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第14話:Speech Contest.(part 1)

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第14話:Speech Contest.(part 1)

頭を空にしてぼんやりとしていた。教室のほぼ中央に位置する俺の席にも窓の外からの心地よい風が届いてくる。9月も後半に入って、暑いと感じる日はあまりなくなった。視線を落として机の上にだらりと置いている自分の右腕を見る。今週からワイシャツを長袖に変えていた。

夏は、もう終わったのだ。

「これで帰りのホームルームを終わります」

大楠先生がそう言うと、クラスの生徒は起立をして礼をする。いつもと同じように1日の正課が終わった。

俺は放課後になると特に用事がない限りそのまままっすぐ部室ぶしつへ向かう。逆に陽菜とシャーロットは放課後もしばらく友達としゃべっているようで、部室にやって来るのは15分から30分後だ。つまり、まっすぐ部室へ向かうとは言え、俺はいつもその途中で職員室に立ち寄り、鍵をもらわなくてはならないのだ。現に今、俺は職員室に向かっている。

「失礼します」

ドアを開けて職員室に入る。先生たちは誰もその声に反応しない。ほとんど決まり文句みたいなものだし、俺自身、先生から反応されるとそれと一緒に普段の学業に関してご鞭撻べんたつたまわることがあるから、むしろ反応されない方が望ましい。しかし、こうも誰も反応しないのであれば、自分は一体誰に対して失礼しているのだろうか。

鍵は鍵置き場に掛けられているかダニエル先生が持っているかのどちらかだ。たいていの場合は後者であり、今回も俺は鍵置き場に鍵がないことを確認するとダニエル先生の席へと歩いていった。

部室ぶしつの鍵を借りてもいいですか?」

「Here you go!(はい、どうぞ!)」

ダニエル先生は放課後に限らず、いつ頼んでもあっさりと鍵を貸してくれる。ちなみに、先生との1対1の会話ではいつも、俺は日本語をしゃべり先生は英語をしゃべるという奇妙なやり取りが起こっていた。

「先生はどうしていつも英語でしゃべってくるんですか?」

「English is easier for me to speak. I can say the same thing, don't I? You speak English. Yet, you always use Japanese when it's just two of us.(英語の方が僕にとってしゃべりやすいからね。これはお互い様さ。麻生くんだって英語がしゃべれるのに2人の時はいつも日本語を使うだろう?)」

「確かにそうですね」

「By the way,(ところで、)」

そう言うと、先生は机の引き出しからカラー印刷された一枚の紙を取り出してこちらに手渡してきた。一体何なのかと不審に思いつつも俺は黙ってそれを受け取る。最初に目に入ってきたのは中央で両手を開きながらしゃべっている高校生のイラストだった。その周りには5、6の英単語がカラフルに踊っていて、その上にはひときわ大きな文字が太字で並んでいる。

「高校生英語スピーチコンテスト?」

「That's right! An English speech contest is going to be held in 1 month, and this is the application guideline. As we call ourselves ESS club, I think we should participate in this!(その通り! 英語のスピーチコンテストが1ヶ月後に開催されるんだけど、これはその募集要項だよ。ESS部を標榜ひょうぼうする者として、ぜひともこれに参加してみないかい?)」

「人前で話すのはあまり得意じゃないんですけど」

「Come on. Please don't be shy. The ESS club used to join this contest every year until it was suspended. It's all upon your big shoulders if our precious tradition comes back to life like a phoenix or dies forever!(まあまあ、どうかそんなふうに恥ずかしがらないでくれよ。ESS部は休部になるまで毎年このコンテストに参加してたんだ。僕たちの大事な伝統が不死鳥のように舞い戻るか、それとも永遠に葬り去られてしまうのか、すべては君の双肩にかかっている!)」

先生はまるで演説でもしているかのように身振り手振りを交えながら熱い眼差しを俺によこしてくる。かなりの演技派だ。これならいっそ先生がコンテストに出場すればよいのだ。

このように言い返してやりたい気持ちはあったが、一方でそれを口にするのは野暮に感じた。なんだかんだ言っても、ESS部のことで先生には感謝している。それに、先生のように悲喜の落差が激しい人が相手だと頼みを断わるのも面倒だ。ただ一点、先生の方もそれをわかった上でわざとこういう振る舞いをしている気がして釈然しゃくぜんとしないが。

