げて高く飛ぶ。

3ポイントシュートだ。咲は止めようとするも、すでに体の重心が下がっていたから対応が追い付かない。

放たれたボールはまっすぐにリングの中をすり抜けていった。

観戦していた9組の生徒たちが喜びの声を上げる。対する6組の生徒はまだ勝っているとはいえその表情は不安の色に変わった。

残り40秒。咲がドリブルをしながら攻めてくる。時間稼ぎに走ることもできたのだろうが、彼女にその考えはないようだ。

相手チームの一人がディフェンスを振り切ってゴール近くに入り込んだ。咲のパスが通って、ボールを受け取った生徒はシュートの構えを取る。

「やばい!」

三明が声を上げる。ここで点を取られたら逆転は絶望的だ。

ボールが放たれる直前、シャーロットが横から大きく手を伸ばしてシュートコースを阻んだ。彼女の手に当たったボールは運よく味方のところへ弾き飛ばされて、戦況が9組の攻めに変わる。

陽菜にボールが回されて、彼女は相手のディフェンスが整う前に、そのまま全速力でコートを駆け抜けた。その先にはディフェンスが一人立っているだけだ。

陽菜はディフェンスの前で一瞬止まり、すぐに左に回るように走った。ディフェンスも振り切られまいと一生懸命それについていく。相手はそれからまだ少し経つまで気付かなかったようだが、ボールはすでに陽菜のもとにはなかった。

彼女は右から走ってきた味方にパスを出していた。ボールを受け取った生徒はゴールのすぐ近くでシュートを打つ。

ボールは生徒の手を離れて空中に飛んだ直後、バチンという破裂音のような音とともに咲によって後方に弾き出された。

2,3度バウンドして、シャーロットがボールを拾う。しかし、体勢を戻す前に相手のディフェンスに迫られてしまい慌てて味方にパスを出した。

ボールをもらった生徒は迷わずに陽菜の方を向く。陽菜はゴールとは逆の向きに走っていた。パスが出されて、彼女は3ポイントラインのすぐ後ろでボールを受け取る。すぐにボールを頭上に上げるときれいなフォームで空に放つ。

――シュッ。

擦れる音とともに、ボールは難なくリングに吸い込まれた。試合の終了時間が迫るプレッシャーの中、短時間に連続で3ポイントを決めたのだ。

試合を見ていた9組の生徒はみんな驚きと喜びの声を上げた。彼らはほぼ9組の勝利を確信しているのだろう。

それでもまだ試合は終わっていない。俺だけがそう思わされたのは、先ほど咲の想いを聞いていたからなのか。

残り5秒。咲はドリブルであっという間に陽菜の目前まで迫った。そして、陽菜を抜いたのだ。そのままシュートには持っていかせまいと他のメンバーがこぞってカバーに入るが、咲はすぐにゴール付近で待ち構えていたチームメイトにパスを出した。

その生徒にボールが渡ろうとする直前、ボールが後方へ弾かれる。咲のパスを読んだシャーロットがコースに割り込んでカットしたのだ。ボールはコートを縦断するように転がり、その途中で試合終了を告げるブザーが館内に鳴り響いた。

自分が試合に出ていたわけでもないのに、俺は肺にまっていた空気を抜いてホッとする。試合は20-19で9組が勝利した。

ひとまず陽菜たちが試合に勝てて良かった。とは言え、もう少し試合時間が長かったら結果は変わっていたかもしれない。

チームで戦うスポーツにおいて、そしてこれはスポーツに限るものではないのだろうけど、一部の能力ある人だけに頼るやり方にはきっと限界がある。

「これで最後やね」

咲がコートの中央でゼッケンに腕を通す陽菜たちを見下ろして言った。

「うん。これに勝てば9組が優勝だ」

俺たちは再び体育館の2階に立って決勝戦が始まるのを待っていた。赤司と三明は別の応援に行かなければならず、代わりにまた咲が来てくれた。

「さっきの試合、最後の最後まで俺たちが負けると思ってた」

「私も勝てるって思っとったよ」

咲が笑いながら言う。

「でも、あそこで連続3ポイントを決めちゃうのが陽菜らしいっていうか。さすがって思わされたよ」

「うん。あれはすごかった」

「あーあ、あとちょっとやったのになぁ」

「そう言えば、あの連続シュートを決める前、陽菜はチームのみんなに何て言ったん?」

ゲームの終盤、陽菜の一言でチームメイトの表情が明るくなって、そこから試合の流れが変わったのだ。

「まだ大丈夫だよ、最後の1分間、私を信じてボールを回して欲しい、だってさ。相手にも聞こえるように言うなんて、バカにしてるのかと思ったけど実際にやってのけちゃうんだから世話ないよ」

