Menu

第1話:Do You Speak English?

  1. トップページ >
  2. Do you speak English? >
  3. 第1話:Do You Speak English?

1ページにまとめて読む/複数ページに分割して読む


第1話:Do You Speak English?

「――Do you still remember me?(まだ、私のこと覚えてる?)」

パチリと目が覚める。奇妙な夢を見た。目を横にやると、時計はセットしたアラームが鳴るちょうど10分前を表示している。しばらくぼんやりしていたけど、このままじっとしていてもしょうがないから仕方なくベッドから起き上がってリビングに向かった。

「センター試験に代わり、2020年度から新たに導入される大学入学共通テスト。これにより、英語は従来のリーディングとリスニングに加え、スピーキングとライティングの能力も求められるように――」

「はい、日本に滞在する外国人の数も増加傾向にあります。日本の英語教育は――」

一通りの準備が終わったとき、テレビの中では専門家たちが意見を述べていた。自分もちゃんと聞いているわけではないし、このリビングにいる家族の誰も朝の支度に追われて彼らの話に耳を傾けてはいないみたいだ。俺はテレビの画面に表示されている時刻だけをさっと確認する。まあ、遅刻することはないだろう。

「いってきます」

通学カバンをつかみ、少しだけ重たい玄関の扉を開けながらそう言って、朝日の降り注ぐ静かな外へ飛び出した。

両端に植えられた桜が舞い落ちる校門をくぐる。これが今日から向こう3年間、毎日通うことになる学校だ。

特に何かを期待しているわけじゃない。中学から高校に上がったからといって、俺の行動が大きく変わることはないだろう。

いや、実はすでに、大きく変わるかもしれない要因が1つわかってる……。

それはともかく、幸いにも同じ中学からこの高校に進学する生徒はほとんどいなかった。別に中学時代に嫌な思い出があるわけじゃない。ただ、あまりに知り合いが多いのもどうかと思った程度だ。中学4年生になるんじゃ少々味気ない。

ただいまの時刻は8時42分。50分までに教室に着かないといけないからギリギリではあるけど、別に急がなくちゃならないほど切迫しているわけでもない。

疲れない程度の速さで階段をのぼり、廊下を歩いて、教室のドアを開ける。

入学式当日だというのに、教室の中は生徒たちの話し声で思ったよりもにぎやかだった。中学からの友達でもいたのか、すでにいくつかグループまでできている。

俺は黒板の前に貼られた座席表から自分の席を確認して、そこへ向かう。

ちょうど席までの距離を半分ほど歩いたところで後ろから声をかけられた。

「はるー! おはよっ! いつもこんなに来るの遅いと?」

振り向くと、1人の女子がニコニコと笑いながら目の前に立っていた。そのすぐ後ろでは、4、5人の女子グループがこちらの様子をうかがっている。どうやら、彼女はあのグループの中からこちらに出てきたようだ。

「俺はいつもこんくらいの時間だよ。それよりもう友達できたんか」

俺は半ば呆れながら、チラリと後ろのグループの方を見て目配せする。

「まあね~、同じ中学の友達もいるし、部活で知り合った他校の子もおったんよ! すごいやろっ!?」

彼女は引き続き太陽のような笑顔と朝っぱらとは思えないテンションで話しかけてくる。一方の俺は、後ろの女子たちから注目されるのが嫌で、いい加減、自分の席に戻りたいと思っていた。

「そうやね。とりあえず俺は荷物置きたいし席戻るわ。またな」

「うん、またねー!」

ようやく自分の席について、ついでに「はぁ」と小さくため息をついた。

中学から高校に進学したことで俺の行動に大きな変化が起こるとすれば、それはほぼ間違いなく彼女のせいだ。

許斐陽菜このみひな。俺の従姉妹いとこだ。

歳は同じだけど、これまでは住んでいる学区が違ったから、同じ学校に通うことはなかった。それが、まさか同じ高校に受かって同じクラスにまでなってしまうとは。

念のために言うが、俺は彼女のことが嫌いなわけじゃない。彼女はいつも元気で明るくてまっすぐで、実際にはそんな性格なんて存在しないのはわかってるけど、あえて端的に表現するなら「誰からも愛される性格」だろう。