「……わかりました。そこまで言うなら、とりあえず他の2人にも聞いてみます」

「Oh, you will!? That's great. That is really great! Please read the details carefully.(おお、そうしてくれるかい!? それは良い。実に良い! ぜひじっくりと中身を読んでみてくれ)」

なんて白々しい。ESS部にはどうもこういうあざとさを持った人間が多いように思われる。

俺は職員室を出ると、右手に部室ぶしつの鍵、左手に先ほどのスピーチコンテストの募集要項の紙を持って部室へと向かった。階段を下りて廊下を渡り、その突き当りから校舎の外に出ると、右手に校庭、左手にコンクリート造りの古い小屋が見える。その小屋が我らESS部の部室だ。あと2、3年もすれば改修工事の対象に入るらしい……。

鍵穴に差して、何度かトライしたのちに鍵は上手く右に回ってくれた。ガチャリと解錠かいじょうの合図が鳴る。ドアを開けて中に入ると、鍵とチラシと肩にかけていたカバンをテーブルの上にどさりと置いて、ついでに室内を横断する。奥の壁に取り付けられた窓を半分開くためだ。最後に決まった位置の椅子に腰かけて、いつの間にか生まれた俺のルーティーンが完了する。

「はぁー」

上半身を曲げてテーブルの上にうつ伏せになる。顔を右に向けると、スピーチコンテストの一枚紙が目に入った。ページ上部に見出しや高校生のイラストがあって、募集要項は下部に書かれている。俺は腕を伸ばしてその片隅を指でつまむと、クレーンのように持ち上げてゆっくりと目の前に持ってくる。別に中身を読みたかったわけじゃない。ただ手持ち無沙汰をまぎらわしたかったのだ。2人が来るまで恐らくまだ15分くらいかかるだろう。

ESS部では部活動をいつするとか部活動で何をやるとかの予定は立てていない。だから、いつも行ける人が適当に部室ぶしつに行って(と言っても、事前にシャーロットや陽菜がその日に部室に来るかどうか尋ねてくることが多いから、たいていは誰が来るかわかっている)、好きなことをして時間を潰して、気が済んだらそれぞれ自由に家に帰る。今日は2人とも部室には来るけど、陽菜は途中で先に帰るらしい。

ふと外から生徒の掛け声が聞こえた。たぶん野球部かそこらだろう。まだ放課後になってそんなに時間が経っていないのに、もう練習を始めているのか。

俺は紙をぶら下げていた腕をばたりとテーブルの上に倒した。その反動で指から紙が抜けたのがわかった。ちょうどいい強さの風が横から吹いてくる。きっとこの風のせいで紙はさらにどこかへ吹き飛ばされてしまっただろう。だけど、わざわざ体を起こしてそれを拾いに行く気にはなれなかった。

俺は静かに目をつぶった。今、この瞬間がとても心地いい。

――――。

……っっ!

ハッとして体を起こす。その瞬間、口から少しよだれが垂れていることに気付いて慌てて顔の下半分を隠した。視界の左側に両目を大きく開いてこちらを見つめるシャーロットがいる。

「Don't surprise me.(驚かさないでよ)」

「I didn't mean to.(そんなつもりじゃなかった)」

シャーロットに背を向け、カバンの中に入れていたポケットティッシュで口元をく。何だか様子がおかしい。首が痛いし頭がぐらぐらする。これは寝違えた時の感覚だ。

「Do you have the time?(時間わかる?)」

「Let me see. It's four fortysix.(ちょっと待って。4時46分だよ)」

「I slept for over 30 minutes...(30分以上も寝てたのか……)」

「It was fun.(面白かったわ)」

……面白かった? 頭の中で嫌な予感がした。

「Wait, what do you mean?(待て、どういう意味だ?)」

「Nothing.(なんでも)」

「What did you do to me!?(俺に何をした!?)」

「Ah, it seems Hina's back.(あっ、陽菜が戻ってきたみたいね)」

また適当なことを言ってごまかそうとしているに違いない、と思っていたから、そのあと本当にドアが開いて陽菜がやってきたのには肝を潰した。彼女はカバンを持っていない。てっきり今ここに着いたのかと思ったけど、どうやらすでに部室ぶしつに来ていてトイレか何かで一時的に外に出ていただけのようだった。