俺は驚きとあきれたのが入り混じって、あはは……と渇いた笑いが出る。

「でも行徳さんだって最後に陽菜を抜いてたやん。あれはやられるって思った」

「まあ陽菜は何カ月もブランクがあったもんね」

「それもあるかもしれんけど、行徳さんも前より上手くなってたよ」

咲は嬉しそうに笑うと、身震いでもしたのか両腕を交差させてそれぞれの腕を掴んだ。

「はは、なんかそう褒められるとむずがゆくなっちゃうや。ありがと」

そう言われると今度はこっちの方がむずがゆい思いがしてきて、耳の先にやや熱がこもるのを感じた。

「でもね、上達の話で言うと、決勝の相手は陽菜が抜けてからすごく上手くなったんよ」

「ああ、相手は2年生だよな。やっぱりバスケ部の先輩か」

「うん。陽菜が1年のエースなら先輩はもともと2年のエースみたいな人。それから3年生も陽菜もいなくなって、先輩がバスケ部のエースになってからどんどん上手くなっていったんよ」

「へぇ、そういうこともあるんや」

「責任感のある人やから、きっと陽菜がいなくなった分まで頑張ろうとしてくれてるんだと思う。実際に陽菜がクラスマッチに出るって知ってから一番燃えてたのが先輩だよ」

陽菜と現バスケ部エースとの対決。もしかしたら相手は陽菜より強いのかもしれない。

「1つ聞きたいんやけど」

「どうしたの?」

「陽菜がバスケ部を辞めるきっかけになった試合、あの時に陽菜はどう動いてた?」

「なんとかしようと頑張ってたよ。ドリブルにシュートにパス、色々試してた。でも、どれも相手の方が上手うわてでずっと相手チームのペースで試合が進んでた」

「そうか」

陽菜はバスケにおいてずっとゲームの中心にいたのだろう。それは彼女に局面を打開して試合に流れを起こす能力が備わっていたからであって、逆に言うと陽菜が上手く動けるかどうかがチームの勝敗を左右した。