俺が彼女と同じクラスになって気落ちしている理由。それは、彼女が俺の従姉妹であるからに他ならない。

同じ市内に住んでいることもあって、俺の家族と陽菜の家族は昔から交流があった。つまり、陽菜と同じクラスになるということは、俺の高校生活がすべて陽菜の親、そして俺の親にまでつつ抜けになってしまうということだ。

俺はもともと友好的な性格ではない。人嫌いではないが、自分から積極的に友達を作ろうとすることもない。1人なら1人で一向に構わないのだ。それを苦に感じたこともない。

だけど、そんな俺の様子を親が知ったらなんと思うだろうか。余計な心配をされるのは御免ごめんだ。何より「誰からも愛される性格」である陽菜と比べられるようなことがあれば、たまったもんじゃない。

静謐せいひつだった俺の心は、そのせいでここ数日間かき乱されていた。

まだ何も始まっていないのに、すでに本日2度目となるため息をついていると、先生が教室の中に入ってきた。

その瞬間、周りが一斉に静まり返る。それはまあ、自然な反応だけど、それでも教室が静かになったのにはもう1つ理由があった。先生の後ろについて教室に入ってきた1人の女子生徒だ。

「えっと、それじゃあ右端の一番奥の席に座ってくださいね」

先生が黒板に貼られている座席表を確認して、その女子生徒に優しく話しかける。

「えっ……?」

「あ、ごめんなさい。あそこの席です」

今度は実際に座席の方向を手で示して、彼女に場所を伝える。

「あ、はい……」

そう言うと、彼女はペコッと頭を下げて、ぎこちない足取りで指定された席についた。

教室が少しだけざわつく。

彼女は、どう見ても外国の人だった。肌は白く、髪は金色。背はすらっとしていて華奢きゃしゃ。何より、日本人にはとうてい真似できないような細くて整った顔立ちは、昔どこかで見たフランス人形を思い起こさせた。と言っても、俺のぼんやりとした記憶では、きれいな欧米の外国人はきっとみんなフランス人形に見えてしまうんだろうけど。

「すげー」

「どこの国から来たんやろ?」

そういった声が周りから聞こえてくる。そんな周りの反応を見て、俺は彼女の立場を不憫ふびんに思った。

こんなふうにクラス全員から注目されることが気持ちの良いはずがない。俺だったら、たとえ1人でも、静かで、何も気にせず、自由に過ごせる方がずっと良いのだ。

と言っても、もちろん彼女が俺と同じように考えているのかはわからないし、別に本気で不憫に思ってるわけじゃない。

それに、こんな言い方をするのはあれだけど、彼女は美人だ。きっと、男女問わずみんなの人気者になる。この注目だって、みんなが気になっているからこその注目なんだ。それなら、俺が本気で同情したり不憫に思ったりすることは、それこそ俺が御免こうむりたいと考える”余計な心配”だろう。

その後、すぐにクラス全員で講堂に移動して入学式が行われた。1時間半ほどで入学式は終わり、ふたたび教室へと戻ってくる。ここからようやくクラスの時間が始まる。

「それでは改めて、みなさんご入学おめでとうございます!」

先生がにこやかに話し始める。女性の先生でかなり若い。20代半ばくらいか? おっとりとしていて、しゃべる速さもややゆっくりだ。もしも陽菜がこの先生のような性格であれば、俺が今後の学校生活のことでこんなに頭を抱えることもなかったのかもしれない。

「私はこの1-9の担任になった大楠帆乃おおぐすほのと言います」

そう言いながら名前を漢字で書き、となりに振り仮名を添える。振り仮名まで書いたのは「彼女」のためだろうか、とまた余計なことを考えてしまう。

大楠先生は国語の先生なのだそうだ。一通りの自己紹介を終えてから、今度は生徒たちの自己紹介の時間を取った。

席順に自己紹介が行われていったが、やっぱり、一番の注目を浴びたのは最後に発表した「彼女」の自己紹介だった。彼女は順番が来るとぎこちなく立ち上がり、周りを見渡して、周りの視線がすべて自分に向けられていると知るとすぐに顔を伏せた。