「あ、やっと起きたんだ!」

陽菜は俺を見るといつもの弾むような声で言った。

「俺はそんなに眠り込んでたのか?」

「うん! 口元からよだれを垂らすくらいには!」

「……やめて」

自分の醜態しゅうたいを見られていたと知ってうなれる。すると、陽菜がテーブルの上から1枚の紙を取り上げて俺の前に突き出してきた。

「それよりこれなに? 床に落ちとったけど。参加したいと?」

スピーチコンテストの紙だった。

「ああ、これは」

「参加したい!」

俺がしゃべっていることなんてお構いなしに、シャーロットはわざわざ椅子いすから立ち上がって参加の意を表明した。

「中身はもう読んだのか?」

「英語のspeech contest、でしょ!?」

このようにシャーロットが日本語と英語の混ざった文章を言う時、彼女のややたどたどしくしゃべる日本語と完璧な発音で発せられる英語とのギャップが際立つ。俺はそれが面白くてひそかに気に入っていた。

「私、英語しゃべれる!」

「なんかそれずるくないか? てか、俺もさっきダニエル先生から貰っただけでまだちゃんと中身を読んでないんよ」

「そうなんだ! 私たちも細かいところはまだなんよね。えーっと……」

それから陽菜はコンテストの要項を読み上げた。それによると、スピーチで使用する言語は当然ながら英語。スピーチの長さは5分以内。少し拍子抜けなのが、スピーチコンテストと言っても誰もが出場できるわけではなく、実際は事前の審査を通過した10名ほどしかステージに立つことができないということだ。応募は必要事項と共に自身のスピーチを録音したデータを指定のメールアドレス宛てに送付することで完了する。送られた録音データを元に審査が行われ、本選の出場者が決定されるというわけだ。

そして、肝心のスピーチのテーマは「英語」だった。

「英語がテーマって、やけに範囲が広いな」

「ね、何のこと話せばいいんやろ? あっ! ちょっと待って。これ3位までは賞金出るみたい! 1位は5万円だって!」

「5万円!?」

予想以上の金額にそれまでだらりと崩れていた俺の背中は前傾になった。

「ダニエル先生め、じっくり中身を読んでくれってこういうことか。あえてそれを口にしないのがまたあくどい……」

「私はcontestを優勝する!」

シャーロットは立ち上がって両手でガッツポーズをした。その大きな瞳には本当に光を放つんじゃないかと思うほど、希望とやる気が詰まっている。

「5万円あったら色んなことできるもんねー」

陽菜が募集要項の紙の上からひょっこりと顔を覗かせて言った。

「勝ったらみんなで、温泉行きたい!」

シャーロットが前のめりに提案する。

「温泉?」

「うん! ユフインに行ってみたいの!」

「ああ、確かに5万円あればみんなで湯布院に行けるかもなぁ」

せっかく5万円もらえるなら自分のために使えばいいのにと思うけど、きっと彼女は自分一人で使うよりもみんなで楽しむことに使いたいと心から思っているんだろう。俺は彼女のこうした、良いことは一番にみんなで分かち合おうとする考え方を素直に尊敬している。

「それじゃあ、もし誰かが賞金を手に入れたらそれは部のみんなで使うことにするか」

「やったぁ! 2人で私を湯布院に連れてって!」

「おい」

陽菜はあははと笑ったあと、再び募集要項に視線を戻して続きを読み始めた。

「応募の締め切りは30日で、コンテスト自体は10月14日にあるんだって! 締め切りまであと11日かぁ。あとは注意事項があって、あっ……」

そこで彼女の声が止まる。

「あっ?」

俺は陽菜が音読を止めた理由が気になってすぐに尋ねた。

「英語が母語の方の参加はお控えください、だって……」

始めからそんな気はしていたけど、ここまで盛り上がっておいて今さらそれが発覚するなんて。俺と陽菜はお互いに決まりの悪い表情で顔を見合わせると、同時にゆっくりとシャーロットの方へ顔を向ける。対する彼女はその日本語の意味がわからなかったようで、両の目を満月みたいに丸くさせていた。

「えっと……、ぼご? おひかえ?」

「In other words, you can't participate in the contest.(つまり、シャーロットはコンテストに参加できないんだよ)」