今の彼女には以前ほど試合の流れを変えるような力はないかもしれない。ただ、彼女自身がそのことを理解している。それなら今度はどう動くのか。

「試合、始まるね」

咲がつぶやく。出場する生徒がそれぞれ自分のポジションについて、審判がボールを真上に投げる。ついに決勝戦が始まった。

ジャンプボールを制し、最初の攻めをこちらが取る。

陽菜がボールを運び、先輩と対面する。先輩は陽菜のことをわかっているから、まだまだゴールからは離れていたけどシュートを打たせないよう陽菜にぴったりくっついている。

それならとドリブルで抜こうとした矢先、ボールは先輩に弾かれて陽菜の手からこぼれ落ちる。先輩は彼女がドリブルで攻めてくることを見抜いていた。

ボールを奪われ、そのまま先制点を決められてしまった。

その後も試合は相手チームが優勢のまま進んでいく。

「すごい、あの先輩、かなり陽菜の動きを読んでる」

「うん、私も正直ここまで陽菜が抑えられるとは思わなかった」

「ずっと一緒に部活してたから相手の動きがわかるのかな」

「私でも何となくならわかるし、それもあると思う。やけど、あそこまで陽菜を抑えるのは先輩だからこそだよ」

先輩が陽菜を抜いてシュートを決める。陽菜のように3ポイントシュートを打つことはないが、ドリブルでの切り込みが恐ろしく上手い。

結局、前半が終わったところでお互いの得点は4-10。こちらは6点差で負けていた。

休憩をはさんで後半戦が始まる。攻める方向が入れ替わって、陽菜たちはさっきとは反対側のコートに立つ。

「これで何とかしないと……」

俺はすっかり不安になっていた。

後半で逆転しないと私たちは負ける。2階で試合を見守る陽も他のチームメイトもみんな不安げな表情をしている。

こういう時に自分から何かを提案できればいいのに、と少し悔しい気持ちになりながら、私はたまらず陽菜に話しかけた。

「どうする? 何か、私にできることある?」

一方の陽菜は、本当に今の状況を理解しているのかと疑ってしまいそうになるほど元気に返事をする。

「うん! 後半はシャーロットにもかなり頼らせてもらうよ!」

そして明るく笑いながら彼女はチームのみんなに作戦を伝えた。

後半戦は相手ボールから始まる。

まずは相手の攻撃を止めないといけないのだけど、対策はそれほど難しくなかった。バスケ部のエースらしいあの先輩は、ボールさばきは流水のように滑らかだけど陽菜みたく遠距離のシュートが入るわけじゃない。

だから陽菜はあらかじめ間をとってディフェンスを構える。かつて彼女が私に対してとったのと同じ戦法だ。

そしてもう1つ――。

「陽菜がいなくなってから、前よりずっと努力するようになった」

先輩がドリブルをつきながらゆっくりと陽菜に近づく。

「バスケ部は陽菜の分まで私が頑張るけん。それを証明するために、今日は陽菜を倒して私たちが優勝するよ」

その言葉に勇み立ったのか、陽菜はやる気と嬉しさの入り混じったような笑顔を浮かべる。

「優勝はゆずりません」

先輩は体の重心をやや落として攻め込む姿勢を取った。

「前の私じゃ陽菜には勝てなかった。だけど、今ならきっと勝てるわ」

「確かに私は先輩には勝てないかもしれません。それでも9組は試合に勝ちます」

「無理よ」

先輩が緩急をつけて中に切り込んでくる。大丈夫、この位置なら私がカバーに入れる。

――きっと先輩はそれでも私を抜いてくる。

試合が始まる前、陽菜自身がそう言っていた。だから私は、陽菜が抜かれるのを前提にして、できるだけ彼女の近く、いつでもカバーに入れる位置にいるようにしていた。

先輩が陽菜のディフェンスを振り切ったタイミングを見計らって、私はその行く先に体を入れ込む。タイミングはばっちりだった。

だけど、それは先輩の攻めをワンテンポ遅らせただけで、彼女はすぐに向きを変えて私を振り切ろうとした。私は慌てて振り切られないように走って、再び先輩の向かう先を阻もうとする。

直後、私は逆側から先輩に抜かれていた。こうもあっさりと2人を抜くなんて。2人でなら抑えられると思っていた。私の読みは甘かったのだ。

やっぱり陽菜の読みが正しかった。

私が抜かれた後、すぐに他のメンバーたちがこぞって先輩を止めにかかる。これにはさすがの彼女も手に余ってチームメイトにパスを出した。パスを受け取った生徒はディフェンスのいない中、ゴール付近でシュートを打つ。入ってしまうのではと肝を冷やしたけど、運よくシュートはリングからこぼれて、私が落ちてくるボールをキャッチすることができた。

――きっと先輩はそれでも私を抜いてくる。だから、みんなで止めて欲しいの。

とにかくみんなで先輩を止めることを第一に考える。その分、ディフェンスの穴が開いても仕方ない。先輩の勢いを止められるならその方がずっといい。陽菜はそう言った。

相手チームは攻めも守りも明らかにあの先輩に頼り切っていた。チームの中核を抑えれば、途端に全体が機能しなくなることを陽菜は自分の体験から知っていたのだ。

ひとまず先ほどのシュートが入らなかったことに胸をなでおろしつつ、私はドリブルで相手側のコートまでボールを運ぶ。

点を取れないと結局のところ私たちは勝てない。つまり、次の作戦が上手くいくかどうかがチームの命運を握っている。

相手側のコートに入った時、私たちは動き出した。

陽菜だけがコートの左サイドの隅に、他の4人は右サイドに移動したのだ。先輩はシュートの得意な陽菜から離れることはできないから、これで陽菜と先輩だけが排除された形になった。