そして、

「はじめまして、シャーロットと言います。えっと……、よろしく、お願いします」

そう言うと、周りの期待に反して、逃げるように席に座ってしまったのだ。他のみんなは中学時代の部活だったり、自分の趣味だったりを一言付け加えていたので、あまりのあっけなさに「あれ?」という空気が漂う。

その空気に気付いてか、先生がすかさずフォローを入れた。

「シャーロットさんはアメリカからつい最近引っ越してきたそうですよー。日本の学校に通うのは今回が初めてで、まだ日本語も勉強中とのことなので、みなさんもぜひ色々教えてあげてくださいね」

なるほど。フランス人形と言ったけど、実はアメリカ人だったようだ。

先生が上手くまとめたところで自己紹介タイムが終わり、最後にクラス全員が仲良くなるためのちょっとしたゲームをして、今日のカリキュラムが終わった。

はるは新しい友達できた?」

帰り道、陽菜と2人で最寄りのバス停まで向かっていると、やっぱりそう話しかけられた。

もちろん2人で帰っているのにはちゃんとした訳がある。実はこのあと、そのまま両家でご飯を食べに行くことになっているのだ。

「ん、まあまあかな」

「何よ、その曖昧あいまいな返事は」

陽菜はつまらなそうな表情をする。

「放課後、何人かに話しかけられたよ。友達になれるかどうかは知らんけど」

「うーん、暗いというかドライというか……。そんなんやけん名前負けしてるって言われるんよ?」

「それ言ってんのお前だけやけんな?」

とは言え、名前に同じ「陽」という漢字を持ちながら、どうして俺とこいつでこんなにも性格が違うのだろうか。俺の中に流れる血液だって、その何割かは元を辿たどればこいつと同じはずなんだが……。

「にしても、」

俺はさっきの放課後のことを思い出して話題を変える。

「すごかったよな。やっぱりみんなあのシャーロットさん? のところに集まってさ。陽菜も友達と一緒に話しかけてたよな?」

「うん、すっごくきれいな人だよねー! なに? 陽も気になるん?」

陽菜はニヤニヤしながらこちらを見てくる。まさかこのあとのご飯でも、家族の前でそんなくだらないことを言いふらしたりするんじゃないだろうな。

「外国の人を身近に感じることってそんなにないけんな。それだけだよ」

実はそれだけじゃない。彼女を見た瞬間、「もしかしたら」と思ったけど、あの様子だとおそらく俺の出る幕はない。

「つまらん答えやなぁ」

そう言って、今度は不満そうな表情を見せてくる。一体、こいつは目的地に着くまでにいくつの表情を披露する気なんだろうか。彼女は続けて口を開く。

「いやさ、話しかけてはみたんやけどねー。あんまり上手くいかんかったぁ」

「ほう」

「ほうって何よ?」と怪訝けげんそうな顔をする。

「いや、知らんけど陽菜が人と上手くいかないなんて珍しいと思ってさ。そんなに手ごわい相手やったん?」

俺は冗談のつもりだったが、意外にも陽菜は「うーん」と頭をひねってしまう。まさか話しかけた瞬間に「ファァァック!」とか言われたんじゃないだろうな。

「なんて言うかねー、ずっと反応がぎこちなくて。緊張してたんかな? うーん、でも、やっぱり一番は私たちの言ってることがわかってないように感じたなぁ。先生もまだ日本語勉強中って言いよったしね」

「あー、なるほどねぇ」

「彼女」だって日本語で授業をする普通の高校に受け入れられたのだから、まったく日本語ができないわけではないだろう。それでも、やっぱり外国語でネイティブの人たちと会話するのは難しいんだな、と改めて考えさせられた。