「You gotta be kidding me...(冗談でしょ……)」

シャーロットは目を見開いて「絶望しました」という心情を見事に顔で表現する。それがあまりに上手くできているから、俺はつい笑い出してしまいそうになる。本当にこの表情の豊かさはどこからやってくるのか。例え世界の終わりが来ると知っても俺にはここまで変化に富んだ表情はできないだろう。

それから彼女はすっかりねてしまったようで、ため息をつきながらテーブルの上にうつ伏せると両腕の間に顔をうずめた。

「It could be a piece of cake.(楽勝だと思ったのにぃ)」

「……残念だったな。陽菜は参加するやろ?」

「そうね、自信ないけどせっかくESS部に入ったんやもん! やるだけやってみる!」

陽菜ならきっとそう言うだろうと思っていた。俺も人前で発表するのは嫌だけどひとまず応募してみるくらいならいいかと思ったから、これで俺たちESS部のスピーチコンテスト参加が決まった。

翌日から俺は早速スピーチの原稿作りに取り掛かった。

授業と授業の間にある休み時間、俺は自分の席で真っ白な紙とにらめっこする。「英語」なんていう広いテーマなんだから、えいっと方向さえ決めてしまえば何かしらペンは動かせるはずなのに、肝心の方向がさっぱり決まらない。ときどき頭を上下左右に揺らしながら考え込んでいると、俺が何をしているのか気になったか、いつもの男子2人がとぼとぼとこちらにやってきた。