私がディフェンスを抜きながらパスを回し、ようやくこちらが追加点を決める。

「まさか、陽菜が自分を外すことを選ぶなんて」

点を決めた直後、先輩がそう言うのが聞こえた。

「もしもあの時の私にこうすることができていたら、試合には勝てたのかもしれません」

ディフェンスに戻る陽菜を見つめる先輩がとても驚いた表情をしていたのが印象的だった。

そのまま私たちは最後まで全力を尽くしたけど、結果は12-14で9組の負けに終わった。

全ての試合が終わった後、優勝したクラスの表彰が行われてクラスマッチの全工程が終了となった。放課後、俺はシャーロットと2人で部室ぶしつに行った。陽菜も少し遅れて来るそうだ。

「That was close.(惜しかったな)」

「Yeah, if only we had had one more minute.(ほんとよ、あと1分あったらなぁ)」

「How was Hina?(陽菜はどうだった?)」

「I think she had fun.(楽しんでたと思う)」

「Glad to hear that.(それならよかった)」

「Besides, everyone from the basketball club seemed to have fun too.(それに、バスケ部の人も楽しんでたみたいだったよ)」

シャーロットはニコリと笑った。

「お待たせ!」

ドアの開く音とともに陽菜が入ってきた。彼女はここに来る前、咲たちと話していたようだった。

「もうバスケ部との話はいいのか?」

「うん、全部終わったよ」

彼女の晴れやかな表情を見て安心する。

「それじゃあ」

俺の言葉に陽菜は首を縦に振る。

「I want to join the ESS club officially.(正式にESS部に入部したい)」

まだまだゆっくりとはいえ、彼女が英語をしゃべったことに俺とシャーロットは顔を見合わせた。

「I think I should sometimes speak English if I really become a member.(もし本当に入るんだったら、たまには英語をしゃべらないとと思って)」

陽菜は少し恥ずかしそうに笑った。その様子がおかしくてこちらも声に出して笑う。シャーロットが嬉しそうに言った。

「Of course, yes!! You are now in the ESS club. I couldn't be happier!!(もちろん歓迎よ! 陽菜がESS部のメンバーになるなんて、こんなに嬉しいことはないわ!)」

「Same here. I'm so glad you decided to stay with us.(俺もだよ。ここに残ってくれて本当に嬉しい)」

「このままじゃ英語しか使っちゃいけない雰囲気になりそうやけん、そろそろ日本語使うね」

陽菜がけろっと言ってのける。

「お前、せっかく英語の部活っぽい流れやったのに」

「あはは、ごめんって。もう少し私の英語力が伸びたら挑戦させて」

「You speak English here to improve your English.(英語力を伸ばすためにここで英語をしゃべるんじゃないか)」

俺が意地悪く言うとシャーロットも笑いながらそれにのった。

「You are right. We should speak English everyday!(その通りね、毎日英語しゃべりましょ!)」

「うわっ、今の会話わかっちゃったよ。そんなぁー」

こうして、ESS部は正式に3人で活動していくことになった。

ストーリーで使われた英語表現

※ストーリー中に使用された英語表現の解説をしていきます(ここでの解説はあくまでもご参考程度にお読みください)。本作品のストーリーとは無関係なので、興味がないという方や解説不要という方は飛ばしていただいて構いません!

今回は英語の会話がほとんどなかったこともあり、解説するような内容がありません。。。

ということで需要があるかは不明ですが、何も書かないのも寂しいので英語に関する私の経歴を書こうと思います。

そもそも私は大学に入るまで特段、英語ができる生徒ではありませんでした。高校は普通の進学校(偏差値60ちょいくらい)で普通に授業を受け、大学受験の時はそれなりに頑張りましたが、それでもセンター試験の点数は168点(リスニング38点)とまあ「そこそこはできるけどめっちゃすごいわけではない」感じでした。