「なるほどねぇ、って陽もなんか経験あると?」

「俺らからすれば英語のリスニングってむずいやん。それをもっと難易度上げて、しかも対面でやるんやろ?」

「あー、そっかぁ。私、受験のリスニング全然わからんかったもんなぁ」

陽菜は「あはは」と苦笑いを浮かべる。

「日本語ですらニュアンスとか、同じ言葉でも文脈によって意味が変わったりとか、日本人でもわからんときあるしな」

「確かに! 私のうん、はイエスやけど、陽のうん、はどっちでもいいやったりノーやったりするけんね!」

「イエスの意味はないのかよ。そこまでひねくれてねーわ」

当然と言えば当然だけど、次の日も、その次の日も、「彼女」に話しかける生徒は後を絶たなかった。もううわさが広まったのか、わざわざ他クラスから様子を見に来る生徒までいた。しかし、いずれも会話が続くことはなかったようだ。話しかけた側も彼女も、お互いに作り笑いをして終わってしまっているところを何度も見てきた。

特に印象的だったのが、始業式から3日が経った日に起きた出来事だった。1人の男子生徒が意を決して単独(と言ってもその後ろでは彼の友達が数人、ニヤニヤしながら様子を見ていたのだが)、彼女に話しかけにいったのだ。

事前にリストでも作っていたのか、彼は様々な質問を投げかけて何とか彼女とコミュニケーションをはかろうとした。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。共通の話題を見つけたのか、突然その男子生徒は明るく何かをしゃべりだした。ちゃんとは聞こえなかったが、どうやら音楽の話だ。

しかし、肝心の彼女はその内容が聞き取れなかったらしく、困ったように笑顔を作って「すみません、もう一度、ゆっくりしゃべれますか?」と伝えた。彼女の日本語にはところどころで文法だったり単語だったりに間違いが見られる。

男子生徒はもう一度、今度はゆっくりとしゃべったが、やっぱり彼女は理解できなかったらしく「ごめんなさい。えっと……」と前置きをして、

「Do you speak English?」

英語をしゃべったのだ。

その瞬間、クラスにいた生徒全員が一斉に彼女の方を向いたのは面白かった。まあ、俺も振り向いたんだけど。

「すげぇ」

「ばり発音いいやん」

クラスがざわつく中、当の男子生徒はすっかりうろたえてしまい、「の、ノー、アイムソーリー」と口早に言うと、恥ずかしそうに友達の元へと戻っていってしまった。

離れていく男子生徒の背中をじっと見つめる彼女の表情は、どうとも表現の難しい、寂しいだったりがっかりだったり複雑なものだった。

いずれにせよ、この出来事が決定打となり、その後、必要以上に彼女に話しかけようとする生徒はぱったりといなくなってしまったのだ。

「それでは、この文章を段落ごとに木村さんから順番に読んでいってください」

英語の先生がそう言うと、木村さんは教科書を両手で持ちながら席を立ち、指定された文章を読み上げる。

すでに席替えが行われていて、俺は教室の窓際の一番奥の席に座っていた。隅っこの席は落ち着くからいい。窓の外に広がる景色をぼんやりと眺めながら、先生の話や生徒の音読を聞くともなく聞いていた。

「アイ、ウォントゥ、ゴートゥ、ザズー」

……眠くなってきたな。だけど、このまま寝たら間違いなく先生に立たされる。

「アイ、ライク、アニマルズ。ドゥーユーライク、アニマルズ、トゥー?」

……がんばれ、俺。授業終わるまであと何分だ? ……10分か。いける。とにかく、なんか目の覚めそうなことを考えるんだ。

「Hey, look! Those little monkeys are very cute. I want to have them as pets.(ねぇ、見て! あのサルたちかわいい。ペットにしたいな。)」

眠気と戦いながら氷風呂にダイブする想像をしていると、突如、流暢りゅうちょうな英語が聞こえてきてハッとする。誰がしゃべっているのかは見なくてもわかる。「彼女」の英語は、氷風呂へのダイブの想像なんかよりもずっと鋭く俺の脳を突き動かした。