「なにしとるん? 読書か?」

片方がニヤリとしながら白紙を指さして言う。

「ここに文字が見えるなら眼科に行った方が良いぞ」

「大丈夫、俺にも何も見えとらん! それより麻生も今日カラオケこん?」

「カラオケ?」

「先生の都合で急に部活が休みになったんよ。やけん、みんなで行こうってなってさ」

「みんなって他にもおるんか」

「まあな。やけど、部屋をいくつかに分けるけん麻生のとこは俺らだけにするから」

いくら部屋の中じゃ3人だけって言っても部員のみんなでいくんじゃ俺がいくのはおかしいだろう。

「いや、すまんけどパスするわ。変な空気になったら悪いしな」

「ならん! 俺が保証するけん!」

相手は食い気味に言い返してきた。奇妙だ。そんなに俺を来させたいのか。眉をひそめてもう1人の方に顔を向けると、彼が理由を説明してくれた。

「こいつ、カラオケ店の入店スタンプが欲しいんよ。あと1人でちょうど1時間無料券がもらえる計算なんだ」

「結局ポイント集めかよ!」

「人助けだと思って、な?」

男は両手を俺の前で合わせると短髪の頭を大きく振り下げてお願いする。

「悪いが他を当たってくれ」

「まじかぁー」

男ががっくりと肩を落として残念がっていると、もう1人が机上の白紙を指さして改めて俺に尋ねてきた。

「んで、なんなんそれ?」

「今度、部活で英語のスピーチコンテストに応募することなったんよ。それで原稿を考えとるんやけど出だしがさっぱり思い浮かばん」

「また英語か。よくあんな記号の羅列を読めるよな」

落とした肩をもう引き上げて口を挟んできた。

「英語をヒエログリフみたいに言うなよ」

「でもさ、英語って高校なってから加速度的に難しくなったよな。俺、中学までは得意やったのに最近は順調に点を落としていっとるぜ」

もう1人も背を反らしながらぶっきらぼうに言う。

俺は半分ダメもとで、2人に今回のテーマについて質問を投げてみた。

「なあ、英語ってなんやと思う?」

「なんやそれ」

「スピーチのテーマが英語なんよ。やけどどんなこと書けばいいかさっぱりわからんくて。お前らやったらなん書く?」

「わからん」

2人が即答する。こいつら。せめて少しぐらい考えてくれてもいいだろう。

「まあ、英語しゃべれるのはかっこいいと思う」

俺の思いが通じたのか、すぐに片方が黒淵のメガネをクイッとかけ直しながら言ってくれた。彼はその日の授業によってメガネとコンタクトレンズを使い分けている。

「俺が英語しゃべるのをかっこいいと思ってたのか?」

彼は「少しはな」と気恥ずかしそうに答えた。

「俺も麻生がシャーロットさんと英語で話してる時だけはすげーって思うわ」

もう1人が口を開く。

「だけかよ」

「ああ、だけだ」

男は握ったこぶしに親指を立てながら腹の立つ笑顔をよこしてきた。

それにしても、2人とも俺が英語をしゃべれることをかっこいいと思ってくれていたなんて。普段そんな素振りをまったく見せないから、正直ちょっと嬉しくなってしまう。

「お、チャイムなったな。んじゃ戻るか」

2人が自分の席の方へ体を向ける。俺は最後にお礼を伝えたくて反射的に2人を呼び止めた。

「三明、赤司」

「ん?」

「いや、その……」

しかし、いざ言おうとすると急に恥ずかしくなって言葉が喉元のどもとにつっかえる。

「何だよ、チャイム終わるやろ」

短髪の三明が急かしてくる。

「……やっぱり俺もカラオケ行くわ」

2人は目を丸くしてお互いの顔を見合った。しかし、ただ見合うだけで彼らの口は一向に開く気配がない。

「せめて、返事くらいしろよ」

あまりの決まりの悪さに耐えかねて不満をらすと、三明も赤司もふっと笑って満足げな表情でこちらを見た。

「おっけ!」

2人はこちらに背を向けてそれぞれ自分の席へと帰っていく。むぅ、何だか負けた気分だ。自分で言うのも残念だけど、俺は意外にちょろい人間だと思う。

帰りのホームルームが終わって放課後になった。俺はすぐに席から立ちあがると、カバンを肩にかけて2人のところへ行こうとする。

「Haru, wait!(陽、待って!)」

振り返るとシャーロットが立っていた。

「What's up?(どうした?)」

「Daniel was looking for you. He said he wanted to talk with you.(ダニエル先生が探してたよ。話したいことがあるんだって)」

「He wants to talk? Alright, thanks.(先生が話? わかった、ありがと)」

三明と赤司にカラオケ店に行くのが遅れることを伝えて、俺は1人、職員室へ向かった。職員室の扉を開けるとちょうどダニエル先生が近くを歩いていて、先生は俺に気が付くと手招きをしながら自分の机へと戻っていった。

「それで、どうしたんですか?」

俺は仕方なく先生の机まで行って尋ねる。

「Well, the thing is,,,(いやあ、それが……)」

ダニエル先生は少し引きつった笑みを顔面に張り付けて、ゆっくりと机からまた昨日と同じような1枚のぺら紙を取り出した。

「The application I handed over to you yesterday seems to be the one last year.(昨日渡した募集要項なんだけど、どうやらあれは去年のだったみたいで)」

「えぇぇ……」

あははと笑ってごまかす先生に半ばあきれながら今年の分を受け取る。

「よかった、締め切りは1日ずれてるだけか」

「Yeah, if they changed the date and it's already past the deadline, I would get beat up by everyone. Ahahaha.(うん、もし締め切りが変わっててもう過ぎてたとかだったら、僕は君たちから叩かれてたんだろうな。あははは)」

「そうですね」

「...My sincere apologies.(……すまなかった)」

俺は職員室を出ると新たな募集要項の紙を持ってESS部の部室ぶしつへと向かった。締め切りの方は問題ないがスピーチのテーマが「英語」から「変化」に変わっていた(相変わらず茫漠ぼうばくとしたテーマだ)から、ついでにこのままシャーロットと陽菜に伝えてしまおうと思ったのだ。

2人に昨日渡したものが間違っていたことを告げ、ようやく校舎を出たのは放課後になってから30分が過ぎた頃だった。

「304は……」

学校近くのカラオケ店に入り、事前に聞いていた部屋番号を探す。幸いにも304号室はすぐに見つかった。

「お、やっと来たか!」

「あっ、久しぶりやねー」

ドアを開けるとマイクを持った三明と咲が声を掛けてきた。中には部屋のかどに沿ってソファーが2つ直角に置かれていて、片方には三明と赤司が、もう片方には咲と2人の女子生徒が座っている。彼女たちはどちらも女子バスケ部の部員で以前に3on3をやったメンバーだったから、これで当時の6人の内、陽菜とシャーロットを除いた4人がこの場にいることになる。

俺はドアを半開きにして体も半分だけ室内に入れたまま固まっていた。驚きで頭が真っ白になったのだ。それから一間置いて俺のとった行動は、一度また体を部屋の外に出してドア付近のプレートに書かれている部屋番号を確認するという何とも間抜けなものだった。もちろん頭の片隅ではこの部屋で間違いないとわかっていたが……。