海外経験もなかったのでスピーキングやライティングは【お察しください】です。

本格的に英語の勉強を始めたのは大学生になってからです。勉強を始めた理由は、通学時間があまりに暇だったのとたまたま同じ授業を取っていた帰国子女の生徒に対してちょっとした対抗心を燃やしたというとても個人的なものでした。

ちなみに大学は法学部だったので英語は基本的にすべて独学で勉強しています。

教材は当時、流行っていた(今も流行ってる?)スピードラーニングを購入して、それを聞きながらひたすらスクリプトを読んでいました。キャンパスがめちゃくちゃ遠かったこともあり、何だかんだ毎日3時間ほど教材と向き合っていたと思います。

特に具体的な目標を掲げていたわけではなく、ほとんど趣味でやっていたので、TOEICのような英語系の資格を受験することもありませんでした。

そんな状況が変わったのは、大学1年の終わりごろ、英語の授業免除を狙って初めてTOEICを受験した時です。

ネットでコツや頻出単語を調べ、公式問題集もいくつか買って解きました。事前の準備をした甲斐かいあってスコアは825点(リスニング435点、リーディング390点)でした。

そこで調子に乗った私は、前々からぼんやりと興味のあった留学に向けて本格的に準備を進めることに決めました。

留学希望者にとっての障害はお金や単位など諸々ありますが、何よりもTOEFLです。

TOEFLというのは留学する人が受けるTOEICのようなもので、(ざっくりとした説明ですが)後者が日常からビジネスで使う英語を取り扱うのに対して、前者は学術における英語を扱います。

TOEFLにはリーディングとリスニングの他にもスピーキングやライティングがあり、当時はTOEICより圧倒的にTOEFLの方が難しかったです。

さて、同じく教材を買い(余談ですがTOEFLの辞書のような公式問題集を見たときはそれだけで挫折しかけました)それなりに対策をして受けたのですが、初受験のスコアは67。

私の大学では留学するのに大体80くらい必要だったので、これでは【お察しください】状態でした。

そこから引き続きTOEFLの勉強を続け、途中でIELTSという別の試験に逃げ込んだり、受験料だけで総額8万近く失ったりして、何だかんだ2年前期の終わりごろに89点(リーディング23点、リスニング21点、スピーキング22点、ライティング23点)を取って、無事に留学することができました。

5か月ほどの留学期間が終わり、資格を取る必要のなくなった私はめっきり試験を受けなくなりました。

通学中は、留学先の寮で一緒に住んでいたオーストラリア人に勧められたアメリカのアニメを見たり、日本のアニメが英語吹き替えされていることを知ってからはそれを見たりして、何となく毎日英語に触れるよう気を付ける程度でした。

大学3年生の後期になり、まわりは就活モードになりました。私も履歴書にはくをと思い出したようにTOEIC受験を申し込んだのですが、別件と重なってしまい未受験のためスコアは最低点の10点。これは今でも私のTOEIC最新スコアです。

何とか無事に就活を終え、大学を卒業せんとする大学4年生の終わり。とある事情で私は再びたっぷりと苦しめられたTOEFLを受けなければならなくなりました。

調子に乗ってあまり対策せずに受けたら、留学前よりスピーキングの点数が落ちるという悲劇もありましたが、忸怩じくじたる思いを抱えながらしっかりと対策をしてもう一度受けた結果は104点(リーディング27点、リスニング27点、スピーキング22点、ライティング28点)。あれ、スピーキング留学前と変わってない、、、。

やや走りましたが私の経歴はこんな感じです。大学を卒業してからは英語の試験を受ける機会がないので英語力の推移はわかりません。そんなに落ちてないといいけど。

そして、今では英語とほとんど無縁の仕事に就いています。あんだけ時間をかけたのにもったいない、という気がしなくもないですが、たまに同僚から英語の翻訳をお願いされたりこうして英語を題材にした物語を書いていたりと、まあまったく無駄になったわけではないなぁと思っています。

以上で終わりになります。ここまで読んでいただいてありがとうございました! 少しでも興味を持ってくれたり、参考になったりしたなら嬉しいです。


ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。今後も最新話ができ次第Twitterにてお知らせしていきますので、もしよければフォローしていただけると嬉しいです!