……やっぱり、ネイティブの英語はすごいな。

周りの反応もそうだ。みんな彼女を見つめて、驚きと尊敬のまなざしを送っている。さっきまでのゆったりとしたとろけたような時間(それは単に俺が眠たかったからかも知れないけど)が、今やピンと糸を張ったような雰囲気に変わっていた。

彼女が読み終わったあと、次の生徒が気まずそうに席を立つ。

その生徒が嫌そうな顔をして「はぁ」とため息をつくと、それまで張りつめていた糸はプチンと切れて、一気に教室内に笑いが起こった。そりゃあそうだ。あんな完璧な音読をされたあとに英語を読み上げなければならないなんて、誰であろうと嫌に決まっている。その気持ちが共有されたからこそ、彼の立場が滑稽こっけいに思えてみんな笑ったんだ。先生ですら少し笑っている。

俺も思わず「ふっ」と噴き出す。噴き出したあとで、なんだか気になって「彼女」の方を見た。

彼女はただうつむいていた。その姿を見て胸がざわつく。きっと、彼女にはどうしてみんなが笑っているのか理解できないんだ。もしかして自分が笑われているのではないか、そう思ってもおかしくない。自分の理解できないところで突然、周りのみんなが笑いだす。それはきっと孤独で、怖いものだ。コミュニケーションの壁であったり文化の壁であったり、そういうものに俺と同い年の彼女はまさに目の前で今、ぶつかっている。

彼女の席は俺と同じく教室の一番後ろの列にある。位置から考えて、彼女の様子に気づいた生徒はほとんどいないはずだ。

俺は人と積極的に関わろうとはしない。だけど、だからと言って、できることなら困っている人を見捨てるようなことはしたくない。今までは、別に俺でなくても誰かがやってくれたから、自分からやろうとしてこなかっただけだ。

目の前に不安や孤独を感じている人がいる。そして、もしかしたら俺は何かをしてあげることができるかもしれない。だとしたら、それを知りながら何もしないのは……少し気持ちが悪い。

授業が終わるまでの残り5分で、俺は自分のノートをちぎって小さな紙切れを作った。そこにメッセージを書いて、半分に折りたたむ。

授業が終わると席を立って、英和辞典をしまうために廊下に設置されているロッカーへ向かった。

ただ、その途中、彼女の席の前で一度立ち止まる。

「これ、もし良かったら」

そう言って、先ほどのメモを手渡す。彼女は不思議そうに俺を見つめていたが、俺は彼女がメモを受け取ったのを確認すると「それじゃあ」と告げてふたたび歩き出した。

彼女に伝えておきたいことはあった。ただ、あまり長く彼女の机に居座って周りから変な注目を浴びるのは不本意だ。これまでの目立たず平穏な生活は好きだし、第一、彼女が俺の行動で救われるという保証もない。だから、俺がするのはメモを渡すだけだ。少し残酷なように聞こえるかもしれないけど、友達でもなんでもない人に対してすることなんて、正直このくらいが普通なんじゃないか。

帰りの挨拶が終わると、俺は早々にカバンを持って教室を出た。今日は陽菜と一緒に帰る必要もない。周りの生徒は部活動の見学に行くみたいだが、はなから部活動に所属する気のない俺にとっては関係ないことだ。

廊下を進み、階段を降りようと足を前に出したところで、後ろから誰かが駆け足でこちらにやって来るのが見えた。

「Wait up!(待って!)」

それは「彼女」だった。俺の目の前で立ち止まって、しばらくこちらを見つめる。そして、少しためらいながら口を開いた。

「Thank you for the message. It relieved me a lot.(メッセージありがとう。とっても安心した)」

彼女の片手には俺が渡したメッセージが握られていた。

――You might not have understood, but don't worry. They were laughing because they felt pity for the student who had to read out loud right after you did. You read perfectly.(わからなかったかもしれないけど、心配しないで。みんなは君のあとに音読しなきゃいけないあの生徒を不憫ふびんに思って笑ったんだ。君の音読が完璧だったから)