「ははは、部屋はここで合っとるよ」

三明が手を叩いて笑う。

「ぐっ……」

こうしている今も曲は流れ続けている。俺はとりあえずドアを閉めると、できるだけ邪魔にならないよう画面の前を横断して素早く赤司の隣に腰を下ろした。

「おい、俺たちだけじゃなかったんか?」

すぐに赤司に耳打ちをする。そもそもシャーロットのみならず陽菜までもESS部に入った今、女バス部員からすれば俺はたちの悪い引き抜き屋だ。自分でもそれをわかっていたから学校で彼女たちと出くわすのを正直怖れていたし、現にあれから彼女たちと言葉を交わすこともなかった。それに、返事を聞くのが怖くて陽菜に陽菜と彼女たちとの関係がどうなっているのか尋ねることもできないでいたのだ。彼女たちがカラオケに参加すると知っていたら、恐らく俺はこの場にいなかっただろう。

そんなこちらの事情はどこ吹く風で、赤司はニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。

「俺も知らなかったんやけど、いつの間にか女バスも参加することになってたんよ。というよりな、元々は女バスの顧問の先生が熱で休んだらしくて、そしたらこっちの先生も急に用事が入ったとかで部活を休みにしたんよ。あの2人には前からうっすら噂はあったし、これはいよいよ間違いないやろ」

「……そうなんか」

知らない先生同士の色事なんかに構っている余裕はなくて、つい素っ気ない反応になってしまった。それが気にさわったのか、赤司はつまらないという表情をするとぶすっと黙り込んでしまった。俺は右斜め前に座る咲へ視線を移す。彼女はソファーの左端でじっと画面上の歌詞を目で追っていたが、すぐにこちらに気付いて目を合わせてきた。その顔は無表情に思えたけど、部屋の中は薄暗かったし俺たちの間には距離があったからはっきりとはわからない。

(と い れ)

彼女は声には出さず1文字ずつ口だけを大きく動かしてそう伝えてきた。トイレに来いと言うことか。さすがに俺と連れションをする意図でないことはわかる。話があるのだろう。俺は小さくうなずくと(さっき席に着いたばかりなのに)席を立ってドアを抜け、廊下を進んでトイレのそばで彼女を待った。

「呼び出してごめんね」

1分もしないうちに彼女はやってきた。こうして対面するのは久しぶりだ。最初に会った時よりも髪が伸びたからなのか、今では後ろ髪をってお団子を作っている。

「少し麻生くんと話したいことがあって。次いつ話すタイミングあるかわかんなかったから」

「うん、全然いいよ」

平静をよそっていたけど内側では緊張で心臓の鼓動が早くなっていた。

「あのさ、陽菜は麻生くんといる時どんな感じなんかな」

やや慎重な物言いだ。相手もいくらか気後れしているように見える。

「どんな感じって?」

「落ち込んでたのはもう大丈夫なのかな。麻生くんはどう思う?」

彼女の瞳がろうそくの火みたいに不安げに揺らめいた。その理由はわからなかったけど、とにかく俺はできるだけ反感を買わないように気を付けながら訥々とつとつと返事をする。

「陽菜は、大丈夫だと思う。まだ気にしてるところはあるかもしれんけど、俺から見ると、その、ESS部でも楽しそうにしてる」

「良かったぁ!」

彼女は壁にもたれながらふぅーっと息を吐いた。その反応に俺に対する敵意は微塵みじんも感じ取れない。俺はほっと胸をなでおろした。それで、本題に踏み込む余裕が生まれた。

「陽菜をESS部に誘ったこと、怒ってないのか?」

咲は壁にもたれたまま顔だけをこちらに反らす。その時、俺は初めて彼女がいたずらっぽくニヤリと笑うのを見たんだけど、それが陽菜の仕草に似ていたから不意にドキリとさせられた。

「怒っとらんよ。そもそも陽菜はバスケ部を辞めるのもESS部に入るのも自分で決めたんやし」

どう返事をすればいいのか一瞬迷って、俺はぎこちなく「ありがとう」と返した。

「でもね、しばらく悔しかった」

「悔しい?」

「私じゃ陽菜を元気にすることができなかったから。陽菜の気持ちを理解できなくて、なんて声を掛ければいいのかわからなかった。もちろん試合に負けたのは悔しいけど……、だって、何にしたって自分より上の人はどこかに必ずおるもん。それで、どうしてあんなに落ち込むのかわからんかった」

そうだ、と思った。そんな当然のことで落ち込むなんて贅沢なことだ。それは陽菜に才能があって、自分に自信を持てたからこそ成り立つ話なんだから。

「きっと、私には簡単に線を引けちゃうことに陽菜はこだわれるんだよね。それはすごいことで、でも、私にはちょっと寂しかった。自分とは違うんやなぁって思っちゃって。だから、麻生くんが陽菜を元気にしたのが悔しかったの」

「それは俺と陽菜が従姉妹いとこで、昔から知ってる仲だから」

「ううん、それだけじゃないと思う」

彼女は俺の発言をさえぎるように反論した。

「私から見たら麻生くんも持ってる・・・・人だよ。きっと、だから陽菜の気持ちが理解できた。しかも、自分の部に陽菜を入れちゃって。私、もう麻生くんとは仲良くできないって思った」

「……うん」

「それが1ヶ月くらい前の話」

咲はそれまでよりも少し声を明るくさせた。彼女の真意をはかりかねて、どう接するべきか悩んでいる俺のことを気遣きづかってくれたのだろうか。

「それから陽菜がまた明るくなっていくのを見て、私は嬉しかった。陽菜と前みたいに話せるようになってもっと嬉しくなった。人任せだし勝手な話だけど、私は今、麻生くんに感謝してる。もしかしたら麻生くんは私たちに対して気まずい思いをしてるかも知れんけど、もう誰も麻生くんのことを嫌だと思っとる人はおらんけん。そのことを伝えたかった」

俺は気持ちが高揚していくのを感じた。この感覚をどう形容すればいいのかわからなかったけど、少し考えて、俺はその正体が嬉しいという気持ちなんだと気付いた。

最後に彼女は呼び出しに応じてトイレの前まで来てくれたことへのお礼を述べてから、戻ろっか、と言った。彼女が体の向きを変える直前、俺は口を開く。

「俺が陽菜とちゃんと話ができたのは、行徳(咲)さんが陽菜が部活を辞めたことを教えてくれたからだ。お礼を言わないとって思ってたけど、陽菜をESS部に誘ったのは俺だから、会うのが気まずくて今まで言えなかった。ごめん。ほんとにありがとう」

俺が言い終わると、咲はニッと笑って2、3歩こちらに近づいた。それからスマホをポケットから取り出して、それを胸の位置まで持ち上げて言った。

「良かったらさ、連絡先きいてもいい? これから仲良くしようよ」

俺はふっと顔がほころんだ。こくりとうなずくと同じく学生ズボンのポケットからスマホを取り出して、自分のアカウントのQRコードを差し出した。

咲と一緒に部屋に戻ると、赤司と三明からいくらか茶々を入れられた。それからまた順番に(時には1人で、そして時には複数人で)歌を歌っていく。みんなの歌を聞きながら、俺は例のスピーチコンテストのことを思い出していた。――変化。俺の高校生活は入学当初から大きく変わった。シャーロットと出会って、陽菜に相談して、部活を作って、他の部の手伝いをして、1つ1つ挙げ切れないほどたくさんのことが起こって、俺はみんなと仲良くなった。それは、もしも英語を話すことができなければ起こり得なかったことだ。英語が俺に付加価値を与えてくれた。そのおかげで俺は少しはみんなをプラスの気持ちにさせることができるのかもしれない。他の人から頼られるのは正直言って嬉しい。俺は今、間違いなくとても楽しい毎日を過ごしている。こんなことを思うのは初めてだけど、俺は英語を話せる自分がちょっとだけ好きになっている。

第14話:ストーリーで使われた英語表現

※ストーリー中に使用された英語表現の解説をしていきます(ここでの解説はあくまでもご参考程度にお読みください)。本作品のストーリーとは無関係なので、興味がないという方や解説不要という方は飛ばしていただいて構いません!

本作もいよいよ次回で一区切りとなります。思い返せば第1話を書いてからもうすぐ11か月。個人的には静かながらも色々なことがありました。今さらしみじみとしています。。。さて、第15話が公開されるのはもう少し先になりますが、どうか最後までよろしくお願いいたします!!