―― It's kinda funny to think about what an awkward situation he was put in.(あの生徒の状況を考えると面白いだろ)

――You seemed a little down, so I just thought this message might help you. No need to reply or do anything in return.(少し落ち込んでるように見えたから、このメッセージが役に立つと思って。返事とかは気にしないで)

「I'm sorry if I'm wrong, but let me ask you.(間違ってたらごめんなさい。でも、確認させて欲しいの)」

俺はじっと彼女を見つめ返す。彼女の表情は不安そうだけど必死で、そして、何かを期待しているようにも見えた。

やっぱり彼女はちゃんと自分と会話できる相手を見つけたかったのかもしれない。もしそうなら、俺はできる範囲でそれに応えてあげたいと思う。

「Do you..., do you speak English?(もしかして……、英語、話せるの?)」

俺は静かに、だけど、はっきりとその質問に答える。

「Yeah, I do.(うん、話せるよ)」

第1話:ストーリーで使われた英語表現

※ストーリー中に使用された英語表現の解説をしていきます(ここでの解説はあくまでもご参考程度にお読みください)。本作品のストーリーとは無関係なので、興味がないという方や解説不要という方は飛ばしていただいて構いません!

まずは、本作品の題名でもある「Do you speak English?」について話します。

日本語に訳すと「あなたは英語をしゃべれますか?」になるでしょう。逆に「英語しゃべれる?」を英語に訳するとき、多くの日本人は「Can you speak English?」と言ってしまうのではないでしょうか。

もちろんそれでも意味は通じるのですが、英語では普通、「Can」ではなく「Do」を使います。

英語をしゃべれます、と言うときも「I can speak English」ではなく「I speak English」となります。

「Can」は許可・能力・可能性などを示す単語ですが、言語については能力というよりも性質であったり習慣(「Do」)であると考えられているのかもしれません。

ちなみに、例えばある場所に数人の人間が集められていて、ある人には英語を使用することが許可されており、ある人には許可されていないとします。その場合に「あなたは英語をしゃべることが許可されていますか?」とたずねるなら「Can you speak English?」となります(そのようなシチュエーションがあるかは不明ですが……)。

続いて、第1話の終盤に「It's kinda funny to think about what an awkward situation he was put in.」という文章があります。これの訳は少し迷ったのですが、最終的に「あの生徒の状況を考えると面白いだろ」としました。

部分ごとに切って、より直訳に近い形で訳しますと、①「It's kinda funny」で「それはなんか面白い」(「kinda」は「kind of」の短縮形です)、②「to think about~」で「~について考えること」、③「what an awkward situation he was put in」で「彼が置かれたとてもきまりの悪い状況」、となります。

③についてより細かく補足を入れますと、「what + 名詞」で「なんて(すごい)名詞だ」となり、「what + 形容詞 + 名詞」で「なんて形容詞な名詞だ」と訳されます。感嘆・強調されるわけです。例えば、ボクシングなんかで「What a punch!」と言うと「なんてパンチだ!」となり、花を一輪とって「what a beautiful flower!」と言うと「なんて美しい花なんだ!」となります。

「what an awkward situation he was put in」で「彼が置かれたなんてきまりの悪い状況」となりますが、私たちが日常で使う日本語表現に置き換えるなら「彼が置かれたとてもきまりの悪い状況(A very awkward situation he was put in)」とするほうがしっくりきます。結局は同じ意味ですが、英語と日本語で表現方法が異なるのです。

では、「It's kinda funny to think about what an awkward situation he was put in.」をどう訳すかですが、あまり忠実に訳しすぎると日本語としておかしくなることや、文章の流れ、話者の口調、などの点を踏まえて(あと少し面倒だったので……笑)細かいところは捨てて、シンプルに「あの生徒の状況を考えると面白いだろ」としました。


ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。今後も最新話ができ次第Twitterにてお知らせしていきますので、もしよければフォローしていただけると嬉しいです!

← 前の話へ