それでは解説に入ります。1つ目は「Come on. Please don't be shy. The ESS club used to join this contest every year until it was suspended. It's all upon your big shoulders if our precious tradition comes back to life like a phoenix or dies forever!(まあまあ、どうかそんなふうに恥ずかしがらないでくれよ。ESS部は休部になるまで毎年このコンテストに参加してたんだ。僕たちの大事な伝統が不死鳥のように舞い戻るか、それとも永遠に葬り去られてしまうのか、すべては君の双肩にかかっている!)」です。

文法的にはそれほど難しいものは使われていないので、純粋に単語と熟語の意味を1つずつ見ていこうと思います!

「Please don't be shy.(恥ずかしがりにならないでください)」→「shy」は日本語で言う「シャイ」と同じで「恥ずかしがりの、内気の」といった形容詞です。「The ESS club used to join this contest every year until it was suspended.(ESS部はそれが休部になるまで毎年このコンテストに参加していました)」→「used to」で「(かつて)~していた」という過去の意味、「until」は「~するまで(ずっと)」、「suspended」は「suspend(つるす、一時中止する、停職にする)」の過去分詞でここでは受け身の用法になっています。「It's all upon your big shoulders if our precious tradition comes back to life like a phoenix or dies forever!」→「upon」は「on」のやや形式ばった言い方、「it's on one's shoulders(それは君の肩の上にある)」は責任などが誰かに掛かっている時に使われる表現です。それを「big shoulders」と「big」をつけることで誇張した表現にしています(実際に「大きな肩」と言いたいわけではなく、日本語で言うと「君の大層な両肩」というように大げさに言っているだけです)。「if」はこの場合「もし~」ではなく「~かどうか」、「precious(貴重な、高価な)」、「tradition(伝統)」、「come back to life(生き返る、息を吹き返す)」、「phoenix(不死鳥、フェニックス)」、「die forever(永遠に死ぬ)」は和訳では文脈的に「永遠に葬り去られる」と誇張して書きました。

次は2ページ目で陽が言っていた「Do you have the time?(時間わかる?)」です。一見すると間違いやすい表現なので説明しておきます!

時間を尋ねる表現は「What's the time?」や「What time is it?」がありますが、「Do you have the time?」も同じく現在の時間を確認する表現になります。より具体的には「あなたは何か時間を確認するものを持ってる?」というニュアンスです。

しかし、中学校ではよく「Do you have time to ~(~する時間がありますか?)」を習うので、相手から「Do you have the time?」と訊かれた時に「え? 何をする時間?」と混乱してしまうことが多いように思います。これは知っているかどうか、また、慣れているかどうかの話なので、頭の片隅に置いておいていざという時にパッと答えられるようにしておくといいでしょう!

ちなみに、ややこしいですが「何か特定のことをして欲しい場合」には、例えば「Do you have the time to listen to me whine?(あなたは私が愚痴を言うのを聞く時間がありますか?)」というように「the time」を「~する時間」の意味で使うこともあります。あ、例文はある曲の歌詞から取っています(笑)

最後に「Yeah, if they changed the date and it's already past the deadline, I would get beat up by everyone. Ahahaha.(うん、もし締め切りが変わっててもう過ぎてたとかだったら、僕は君たちから叩かれてたんだろうな。あははは)」の解説をします。

これは毎度おなじみ(?)の仮定法過去の用法です。「if + 過去形, S would/could/might/should V」の形で「~だったら、~なのに/できるのに/かもしれないのに/なはずなのに」というように現実には起こらなかったことについて仮定の話をします。

「Yeah, if they changed the date and it's(←これは「it was」の略です。「it were」でも可)already past the deadline」→「past」は「~を過ぎて、~を通り越して」という前置詞(「past」には名詞や形容詞の意味もあります)、「deadline」は「締め切り、デッドライン」です。

「I would get beat up by everyone.」→「get + 過去分詞」で「~される」という受け身とほぼ同じような意味。「beat(打つ、たたく)」は現在形に見えますが実は活用が「beat - beat - beat(過去分詞はbeatenも可)」の動詞なのでここでは過去分詞です。「beat up」は「打ちのめす、ボコボコにする」。ちなみに口語的な表現ですが「It's beat-up.」というように形容詞として使うことがあり、これは「使い古しの、おんぼろの」と言った意味になります。

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【第15話:近日公開】

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